表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
何時か世界を束ねし者 ~~Tales of the Returner~~  作者: ヒマジン
第7章 氷のクリスマス・イブ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/765

断章 極東海戦編 第7話 戦いの準備

 『最後の楽園(ラスト・ユートピア)』を発った後、カイトは既に閣議を始めていた総理官邸へと入り、オブサーバーとして参加していた刀花と皇志に連絡を付ける事にした。と、そうして少し待っていると、自分に用意された部屋に刀花がやって来た。


「刀花・・・どうなっている?」

「ああ、覇王殿・・・いや、今ようやく閣僚達が集まった所だ。議会が長引いたらしい」


 どうやらまだ会議は始まっていなかったらしく、カイトはほっと一息吐いた。まあ、こちらの情報がきっかけで集会が設置されたので、やはり遅れるのはあまりよろしくはない。そうならなくてホッと一安心、という所だったのだ。

 そうして、二人は刀花の案内で、総理官邸の地下にある、秘密の会議室へと移動していく。と、そこでカイトが周囲を興味深げに見ている事に、刀花が気付いた。


「何か珍しい物でもあるのか?」

「いや、オレにとっちゃここら一帯が珍しいよ・・・普通に生活してりゃ、こんなとこ来るか?」

「そ、そういえばそうだったか・・・」


 カイトの言葉に、刀花が苦笑する。そう、カイトの本性というか本来は、単なる一般市民だ。それが如何な偶然か異世界に飛ばされて、偶然から勇者となっただけの事にすぎないのである。

 となれば、普通ならば、どうなった所でこんな秘密のエリアに案内される事は無い。それどころか、存在を知る事さえもなかったかもしれない。物珍しいのは当然だった。

 が、まあこれは刀花からすれば、カイトの方が物珍しい体験を山程しているのだ。彼女が苦笑するのも当然だった。そうして暫くするとその会議室に到着して、中に入った。そこには、先に出会った内藤総理率いる内閣の主要な面々が勢揃いしており、カイトの存在に気付いて、僅かに、どよめきが生まれた。


「ああ、来たか・・・君の予想が正しかったようだ。既に<<四聖軍(しせいぐん)>>が中国軍の一部を間借りした演習が開始されている」

「だろうよ」


 流石にカイトでは軍事衛星なぞ持ちあわせていない為に遠方を科学的に見通す、という事は出来なかったが、どう動くというのか、については大体把握出来ていた。それ故に、皇志の言葉を素直に認める。そうして、それを受けて、刀花が内藤に対して報告した。


「総理。彼をお連れしました」

「ああ・・・<<深蒼の覇王(しんそうのはおう)>>君。情報の提供を感謝する」

「いや、こんな情報を隠す必要が無い。提供するのは当然だ」

「耳が痛いな・・・その中央の席に腰掛けてくれたまえ。詳細な情報を聞きたい」


 内藤は先に情報の伝達が出来ていなかった自分達を揶揄する様なカイトの言い方――なお、これはカイトが意図した物では無い――に苦笑し、カイト用に用意させていた椅子に着席を指示する。そうしてそれを受けて、カイトが持ち込んだ資料を一同に回す様に指示する。


「良し・・・では、こちらから情報の開示を行おう。皇さん、仁科君、頼めるね」

「ええ、総理・・・では、まずはこちらの映像から。これは数時間前、中国沿岸部のとある島にあった艦隊の様子を撮影した物です」


 内藤の指示を受けて、仁科と呼ばれた中年期程度の自衛隊の隊服を着用した男性がプロジェクターに一つの映像を映し出す。彼は自衛隊の高官で、今回の一件において自衛隊側の総指揮を取る事になっていた男だった。


「そしてこの艦隊ですが・・・この一時間後に、謎の消失を遂げます・・・このタイミングです・・・そして更にその3時間後には、再び何処からともなく現れ、この軍港に戻っている事が確認されています」


 軍事衛星から撮影された幾つもの映像をプロジェクターに展開しながら一同に説明する。そうして謎の消失、と言われた事を受けて、閣僚の一人が問い掛ける。


「謎の消失の原因は?」

「それは、私が」


 指摘を受けて、皇志が立ち上がり、別の資料をプロジェクターに映し出す。


「これは沖縄近辺に展開している自衛隊に忍ばせている椎名家からの報告です。彼らの言葉に拠れば、大規模な空間を歪める術式の展開を確認した、という事です・・・仁科さん。この間報告にあった情報を」

「はい」

「こちらは、既にご存知とは思いますが、かつての戦い以降に表の調査船がこの海域に侵入した時の軍事衛星からの映像です・・・この、船の縁に立っている男に注目してもらいたい」


 既にご存知、と皇志が告げた様に、これは一部閣僚と自衛隊の高官達には既に皇志が説明した事だった。

 とは言え、その時には居なかった閣僚やカイトがいた為、情報共有として、提示したのである。


「彼を拡大してみると・・・海面に対して手を当てているのが確認出来ます。これと同様の事が、地図上の赤い点の地点にて、行われています」


 皇志はプロジェクターに日本地図の、それも東シナ海に焦点を当てた地図を画面に映す。それには幾つもの赤い点が記されていた。

 これを見れば、どれだけの調査が為されているのか、というのが一目瞭然だった。まあ、一言で言えば、呆れるしか無い程の数だった。100は優に超えるだろう。


「・・・何を調べているのかね?」

「これは、地脈と呼ばれる星が有するの魔力の流れを調べているのだと推測しています。この星の魔力は莫大で、人では抗いきれないだけの力があります。大規模な魔術などでは、儀式等でこれを利用して、大規模な魔術を使用するのが一般的です」

「海脈の可能性は無いのか?」

「・・・海脈?」


 カイトの問い掛けを受けて、皇志が首を傾げる。どうやら彼でさえも、聞いたことが無い単語だったらしい。


「知らんのか? 海脈。そのまま海の中にある魔力の流れだ。厳密には地脈とは違う。地脈も一応海底に流れているが、遠いが故に地脈は海脈に比べて取り出しにくい。まあ、水の中だからこそ、海脈は調べにくいんだがな」

「初耳だ」

「の、ようだ」

「少しだけ、正誤性を考えせさせてくれ・・・」


 こんな場所で嘘を言うとは思えない皇志は目を見開いてカイトの言葉を思慮し始める。そうして出した結論は、これが正しい、という事だった。そしてそれを見て、カイトが皇志に問い掛ける。


「<<四聖軍(しせいぐん)>>はそれを掴んでいると思うか?」

「・・・<<四聖軍(しせいぐん)>>は少なくとも、それを知らないと思う。彼らはあくまでも、大陸国家。海洋国家である我らが知らない以上、それを知っている可能性はほぼ無い。地脈に掛けてなら大陸国家である彼らが知っている可能性は高いだろうが、我らでさえ二千年掴めていない事を掴む事は出来ないだろう。大戦期に我らが奪った情報でも、そんな可能性は示唆もされていない」


 大戦期には、彼らは道士達の様々な重要情報を入手しているのだ。その中には一つたりともそんな情報は入っていなかった。それを考えれば、知っているとは考えられない。

 まあ、そもそも、皇志達でさえ、海脈の存在を知らないのだ。知っている可能性はほぼゼロと言えるだろう。


「この調子だと、龍脈の存在も知らなそうだな」

「・・・龍脈はそのまま地脈の別称では無いか?」

「オレ達は別と規定している。地脈が地中の魔力の流れなのに対して、龍脈は空気中の魔力の流れだ。地中の地脈、水中の海脈、大気中の龍脈。これら全ては、厳密には別の流れで動いている。が、これを調べるのは、人間では難しい。どれだけ足掻いても、この三者だけは魔道具でも調査出来ん。密接過ぎるからな。職人芸に達した技量を持つ魔力に鋭敏な異族達でもないと、こんなもん、見切れんぞ」


 皇志の問い掛けを受けて、カイトが総括した説明を行う。だがそのカイトの言葉はもはや、彼の言葉を信じるか信じないか、の領域の問題だった。

 人間では無理。そういう類だと言われてしまうと、もう人間だけの彼らには如何ともし難い問題になってしまうのだ。これでは調べようが無い。

 とは言え、それは敵も同じだ。敵にはもっと異族が少ない。となれば必然、道士達側が知っているはずが無かった。


「海中の魔力の流れを取り込めりゃあ、もっと大胆な魔術も行使出来るんだがな・・・」

「それは考えなくて良いだろう」

「敵には、な」


 カイトの言葉を聞いて、その場の全員が一気に身を震わせる。彼から発せられていたのは、あまりに悪辣な気配。知らぬ向こうが悪い、と言わんばかりの言い方だ。

 つまりそれは、それを戦闘で使う、と言っているに相応しいセリフだった。そうして、カイトが明言する。


「こちらは容赦をするつもりはない・・・遠慮無く、こちらは使わせてもらう。オレの指揮下に新規で入ったやんちゃな奴らとこの間のクーデターでの汚名を雪ぐつもりの奴らがいてな。どちらにせよ抑えが効かん」

「何を・・・言っているのかね?」


 閣僚の一人が、カイトに問い掛ける。いや、彼とて直感で、理解していた。だが、その意味を理解する事を拒んでいたのだ。そんな彼に対して、カイトははっきりと明言した。


「この戦いは、売られた喧嘩だ。後悔させてやる、と言ったまでだ。徹底的に、完膚なきまでに・・・な。一応、聞いておくぜ。今後十年の安寧の為に、貴様らに血で濡れる覚悟はあるか? それも、かなりの数の血で、だ」


 カイトの言葉を聞いて、誰もが口を紡ぐ。無慈悲に数万の生命を奪う覚悟は、彼らには備わっていなかった。当たり前だ。そんな事が出来る者が居れば、こんな事態には陥っていない。ことここに至っても、まだ回避出来ないか、と模索している者も多く居た。それどころかカイトからすれば腹立たしいが、若干の領土の割譲でなんとかならないか、というのさえ居た。

 それに対して、カイトは既にこの戦いを『なあなあ』で終わらせるつもりは無かった。いや、既に終わらせる手を失っていた。

 なにせ彼の配下の若者が命懸けでカイトに必勝をもたらしてくれたのだ。それに報いる義務が、勇者である彼にはあった。過ごした時代の差、というべきではあるが、彼が頭首なら、ここでの会議は既に戦後交渉を睨んだ物だっただろう。それが、彼らの差だった。


「無いのなら、こちらは政府を気にせずに動かさせてもらうだけだ。生憎と、交渉事は完全に有利に立ってから行うのが、オレの主義でね。全ては、一戦交えてから、だ」

「・・・戦いを回避するつもりは?」


 この期に及んで、とは思うだろうが、最後まで戦いを回避するのも、彼らの務めだ。それ故に閣僚の一人の問い掛けをカイトは罵る事もせず、明言する。

 回避出来るのなら、そちらのほうが良いのは良いからだ。まあ、今なら確実に勝てるという現状での上策は回避させずに相手に喧嘩を売らせる、という所なのだろうが。


「無いね・・・生憎、ウチは既に血が流れている。ここで黙っちゃ、ウチの奴らが黙っちゃいねえ・・・もちろん、オレも、な。まあ、回避出来るのなら、やってみると良い。ウチは交渉にゃ、関与しねえよ。止まれるのなら、止まってはやろう」


 元来の物言いでカイトにそう明言されて、誰もが彼は本心からそう言っている、と判断する。彼も交渉に参加してくれれば、もしかしたら、回避出来たかも、と思わないでも無かったのだ。

 なにせカイトは世界有数の戦力を抱えている。それが交渉に参加するだけでも、有利に運べるのだ。だが、ここでその一縷の望みは完全に断たれたと言えた。

 そうして、誰もが言い淀む中、覇王が出張中で出席出来なかった為、閣僚と同時に『秘史神(ひしがみ)』の長の代理を務める星矢が口を開いた。


「好きにしたまえ。『秘史神(ひしがみ)』はなるべく君との共同歩調を、というのが頭首・天道の決定だ。それに、君のプランは今後十年を考えれば、必要性は高い」

「なっ・・・天城くん! それは本気かね!」

「必要です。どの国の政府も、第三次世界大戦は今後20年の間に起きる、と試算している。次が米中での太平洋を巡る大戦になる、とも。今はまだ、お互いに盾が無いからならないだけで、時が来れば、起こる。だが、日本はそれからはどう足掻いても逃げられない。地政学上、日本は太平洋へ出る為の最短ルートだ。それ故に、内藤さんは私を外務大臣として閣僚に引き入れたのでしょう? 他国にコネを作らせる為に。資源の無い日本だけでは、戦争には勝てない。周囲を巻き込まなければならない。誰もが始めからわかっていたことだ」


 星矢の言っていることは、至極道理だった。そしてそれを理解しているからこそ、内藤は深く息を吸って、応じる。


「ああ・・・その通りだ。もう、諦めようではありませんか。回避策は最後まで模索を続けるとしても、日本を巻き込む戦いの予兆が生まれていた時点で、既に戦後は本当の意味で終わりを迎えていた。彼の出現はただ単に、その終わりの鐘の音だったのかも、しれない。これからは、我々も本当の意味で、次に向けて動き出さねばならない。日本を滅ぼすわけには、いかない・・・我々は、政治家だ。この双肩には1億数千万の生命が乗っている。彼らを守る為、戦いに備えるのも、我々の義務だ。それに、ただ単に少し予定が早まっただけではないですか。元々天城君に全てを任せるつもりだったのが、我々も少し担うだけのこと。何か変わった事もないでしょう」


 なおも渋る閣僚や官僚達に向けて、内藤が短な、されど大きな演説を行う。この演説は、この場以外の誰にも知られることは無い。だが、それでも絶大な意味を持っていた。

 彼の決定は、日本の決定と同意だ。それが本当の意味で、大転換したに等しい。今この時、彼の心構えが変わったのだ。そしてそれを聞いて、カイトはこの老年の総理の評価と好感度を少しだけ、改める。

 かつてカイトと少数で対談した時には覇王に比べて少し頼りなかった彼も、伊達に一国のトップに立ったわけではないらしい。それに相応しいだけの戦略眼や先見の明は持ち合わせていた様子だった。

 そうして、それを受けて、一同の間に奇妙な諦めムードが蔓延する。それは決して後ろ向きの諦めでは無く、前に進む為の諦めだった。

 誰だって、血で濡れるのは嫌だ。だが、アメリカのジャックがそうである様に、日本でも誰かが、やらねばならない。それをやるのは、他ならぬこの場の彼ら政治家達だ。今までどこかに潜んでいた選挙対策に奔走する政治屋としての心構えを、彼らも完全に捨て去ったのだ。


「・・・良いだろう。内部の治安維持は貴殿らにお任せしてよいか?」

「引き受けよう。我らはそれに特化している」


 内藤の言葉やそれを受けての政治家達の態度の変化に笑みを浮かべたカイトの申し出を受けて、星矢が二つ返事で引き受ける。元々彼らは土着の異族達の末裔で、そして表向きには大企業の連合で、陰陽師達も居る。隠蔽は得意分野だ。

 しかもカイトの伝手で蘇芳翁やその他里の芸能人達も通せば、スポンサーと大御所や芸能界の有力者達の二重にマスコミや芸能界等にも睨みが効く。今回の一件を表向き無かった事にする事なぞ、容易いことだった。

 彼が依頼しなくても、星矢が申し出るつもりだった。そうして、それを受けて、内藤が矢継ぎ早に指示を出し始める。


「天城くん。では君は逢坂くんと小田原くんと共に、別室で治安維持と戦争回避に向けた対処を始めてくれ。逢坂くん、悪いが仁科くんにはこのままこちらで会議に参加してもらう。彼が居ないともし万が一戦争が起きた場合での作戦の立案が出来ない。内田くん。君はこれからアメリカに連絡を付けて、今回の一件の事情と状況の説明を」


 矢継ぎ早に飛んで来る指示に、会議室がにわかに慌ただしく動き始める。そうしてそれが終わった所で、再び内藤が口を開いた。


「では、仁科くん、皇さん。続きを」

「はい」

「ああ、その前にすまない。これが終わったら仁科さんと内藤さん、皇殿は少し残ってもらえるか? こちらも幾つか情報を詰めておきたい」

「ああ、わかった」


 開始直前にカイトからの申し出を内藤が快諾して、再び、戦いに向けての作戦会議が開始されたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

*活動報告はこちらから*

作者マイページ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ