断章 四聖軍編 第21話 闘戦勝仏
インドラの自宅のあるインドからカルナの勧めで日本に帰る為転移術で転移したカイトだったが、何故か途中で強引にそれが途切れて、地脈から放り出された。だが、放り出されたのは、彼だけでは無かった。
「うぉ!」
「んぎゅ!」
「む・・・」
カイトに続いて、インドや日本でも名立たる神々と大妖怪が地脈から強引に放り出されて転倒する。唯一平然としていたのは、信綱ぐらいだろう。アンリでさえも困惑の表情を浮かべていた。
そうして一同は一様に身体を起こして、現状を把握する事にして、周囲を見回す。そして理解出来たのは、そこがかなりの広さを誇る球技場の様なスペースだった、という事だった。
「いったたたた・・・なんだ? どっかの球技場か?」
「あいたぁ・・・あたし何にもやってないけど・・・」
「いつつ・・・大方転移中にどっかのハブで地脈が途切れて、強引に放り出された、だろうな。大方工事やって・・・じゃ、ねえみてえだな」
地脈で転移する転移術の技術的な困難さを除けば唯一と言っていいデメリットが、地脈が途切れれば当然だが、そこで放り出される、という事だった。そして当然だが地脈の上には自然や人の営みがある以上、極稀にであるが、それが転移中に途切れてしまう事はあるのだ。原因も様々で、土木工事で地脈の流れが変わった、から土砂災害で流れが途切れた、という事は十分にあり得た。
というわけでインドラが大方中国の開発事業の一環で偶然にそれに巻き込まれたのだろう、と予想したのだが、目の前に現れた多数の兵士らしい軍団を見て、考えを自分で否定する。そうして否定した彼はそのままの流れで彼らに問い掛けた。
『さて・・・一応、天帝の名で聞いておく。誰だ?』
この状況で味方、という事もお目通りを願う、という事もあり得ないので、インドラが雷を纏いながら敵意を滲ませて問い掛ける。だが、そんなインドラの問い掛けを無視して、隊長らしい男が横に居た金髪の男性へと、問い掛けた。
『この中に<<深蒼の覇王>>は居るか?』
『・・・真ん中の男が、そうだ』
金髪の男性は言うまでも無く、アレクセイだ。彼は後ろ手に縛り付けられていて、おまけに何度か暴行にあったらしいアザ等が見て取れた。更にその横には気絶しているらしいエリナが一緒だった。
「・・・うん。大体理解した。取り敢えず、あれは助けた方が良さそうだな。ガキ死なれると寝覚めが悪い」
そんな会話と状況を見て、カイトが大凡の状況を理解する。そしてそれは他の面々も一緒だった。そうして同じく状況を把握したインドラが申し訳なさそうにカイトに謝罪した。
「すまん。俺の所のホテルの従業員に英国のスパイが居てな。大方そこから、だろう。あいつが変な動きをしていた、という報告が入っていたが・・・まさか掴まれるとは思っていなかった」
「いや、まあ、しょうがないんじゃない?」
「お前も悪いんだろーが」
「いたっ・・・もう」
一切悪びれる事なくしょうがない、と言った斉天大聖に対して、スサノオが頭を叩く。そもそもでカイトのしっぽを掴まれたのは、彼女が大暴れしたからだ。となれば、根本的には酒に酔って道に迷ったインドラと、大暴れした彼女が悪いのである。そんな彼らを横目に、カイトが申し訳無さそうなインドラに申し出た。
「まあ、取り敢えず・・・インドラのおっさんとアンリ殿は不戦の方が良いと思うが?」
「だろうな・・・すまん。俺が出ると国際問題に発展しちまう」
「なら、俺は待機しておこう」
インドラは自らの失態である以上、自らの手でなんとかしたいのは山々であったのだが、それをしてしまうと国際的に大揉めに発展してしまう事になる。どう見ても彼が狙われているのではなさそうなのだ。ならば、彼とアンリは出られないのであった。
「さってと・・・」
『問うておくが、如何な要件でこのような事をした? 我々はこれより高天原に向かう神と、その連れ添い。これが如何な理由であれ、貴様らは神に弓引いているのだぞ?』
カイトはしゃべる言葉を英語に変えて、目の前で戦闘開始の合図を待つ兵士達に問い掛ける。どうやら彼らは何かを狙っているらしい。カイトの問い掛けに対して答えた。
『貴様が、<<深蒼の覇王>>で良いのだな?』
『ああ、そうだが? ちなみに、他はスサノオ殿、インドラ殿、斉天大聖殿、アンリ・マンユ殿、貴様らは知らんかも知れんが、神々にはその名高き剣神殿だ。それを理解して、弓引いているのだろうな?』
『さて・・・我らは我らの国に入った不審者を捕らえただけの事だ。神々が入国する、という事は日本国からもインドからも聞いてないな』
カイトの問い掛けに対して、兵隊の隊長らしい男が答える。それは神々が来るなぞ聞いていない、という屁理屈だった。そしてそれは当然だが日本からもインドからも言っていない以上、正しい事だった。だがそれに対して、インドラが口を開く。
『ほう・・・貴様らは中華大陸に居ながら、この天帝の姿を知らぬ、と?』
『ああ、知らんな』
何を狙っているのかはわからないが、現状ではどう足掻いてもこちらからは手を出せない。もし出せば、向こうに大義名分を与えてしまうからだ。それ故、インドラの問い掛けに対しても隊長格の男は平然と答える。そうして行われる会話の中、カイトはアレクセイが口を動かしている事に気付いた。
(・・・ん? なんだ・・・?)
『ア・ン・チ・ゴ・ッ・ド・シ・イ・ル』
(アンチ・ゴッド・シール・・・? <<対神封印>>? <<対神結界>>!?)
インドラ達に敵との会話を任せて、カイトが読唇術でアレクセイが何を言いたいかを読み取って、思わず目を見開いた。そして、それを見て、敵もカイトがそれに気付いた事に気付いた。
『っつ! 貴様っ!』
『ぐっ・・・』
『ちぃ! まだ準備は完璧では無いが、結界を展開しろ!』
兵士に後ろから殴打されたアレクセイはそれで気を失う。そしてそれに隊長格の男も気付いて、大声で合図を送った。
ちなみに、兵士達が必要以上にアレクセイやエリナを傷付けようと思わないのは、アレクセイ一家が英国にとって重要人物である事を理解していたからだ。今後何らかの交渉を行う際に使える、と見ていた為、よほどの抵抗をしないかぎりは怪我をさせないよう丁重に扱え、と命ぜられていたのである。
その為、人質であるエリナには一切の傷が付けられていなかった。もしまかり間違って傷物にでもしてしまえば、今後の英国との交渉で優位にはならない、と考えたのである。それに、ここ以外にも人質は居る。なら、安易に傷を付ける理由が無かった。
「<<対神結界>>が来る! 全員、身構えろ!」
敵の隊長格の男が声を上げると同時に、カイトが全員に注意を促す。<<対神結界>>とはその名の通り、神様の力を封じる為の結界だ。当たり前だがこんな物は簡単に展開出来るわけが無く、数日前から入念に準備されていた事が理解出来た。
「ぐぅ!?」
「むぅ・・・」
「ほう・・・見事な悪道。神さえも謀るか」
結界の展開に合わせて、神様であるインドラ以下スサノオと信綱、アンリ・マンユが顔を顰める。地面から湧き出した奇妙な茨に絡まれてしまったのだ。当たり前だが彼らは純粋な神様だ。それ故、<<対神結界>>は十二分に効力を発揮したのである。
ちなみに、こんな物を使った所で神様に勝てるはずは無いが、それでも一時的に介入を避けられるだけの力はある。なにせ<<対神結界>>は地脈を堰き止めて魔力をプールさせ、それを用いて極僅かな時間だけ神様を止める為の結界なのだ。如何に神様といっても、地脈の莫大な力を使われては動きは制限されるのであった。
『ちっ、奴は神ではないか! 構わん! 射て! この場に神はおらん! 遠慮するな!』
「ちっ・・・やるしかない、か」
隊長の号令に合わせて一斉に放たれた矢や魔術の数々を前に、カイトは意を決して大剣を取り出す。彼らが言った事は、道理ではある。この場に、正式な手続きを踏んで神として降り立った者は誰一人として居ない。ならば、他国からなんと言われようと、知らぬ存ぜぬを貫き通せば良いだけの話だった。
流石に神を殺すなんてことは出来ないが、正式な手続きを踏んでいない以上、インドラ達もこの現状に文句は言えない。言わば密入国の状態なのだ。そんな事を公に出来るはずが無かった。
「カイト、インドラ達を頼むね」
「は? あ、おい! お前も一応中国の」
「あんた達もあたしの事を忘れて貰ったら、困るなぁ」
カイトの制止も聞かず、斉天大聖は無数の攻撃に前に躍り出る。彼女も一応は、中国を拠点とする女怪の一人だ。それ故にもとより戦力としては数えていなかったのだ。それ故、カイトは彼女を制止したのである。
だが、そんな事はお構い無しに、彼女は取り出した<<如意金箍棒>>を振り回し、構えと取った。
「はっ!」
気合一閃。斉天大聖は巨大化した<<如意金箍棒>>を振り回し、自らに向けて向かってくる様々な攻撃の数々を一息に全て破壊する。
そうして更に続けてくるくると<<如意金箍棒>>振り回して業風を生み出して、爆炎を吹き飛ばした。
『なっ!?』
そうして現れた斉天大聖を見て、<<四聖軍>>の兵士達が驚きを露わにする。彼女は出てこない。そう、彼らも判断していたのだ。当たり前だ。彼女は中国を拠点とする存在。そんな存在が、中国の政府に繋がる彼らに反抗するとは、思っていない。
『孫行者!? 何故、お前が出て来る!? 貴様は我らに・・・国に喧嘩を売るつもりか!?』
『何故? 逆に聞くけどね・・・あんた達、何故あたしが出て来ない、って思ってるわけ?』
腕に着けた金色の髪留めで長髪を結い直しながら、僅かばかりの怒りを滲ませた斉天大聖が返す。それは明らかに呆れている風があった。
腕に着けた金色の髪留めは、旅の終わりに消えた自らを戒める<<緊箍児>>の代わり。もう二度と愚かな事はしない、という想いの現れ。奇妙な模様は、その<<緊箍児>>を模した物だった。これを見れば確かに、インドラが言うように、彼女の更生が出来ている、と言えるだろう。
そうして、長髪を結い直した彼女は<<如意金箍棒>>の片側をとん、と地面に付けて口を開いた。
『あたしはね・・・あの唐の時代。あの馬鹿みたいに馬鹿正直なお師匠様と一緒に、あんた達みたいな下衆を嫌というほどぶっ飛ばしてきたんだ』
何処か昔を懐かしむように、斉天大聖が語り始める。それは一種の神々しささえ、纏ったものだ。まさしく、彼女が仏門帰依した一つの神々しさだった。
『良いか? 一つだけ、教えておいてやるよ。あたしに対してお師匠様が教えてくれた事の一つに、子供に手を上げるな、ってのがあるんだ。子供は金銀財宝にも勝る宝だから、大事にしなさい、って。お師匠様の教えは、あたしは一つ足りとも忘れちゃいない。そのあたしの前で、あんた達は子供を人質にしてる。子供を人質にして親脅して従わせる様な輩をぶっ飛ばさないと、あたしはあたしじゃない』
ある種の神々しさを纏ってそう告げる彼女は、明らかに仏教の教えに反しているのに、まさしく仏と呼ぶに相応しい存在だった。
そうして、斉天大聖は唖然とする<<四聖軍>>の兵士達を前にして、再び<<如意金箍棒>>をくるくると回転させながら、背中側にまわして何らかの構えを取って小さく、つぶやいた。
『お師匠様・・・言いつけ破っちゃうけど、闘戦勝仏はお休みで良いよね』
本来は天帝として止めなければならないはずのインドラさえも見惚れさせた彼女は、小さくそうつぶやいて、最後の最後に、目を見開いて大見得を切った。
『よく聞け! あたしの名は<<斉天大聖>>・孫 悟空様だ! 文句のある奴は掛かって来な!』
まさに、古来から様々な講談に語られて子供達を魅了し続けてきた大妖怪・孫悟空。そう呼ぶに相応しい闘気を漲らせながら、彼女は千の敵を睨みつける。
それは明らかに伝説の再現で、<<四聖軍>>の兵士達さえ思わず、息を呑む。そんな飲まれている敵を、カイトが見逃すはずが無かった。
『ぐぇ・・・』
『何!?』
くぐもった声が響いて、隊長格の男が横を振り向く。するとそこではアレクセイとエリナを捕えていたはずの兵士が倒れていた。そしてその代わりに立っていたのは、飲まれた彼らの隙を見逃さず一瞬で間合いを詰めたカイトだった。
『なんかよくわからんが・・・取り敢えず、こいつらは貰っておく』
『しまっ』
『いいぜ! もうこうなりゃ好き放題やっちまえ! こいつらとインドラのおっさん達はオレがなんとか解呪する!』
しまった、と思った隊長格の男を無視して、アレクセイとエリナを抱きかかえたカイトが大声で斉天大聖に告げる。それを受けて、斉天大聖はにぃ、と犬歯を見せて笑みを作る事で答えた。
そしてそれに同じく獰猛な笑みを返して、カイトが転移術でインドラ達の近くにアレクセイとエリナの二人を非難させる。
『さぁ、行くよ! 孫悟空様のお通りだ! 邪魔する奴はただじゃおかないからね!』
カイトの援護でもはや気にする物も無くなった斉天大聖は、かつての獰猛な笑みを浮かべて、<<如意金箍棒>>をぶん回しながら目の前で唖然とする兵士達の中に、突っ込んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




