断章 大妖怪編 第30話 覇道を征く者
カイト達が戦い続けている最中。鏡夜は自らの使い魔や秋夜の使い魔達と共に、<<最後の楽園>>に潜入していた。
「この先が、目的地やな」
使い魔達は、万が一にもこの巨大な大地が都市部に落下しないように大阪湾上空に移動させる為に連れてきたので、今の鏡夜は一人だった。
まあ、その活動の為に陽動も兼ねた使い魔を秋夜が何体もはなっているので、上でも既に激戦が起きていた。秋夜が積極的に戦闘に加わらなかったのは、このためが大きかった。
「まったく・・・あいつんちでやらせてもらったかくれんぼのゲームをリアルで俺がやるとは、思わんかったなぁ」
目的地の前の通路で、鏡夜は一人そう呟く。鏡夜は目的から、誰かに見られるわけにはいかなかった。それ故にここまで自身の持てる全ての技量を使い、何人もの幹部達の眼をごまかして、<<最後の楽園>>の最深部にまでやってきたのである。
「さって・・・問題は、や。多分怒ってやってくるやろうカイトから、なんとか京都まで逃げれるか、やな」
目的地の扉に手を掛ける直前。鏡夜は次のプランを思い直す。かなりの困難が予想される。だが、自分の目的の為には、やり切らないといけない。
「男、草壁鏡夜。一世一代の大博打や・・・じゃあ、失礼するでー!」
やるべきことを最後に脳内で確認して深呼吸をして、彼は力を持たない<<最後の楽園>>の住人達が避難する地下壕へと、扉を開け放ち、強襲を掛けたのだった。
が、どうやら鏡夜に何ら凄みがなかったのか、思わずエルザがきょとん、と首を傾げて口を開いた。彼女には襲撃者と思われず、単に安心させにきただけの別室の住人だと思われたのである。鏡夜が陰陽師達揃いの狩衣ではなく、潜入用に普通の洋服を着ていた事も大きかった。
「え?・・・いえ、あの、失礼するなら帰ってやー・・・で、良いんでしょうか?」
「あいよー・・・って、ノリええなおい! しかも間違っとるがな! お邪魔やお邪魔!」
少し照れた様子のエルザの返しに、思わず、鏡夜はたたらを踏んだ。まあ、と言ってもそもそもエルザは大阪住まいですでに100年以上だ。<<最後の楽園>>にもテレビ回線は引かれているので、実はエルザは良くお笑い番組を見ている。それ故の返しだった。
鏡夜の返しがエルザのツボに入ったらしく、彼女はこんな状況にも関わらず笑っていた。エルザは相変わらず奇妙な笑いのツボを持ち合わせていたのだった。
「はぁ・・・」
「えっと、あの・・・それでどちら様でしょうか・・・?」
「あ?」
決意虚しく軽いノリで返されて溜め息を吐いた鏡夜だったが、ようやく笑いを収めたエルザの問いかけにようやく本題を思い出す。
「エルザ・ローレライやな?」
「はぁ・・・」
この質問で、エルザはともかく周囲の面々が鏡夜の正体に気付いた。この里において、エルザの事を知らない者は居ない。それを問いかける時点で、敵しか居なかったのである。
「雑魚が」
此方の正体に気付いてエルザを守る様に展開した警護兵達に対して、鏡夜はきっちり人数分の呪符を投げつける事で対処する。
元々陽動の対処で幹部達の殆どが出払っているし、それ以上の強者達はカイトと共に外で大乱闘の真っ最中だ。鏡夜を止められる実力を持つ者は、この場には居なかった。
「おい、そこのアマ。外に連絡しようもんなら、お前から始末すんぞ?」
「ひっ」
警備兵達の影に隠れて、外の幹部達に連絡を取ろうとしていた住人を鏡夜は不敵な笑みと共にひと睨みで黙らせる。
後でならバレても良いが、今はまだ、バレてもらっては困るのだ。なので鏡夜は変な動きをされないように、エルザにバレない様に、密かに魔術を使う。エルザと鏡夜では、鏡夜の方が強いのであった。
「俺は草壁家次期当主、草壁鏡夜や。エルザ・ローレライ。一緒に来てもらうで・・・お前さんの血肉を以って、儀式を強化させてもらう」
名乗る事は、陰陽師達に伝えた計画には無い。だが、本来の計画にはあった。エルザを拐っただけでも確実だろうが、加えて自分の名前が伝われば、確実にカイトは自分を追って来ると思ったのである。いわば保険だった。だが当たり前だが、こう言われて、エルザが素直に従うわけがない。
「ほう、やるっちゅーんか?」
「当たり前です。私とて、これでも里の創設に関わった幹部の一人。里を守る為、勝てぬとて戦う所存です」
大気中の水を集めていき、エルザは水の三叉槍を創り出す。だが、それに対して、鏡夜は口角を上げた。
「ほっほー。やるちゅーんか。ここで? しかも、この現状で、か?」
「え?」
悪辣に見える様な笑いを上げた鏡夜に対して、エルザが思わず周囲を見渡す。そして、目を見開いた。周囲のエルザを除く全員が、気を失って倒れていたのだ。
ちなみに今のエルザが知る事の出来ない事なのだが、これはただ単に眠らせているだけなので、何か問題があるわけではなかった。先ほど鏡夜が使ったのは、密かに昏倒させる術式だったのだ。
「一体何をしたのですか!?」
「さてなぁ・・・言う義理があるんか?」
「つっ・・・」
内心で鏡夜はエルザに申し訳ないと思いつつ、更にトドメの一言を告げる。
「上の奴らは秋夜・・・俺と同じく三童子の一人の御子神秋夜の使い魔や。それが今密かにこのデカブツ動かそうとしとる。海に落っことす為にな」
「そんな! 貴方達はただ安穏と暮らしていただけの私達をまだ傷つけると・・・!」
憎悪の視線をエルザから向けられる。それに、鏡夜は心から謝罪を送りたいが、今はまだ、早かった。だから、彼は計画通りの言葉を告げる。
「取引や。お前さんが俺と一緒に来る、言うんやったら、この里は見逃したるが・・・どうする?」
「・・・わかり・・・ました」
この里は、遥か過去の恩人が命懸けで自分に残した物だ。そして、あの時代を逃れてきた者達の最後の楽園だ。それを壊されるのだけは、エルザは許容出来なかった。それこそ、自分の生命が失われるのよりも、だ。
彼女は自分が犠牲になればそれで終わるのだから、と考える事が多かった。かつての旅の最中で力で解決出来るにも関わらず、エリザに頼る事がなかった事も多い。エリザとは別に、これがエルザの悪癖だった。
エルザの悪癖とはとどのつまり、この里が、自分以外の誰かが助かるのなら、我が身を犠牲に、という自己犠牲なのだった。
彼女らはお互いに、ある意味で依存しあっていた。エリザが安易に死のうとする時は、エルザがひっぱたいて強引に引き戻す。エルザが自己犠牲に走ろうとした時には、エリザが力を以って、その原因を強引に排除する。
エリザがミカエルによって心を蝕まれたのなら、エルザは時代によって、その自己犠牲の心を肥大化させられたのだ。おそらく、『楽園』の惨劇をただ一人生き延びた事による『サバイバーズ・ギルト』に似た症状だろう。
「・・・」
「あー・・・いや、えらいすまんなぁ」
そうして、二人は外に出て、鏡夜の使い魔の上に乗る。それと同時に、鏡夜が即座に謝罪の言葉を口にした。
「どういう・・・ことですか?」
「いや、すまん。どうしても、お前さんにゃこっちまで来てもらわなあかんかったんや」
鏡夜の謝罪を訝しんだエルザは、警戒しながら問いかける。だが、そうして返って来た答えに、再び憎悪にも似た感情を投げかける。
「貴方たちは・・・別に私達の血肉を食らったからといって、不老不死になれるわけは無いというのに・・・それでも、たかが魔術の効率を上げる為に、私達の血をも利用するんですね」
「あ、いや、ちゃうちゃう! そやない!」
この段階で、もうこの場には二人しか居ない。だから鏡夜は何らためらうこと無く、大慌てに首を振った。
人魚族が追われていたのは、これが原因だった。肉は不老不死の妙薬で、血は魔術の効果を高める為の道具。髪飾りや衣服は好事家達の蒐集品。あの時代の人魚達は、その身の全てを利用せんとされたのである。いつしか人間達が誰も人魚を見つけられなくなるのは、当たり前だった。
「では、なんと? 貴方達は今、なんらかの儀式を行っているのでしょう?」
そうとしか考えられない。視線が全てを物語っていた。だが、それに鏡夜は苦笑を浮かべる。
「お前さん・・・カイトの知り合いやろ?」
「なっ・・・なぜ貴方が彼の名前を!」
「おりゃ、あいつの幼馴染や。知らんはずが無い。喩え髪や眼の色が変わって大人なっとっても、少し気を付けりゃ気づくわ・・・まあ、実際にゃあいつに認められな、確信は出来んかったけどな」
驚いた様子のエルザに鏡夜は懐から何時もお守りとして持っていた写真を取り出す。それは、紫苑を中心として、幼馴染の5人が一緒だった頃の写真だ。まだ、10歳にもならない5人が、そこに居た。人知れず戦いを繰り広げる中で自らを見失わない様に、とずっと彼が肌身離さず携えている写真だった。
「親父が取った写真や・・・んで、当時仲が一番良かったのが、この五人や・・・右。わかるやろ?」
「・・・ええ。貴方、ですね。逆は・・・カイト、ですね」
「そや。今とはぜんっぜん違う笑みやけどな」
やんちゃそうな顔で笑うカイトを見て苦笑した鏡夜に、エルザは写真を返す。捏造された物ではなかった。随分日焼けしていて、戦いで付いた様な傷もあった。そして何より、思いの様な物がこもっている様な気がした。これを嘘とは、エルザには言い難かった。
「・・・すまん。あんたにゃ一切の手出しはせん。いや、俺がさせん。だから、ちょっとの間でええ。俺の言う通りに動いてくれや」
そうして、鏡夜は自分の目的を完遂すべく、エルザに頭を下げて、自分の本来の計画を伝えていくのだった。
それから、十数分後。カイトは京都にある皇家の総本山へと強引に足を踏み入れる。
「総員! 戦闘態勢を取れ! 儀式の邪魔をされるわけにはいかん! なんとしても奴をここで食い止めろ!」
「・・・邪魔だ」
「相手は本家に張られた結界を強引にぶち破るぐらいの化物だ! 一切の遠慮はするな! 既に周囲の人払いは済ませた! 被害は何も考えるな!」
カイトは激怒していた。それこそ、本家の防備を担っていた陰陽師達が殆ど指揮も無視して叫び声と共に無我夢中で攻撃を仕掛けるぐらいには、だ。そうして掛けられる攻撃を一切無視して、カイトは歩いて行く。
「ここは通さんぞ!」
「・・・どけ」
「ぐっ・・・通すわけにはいかん! 今日のこの日の為に、100年も数多の犠牲を強いてきたのだ! それを貴様如き輩に邪魔をさせるわけにはいかん!」
静かに怒りを湛えたカイトの言葉は、圧倒的な力があった。それ故に、思わずカイトの前に立った男が息を呑み、身を竦ませる。
だが、彼らとてそれで引けるわけがない。彼らも今までの100年、有形無形問わずで様々な犠牲を強いながらここまで繋いできたのだ。それを、たったひとつの驕りから来た誤算で狂わせるわけにはいかなかった。
とは言え、カイトにとってそんな事は知ったことではなかった。彼にとって重要なのは、友が道を外れた事だ。確かに理解は出来る。それは政治上正しくは無いだろうが、間違いでは無い。しかしそれは、カイトが認められる事では無かった。だから、カイトは告げる。
「どけっつってんだろ・・・そこは、オレの道だ」
「ぐっ・・・」
あまりの恐怖に、遂に本邸の守りを命ぜられていたはずの男達が道を譲る。譲るつもりはなかった。本能が思わず、彼に道を譲ったのだ。吸血姫を、龍を、人魚を、あまた異族達を従え、神とさえ対等の友誼を結んだ、まさに覇王。その行く手を阻む事は、不可能だった。
だが、それでも陰陽師達は再び立ち上がり、カイトを仲間と共に一部の隙も無いぐらいに密集して取り囲む。本能が身体を勝手に動かすと言うのなら、仲間の身を鎖にその身を縫い付けるだけ、というつもりなのかもしれない。そんな彼らに、カイトは歩みを止めた。
「おい・・・オレは今、気が立ってんだ・・・だからよ・・・邪魔だ」
どくん、と空間が鳴動し、カイトがぶれた様な感覚を周囲を取り囲んだ陰陽師達が得る。空間が鳴動しカイトがぶれた様に見えたのは、あまりに急激に魔力の濃度が増大し、幻視でもなく真実、空間が歪んだのだ。
空間を歪ませる程に膨大な、魔力と殺気。カイトから放たれたその二つは、一瞬で彼らの意識を奪い、その身を地面に平伏させた。
「おい、鏡夜・・・てめえは沈んでねえよな・・・敢えてそうしたんだからよぉ・・・」
カイトの放った殺気は、屋敷に居た全ての者達を気絶させていた。そうして、彼は阻む者の居ない屋敷の中をふすまを蹴飛ばし壁をぶちぬいて、直線的に歩いて行く。すると、直ぐに鏡夜の居る場所に辿り着いた。そこに居た彼は、なんと、カイトが入る前から、土下座していた。
「おい・・・何のつもりだ」
「まずはおりゃ、お前に頭さげなならんだけや。だから、こうやっとる」
「あ?」
言っている意味が理解出来ず、カイトは顔をしかめる。
「すまん! これしか方法がなかったんや! お前にここに来てもらうためには!」
「は・・・?」
流石にカイトもこれには怒りを収める。彼の言葉が真実ならば、エルザを拐ったのもとどのつまり、彼をここに呼び寄せる為だけだった、というのだ。そして、それを示す様に、彼の横の壁が回転した。そこから現れたのは、腕に包帯を巻いたエルザだった。
「・・・エルザ?」
「はい」
「・・・この通り、エルザ・ローレライは無事や・・・いや、ちょい精巧な写身つくんのに怪我させてはおるけど・・・」
「いえ、私も承知の上です」
鏡夜の言葉に、エルザが補足を入れる。カイトはそれを操られていないか、などを魔術で検査して、真実、と判断する。そうして、彼は腰を下ろした。
「おい・・・話せよ。あと顔上げろ。いつまでも土下座されてちゃかなわん」
「すまん」
これは何か事情がある。カイトはそれを見て取ると、鏡夜の頭を上げさせる。そうして頭を上げて直ぐに、鏡夜は口を開いた。
「時間が無いんで、単刀直入に言うで・・・儀式、ぶち壊して欲しいんや」
「は?」
「こないだ、俺が言うたやろ? 馬鹿な女が一人、死のうとしとる、って」
「ああ、まあな」
この間、とは小学校の同級生を集めた同窓会の時だ。その時からお互いの立場は変わったが、話し合った内容を忘れたわけではない。なので、カイトはそれを認めて頷いた。
「俺は、それが正しいことやとは・・・いや、ちゃうな。んな、建前は無しや」
鏡夜は一度途中まで言って、自分が建前として掲げていた理由を苦笑して勝手に取り下げる事にする。建前が理由として無いわけでは無い。他者を助ける陰陽師として、誰かの犠牲を上に平和を得るのは間違っている、とは確かに思っている。
だが、それ以上の理由がある事を、彼も理解していた。そしてこの幼馴染に伝えるなら、それを伝えるのが筋だと思ったのだ。
「その女ってのが、紫苑の親友やねん」
「ぶっふー!」
この一言で、カイトは全てを理解して、思わず吹き出した。それと一緒にカイトは怒りもどこかに吹き飛ばされた。それほどまでに、カイトにとってこの幼馴染の行動の全てを悟るに十分な台詞だった。
「お前は・・・ほんま、紫苑が好きやねんな」
「うっぐっ・・・」
カイトの指摘を受けて、鏡夜が思わず顔を真っ赤に染める。何時もなら怒鳴りながら否定するが、ことここに来て否定する事は出来ない。まあ、肯定もしなかったが、この反応こそが、答えだった。
実は彼が昔から紫苑の暴走を止めて後始末に奔走するのは、ひとえに、彼女に惚れているからだ。紫苑が鏡夜を好きかどうか、鏡夜の気持ちに気付いているかは、カイト達男にはわからない。まあ、紫苑の方もなんだかんだ言いながら鏡夜とは仲が良いし、脈が無いわけでは無い、というのがカイト達の読みだ。
だからこそ当時から他の幼馴染達は、鏡夜の心情を知るが故に、紫苑は可愛いのに、選択肢から外れていた。まあ、その性格を嫌煙して、という理由も大きいが。
「お前は・・・そんな話や、つーことやったらさっさと話せや・・・」
カイトは堪え笑いを浮かべながら、鏡夜に苦言を呈する。その言外の意図に、鏡夜が笑みを浮かべて、頭を下げた。
「すまん! 恩に着る!」
「お前は・・・惚れた女に泣いて欲しくないつーだけで、昔からこそこそこそこそこそこそ」
「長いわ!」
「お前が惚れてから告ってない時間の方が長いわ・・・」
「うっ・・・」
まあ、今回は事情もあるが、似たような事をやっているのはかなり昔からだ。そんな友人に、カイトは深い溜め息を吐いた。これで紫苑が気付いていないとするならば、彼女はかなり鈍感と言えた。そうして、カイトは立ち上がる。
「しゃーない。昔っからお前らの仲を応援しとる幼馴染の性や。ちょいとその厄介な奴をぶっ潰してやっかな」
「すまん・・・俺も行くわ。お前に任せきりやと、紫苑にこれがバレた時に確実にぶん殴られるわ」
「くく・・・死なねえようにな・・・エルザ。まあ、ここに置いてくわけにもいかないから、一緒に来い。んで、どっかに隠れてろ」
「おう」
「はい」
その言葉を最後に、三人は立ち上がる。向かう先は、その封印の儀式がなされるという皇本邸の地下にある地下洞窟だ。そうして、カイトは来る時とは違い、楽しげな、まるで気負いの無い覇気を纏い、移動を始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




