断章 極東海戦編 第5話 家族の為に ――名誉挽回――
カイトが鍛冶に取り掛かっていた頃。カイトの居る『紫陽の里』では無く、遠く離れた中国の内陸部のとある場所においても、真剣な会合が開かれていた。
それを開いたのも出席しているのももちろん、中国という国を遥か過去から牛耳ってきた道士達だった。会合が始まり、お香の火が灯ると同時に、道士達の一人が口を開く。
『・・・兵力の集結状況はどうか・・・』
『・・・そちらについては、既に上海に集結させている・・・これから軍勢を移動し第6艦隊に乗せ、最後の海上訓練に入る、と劉が言っておった・・・』
『まず目指すのは、沖縄で良かろう・・・あそこには表の奴らのスパイ達も大勢潜んでおる・・・そこを押さえれば、如何に新大陸の者共と言えど、容易に動くことは出来ん・・・そうなれば、政治家共も重い腰を上げるはずだ・・・』
『まずは、沖縄を押さえ、日本の西を手に入れる・・・その後、東を手にし、王手を掛ける事にしよう・・・』
口々に道士達が、攻め込んだ後の方策を提案しあう。このために、彼らは長寿である事を活かして100年もの間じっと息を潜めてきたのだ。彼らは矢継ぎ早に、この日の為に考えぬいた作戦を提案しては、修正していく。
とは言え、全てを送るわけではない。当然だが、中には斉天大聖達や他の異族達もまだ居るのだ。日本の陰陽師達が後備を『秘史神』に任せた様に、治安維持の為にも幾許かの要員は残しておかねばならなかった。
『・・・数はどれだけ残している・・・?』
『およそ2000・・・あの島国とは異なり、我らは広大な領土を抱える・・・それぐらいは、必要だ・・・』
『もう1000減らしても良いのでは無いか・・・?』
『・・・いや、先の様に孫行者達の横槍があるやもしれん・・・それを考えれば、大陸で彼奴らを抑止するだけの兵力は必要だ・・・』
道士達の一人の問い掛けを、別の一人が否定する。数日前の斉天大聖達の横槍の様に、彼女らの横槍はありえない話では無い。既に縁は出来ているのだ。そして、義侠心に溢れた斉天大聖だ。その万が一は起こり得る可能性であり、対処しておくべき事案だった。
とは言え、これにはこの一人以外からの異論は殆ど出なかったし、この一人にしてもこれ以上の異論を挟むつもりは無かった。それは簡単な理由からだ。彼らの方が、どう考えても圧倒的に上だからだ。それを、道士達が笑うような気配と共に、指摘する。
『1万3千が1万4千になった所で、大した差はあるまい・・・そも、向こうは先の陰陽大戦において、兵力は激減している・・・更には頭首を狙われた事で、今はまだ関係についても修復は出来てはおるまい・・・』
『満足な連携も取れぬ輩に、1万数千の兵員・・・これを退けられる者は、かの国にはおるまい・・・』
『ふむ・・・それも確かに・・・では、治安維持の方にもう少し回すか・・・?』
元々余裕だ、というのが、彼らの見込みだ。そもそもこの半分の兵力があれば、大抵の国は落ちる。それだけの兵力を差し向ける理由は無い。とは言え、この一人の問い掛けには、多くが否定を入れた。
『・・・百年前の雪辱を忘れたか・・・』
『そも、あの戦いは我らが高をくくったが故の失態・・・たった1000の兵団になぞ、各々の手勢だけで余裕で蹴散らせる、と思ったのが、間違いよ・・・』
『各々が勝手に動き、戦力の逐次投入になってしまい、彼奴らの練度を高めてしまったのが、最大の失策だ・・・あの戦いの所為で、多く技術が奴らに奪われた・・・それを避ける為には、ただ一戦において全てを決するしかあるまい・・・』
かつて彼らが第二次世界大戦で敗北を被った理由は、彼らの驕りが原因だ、と彼らは見ている。そして確かに、それも理由の一つではあった。ちなみに、最大の理由は当時は道士達も共同歩調が録に取れておらず、各々が勝手に軍勢を動かしていた事である。
なお、この道士達の集会が本格化したのは、その敗北を受けての事だ。各々が勝手に手勢を動かして戦力の逐次投入をしてしまうという愚策を取ってしまった上に、その敗北による莫大な数の秘匿技術の流出を起こしてしまい、これは拙い、と流石に道士達も悟り、戦後にこの場の議長役の道士が音頭を取りきちんとした共同歩調を取る様になったのだった。
『総力戦・・・流石に10倍の兵力に抗える者は妖怪達にもおるまい・・・』
『西の押さえはどうなっておる・・・?』
『天使達は様子見を決め込むようだ・・・あれらにとっても、あの島の彼奴は有り難くない存在・・・討てれば良し、とでも考えておるのだろう・・・』
道士の一人の問い掛けを受けて、中国の西側を担当していた一人が答える。彼は天使達から直接聞いたわけではないが、これを期に何かをするのなら、大々的な動きがあっても可怪しくはない。だが、何の動きも見せていなかった事から、そう判断したのである。
そして、これは正しい見立てだった。天使長ミカエル率いる教会の天使達の中でもタカ派の天使達もまた、カイトという強大な存在が疎ましいのは疎ましいのだ。人の子が自らの業の深さを見せて倒してくれるのなら、そうさせる、というのが決断だった。それに対してガブリエル達の心情は少々複雑だが、流石に表立っては動けないのは一緒だ。結局は、総意として様子見が、彼らの決断だった。
『我らの動きとしては・・・待て・・・』
そうして更に動きを話し合おうとした所で、道士の一人が全員に制止を掛ける。そして、彼の求めに違和感を感じて、一同が周囲を見渡す。
『<<蚩尤の戦斧>>』
道士の一人が、違和感の方向に向けて何らかの魔術を展開すると、それに応じて魔力で構成された巨大な戦斧が出現して、飛んで行く。
「つっ!?」
それを見て、思わず声があがる。そしてそれと同時に、何者かが去る気配があった。それを受けて、道士達が即座に指示を飛ばす。
『逃がすな・・・』
『生かしておく必要は無い・・・』
『殺せ・・・』
道士達の指示を受けて、建物内がにわかに騒がしくなり、魔術的な警報が鳴り響く。それは、逃げた者達にも、聞こえていた。
「急げ! この情報をなんとしても、当主に届けろ!」
「ここは俺が押さえる! 貴様らは逃げろ!」
「・・・すまん!」
忍び込んでいたのは、狗神家の手勢の人狼達だった。彼らは狗神の祖父が道士達に囚われた経験から実は密かに道士達の集会所や所有する施設についても幾つかは把握しており、その中の一つに張り込んでいた所、偶然に今日の集会に出くわしたのである。そうして、他の密偵二人を逃がす為に、一人の人狼が殿を務める事にする。
「・・・頭首殿。許して貰ったのに、申し訳ない。私達の裏切りに対する処罰を私達が勝手に下した事を、お許しください・・・さあ、来い! 如何に俺とてそう安々とは死なんぞ!」
彼は既に死ぬつもりだった。それ故に、裏切りを許してくれたカイトに対して、心からの詫びを告げて、自分達を追い詰めようとする敵へと突撃していく。
だが、もとより多勢に無勢、敵にしてもトップ達の護衛だ。熟練の腕を持つ者達で、数分も経たぬ内に、彼は地面に這いつくばる事になる。
「すまん・・・後は・・・頼む・・・」
彼らは、密偵だ。それ故に、遺体は灰一つ残す事は出来ない。それ故に、自らの死と同時に発動する魔術が発動して、彼の遺体は全て跡形もなく消失する。それを見て、道士達の手勢の中でも高位の者が、更に指示を下す。
『追え。如何に人狼といえど、この短時間で山の中をそう遠くには行けまい。地の利は我らにある』
『御意』
ここは、周囲数百キロを山と森林に覆われた陸の孤島だ。それ故に道士達が集会所として使っていたわけだが、普通なら、こんな場所は獣人である人狼族の長けた場所だ。だが、ここは彼らの土地。地の利は彼らにあった。それ故、この結末も必然だった。
「すい・・・ません・・・御当主・・・覇王殿・・・」
更に仲間の一人を犠牲にして東へとひた走っていた最後の一人が、発見から約一時間後に血反吐と共にそう、呟いた。そしてそれを見て、追手達が道士達に連絡を入れる。これで、全ての敵は討伐された事になるのだ。
『・・・老師様。最後の敵の死亡を確認。遺体は完全に滅しました』
『・・・よくやった・・・疾く戻り、ゆるりと骨を休ませよ』
『有難うございます』
報告を受けて、道士達の一人が労いの言葉を送る。そうしてそれを受けて、三人の人狼達を追っていた集会の護衛達が戻っていく。
『・・・犬共はこれで終わりか・・・』
『・・・やはり、油断ならん相手よ・・・ここにまで密偵を入れるとは・・・』
『・・・次からは、別の所を選んだ方が良いのでは無いか・・・?』
『・・・必要あるまい・・・そもそもここは天然の要塞・・・入る事が出来ても、逃げる事は出来まい・・・』
『ここは千年の間攻め落とされぬ要害よ・・・我が祖先が作ったこの場を、舐めるで無いわ・・・敵を内側に入れ込んで滅ぼす・・・攻めの要塞よ・・・入れるのは、道理・・・出れぬのが、この要塞の肝よ・・・』
追手達からの報告を受けて、道士達が安堵と共に、口々に意見を述べ合う。一人が言った様に、ここに入り込むのは、簡単なのだ。だが、出るのが容易では無い。そんな要塞が、ここだった。
『・・・まあ、それは良いわ・・・どちらにせよ、日ノ本さえ落ちれば、こんな話は必要が無い・・・』
『・・・然り・・・では、次を考えるとしよう・・・』
流石に彼らとて、密偵が居る間に何かを話し合う事は無かった。それ故に、討伐が報告されて、再び会議が再開される。そうして、数時間後。全ての段取りが決定して、何時も通りに、議長役の道士が纏める。
『では・・・これより三日後。全ての作戦を決行に移す・・・』
『・・・同意する・・・』
一同の同意を受けて、お香の火が、消えた。そうして道士達全員が消えて、微かに、声が響いた。
「ありがとう・・・皆・・・」
声と共に姿が現れる。それは人狼族の女だった。そう、実は密偵は三人だけでは無かった。この四人目の女こそが、真の密偵だった。三人が見つかるのは、最初から彼らの中では予定されていた事だったのだ。
この四人目の存在を隠す為にこちらから見つかり、敢えて一度警戒させ、そうして全てが終わったと思った後に情報を得られるだけ手に入れさせて脱出させるのが、彼女達の作戦だったのである。
まさか誰も敵が仲間を囮にして逃げるのでは無く、そのまま最深部に潜み続けるとは思わないだろう。そんな盲点を突いた犠牲有りきでの作戦だった。
「カイト殿・・・この叱責は、如何様にもお受け致します・・・ですが、これが、我らの罪の償い方。どうか、無駄にしないでください・・・」
誰もいない部屋の中で、涙をこらえながら、人狼族の女がカイトに謝罪と懇願を告げる。当たり前だが、カイトはこんな事を命じていない。誰かを犠牲にしてやる様な手段を取れ、と言うことは決してありえない。それどころか、叱責する様な性格だ。そしてそもそも、カイトは深入りするな、と命じていたのだ。つまり、これは狗神家の独断だった。
「逃げ道は理解した・・・これで、この要塞は丸裸だ・・・」
三人の若者を犠牲にした策の効果は、絶大だった。内部の警備達は全てが片付いたと思っている上、道士達の会議も終わった事で警備は完全に緩みきっていたのだ。
そうして当たり前だが、どれだけ強固な要塞だろうと、内側の中枢部からなら、弱点は丸見えだ。だからこそ、人狼族の女は楽々全ての情報を入手して、殆ど何の傷害も無く、道士達が最高の要塞と褒めそやした天然の要塞から脱出する。そうして、その日の内に、人狼族の女は『最後の楽園』へと、帰還する。
「舞夜様・・・全て、作戦通りに」
「そう・・・よくやりました・・・」
普通は手に入れられぬ情報を入手して戻ってきた自らの手勢からの報告を受けて、少し沈痛な表情で、狗神の後を継いだ新しい当主が頷く。彼女は、狗神の妹だった。それ故に、兄の咎をなんとか雪ごうとカイトに隠れてこの様な事をしたのだ。
叱責は覚悟の上。だが、それ以前に家族とも言える里を裏切ったのは彼女の実兄だ。それを兄を除く一族郎党全てを許されて、更にはその庇護下の入れられているのに、これぐらいの対価を支払わなければ彼女らの気がすまなかったのだ。
「舞夜様・・・これで・・・」
「ええ・・・これで、我らの勝ちは決まった・・・」
報告者と舞夜は共に、散った三人の若者を偲ぶ。だが、それで得られた情報は、彼らから見ても莫大な資産と言えた。カイトの武力に、それを完璧に活かせるだけの情報。これで負ける方が、どうかしていた。そうして、舞夜は別の手勢に命じて、カイトの下に、会議の要請を送るのだった。
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