断章 極東海戦編 第6話 勇者として
舞夜に報告があった少し前。カイトは相変わらず蘇芳翁の邸宅にある鍛冶場にて『魔付き』としての役割を果たしていたのだが、それもついに、終わりを迎えた。
「・・・出来た。これで、完全に魔力は合一を果たした」
三日三晩の間ずっと二柱の神に強大な力を持つ龍族、そして世界最大の魔力を持つ自らの魔力が完全に融合を果たす様に調整を続けていたカイトが、そう、呟いた。そしてそれと同時に、鉄を鍛える音が、止んだ。そしてそれを受けて、蘇芳翁が火之迦具土に告げる。
「炉に焚べる・・・火之迦具土殿、頼みます」
「ああ」
蘇芳翁の求めに応じて、火之迦具土が神の炎を生み出して、そこに、蘇芳翁が刀の原型を突っ込む。そうして、それを引き抜いて、再び鉄を打つ。それを、一同は繰り返し続けていた。だが、これが、最後だった。
「火造りは、これで終わりじゃ・・・」
「なんだ、こりゃ・・・」
魔付きの役割が必要な刀鍛冶の火造り、と言われる段階までが終了して、カイトが思わず感嘆の言葉を漏らす。数多の名刀利刀を見てきた彼でさえ、もはや唖然となる様な出来栄えだった。そしてそれは、蘇芳翁にとっても同じだった。
「・・・おぉ・・・」
思わずの出来栄えに、蘇芳翁がまだ完成もしていないのに、たまらず、一筋の涙を流す。今は言うなれば、赤子になる胎児の段階だ。まだ不格好で、刀の形を見せてはいない。だがそれでも、その威容はこの場の面々には理解出来た。
「なんと言う神気・・・これほどの逸品を、儂も見た事が無い・・・」
向う槌としてカイトよりも少し前に作業を終え、作業の監督に移っていた天目一箇神が残った片目を大きく見開く。彼でさえ、数多の神の秘宝よりも神々しい神気を感じていた。だが、それも当たり前だ。
「俺が溶かして、こいつが融合させて、あんたら二人が練り込んだんだ。そりゃ、こうなるだろ」
普通は鍛冶に関わらない火之迦具土でさえ少しだけ興奮した様子で、そんな天目一箇神の言葉に返す。彼は火の神だ。それ故に、本来は溶かせぬ筈の一同の魔力を、素材そのものが持つ魔力を溶かし、混ぜる事が出来たのだ。
そして、カイトがそれを莫大な魔力と神さえも驚嘆させる繊細な技量を以って、融合させたのである。それ故、このまだ生まれぬ刀には、本来は宿る事の無い神の力さえも宿っていた。
「ここで、オレの段階も終わりだ。爺、後は、あんたがやるだけだ。ここまでお膳立てをしたんだ。完成させろよ」
「・・・うむ。すまぬな、カイトよ。これで、後は儂だけじゃ。火之迦具土殿、もう暫く、お付き合いくだされ」
「ああ」
「じゃあちょっとオレ寝てくるわ・・・流石に、疲れた」
「うむ・・・床なら、菫に命じておけ」
カイトは蘇芳翁の返事を聞いて、カイトは片手を振って、鍛冶場を後にする。実はカイトが一番、この中で最も疲労していた。とは言え、これは肉体的な疲労というわけではない。精神的な疲労だ。他の三人は、カイトに繊細な調整を任せたおかげで、自らの役割を果たしただけだ。肉体的な疲労度で言えばこちらの方が上だが、魔力・精神力の消費具合で言えば、カイトには遠く及ばない。
医療に例えるのなら、蘇芳翁達が骨折等で外科手術を施しているのに対して、カイトは言うなれば、超絶の難易度を誇る脳外科手術をぶっ通しで三日三晩やり続けた様なものだったのだ。疲れるのは当たり前だった。そうして、カイトは菫に依頼して、倒れ込む様に、布団に入る。
「もう・・・無理・・・」
疲労度で言えば、信綱との戦いにも匹敵する疲労度だった。それを受けた結果は、当然の如く、再び泥の様に眠る、と言う事だった。それから数時間の間、彼は眠る事になるのであった。
月が辺りを照らし始めた頃。カイトは泥の様に眠った訳だが、如何に熟睡しようとも、カイトはカイトだ。それ故に、誰かが来れば、疲れていようとも目を覚ます。
「誰だ?」
少なくとも敵意は無かった為、カイトが身構える事は無かった。だが、それでも疲れていた為か、若干の不機嫌さはあった。そうして現れたのは、人狼の男だった。
「カイト殿。ご就寝の所、申し訳ありません。ですが、当主・舞夜より、是が非でもお取り次ぎを、と。平に、ご容赦を」
「良い。なんの用だ?」
「先に我が一族に命ぜられましたご一件について、進展が見られました。即座に、幹部達を集め、会議を招集していただきたく」
「動いた、か・・・わかった。流石にシャワーの一つは浴びてくるが、オレもすぐに里の会議室に向かう。そう、伝えてくれ」
報告者からの言葉に、カイトも全てを悟る。何が起きているのか、と言うのは考えるまでもなかった。そしてそうである以上、迷う必要も無い。
そうして、カイトは菫に頼んで用意を整えてもらっている間にシャワーを浴びると、即座に転移術で『最後の楽園』へと移動するのだった。
幸いにして既に夜だった事もあり、幹部達の殆どが『最後の楽園』に帰還していた事で、会議は早急に開かれる事になる。そうして、カイトが幹部達の前で口を開いた。
「さて・・・報告を聞こうか」
会議室に幹部達が勢揃いした重苦しい場の中に、カイトの声が響く。カイトの両脇には、エリザとエルザが座り、その後ろにはティナが立つという布陣だ。これが、今の『最後の楽園』の布陣だった。
「こちらを」
カイトの求めに応じて、舞夜が一同に密偵が持ち帰った情報を提示する。それは既に全員に行き渡っているイヤリングの効果がある為、中国語の原文まま、一同に手渡された。
「これは・・・」
幹部の誰かが、息を呑む。それ程までに、この情報は莫大な価値を有していた。入っていたのは、道士達が今現在何処を本拠地としていて、どう言う考えで動いているのか、と言う詳細な情報だった。
これらを総合的に加味出来るだけの頭があれば、少なくとも、狗神家に対する批判を撤回出来る位には、とんでもない価値を有していた情報だった。だが、これだけの情報だ。なんの対価も無しに、とはカイトは思えなかった。
「舞夜」
「叱責は覚悟の上です・・・ですが、我が兄やその賛同者達、そして我が一族郎党は、貴方様に生命を拾われた。これが、私達の忠誠の証です」
カイトが何かを言う前に、舞夜が自らそれを認め、そして頭を下げる。主の命に背いたのは、背いた。だが、それでもこれ程の情報を持ち帰らなければ、彼らの帰参は心情として、許される物では無いのだ。ある種、政治的な判断に近かった。
散った彼らも、自らが失った家族の安寧を再度得る為に、散ったのだ。そこに悔いは無く、悔いがあるとすれば、それは反逆者に賛同した自らの不明の方だった。
「何人、死んだ?」
「三人・・・です、カイト殿」
「そうか・・・」
舞夜の言葉に、カイトが深いため息を吐いた。そうして、暫くの後、口を開く。
「・・・オレの失策だ。すまん。こう言う事はするな、と言うべきだった」
「いえ・・・それでも、我が一族はこうしたでしょう」
カイトの謝罪に、舞夜が首を振る。カイトが言ったのは、手を引け、と言う事では無く、深入りするな、だ。手を引かせなかった自分のミスだ、とカイトは捉えたのである。
そうして、それを受けて、カイトは指をスナップさせて、一同の前に真紅のワインが入ったグラスを出現させる。それが意味する所を悟り、幹部一同がそのグラスに手をかけた。
「狗神家は里を危機に陥れ、しかし今、彼らの力により、里は今後100年の安寧を得られた・・・この真紅のワインは、その為に散った若人の血。これに異論の無い者は、彼らの血を呷れ。以降、狗神家への非難はこのオレが許さん」
カイトはそう告げると、自らがまず一番にワインを呷る。そうしてそれに続いて、幹部達全員がワインを呷り、全員が同時にグラスを机に置いた。こうして、最大の反逆者であった狗神家は、完全に幹部達から許された事になったのである。
「これで、彼ら勇気ある者達の血は、我らと共にある・・・忘れるな、我らの里の為に散った若人達の事を・・・」
グラスを置いて、その次にカイトが口を開いた瞬間、カイトの気配が変わった事を、一同が把握する。彼の中にあった容赦が一切無くなった様な気がしたのだ。そしてそれは、正解だった。
カイトは、数多の死者達の想いを受け継いで、この場に立っている。そうである以上、守る事を託されたのなら、それは彼にとって絶対となったのだ。だからこそ、彼の中に、唯一あった甘さが消えて、本当の悪辣さが目を覚ます。
「これよりオレの名の下に、命を下す。前のクーデターにおいて狗神に賛同した各家に対して、まずは命を下す。貴様らは、沖縄に向かう敵への先陣を担え。狗神家に遅れを取るな。この一戦こそを、汝らの汚名を雪ぐ機会とせよ」
「御意」
カイトの命令を受けて、龍洞寺等、かつての戦いにおいてエリザに反旗を翻した当主達が了承を示す。もう既にクーデターの軋轢云々を言っていられる段階は遠に過ぎ去ったが、それでも汚名を雪ぐ機会は必要だ。それ故に、ここで彼らに忠誠心を示させて、今後の締め上げに利用するつもりだったのである。
そうしてまずはクーデターに加担した者達に指示を下してから、次にそれに加担しなかった者達に指示を下す。
「次に、戦闘に特化した夜魔家以下各家は、中軍として敵を引きつけろ。倒す必要は無い。後で全てに悪夢を見せる」
「御意・・・構成については?」
「好きにしろ。だが、こんな所で無駄に散る必要は無い。奴らにとっては総力戦の一戦だが、こちらにとっては準備が整うまでの時間を稼ぐ為だけの戦いだ。確実に敵を倒せるか、確実に生き残れる面子だけを選抜しろ。これは龍洞寺や冥合の各家も同様だ。敵は総戦力で来る。数で負けるのなら、一網打尽にする策が必要だ。その策の成就まで、耐える事を旨とせよ」
「御意」
当たり前だが、如何に強い彼らとて、魔術を使える兵団を一万以上も相手にすれば勝てるはずが無い。勝とうとするのなら、何らかの策は必要だった。そして当然だが、その策を使える者が、こちらには居た。
「ティナ・・・また、血で濡れる。悪いが、頼めるか?」
「お主よりは、マシじゃろう」
カイトの言葉を受けて、ティナが苦笑気味に告げる。策を弄する、と言う事は、それだけ数多の生命を奪う、と言う事だ。その職責の一旦を、彼女に担わせる事に他ならない。そして彼女には、別に日本の為に戦う理由が無い。そうして問い掛けたカイトに対して、ティナが告げる。
「生命を奪う事に、迷うで無いぞ」
「・・・ああ。たった数ヶ月で、ボケたと思ってもらっては困る。オレは・・・勇者だ。手の中の者を守る為に特化した英雄だ。それ以外についちゃ、気にしちゃいねえよ」
戦いで迷いを見せれば、死ぬのは己か、仲間なのだ。そしてカイトは、自らのエゴに仲間を死なせる訳にはいかない。だからこそ、迷い、殺さない、と言う選択肢はしてはならない。それで得られるのは、当人の満足だけだ。他の何も救われない。救われた様な気になるのが、せいぜいだ。決して、救われていない。
だからこそ、カイトは悪辣に、殺す事を選択する。今後十年は同じ土俵に立てぬ程に、徹底的に、だ。この自らの守る者の為に必要ならば全ての情け容赦を捨てる事こそが、英雄の英雄たる左証だった。そうして決意を新たにカイトは矢継ぎ早に指示を下していき、最後にエリザとエルザに指示を下した。
「エリザ。お前が沖縄に向かう部隊の総指揮を取れ。ティナ、お前はその補佐に就け・・・スパイについては手筈通りに対処しろ。エルザ。何時もの様に、里の慰撫は任せる。安心しろ。こんなくだらねえ戦いで、里の誰も死なせねえよ」
「ええ」
「信じています」
カイトの指示に、エリザとエルザが答える。今回の戦いで、カイトは誰も死なせるつもりは無かった。十倍の兵力を相手にそんな無茶な、と人は言うが、それを為すのが、もう一つの英雄の英雄たる証だ。そして、エリザもエルザもそれを信じている。そうして、全ての指示を終えて、カイトは最後にティナに問い掛けた。
「さて・・・これで、何点だ?」
「悪辣さは、ほぼ満点じゃな」
カイトの問い掛けを受けたティナが、カイトに対して採点結果を告げる。確かに作戦としては幾つかの不備は見受けられたものの、それはティナが修正を加えている。だが、守ると言う事と先を見据えた行動を考えれば、この悪辣さは彼女の教えに沿った物だった。
「良し・・・じゃあ、オレは内藤総理達の所に行ってくる。エリザ、エルザ。後事は任せる」
「ええ」
自らの手勢に全ての指示を与えると、カイトはそのまま取って返す様に東京にとんぼ返りを決める。当たり前だが、襲撃の情報を得た事は既に日本政府にも通達を行っている。まあ、そう言っても軍事衛星からの情報で、既にきな臭さを嗅ぎ付けていた様子だったが。
「さて・・・今度は、敵が味方。たった数ヶ月で、ここまで変わるか・・・ああ、刀花。今からそっち向かうわ。皇殿に連絡よろしく」
カイトは電話を取り出して、刀花に連絡を送る。既に皇志達陰陽師や内藤達日本政府も動き出している。それとの共同歩調を取らなければ、戦は出来ない。
そうして、カイトは二人の姫に里の詳細な準備を任せて、自らは会議に参加する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




