断章 インド遠征編 第17話 やんちゃ者達
斉天大聖を仲間に引き入れて香港を後にしたカイト達やんちゃ者一同だったが、その後の道のりは決して平坦な物では無かった。というのも、ある種当たり前であるが、この面子が揃っているのだ。揉め事が起こらないはずがなかった。
「はーい、終わり終わり」
ぱんぱん、と手を鳴らして、インドラが手についた汚れを払い落とす。そんな彼の後ろは、死屍累々の様相を呈していた。幾ら自らが弱い弱いと嘆こうとも、彼は曲がりなりにも軍神で、莫大な力を保有する神族の王様なのだ。凡百の存在が勝てるはずが無かった。
「次から喧嘩売るときゃ、相手見てからにしろや」
後ろを流し目で見ながら、インドラが山積みになった愚か者達に告げる。この戦いに、カイトは参加していない。いや、斉天大聖もスサノオも参加していなかった。
「じゃ、次は俺の番だな」
「まだありゃな」
スサノオの言葉に、インドラがため息混じりに告げる。さて、そんな彼らだが、何故こうなったのか、というと結局の所は酔っ払っていたから、という所が大きい。中国内陸部で暴れていた地元の異族達を見掛けて、つい介入してしまったのである。手を出さなかったのは、言うまでも無くインドラ単独で十分だから、だ。と言うよりこの場の誰か一人で十分だ。ということで、じゃんけんの結果で、集団に対しての対戦順を決めていたのである。
まあ、インドラも酔っていたからなのか、喧嘩両成敗とでも言わんばかりに、地元の治安維持部隊まで一緒に気絶させていた。おそらく、一応は正体がバレない様に配慮した、のだろう。
こんな所にインドの神々の王インドラと斉天大聖、日本でも三貴子と敬われるスサノオ、現在裏世界では話題沸騰中の<<深蒼の覇王>>だ。集まっているのがバレて碌な事にならない事は目に見えていた。そうして、幾度目かの戦いにならない戦いを終えて、スサノオが顔をしかめてつぶやいた。
「にしても・・・若干治安が悪いな。まだ隠蔽はされているから良いんだが、これじゃあかなりの数の戦闘が起きてるだろうに・・・」
「しゃーねえだろうさ。今の道士達率いる<<四聖軍>>は揃いもそろってウチかそっち狙いだ。治安維持部隊まで引っ張ってってるな・・・無茶しやがる」
スサノオの言葉に、インドラが顔を顰めながら自らが得られている情報を伝える。<<四聖軍>>とは道士達が所有する魔術師達の手勢の事だ。中国の国軍からさえも独立した兵力であり、もはや彼らの私兵組織と化している軍隊であった。
「インドも狙われているのか?」
「こっちは国境線があるからな・・・お前さんと同じ考えだ。まあ、俺もだがな」
カイトの問い掛けに対して、特別隠すことも無くインドラが認める。隠すべきではある情報なのかもしれないが、そのつもりはない。というより、巻き込むつもりで語っているのだった。
というのも、インドラは天帝ではあるが、これらは仏教系に近い。インドが発祥だ。それ故に彼の優先度はインドの方が大きかったのである。
それに、中国は基本的には、道士達の更に上。仙人と言われる者達の領域だ。それ故にインドラが大々的に関わる事が出来なかったのである。
「敵の敵は味方、ね」
「表はともかく、と言いたい所だが、ウチは裏はともかく表でな。道士達も、勿論表の奴らも俺の指示下には無い。残念な事に表同士が仲が悪くてなぁ・・・万が一来た時には裏も一緒に来る可能性が無いとは言えん。逆に裏がお前さんとこに掛り切りにさせて、表を派兵する、という可能性もあり得る」
カイト達が魔術師・異族達の世界を裏というように、表と裏は切って切り離せない存在だ。どうしても、両者共に影響を受け合ってしまう。お互いに正確な敵は異なるが、その敵の母体が同じなのだ。結局は敵が同じ、と見なせたのである。
「ったく・・・西の奴らのがやばいってのに、これだから人間は・・・って、すまんな。お前も人間か」
インドラが人間ならではの軋轢に巻き込まれて居る者特有の愚痴を吐いたが、その場にカイトが居た事に気付いて苦笑混じりに謝罪する。
それに対してカイトは肩を竦めるだけだ。別に気にする必要の無い事だったからだ。彼も言うなれば、異族側に近い存在だ。そんなインドラの気持ちは理解出来たのである。
それに苦笑していた表に密接な二人だったが、ふと少し寒い風が吹いた。10月も中頃を過ぎた事で、夕暮にもなると少し寒い風が吹く事もあったのだ。
「うっと・・・ちょっと冷えてきたな。後3回経由して、俺の自宅だ。こっちだ。さっさと行こうぜ」
ぶるり、と体を震わせたインドラが、一同に先立って再び転移術を使用する。一度どこかを経由する事になったのは、酔っていた所為で地脈の流れの読みを間違う可能性があったからだ。念には念を入れたわけである。まあ、そのせいで先程みたいに何度か喧嘩を目撃して、介入する事になったのだが。そうして、三度の経由を経て、インドラの自宅にたどり着いた。
「あれ? ここ? 間違ってない? あたしがほーちゃんと一緒に忍び込んだ時は、もっと小さかった気が・・・と言うか、天界にある自宅にそっくり?」
「お前ら何してんだよ・・・ああ。ここが、俺の自宅だ」
「・・・でか!? 前に見た時よりもでかくなってないか!?」
「表の商売が順調でな。でかくした。そっくりにしたのは、住みにくいからな」
スサノオの驚愕を受けて、少し自慢気に自らの自宅の前で胸を張る。彼の自宅は神様であるスサノオが驚くのも無理は無く、豪邸というよりまさに宮殿だった。もし何の前情報も無しなら、神話の世界をそのままそっくり持って来た、と言われても信じた程の大きさだったのである。
「それに、ある程度は大きくしとかないと、表に家を構えない奴らの泊まる場所も必要だからな。まあ、ガキどももまだ仕事中だろうし、気にしなくていいだろ。今は誰も来てないだろうしな。入ってくれ」
インドラが自宅の鍵を使って、門を開く。使用人等が出てくる事は無かったが、横には車が数台停車していた。それの一台に乗り込むと、勝手に自動車が動き始める。
「良いだろー。自動運転車。今年出た新型だぞ」
「俺達に必要無い気もするけどな」
「てめえん所の経済に貢献してやったんだから、少しは褒めろよ」
自慢気なインドラに対して、スサノオはあけすけだった。そんな彼に対して、インドラが少し拗ねた様に返す。どうやらこの車は日本製らしい。
まあ、この様子だと彼が買いたいからかったのかもしれない様に見えるが、実際は違う。実際の所、酔って帰って来たインドラを運ぶ為に、これが使われているのであった。つまり、購入を決めたのは息子のアルジュナだった。
「さって、じゃあ、カイト。荷物出してくれ。一勝負は明日にして、今日はこれ飲み終えたらこっちの酒を飲ませてやるよ」
「あいよ」
自動車を下りて自宅に入ってリビングらしき大部屋に通されてすぐに、インドラがカイトに告げる。その顔には今すぐ飲み始めたい、という思いがあった。そうして、一同は時差でまだ明るいインドの大豪邸にて、酒盛りを始めるのだった。
カイト達が酒盛りを初めてから、およそ5時間後。太陽もとっぷりと沈んだ頃。インドラの自宅に誰かが帰って来る気配があった。まあ、彼の自宅で息子達も一緒に暮らしている、という所を見ると、彼らだろう。
ちなみに、インドラにせよ息子のアルジュナにせよその好敵手のカルナにせよここでは無くインドラ達が所有する異空間の方に家族が住んでいる為、こちらには居ない、との事だった。そうして、しばらくすると声が聞こえてきた。それは一人では無く、二人分だった。
『誰かが居るな・・・この言語は日本語か』
『この大声はどうせ父上だろう・・・客人を連れて帰る、とおっしゃっていたからな』
二人の内、片方がため息混じりにこちらにやってきて、扉を開いた。それを見て、インドラが告げる。ちなみに、ここに来るまでにこちらの正体を把握したらしく、彼らも日本語で話した。どうやら合わせてくれたらしい。
「おーう、お前ら仕事終わったなー。お前らも飲むか?」
「ああ、かたじけない。インドラ殿」
「はぁ・・・皆さん、この度は父がご迷惑をおかけいたしました・・・」
カルナはインドラの申し出に投げ寄せられたコップをキャッチして頭を下げて、こちらにやってきて座って宴会に参加し始める。それに対して、父のここまでにやったであろう迷惑を察してアルジュナが頭を下げる。
「ああ、良いって、アルジュナ。別に慣れてるからな」
「・・・いや、スサノオ殿。申し訳ない」
「まあ、良いからお前もこっち来て座れって・・・おい、カイト。ちょっと席空けてやれ」
「あ、おっと・・・アルジュナ殿、こちらへ」
「ああ、すまない」
挨拶と謝罪をそこそこに、アルジュナがカイトの空けたエリアに座る。流石に彼とて仕事も無いのに酒を飲まない、という事はあり得ない。彼も元は戦で活躍した英雄だし、おまけに父親にしても酒豪のインドラだ。飲めない、という事もあり得なかった。
「いや、本当に申し訳ない。父が迷惑を掛けた」
「いや、良いって。おかげで観光旅行に近い事になっていたしな」
暫く飲むと、アルジュナは謝罪を繰り返す事がわかった。それも大半が父のインドラに関する事だ。そうして更にもう一つわかったのが、彼は酔うと愚痴を言いまくる、という事だった。
「はぁ・・・父上。貴方は本来は神々の王なのですから、もう少ししっかりとして頂ければ・・・それこそ何時も軍神足り得るあの威厳さえ保って頂ければ、私も何も言いませんよ」
「ははは、アルジュナ。流石にインドラ殿からこのいい加減さを取ったら私もインドラ殿の呼び出しに応ずる事はなかった」
そして更にわかったことが、アルジュナが愚痴を言えば、カルナがそれに苦笑気味にやんわりとフォローを入れる、という事だった。神話ではライバルとして幾度も凄惨な戦いを演じあった二人であったが、こうやってそれもなくなれば、本来は相性が良いのかもしれない。
「あ、悪いんだが・・・トイレ何処だ?」
「あ、ああ、すまない。えーっと・・・」
「ああ、いや、私が案内しよう。カイト、こっちだ」
「すまん」
カイトの問い掛けに応じて説明を行おうとしたアルジュナだったが、それに対してカルナが先に立ち上がり、案内を買って出る。そうして二人が立ち去った後、アルジュナがため息混じりに父親であるインドラに報告を開始した。
『まったく・・・気の回る奴だ・・・父上。手筈は全て整っています』
『そうか。いや、わり。あいつらにも悪い、つっておいてくれ。今俺が動くとバレるからな。明日にゃ俺の方からくすねてきてる酒でも振る舞うわ』
『わかりました・・・ですが、あの身のこなし。只者では無い事は、間違い無さそうですね』
『極東の剣神殿に弟子入りが認められる腕前だ・・・悪くは無いはずだ』
カルナが案内を買って出たのは、何も好意からでは無かった。万が一報告を行っている最中に道がわからないと帰ってこられでもすれば面倒なので、帰ってこない様に、もしくは帰って来ても問題が無い様に、カルナが監視役としてついていったのである。
そうして、インドラの言葉を聞いたアルジュナが少しだけ目を見開く。彼とて、日本という特殊な風土が産んだ特殊な神の事は知っていたのである。そして同時に、彼も戦士だ。強者の話を聞いて血が沸き立つのは、ある意味仕方がない事だった。
『ほう・・・それはまた・・・事実とすれば、面白い』
『面白かったのは、あの二人の戦いの方だぜ。てめえら何考えてるのか知らねえが、少なくともあれを見りゃ、武芸に安心が持てるだろうよ』
『ま・・・そうだから、俺ももうやらなくて良いんじゃないか、と思ったんだがな・・・逆にそれを言ったら向こうがやる気満々になってな。どうせ準備も進めた事だし、とそのままで良いだろ』
スサノオの言葉にインドラも同意するが、再度の確認が悪いわけでも無いし、これからの事を考えれば、本来のカイトの力を見ておく事は解くでもあった。なので、インドラは敢えてそのままにしたのである。
ちなみに、インドラにスサノオ自身が告げた様に、何をやるのかは知らないが、何かをやるだろう事は彼も察している。と、そこに何処からとも無く、一人の男性が現れた。
『ああ、アンリ・・・って、お前来るなよ』
『何。貴様の宮殿のトイレは遠い。帰って来るにはまだ時間が掛かるだろうさ』
男は適当な酒瓶を一つ鷲掴みにすると、そのまま背を向ける。どうやらインドラの言葉から彼も今回の策略に一枚噛んでいるのだろう。なのでバレない内に退散するつもりなのだった。
『これはもらっていく。貴様らだけ飲む、というのもおかしな話だろう? 奴も不満を述べていた』
『奴は何時も俺には文句言うだろ・・・悪いな、我儘を聞いてもらってよ。奴にもそう言っておいてくれ』
『俺は俺の意思に従って、悪を選択しただけだ。俺は職責として悪を担うが、俺そのものが悪というわけでは無い。奴の方はただ単にあれに興味を覚えただけだろう』
『奴はともかくとして・・・<<絶対悪>>が言うべき事かよ』
インドラの言葉を聞いて、アンリが一度立ち止まる。そして背を向けたまま、インドラに対して何度目かになる彼独自の講釈を語った。
『悪者が悪を胸にして、悪道に殉じるというのもおかしな話だろう? 悪者が道に殉じるなぞ、それは悪者では無く人に悪道とは何か、その征く果てが何か、を指し示す悪の聖者だ。他者を出し抜き、他者を謀り、他者を欺いて生き残るのが、悪者だ。自らの筋を通しては悪党であっても、悪者足り得まい・・・ああ、それと・・・いつも言うが、俺はアンリでは無くアンラ、またはアーリマンだ』
『何時も知ってる、つってんだろ。第一アンリ・マンユも間違いじゃねえだろ。それに、アンラじゃ可愛げねえだろ? この間だってクラブでアンリの方が女受け良かったじゃねえか』
去っていくアンリの背中に、インドラが笑いながら声を掛ける。これはお互い馴染みのやり取りだ。それにアンリは少し笑った様な気配を出しながらも何かを返す事なく、消え去った。その数分後に、カイトが帰って来て、再び一同飲み始めるのだった。
アンリの本当の名は、アンラ・マンユ。もしくは、アンリ・マンユ。ゾロアスター教に置ける『絶対悪』を拝命する存在。ありとあらゆる悪に通じる、悪の権化。
だが、そうであるが故に、彼は悪者でも悪党でも無かった。悪を知り尽くすという事は、裏返せば善を知り尽くす事にほかならない。善行では無いが故に、悪行なのだ。逆もまた然りだ。ならば、善を全て識らなければ、出来るはずが無い。そんな善の全てを識る存在が悪であるとすれば、それは敢えて悪道を進んでいるだけだった。
何の為か。彼は人の為の神様。ならば、彼が悪である理由は即ち、『人』の為だ。『人』に悪とは何か、を示す為に、彼は敢えて悪道を征くのだ。そのような存在が、悪党でも悪者でもあろうはずが無かった。彼の言葉を借りるなら、それこそ『悪の聖者』であった。
つまり彼の今回の行動は善悪を越えた、『人』のためだった。彼は悪道に殉ずるつもりはあっても、無意味に滅ぼされては、単に自然のルールに従っただけになってしまう。それでは、彼の望む『悪道』を完遂出来ない。『悪道』の果てが『善』の正しき怒りによる破滅であってこそ、初めて彼の神としての職務が終わるのだ。そんな無意味な死を望むはずが無かった。
そうして、神々の王と善悪を知り尽くした神様が行った策略は嵌められた当人が悟ることも無いまま、決行の時を迎えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




