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断章 守護者奔走編 第6話 トップ対談 ――米国――

 カイトが米国ホワイトハウスの大統領執務室に入ると時同じくして、ホワイトハウスの警備隊の司令室にあたる部屋では極限の緊張に包まれていた。今回の彼らの任務は、見えない相手から大統領を警護しろ、という非常に困難な任務だったからだ。


『・・・重力の偏向感知センサーは?』

『今持って来させています。が、ワシントン大学からの輸送ですし、大急ぎで用意させても、もう暫く時間が必要です』


 彼らがホワイトハウスに常備している検査機では、どうやってもカイトの存在を掴む事は出来なかった。それ故、彼らは煌士が主導して作った重力場を感知する為のセンサーの小型タイプの物を大急ぎで用意させていたのである。これは万有引力の法則を利用して重力場の歪みを検知する為の物だった。

 実験段階の物だったため信憑性が欠け、ホワイトハウスに設置する事は見送られていたのだが、ことここに至ってはそう言ってもいられない状況だったのである。


『そうか・・・つくづく、彼が敵で無くて良かった、と言うべき所か』

『ですね』


 この司令室の室長らしい男性の言葉に、先程カイトの応答を行っていた女性オペレーターが同意する。もしこれが同盟国の使者とも言える彼で無ければ、と思うとぞっとしたのである。


『・・・致し方がなくはあるが・・・ホワイトハウスはやはり魔術的攻撃については脆弱だな』

『国防総省はどう考えているのでしょうね、そこの所』

『さてな。彼らも頭を痛めている事は知っている・・・が、今の所はとりあえず、目の前の測定器に注目していろ。もし万が一、何か分かることでもあるかもしれん。あそこまでの相手がわざわざこちらの本拠地に来てくれる事なぞ稀だ。手に入れられる情報は全て欲しい、というのが大統領の言葉だ』

『わかりました』


 とりあえず、今の現状で何もされていないのなら、よほどの無礼が無い限りは大統領の身柄は安全だ、と判断してよかった。そして、米国の大統領ともあろう者がそんな無礼を犯すはずは無い。

 なので、彼らは全神経を大統領執務室に設置されている計測器に傾ける事にして、会談に注目する事にするのであった。




 カイトは大統領執務室に入ってまず、感謝を述べた。それは急な来訪にも関わらず、予定を空けてくれた事に対する当然の感謝だった。


『まずは、ジョンソン大統領。予定を空けてくれた事、感謝します』

『ああ、ジャックで良いよ。その代わりに私もブルー、と呼ばせてもらうよ。まあ、君は同盟国の使者だ。幾ら唐突な来訪と言っても、無下には扱わないよ』


 大統領は、50代半ばの細めの男性だった。朝早くにもかかわらず彼には疲れは見えず、覇気が見え隠れしていた。そんな彼はカイトの言葉に柔和な笑みで答えた。が、カイトにはそれが狐が浮かべる他者を誑かせる笑みに似ている印象を受けた。


『さて・・・君はどんな情報を持って来てくれたのかな?』

『ええ・・・では、これを』


 カイトはこの状況で、彼に情報を隠す必要性は感じていない。巻き込もうと思うのなら、隠すのは不必要だからだ。

 が、そうして提出された書類に、ジャックが少し困惑を浮かべた。それは先程カイトに提出された書類をカイトが魔術でコピーした物だったので、全て日本語だったからだ。


『・・・すまない。日本語は読めなくてね』

『あ・・・おっと、失礼した。あー・・・一つ申し訳ないが、私を信用してもらえるか?』

『・・・良いだろう。何かね?』

『これを、着けてもらえるか?』


 カイトは平然と日本語も英語も読める為、うっかりとそのまま書類を渡してしまったのだ。というわけで、カイトはイヤリング型の魔道具を取り出す。それはエネフィアで言語翻訳の為に使われる魔道具だった。そんな複雑な機構や術式を採用しているわけでは無いので、見せた所で問題は無かった。そうして取り出されたイヤリングに、ジャックが首を傾げた。


『ん? それは?』

『魔術的な翻訳機・・・という所だ』

『ほう・・・』


 カイトの言葉に、ジャックが興味を抱く。が、その前に待ったが掛かった。まあ、彼は大統領だ。どんな影響があるのかもわからないのに、そう安々とそんな物を使わせるわけがなかった。


『大統領。まずは、私が』

『・・・そうかね』

『はぁ・・・相変わらず目新しい物に飛びつくのはおやめください』

『はぁ・・・わかったよ、マット君。君が使ってみたまえ』


 ジャックはかなり残念そうだったが、副大統領であるマットの言葉に従う事にした。別に彼が不用心過ぎる、というわけではなく、こんな状況で危険性のある物を交渉相手に渡すはずが無い、という心算だった。当たり前だが、ここではカイトが日本の代表に近い。そんな状況で危害を加えるはずが無い、と判断するのは妥当だった。

 が、まあ、それでも大統領よりも先に誰かが安全性を試してみる必要があったのは事実だ。なので、マットがカイトからイヤリングを受け取ると、それを自らの耳に取り付けた。


『それで? これでどうすれば・・・なっ』


 これでどうすればよいか、と問おうとして、マットはカイトが持って来た書類を見て思わず目を見開く。彼の眼には、日本語のはずの書類が普通に読めた――彼も日本語は読めない――のである。

 そうして、彼は大慌てに一度イヤリングを外し、自らが読んだ通りの内容であるかどうかを確認し始める。それを幾度か繰り返して、納得したらしい。更にイヤリングをシークレット・サービスに手渡して使わせてみて、問題が無いかを確認させて、再びマットがイヤリングを手に持った。


『これは・・・凄いな。日本はこんな物まで有しているのか・・・』

『ああ、いや・・・これは我々が独自に作った物だ。日本国とは関係が無い。見せるつもりも無かったのだが・・・こんな状況だ。致し方がない。それに、日本にこんなものがあれば、外交交渉も楽になっているだろう?』

『ああ、確かに・・・』


 カイトの問い掛けに、それは道理だ、とマットが納得する。お互いに魔術を知る者同士でなら、別にこんな物を隠す必要は無いのだ。それどころか意思の疎通に通訳が必要なくなるので、使った方が良い。


『ふむ・・・大凡翻訳する為の物だと思うのだが・・・マット、どんな具合だね?』

『はい。色々と検査は必要でしょうが・・・翻訳機としては、非常に優れた物かと。何か後遺症等は無いのかね?』

『人間種を含めて試験期間約100年で、問題が無い事は確認している』

『ふむ・・・素晴らしいね。使えるのは文書だけかな?』


 安全性にとりあえずの確認が取れたので、ジャックがイヤリングを耳に取り付けて書類を読んでみて、思わず目を見開いた。そうして興味があったので、ふと問い掛けてみる。


『いや、言葉でも可能だ。まあ、一種の同時言語翻訳機と思ってもらえれば良い』

『そうかね・・・これは』

『それは交渉次第、としておこうか』

『それは楽しみだ』


 カイトの意図した所では無かったが、どうやらジャック達米国の首脳陣は今回の交渉に乗り気になってくれたらしい。今度は謀るような笑みでは無く、本当に楽しみにしている様な笑顔で答える。そうして、交渉を始める為に、持ち込んだ資料を一同に読んでもらう事にした。


『ふむ・・・なるほどね。確かに、君の読み通り、という状況の可能性は高い・・・が、逆にスパイを大量に派遣して、牽制している、とも取れる。微妙な所だね』

『ごもっともで』


 ジャックの言葉をカイトも認める。可能性の一つとしては、確かにジャックの推測もあり得た。だがあり得るだけで確定というわけではない。備えが必要なのは確かだった。そして、この場の全員がそれを理解していた。


『君の要請は理解出来た。つまり、我が第7艦隊を更に増強して欲しい、という所かな?』

『いえ、違います』


 ジャックの言葉を、今度はカイトが否定する。今欲しいのは、それでは足りなかった。なので、カイトは本来の要求を提示する事にした。


『欲しいのは、その確約。万が一でも、事が起きた際に動いてくれない、という事があってはならない。そうなれば、大戦が確定する。私は今の現状でそれは望んでいない』

『ふむ』


 ジャックにも言わんとすることは理解出来た。今の現状が一番危険なのだ。現状、日本は裏の戦力はともかく科学技術だけの戦力は脆弱だ。道士達がそそのかして表の軍事力まで動いてしまった場合、確実に大戦争が勃発してしまう。それはカイトの望む所では無かった。


『それに、あなた方も望んでは居ないでしょう? 自らの喉元にナイフが突き付けられるのは』

『ふむ。我々は別に構わんがね。君のような者がそう安々と現れるわけでもなし。ここまで来るまでに、彼らもどれだけの兵力を消耗している事になるだろうね』


 これはブラフだ。ジャックはカイトの眼を見ながら、あえて余裕に振る舞ったのである。こちらから取れるだけの利益を取る為の演技の一種だった。だが、カイトとて見た目以上の経験を経ている。その程度が読めぬはずが無かった。


『おや・・・では、あなた方は自らの国土が戦場になる事を望む、と?』

『その前に海で全て沈める、という事も可能だろう? 太平洋は広い。そして我らには公にされていない数々の衛星兵器が存在している。出来ぬ道理は無い』


 これは真実だった。それに、公にしていない、と言われてはカイトが否定する事も肯定する事も出来ない。信じるしか信じないか、の二択しかなかった。そうして、こちらは問題無い、と突き付けた上で、ジャックが本題に入った。


『さて・・・その上で聞こう。君達は何を我々米国に差し出す?』

『その前に、聞いておきましょう。あなた方は、我々と共に血を流す覚悟がおありか?』


 ジャック達にしても問題が無いはずは無い。彼らはそう言ったが、全てを完璧に撃破する事なぞ不可能に近い。だが、交渉を申し込んできたのはカイト達側だ。それを考えれば、有利なのは彼らの側だ。足下を見られるのは得策では無かった。そんな彼らに対して、カイトもようやく本題に入る事にした。


『さて・・・それは君達次第、という所だね』


 ジャックは言外に、対価を支払うのなら、やらないわけでない、と明言する。日本が落ちて困るのは彼らも一緒だ。それ故に、出ない手は無かった。それはカイトも承知の上だ。だから、カイトは対価を釣り上げられる前に、水晶型の魔道具を取り出して、机の上に置いた。


『・・・これは?』

『あなた方が要求を聞いて下さった時に、我々が差し出す対価、という所です。ああ、別にこれ一つというわけでは無いので、ご安心を』

『ふむ? どんな物だね?』


 見た目から魔術に関連する物だ、とジャック達も気付いた様だ。それ故に、かなり興味を持った。最先端の科学技術を有する彼らにとって、魔道具は他国のどんな最先端の兵器よりも価値がある。が、そんな事はお首にも出さず、カイトに先を促した。


『魔力をどれだけ有するか、という事についてを数値化する道具、と言う所でしょうか。これもまた、我々が独自に開発した物です。他国に流出どころか、見せたのも、ここが初ですよ。日本国さえ、把握していません。まあ、後々には提出するでしょうけどね』

『なっ・・・!?』


 カイトの言葉に、ジャック達が演技も出来ず絶句する。そして思わず、執務室に居た一人が問い掛けた。


『君はそれがどれだけ重要な物なのか、理解していないのか!? それを我らに差し出す、と!?』


 本来、こんな事を言うべきではない。明らかに相手に有利になる一言だ。だが、誰もがカイトの意図を図りかねてそれを流す事になった。


『・・・ええ、構いません。我々はこの交渉をそれだけ重要視している、と捉えてください』


 予想外の食いつきようにカイトは少し驚愕するが、その問い掛けに対してしっかりと明言する。それに、彼らが短くない時間を考える事になる。カイトが本気だ、という事をはっきりと理解したのだ。そして同時に、彼にとってこれは手土産出来る程度にしかならないのだ、という言外の言葉もしっかりと理解した。

 彼らの食いつきの良さにはきちんとした理由があった。言うまでもない事だが、魔力保有量は魔術に対する才能の有無に対する一つの指標になる。高ければ高い程、今後の才能に期待が持てるのだ。

 だからこそ、各国はこの情報の流出には最大限の気を遣っている。流出すれば、国防に対して多大な影響を与えかねないのだ。

 そして残念ながら、地球ではこれを機械的に行う事は出来ない。専門の人員が調査するのである。つまり、職人芸なのだ。となれば、この人材の流出はそれ即ち情報の流出にほかならない。どこも出してくれる事はあり得なかった。つまり、これはジャック達が最も欲して、それでなお手に入れられない物の一つだった。


『・・・それを、幾つくれると言うのかね?』

『およそ100。それだけあれば、充分でしょう? 魔術は隠匿しなければならない以上、大々的に動員は掛けられませんからね』

『100か・・・それを君は平然と我々に渡すか』


 暫く後、ジャックが口を開く。もはや彼の眼からは柔和な光が消えて、一国の長に相応しいだけの光が宿っていた。そんなジャックに対して、カイトが水晶を動かして、差し出した。


『この一つは、サンプルとして差し上げますよ。これが正確な物なのか、というのを調べるのも必要でしょう? それに、一つあった所で、どう足掻いても足りないでしょうからね』

『ふむ・・・おい、早急にこれを検査機関にまわしてくれ。慎重かつ、絶対に壊れない様に指示しろ。万が一の破損は国家反逆罪だと思うように言明しろ』

『はい、大統領』


 カイトの言葉を聞いて、ジャックは大急ぎに事務官の一人に慎重かつ確実に水晶型の魔道具を持っていく様に指示する。

 これを一つ渡した所で、趨勢には影響しない。これだけで良いと安心してカイトの要求を蹴った場合、原理を理解しようと分解して万が一壊れようものなら、それで終わりだ。今後軍事的に利用しようとさえ考えるのなら、これはこれが正確な物なのか、を調べるだけに留めるのが得策だった。そしてこれは彼が要求を受け入れる方向で動く、という事の暗喩でもあった。それに、カイトが内心で一息ついた。


『・・・良いだろう。確かに、君の要求は聞いた。だが、流石にこれは私だけでは即断出来ない案件だ。議会にも通さないといけないし、様々な根回しも要る。少し、時間を貰えるかね?』

『ええ・・・ですが、あまり時間は無い。なるべく早い決断を』

『なるべく急ごう』


 元々この情報を聞いた時から動く事は確定していたのだ。その上で莫大な利益まで得られるのなら、ジャック達とてカイト、ひいては日本の要求を聞かぬ道理が無かった。

 ちなみに、だが。お互いに要求を聞いた場合に対価を渡さない、という事は考えていない。外交交渉とは一種の商取引に似ている。商品を渡されて対価を支払わなければ、信用を失うだけだからだ。そしてこれがトップ同士の対談である以上、その信用も重要なファクターだった。


『それで? 君はこれからどうするのかね?』

『日本に帰りますよ。元々かったるい事務方同士の交渉をやってる時間が無いから勝手に動いただけですからね』

『そうかね。今回ばかりは、その遅さに感謝をしておこう』

『良いお返事を期待しています・・・では』


 ジャックの言葉を聞いて、カイトは執務室から消え去った。転移術で外に出たのだ。流石に一度に転移するでは無く、何度かに分けておこう、と思っただけだった。そうして、世界初の魔術組織のトップと大国の長との会談は、終わりを迎えたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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