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断章 守護者奔走編 第2話 隻腕の鬼 ――忠義の鬼――

 夏休みに起きた陰陽大戦から、約一ヶ月。カイトは日本各地を回り、陰陽師達がどうしようもなかった異族達との戦いを進めていた。まあ、それについては言うまでもなく、滞り無く進んだ。問題があったとすれば、異族達が何処に居るのかわからず捜索についても時間が必要だった事だろう。そうして、今、その最後の一人となる10メートルを超える大鬼が、息を荒げていた。


「ぐはっ・・・てめえ・・・なにもんだ・・・」


 鬼は隻腕だった。その鬼はカイトの攻撃を受けて、膝を屈していた。彼は、この日本でも有数の力を持つ大鬼だった。全力こそ本来の力となった玉藻には程遠いだろうが、それでも分かたれた大人状態の玉藻程度の力はあった。

 その鬼の名は、茨木童子。かつて京都で暴れ回っていた酒呑童子率いる鬼の中でも、四天王と呼ばれる程の腕前を持つ鬼だった。だが、そんな鬼はカイトによってあっけなく地面に倒されていた。


「はぁ・・・何度も言うが、別にオレはてめえ滅ぼしに来てるわけじゃねえよ。陰陽師共とも関係は殆どねえしな」

「ぐ・・・じゃあ、てめえの横に居る女はなんだ・・・」


 茨木童子は肩で息をしながら、カイトに質問を投げかける。カイトの横に居たのは、刀花との偽名を名乗る事になった皇花だった。彼女がカイトの補佐の為に、この場に居たのだった。茨木童子の活動拠点は京都近郊だ。それ故に、彼女の事も知っていたのである。


「ん? ああ、御門 刀花つー名前の女だ。かわいいだろ? 間違っても、皇 皇花とか言う愛想のない女じゃないからな? きちんと戸籍謄本もあるぞ?」


 カイトは不敵に笑いながら、茨木童子に告げる。このカイトの言葉は嘘偽りというわけではなく、皇志達が動いてきちんと別の戸籍も手に入れていた。彼らの最終的な母体は国だ。それ故に、必要とあらば簡単に戸籍を新たに作る事も偽造することも出来たのである。


「嘘言いやがれ・・・その端正な顔と特徴的な黒髪・・・見覚えがあるぜ・・・」

「さてな。それでも事実は事実でな。オレは嘘は言っちゃいねえよ」


 随分と回復したらしい茨木童子だが、その眼からはまだ闘志は失われておらず、今にも飛びかからんばかりだった。それに対してカイトは平然と嘯く。まるでそれは恐れる必要も無い、と言わんがばかりだった。そうして、暫く待った所で茨木童子は莫大な魔力と共に、再び立ち上がる。


「で? まだやるのか?」

「おぉおおお!」


 カイトの問い掛けに答える様に、10メートルを超える大鬼がカイトに突進する。それを、カイトはひらりと身を翻して回避した。まるで、柳に風。そんな風に綺麗な動きだった。それを、刀花は一人呆然としつつ、余すこと無く観戦していた。


「これは・・・なんだ?」


 あの茨木童子が遊ばれている。それが簡単に見て取れた。それに、もはや刀花は笑うしか無かった。鬼が残る片腕でおおぶりに振り下ろすように攻撃を振るうと、それだけで地面が割れる。

 それも驚くべき事だが、それを受け止めたカイトの方に刀花はもっと大きな驚きを得た。カイトは振り下ろされる丸太よりも太い腕を避ける事なく、受け止めていた。地面が割れたのは、その衝撃によるものだった。


「ちっ・・・<<鬼骨刀(きこつとう)>>!」


 素手では無理。茨木童子はそう判断すると、出し惜しみはしない事を決める。そうして現れたのは、真っ白な刀身を持つ5メートル程の巨大な刀だった。刀身は金属では無い物質で出来ていたが、切れ味はかなりありそうだった。


「らぁ!」


 ごうっ、と豪風を巻き起こしながら、茨木童子が刀を振るう。それは音速を超えているらしく、ソニックウェーブを纏っていた。それに対して、カイトが大剣を創り出した。


「はっ!」


 茨木童子の攻撃に対して、カイトも大剣の攻撃をあわせる。それだけで衝撃波が生まれて、地面が砕かれた。そして二人は刀と大剣を何度もかち合わせて、衝撃波で周囲を破壊しながら戦っていく。


「ぐ・・・なんだ、このガキ・・・マジで人間か・・・?」


 戦いを繰り広げながら、茨木童子が顔を歪める。見ればわかるが、鬼の巨体は10メートル以上ある。そこから繰り出される攻撃は魔力の補佐無しでも明らかなのに、それに加えて日本でも有数の力を持つ茨木童子の魔力が乗っているのだ。普通ならば、どんな強固な防御を誇ろうとも、受け切れる事も無く一瞬で肉塊と化すのが正しい結末だった。

 だが、それなのに、カイトはさも平然とそれを防御してみせた。いや、それだけでなく、顔には一切の疲労が感じられる事なく、幾度も攻撃を繰り返している茨木童子の方に疲れが見えたぐらいだ。


「どうした? これで終わりか?」

「まだだ! まだ、終われねえ!」


 カイトの問い掛けに対して、茨木童子が吠える。それは周囲にビリビリと響き渡り、砕かれた地面と舞い散っていた木の葉を吹き飛ばす。それに、カイトは笑みを浮かべた。


「いいぜ。好きなだけ、付き合ってやるよ。てめえが負けを認めるまでな」

「抜かせぇ!」


 幸いにして、この場での被害は何ら考える必要が無かった。ここはカイトが周囲を模して創り出した異空間だからだ。そして分身を中学校に向かわせているお陰で、カイトは学校の事を考える必要も無い。なので好きなだけ付き合ってやれた。そうして戦いは、茨木童子が巨大な刀を取り出して更に2時間程も続いた。


「はぁ・・・はぁ・・・俺は・・・負けねえ・・・大親父が帰って来るまでは、負けらんねえ・・・」


 万策を尽くして、自らの持てる最大の力を以ってしても勝てない相手を前にして、茨木童子が膝を屈する。だが、それでも眼に浮かぶ闘志は一切薄れていなかった。彼は刀を杖になおも立ち上がろうとする。そんな彼に対して、カイトが告げる。


「もう一回、問い掛けるぜ? オレに恭順を示すか、ここで封印されるか、それとも・・・オレにここで滅ぼされるか・・・選べよ」

「くそっ・・・てめえ・・・マジでなにもんだ・・・」


 負けられないが、それ以上に、封印されるわけにもいかないし、死ねなかった。自らがこの地に居れない事だけは、彼は許容出来なかった。なので、こうなってしまっては答えは決まっていた。それを見て、カイトは名を名乗る事にした。


「オレか? オレは、カイト。日本の異族達を纏める事にした。で、まあ、色々あって陰陽師共と取引をしてな。てめえらの更生やるかわりに、封印を見逃す様に言ったんだよ。で、ここに来たってわけだ」

「あ・・・?」


 実は今まで、カイトの来訪の意については茨木童子は知らなかった。それ故に、カイトの言葉に彼は顔を歪める。そもそも彼は更生をして欲しいとは思っていない。それ故に不快感を抱いたのだ。

 まあ、カイトもそこまで完全に更生出来るとは思っていない。異族である以上、思考体系が異なっている部分はあるのだ。それを人間ベースに、というのが無理だ、というのは彼はよく知っていた。


「ま、別にずっとあばれんな、とかじゃねえよ。オレが居る間ぐらいは大暴れすんな、ってことだ。オレが死んだ後は好きにしろ。そもそもてめえらは今も殆ど暴れちゃいねえだろ?」

「ああ・・・」


 負けを悟った以上、茨木童子は戦意を解く。そうして、彼は刀を異空間に仕舞い込んで2メートル程度の大きさにまで縮む。このままでは話し合いがし難いと判断したのだ。そして、彼は自分達の戦いで砕けたコンクリート片の一つを椅子にして、カイトに問い掛けた。


「じゃあ、てめえはなんでこんな事してんだ?」

「陰陽師共が何らかの抑えを欲してるから、に決まってんだろ。オレもてめえら好きにさせといて変に動いてもらうのは困る。紫陽と楽園に被害が出るかもしれないからな。要にもうちょっと殺しやらずに抑えてくれりゃ、そのままで良い、つーこった。暴れる場所ならこっちで提供してやる」

「ほぅ・・・」


 カイトの言葉に、茨木童子が笑みを浮かべる。それは殆ど無くなった戦う場所をくれる、と言った事に対しての戦士としての笑みだった。彼は京都にその名を轟かせた鬼の一体だ。暴れる事は大好きなのであった。そうして、茨木童子が問い掛けた。


「てめえが、ウチの荒くれ者共に暴れる場所をくれるってのか?」

「ああ。今のままなら、死ねる様な戦いをくれてやれるぜ・・・ん、ウチ? そういやさっきからてめえ里だの何だのつってるが、里があるのか?」

「・・・ああ。そっちの皇 皇花からは聞いてねえのか?」


 カイトの眼に偽りが無い事を見て、茨木童子が問い掛ける。それに、刀花がため息混じりに答えた。


「だから私は御門 刀花なのだが・・・まあ、聞いていない。そもそも皇家でさえ、貴様らの居場所は掴めていなかったのだぞ?」

「あぁ? 安倍のくそ狐が教えてねえのか?」

「父祖殿が?」


 刀花の言葉に、茨木童子も刀花も顔に疑問符を浮かべる。それを見たのだろう。2つの声が響いてきた。


「教えておらんよ。私がおらん軍では攻め入った所で勝てるわけも無し。そもそも策を尽くしてこそ、貴様らに勝てただけよ。後世の者共がそんな出来ぬ事ぐらいは見えていたからな。こいつらがじっとしているだろう事も見えていたから、放っておく事にしたのよ」

「こここ・・・お主であっても、それには勝てぬか」


 現れたのは、二人のきつね耳の女だ。片方は、大人の玉藻だ。彼女はもう一人のきつね耳の少女と共に、ずっと遠くからこの戦いを密かに観戦していたのである。

 だが、もう片方のきつね耳の方には、カイトも刀花も知己が無かった。こちらもこちらで玉藻とは別種の、何処か刀花にも似た端正さを持つ美少女だが、とりあえず知己は無かった。なので二人が首を傾げていたのを見て、きつね耳の少女が扇子で口元を隠して笑って答えた。


「誰だ・・・?」

「ん? ああ、名乗り忘れていたな。私は安倍 晴明(あべのせいめい)。そこの御門 刀花の祖先よ」

「なっ・・・清明様? ですがそのお姿はどう見ても・・・」


 刀花が言外に女だろう、と問い掛ける。これに、安倍晴明と名乗った少女が笑った。どうやら何らかの理由があったらしい。


「あはは、まあ、あれはあれで姿としてもある・・・<<陰陽变化(おんみょうへんげ)>>」


 胸元から何らかの御札を取り出して清明が口決を唱えると、御札から煙が上がり、少女の姿を隠す。そうして現れたのは、20代前半という所の男性だった。

 清明の端正さが精悍さへと変わり、少し小柄なれど肉付きが良かった体系は高身長で筋肉質な物に変わっていた。例えるならば、美しさをそのままに清明と名乗った少女をそのまま正反対にした様な存在だった。


「俺は半妖。しかも狐でな。謀るのは得意だ・・・まあ、この術は単に陰陽を入れ替えただけの事。この姿で子を成す事も出来る。まあ、入れ替えたが故に性格も反転しているが・・・貴様にはここも理解できまい。女の俺は如何せん内面が無垢でな。傷付きやすいが故の防御策だとでも思え」


 口元を覆い、男性となった清明は優雅に笑う。それはもうどう見ても男にしか見えなかった。そしてこれだけの実力を示されては、刀花とて信じないわけにはいかなかった。そうして、彼女は跪いた。


「申し訳ありませんでした。浅慮ゆえの浅はかな疑い。平にご容赦を」

「いや、いい。俺は本来は隠居の身だ。それに、まあ、当時は宮廷仕えには女だと色々と厄介でな・・・まあ、それは良いか。貴様ら子孫の問題には関わらんつもりだったが・・・たまさか外界に興味を移してみれば、この女狐が蘇っているではないか。流石に一大事か、と出てきただけよ」

「ふん・・・引っ込んでおれば良いものを・・・わざわざ出てくる必要はあるまいに。折角死んだと思うて機嫌ようおったのに、これでは最悪じゃ・・・」


 後で知った事だが、どうやら二人の戦いを気分よく観戦している所に後ろから清明に声を掛けられた、との事だ。そこで事情も聞いたらしい。


「ふん・・・俺こそ貴様が蘇っているのが残念でならん。が、もうそうなってしまっては仕方があるまい。で、確かカイトだったな。里についてはここより北だ。貴様なら、簡単に見つけられるだろう」

「ん・・・ああ、これか。確かに鬼族の里があるな。清明殿、感謝する」

「清明で構わん」


 カイトが清明の言う通りの方角を魔術で遠視すると、確かにそこには茨木童子と同じく鬼達が住む里があった。そこはそれなりに強固な結界で覆われており、普通には発見されないようになっていた。カイトも知らず、皇家が知らない所を見ると、どうやら誰も見つけられていないらしい。


「大親父・・・酒天童子の親父が作った俺達の里だ・・・俺は生き残った以上、親父が帰って来るまで守らねえといけねえ・・・」


 茨木童子は何処か寂しげな顔で、カイト達に告げる。これを知っていたからこそ、清明は彼らを見逃す事にしたのだ。死ねない以上、無茶はやらない。そして、馬鹿みたいに大暴れする事も無い。ならば、多少の被害に目を瞑ってこちらの戦力の減少を避けることにして、好きにさせる事にしたのである。

 それに、彼の抑えが無くなった方が被害が増長する可能性もあった。彼は酒天童子亡き後の鬼たちの長の代理の様な感じだ。それ故に、暴れ者達の鬼が暴走しないで済んでいたのである。それを無くせばどうなるか、というのは目に見えた事だった。そうして、それを理解しているからこそ、茨木童子は辛酸を嘗める事にした。


「俺は・・・てめえに下る。それで、安全を保証するんだな?」

「おう・・・安心しろ。オレのバックにゃ、神様も居る。そうなりゃもう陰陽師共もとやかく言わねえよ」

「ちっ・・・」


 聞けば聞くほど信じられなくなるが、戦闘力と現状を考えれば、それが正しいと理解出来た。それ故に茨木童子は忌々しげに舌打ちする。自らの心情を別にすれば、これが最適な答えだった。これで、大暴れでもしない限りは陰陽師達に滅ぼされる見込みがなくなるのだ。悪い手では無かったのである。


「よっしゃ。じゃあ、これで終わりだな・・・茨木童子、恭順、と」

「んだよ、それ?」


 カイトが取り出したメモ帳を見て、茨木童子が首を傾げる。そこには自分の他にもかなりの数の有名な異族達の名前が記されていたのである。


「ん? ああ、抑えてくれ、って頼まれた異族・・・てめえら風にいうと、妖怪のリストだ。お前が何処に居るのか掴めなかったから、お前だけが最後に回っちまったんだよ。まあ、他にも道中で見掛けてぶっ潰した奴もいるけどな」

「鵺、土蜘蛛・・・げ、将門まであんのか・・・月影山の鬼・・・ああ、こいつは封じられてんのか。まあ、あいつは趣向が食人だから、仕方がねえか・・・」

「ああ、そいつは偶然封印しようとしていた陰陽師達とあってな。封印に犠牲も無かったし結界いじらん限りは出てこれそうも無かったから、援護しといただけだ。丁度忙しくて雑魚だし、で封印で終わっといた・・・リストの残りは・・・もう無いな。刀花、これで終わりか?」


 リストに漏れが無いかどうかを確認していたカイトは、一応自分で見た限りでは抜けが無い事を見て、刀花に問い掛ける。そうして彼女もカイトの持っているリストを見て、頷いた。


「・・・ああ。これで問題は無い。これで、皇志殿に連絡を取ろう」

「ま、後で楽園から人員送るわ・・・つーことで、またな。じゃあ、玉藻、帰るぞ」

「うむ」

「清明はどうする?」

「俺はそのまま帰るぞ・・・強いてやることも無いからな」

「ちっ・・・やるだけやって帰りやがるか・・・」


 そうして、茨木童子の苛立ち紛れの声を背に、カイト達その場を後にして、自らが帰るべき場所へと帰っていくのであった。

 お読み頂きありがとうございました。

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