断章 第1話 桜舞い踊る季節の出会い
※作者よりのお願い※
断章・2の部分については元々『影の勇者の再冒険』本編にて連載時の物をそのまま持ってきた形となります。一応の履歴として残している、という程度です。
ですので、ここから3話については飛ばして頂いて大丈夫です。いつか断章の時間軸がそこまでたどり着きましたら、新たに書き起こす為です。
桜達が救出されたその夜には亡くなった生徒の遺体は回収され、会議の結果荼毘に伏される事になった。そうして、一夜明けて学園生達の火の魔術で荼毘に伏された。
そうして更に数日が過ぎた頃には、公爵家の医師団の治癒魔術とカウンセリングの甲斐あってか、なんとか学園の全員が最悪の状態を脱出していた。
とは言え、さすがにまだ誰も冒険者としての活動を再開する気にもなれず、どのクラスの生徒たちも教師達も全員、各員の自分の教室や部屋に引き籠もっていた。幸い2年A組の多くの面子は翔を除いて死んだ生徒との関わり合いが薄く、何処か遠い世界の事の様に感じられた為、ショックが薄くまだ回復が早かったし、自棄を起こす生徒もいなかった。その為だろうか。2年A組の教室では、それなりにざわめきが生まれていた。
「なあ、桜ちゃん。」
ソラがふと、声のトーンを落として桜に問い掛けた。
「はい、なんでしょうか?」
「そいやさ、入学した時から俺達・・・つーか、カイトの事時々見てね?なんかあったの?」
「え・・・あ、え・・・」
まさか見ていた事に気付かれていたとは気付いていなかった桜は、ぼんっ、という擬音が聞こえそうな程、一瞬で真っ赤になる。実は昨晩も一緒に添い寝されて、丁度その事を思い出していた所なので、ソラの『なんかあったの』、をつい曲解してしまったのも大きかった。
ちなみにソラに何か悪意があったわけではない。カイトが桜に冒険者全員の一週間は活動停止を命じたので、手持ち無沙汰になって前々から思っていた疑問を問い掛けたのである。
「・・・え?もしかして、その反応・・・」
席が隣だった魅衣が、桜の反応を見てまさか、と凍りつく。この時点で、女子生徒達からカイトが来次第彼への詰問が決定した。この場にいないのは公爵家の面々とこれからと今のところの学園生達の現状を話し合うカイトとティナだけで、実は2年A組の面子は全員教室待機していたのである。
同じ冒険者の生徒には明日は我が身の恐怖であり、やはり復活にも時間が掛かる。一人でいるとヤケになるから仲間と一緒にいなさい、と医師から命ぜられており、それを知った雨宮がなんとか、全員を教室に引っ張りだしたのである。その為、全員がこの話題に食いついたのだった。
「あれ、なんで皆聞いてたわけ?」
既にA組ではそれなりに雑談も再開されており、話題が話題だったのでソラは少しだけ声のトーンを落として話しかけたのだが、何故か生まれたどよめきに全員の注目が集まった事を知り、首を傾げた。
「いや、だっていきなりあんたがそんな話題持ち出すから・・・つい、ねえ。」
「うんー。」
魅衣と由利が思わず顔を見合わせる。そう、全員喋ってはいたが、その実、身のある話はしていなかったのである。ただ単に、色々と迫り来る不安を紛らわせる為、無理矢理に話している素振りをしていたのに近いだけであった。そこに、いきなり興味を唆られる話題が飛び込んで来たのだ。誰もが飛びつくだろう。
「あ、あの、私別に見てませんよ?」
真っ赤になりながら桜が否定する。真っ赤になっている時点でどんな言い訳も無意味だろうが、この時点での桜にはそんな事に気付ける余裕は無かった。それどころか真っ赤になっていることさえ、自覚していなかった。
「嘘。時々天道さん天音の事見てるよねー。」
女子生徒の一人が、その桜の言葉を否定する。実はこれは少しだけ、有名な事だったのだ。注目されているのが色々な意味で有名なカイトであったのでいまいち注目はされなかったが、この反応では色々と勘繰りたくなるのも仕方がない。
「え、いえ、あの・・・あぅ・・・」
「先生、すいません。遅れました。少し気だるかったので、一眠りしていたら・・・」
桜が真っ赤になり、どうしたものかと慌てふためいていると、折り悪くカイトが教室へと入ってきた。ティナはまだ公爵家所属の医師達使う精神治癒術式を調整するために公爵邸に居た為、会議が終わったので先に帰還したのである。そうして、そんなカイトをまだつらいのかと気遣おうとした雨宮が声を出した。
「そうか、まあ、まだ」
「来た!捕まえろ!」
「はあ!?」
雨宮のセリフを遮ってのいきなりの大声に、カイトが慌てふためく。とは言え、カイトは戦場で培った第6感から何か理解不能な身の危険を察知すると、即座に踵を取って返す。
「逃がさないで!追い詰めて!」
こんな状況でも色恋沙汰になると―何処か空元気だが―元気になるのはすごいのだろう。女子生徒が中心となり、全員に号令を掛ける。これはお相手が有名な桜で、なおかつ懸想先がカイトであったのも大きい。
「ちょ、なんだ、これ!」
わけも分からずクラスのほぼ全員から追われる事になったカイトの悲鳴が、廊下の少し遠くで響く。それに何事か、と通り過ぎた後の教室の扉が開き、その度に事情を聞いた桜ファンの面子と面白がった面子がカイトの追走に加わっていく。
「下へ行くわ!包囲網を敷いて!あ、窓から飛び降りた!誰か飛び降りれない!」
「無茶言うな・・・って、冒険者やってる奴!」
「おけっ!こら、待てー!」
「って、おい!スカートは抑えろ!こっちから丸見えだ、バカ!」
「って、きゃー!見んな!あっち向け!あ、でも逃げんな!」
そうして、一気にほぼ全員が出て行った教室に雨宮と何人かの生徒―これは帰って来た場合に備えただけ―と共に取り残された桜は、一人、今から一年と少し前の事を思い出すのであった。
それは、天桜学園がまだ日本にあった頃、まだ桜達が天桜学園高等部に入学する直前の、桜が咲き誇っていた頃の話だ。中学も卒業して春休みも終わりかけ、天桜学園の入学式が迫ったある日、桜は珍しく、トンデモなく大きな失敗していた。
「こ、これは・・・やってしまいました・・・」
楓との集合場所近くのベンチに腰掛けた桜は左右の大きな荷物2袋を見て、どうしようかと頭を悩ませる。2つとも持ってみたがかなりの重量があり、武術を嗜む桜でも、とてもではないが一人で持ち帰れる重さではなかった。本来ならば、実家の誰かに頼んで持って帰ってもらう事も出来たのだが、この時だけは、荷物が荷物なので秘密にしたかったのである。
「・・・でも、政宗様のカバーは欲しかったんです。サンプリの新作が出てたのも気づきませんでしたし・・・この絵師さんのも・・・他にもいっぱい・・・」
失敗したからだろう。誰に問われるでも無いのに、桜は勝手に自白する。まあ、聞いている者も誰もいないが。
「桜、そっちは・・・すごいわね。」
「あ、楓ちゃん・・・どうしましょう・・・」
と、桜が勝手に自白していると、後ろから声を掛けられた。そうして桜は少しだけ涙目で後を振り向き、自身の幼なじみの驚愕の表情を久しぶりに見る。当たり前だが楓の驚愕している視線の先も桜の目の前の二つの巨大な袋である。
そんな楓だが、彼女の両手にも大きめの紙袋がきちんと携えられていた。本日の彼女の戦利品である。
ちなみに、幸いな事に2020年を過ぎた頃から中身が見えない工夫がなされた特殊な紙袋が普及し始めた為、外から見ればちょっと大きな買い物をした少女二人にしか見えないことは、この二人にとって幸いだっただろう。
「桜・・・もう少し抑えた方がよかったんじゃ・・・」
「だって!こっちとこっちの組み合わせをグリーン・ブックスで買ったらこの特典で、ねこのいえでこれとこれだったらこのタペストリーなんですよ!他にもシーブックだとグリブと同じ組み合わせでも限定の描き下ろし特典付録が付いてたり・・・」
そうして始まる桜の熱弁に、さしもの楓も少しだけ後ずさる。
「そ、そう。そこまで喜んでくれたなら、連れて来た甲斐があったわ。」
「はい!」
今回、楓はその道の先達として、初めての桜を伴い少し遠出して都内の某所に来ていたのである。そうして花も恥じらう様な桜の笑顔を見て、楓は本当に桜を連れて来て良かったと思った。そう、次の瞬間までは。
「でも、これ、どうするの?」
「あ・・・」
改めて現実を突き付けられた桜は、楓と共に頭を悩ませる。と、そこで二人に対して声が掛けられた。
「ねえねえ、何か困ってる?」
「俺達だったら手を貸すよ?」
明らかに困っている十人並みを遥かに超える器量の美少女二人だ。男避けもいないのに放っておかれると思う方がどうかしているだろう。そうして、その通り、数人の大学生程度の若い男達が近づいてきた。
二人共さすがに自分達が居る所を見られたくない場所で集合したくなかったので、ちょっと遠くの、若者たちが集まる繁華街を集合場所に設定したせいで、女漁りをしていたちょっとやんちゃそうな男達に見つかってしまったのである。
「いえ、大丈夫です。」
まだナンパなんて滅びてなかったのか、楓が少しだけ意外に思いながらも、家柄的に引っ掛かるわけにはいかないのでそっけなく断る。
「えー、そうかな。だって彼女の方は結構重そうだよ?」
何処かいやらしい笑みで男の一人が桜の左右の荷物を見る。それは見るからにはちきれそうで、何処からどう見ても少女の細腕では持てそうにない物であった。それは現に事実であったので、桜も楓も少しだけ、言い澱んだ。それを見た男達は、いける、と更に押すことにする。
「はぁ・・・だから、大丈夫です。」
「そっかなー。大丈夫だって。僕ら別に何かしようってわけじゃないからさ。ね?」
尚も楓が食い下がるのを見て、別の男の一人が柔和な笑みを装い、楓に告げる。
「さ、じゃあ行こっか。」
本当ならばこの場で逃げたかったのだが、荷物を持てない事が災いし、逡巡している間に二人共強引に手を取られてしまう。おまけにかなりの重量のあった筈の荷物は軽々と男たちに回収され、より一層逃げ場を失くす。
「って、これ何?滅茶苦茶重!」
「ぎゃはは!嘘だろ・・・って、マジ重いし!」
重いのは事実であったのだが、やはり男と言うことか、彼らは少しだけ手こずりつつも桜と楓の荷物を運び始める。それとともに、二人の手を握る男が歩き始めた。
「じゃ、こっちだよ。」
「きゃ。」
そうして二人が小さく悲鳴を上げた所で、救い主が現れた。救い主はたすき掛けにカバンを携えた黒の上着とジーンズ姿の少年だった。
「はーい、そこまで。」
少年はパンパンッ、と手を鳴らしてから強引に二人の手を掴む手を掴み、如何な技かは知らないが体術を使ってその手を解いた。
「あ?」
ここまでくればこっちの物。そう思っていた男達はいきなり現れた少年にいきり立つ。が、そんな男達を無視して少年は桜達の前に割って入り、その姿を隠すように立ちふさがる。
「さっきから見てたけどな?嫌がってる奴を連れて行こうとすんのはさすがにそりゃどうよ?」
少年は肩を竦めながら、男たちに諭す。その顔には呆れがありありと浮かんでおり、誰が見ても見下されているというのがわかるものであった。
「あ?それがお前に何の関係があんだよ。」
「ねぇよ。だが、オレの前で女拐おうとすんのはいただけねえって話だ。」
バカにされている、それがわかった男たちが尚更いきり立つが、少年は何ら平然とそれを受け流した挙句、平然と言い返した。
「はっ、この人数相手にやろうってのか?」
「ヤレるならな。」
いきり立つ男たちに対して、再び少年が肩を竦めて挑発する。いや、少年の方は挑発に聞こえるだけで、実際には呆れているだけだが。
「なら後悔・・・ぐぇ・・・」
そうして男の一人が遂に少年に殴りかかった次の瞬間。少年の掌底が殴りかかった男の腹にめり込んでいた。
「なっ・・・」
あまりの早業に、男たちが瞠目する。そうして崩れ落ちる仲間をただ見ていた男たちだが、ふと、その中の一人が少年の顔をじっと観察していた。
「さて、次は?」
と、崩れ落ちた男を放置して、少年が問い掛ける。周囲は既にそれなりに騒然としていたが、喧嘩の気配を感じ取った面白半分の野次馬が携帯を取り出して写真を撮っただけで、誰も警察に通報する気配は無かった。と、そこでそんな群衆の中から声が上がる。
「ちょっとすんません・・・お、いたいた。おーう、カイト。何やってんの?」
そうして群衆の中からやって来たのも、これまた少年、というかソラだ。彼は平然とこの中に割って入ると、気軽にカイトに声を掛けたのである。いきなり割って入ったソラに呆然となる男たちを他所に、そんなソラに気配で気付いたカイトが、不機嫌な声で抗議する。実は男たちに若干攻撃的だったのは、彼に延々20分も待たされたからの八つ当たりが多分に含まれていたのである。
「あ?人助けと正当防衛。つーか、おせーよ!集合20分前だろ!三枝も小鳥遊もティナもうちの愚妹も全員先に行ったぞ!」
「性格変わるほどかよ・・・いや、まあ遅れたの悪いんだけどよ。」
「なんで遅れたんだよ?」
「あー、出掛けしに親父と雷造さんに見つかった。で、親父は出かける所だったんで良かったんだけど、雷造さんはまんま残っちゃって入学式に親父が来るだの何だのと言われて、電車数本逃した。」
「連絡入れろよ・・・」
「あー、わりわり。」
あまり悪いと思っていないソラにカイトが呆れる。しかし、ソラが雷造に見つかり出遅れるのはそれなりに、というかカイトが彼に会っても時々立ち話で遅れるので、あまり強くは言えなかった。ちなみに、連絡を入れるのは道中電車で本を読んでいたら完全に忘れていたらしい。
「で、こいつらは?」
「あ、なんかナンパつーか、女拐おうとしたんで、止めた。」
「へぇ・・・」
そうして、カイトの言葉を受けたソラが獰猛な顔で男たちを睨む。それと同時に、ソラの顔を正面から見る事になった男達の一人がはっとなった。
「お前・・・もしかして天城か!」
「あぁ?誰だてめ?俺はお前みたいなのしらねえぞ?」
名前を呼ばれたソラが、自分の名を呼んだ男を睨みつける。その眼光はかつてよりも若干鋭さと角は取れているが、それでも、並の男たちよりも眼光は鋭かった。
「ひっ・・・って、待て、まさかお前は・・・」
そうして睨まれた男が思わず身体を居竦ませる。そうして、居竦ませた彼だが、ソラと気付いてもう一度はっとなる。ソラが仲よさげにしていて、同じく高身長―この時点で二人共転移時点と殆ど変わらない背丈―の男なぞ、彼は一人しか知らなかったのである。
「ははっ、有名になるのもデメリットだけじゃねえな。何なら、御子神・・・御子柴によろしく言っておこうか?」
「み、みこし・・・い、いえ、結構です!お、おい!行くぞ!」
どうやら彼は天神市の出身者だったらしい。年代から二人の伝説をよく知っていたであろう彼はカイトの顔に三日月に裂けた様な笑みが浮かぶのを見て、ヤバイと気付くと即座に仲間の腕を掴んだ。
「あぁ?なんでよ。」
「いいから!急げ!この二人には絶対に喧嘩売っちゃなんねえんだよ!」
そうして遠ざかっていく彼らだが、途中で納得の出来ない仲間も男から事情を聞いて、大慌てで飛ぶように逃げていったのであった。
お読み頂きありがとうございました。




