断章 陰陽大戦編 第27話 陰陽大戦 ――開戦――
カイト達が陰陽師達の地面に降り立った時、彼らにあったのは疑問だ。それも少しのではなく、多大な疑問だ。それは簡単だ。
なぜ、たった十数人なのか、と。そして想定されたはずの蘇芳達はどこにいったのか、と。それを疑問に思わないはずは無かった。
「まさか・・・これだけの人数で相手をするつもりか?」
一体全体どれだけの自信過剰、いや、馬鹿なのだ、と陰陽師達と戦国時代から続く武将・兵法家の末裔達が困惑する。だが、これは当然だった。
今回この戦いの場に出て来た1000人は、一人でも一騎当千と言える実力者ばかりなのだ。やろうと思えば核兵器さえ後先考えずに使われなければ、喩え世界大戦とて勝ち抜ける実力があった。それを、たった十数人。意図が理解出来ぬのは当たり前だった。
「・・・問おう! よもや、貴殿は降伏する、というのか!」
今回の戦いの総大将は、皇家の当主に近い側近の一人だ。その彼が代表して問いかける。
その問い掛けの心は、それなら納得も出来る、と言う所だろう。そして同時にそうであって欲しいとも思った。だが、それにカイトは大笑する。
「あはは! 馬鹿だろう! 貴様らには、ここにいる面々だけで、相手をしよう!」
「なっ・・・」
当主に近い側近が、その周囲に居た面々が、その声を集音マイク等で拾い、遠くで聞いた全員が、絶句する。馬鹿はどちらか、と。
だが、それはカイト達にとって決定事項の様に見えた。なにせ、カイトの周囲の面々は全く驚いていないからだ。
「おい、どうした! やるんだろう!? なら、さっさと始めようぜ!」
獰猛に笑いながら、カイトが告げる。そして、彼は何も構えず、右手を前に出して此方を手招きするように、挑発する。
「・・・そうか・・・服するつもりもなし、決戦をするつもりか・・・なら、行くぞぉー!」
「おぉおおおおお!」
当主側近の鬨の声に、陰陽師と武将の末裔達の連合軍が吠える。それに、カイト――彼だけでなくエリザ達も、だが――は心地よさを感じる。恐怖は全く無く、懐かしかった。それだけしか、思えなかった。
だが、カイトには同時に呆れもあった。弱い、と。何がか。全てが、だ。それを教える為に、カイトは息を吸い込んだ。
「おいおい・・・声も魔力も覇気も全てが小さいな。鬨の声、ってのはな、こうやるんだよ・・・おぉおおおおおお!」
一千の名将達の鬨の声を掻き消して、たった一人の覇王の雄叫びが響いた。一人にも関わらずそこに乗せられた殺気や魔力、その他様々な闘気は一千の軍勢の総量を遥かに上回っていた。
当たり前だ。連合軍とも言える彼らの本質は、国や王に仕える武将や陰陽師。王では無い。これは当たり前だ。喩え皇家の当主であっても、ここは越えられない。いや、今の地球に居る殆どが、越えられない。世界の情勢がそれを許さない。
対してカイトの本質は、どこまでも率いる者、つまりは覇王だった。単身で国に比する。彼は確かに王に仕える臣下だが、本来はどこかで国王をやっても可怪しくはないぐらいの覇気と才覚を持ち合わせている。同じく英雄にして皇族のウィルが居るのに、数多貴族達が新たな盟主として担ぎ上げようとしたぐらいなのだから、当たり前だ。
まさに覇王と言うしか無い覇気を受けて、連合軍は激闘を覚悟する。だが、その前に。もう一人、戦いに映える美女が現れる。
「おぉ! 間に合ったようじゃな!」
ぎゅん、と言う音と共に、一人の奇妙な鎧を身にまとった金色の美女がカイトの側に着地する。言うまでもなく、ティナだ。準備をしていたお陰ですっかりと遅れてしまったらしい。が、全員がその姿に呆気にとられる。
「お前・・・それでやんの?」
「うむ!」
これからいよいよ突撃するか、と気勢を上げたカイトだったが、着地して嬉しそうなティナの鎧姿を見て苦笑する。
彼女は、左手にこの間のダブル・ガトリングを装着し、右手に銃剣に似た大きめの魔銃を持っていた。その身は、レオタードの様な衣服の上から申し訳程度の装甲を装着した様なかなりの軽装備だった。
具体的には、右肩に1門の大きめの砲門を乗せ、左肩には6連装ロケット・ランチャーの様な箱を乗っけている。両足の外側には申し訳程度の3連装のロケット・ランチャーを装着し、腰の部分には少し肉厚のナイフ。当然だが、背中と両足には彼女のお手製の飛翔機が取り付けられている為、飛んできた時の様に空中戦闘も可能だ。まあ、彼女の場合は飛空術が使えるので、気分だろう。
ちなみに、これはエネフィアに帰還した後に開発される魔導殻なる武装のプロトタイプとも言える軽鎧だった。
「まあ・・・お前が良いんだったらいいんだけどよ・・・間違っても、殺すなよ?」
「わかっとるわ・・・では、先に行くからのう」
ティナの意図を図りかねて対処に苦慮する連合軍を前に、ティナは飛翔機に火を入れる。そうして魔力が高まっていき、一気に突撃した。
「なっ! 速い!?」
「なんだ、あれは!」
確かに、地球にも魔導鎧に似た兵装は存在している。中型~大型魔導鎧こそ存在していないが、その用途も効果も似た様な物だ。
だが、流石にティナの考える魔導鎧は、彼らの知識には存在していなかった。一体これは何なのか、と困惑している連合軍の真っ只中に、ティナは再び降り立った。
「ほれほれ! 油断しておると、即座に脱落するぞ!」
「ガ、ガトリング!? 魔道具としてガトリングを再現してみせただと!? まさか、ミサイルも全てか!?」
単なるハッタリ。そう思えるほどに、魔術と最先端科学の融合は難しい分野だった。だからこそ、地球では単純な火薬による銃火器が発達したのだ。
いや、確かに単に銃弾として放出するハンドガンの様な魔銃なら、地球にも存在している。だが、あくまで美術品として、だった。
魔銃で毎秒数十発で連射出来る様にするには、魔銃に必要な魔法銀などの精錬技術や、魔石にそれ専用の術式を刻む技術を創り出す事が出来なかったのだ。ドワーフや魔女族など人間に比べて圧倒的な魔力関連技術を持つ異族達を排除した結果、だった。
「そうじゃ! これら全てが、お主らが考えだした技術の果て! どれ、もう一度黒船来訪でも体験させてやろうではないか!」
まさしく戦場の魔王と言える獰猛な笑みを浮かべたティナは、集団の中に着地して、飛翔機をフルに活かして踊る様に回転しながらガトリングを乱射する。
「つっ! 我々陰陽師が前面に出ろ! 如何にあれとていつまでも連射出来るわけではない! 子孫方は止まり次第、攻撃を!」
「応っ!」
皇家の指揮官が周囲の面々に指示を下す。確かに、純粋な物理の弾丸ならば、この場の誰もが寝ていても防ぐ事が出来る。
だが、放たれるのは高密度の魔力で編まれた弾丸だ。障壁をも貫ける魔弾を寝ていても防御出来るわけが無かった。おまけに数が多い所為で逃げる事が出来ないので、防ぐしか無いのだ。
「止んだ! 今だ!」
「一番槍はそちらに譲ったが、一番首はこの藤堂が貰った!」
ティナのガトリングは、流石に魔法銀製だ。それ故に若干のロスがあり、どうしてもオーバーヒートが起こってしまう。その隙を突いて、藤堂 高虎の子孫が一直線にティナを狙う。
「ふんっ!」
「ほうほう! 知らぬがなかなかな良き腕よ!」
俊足を以って肉薄してきた藤堂家の子孫の振るう刀に、ティナは右の銃剣をあわせる。そのたった一合。それで、ティナは相手の力量を見定める。一番槍でこれなのだ。これからが楽しみになる力量だった。だが、残念ながら、これは試合では無い。戦いだ。楽しむのは、わずか少しだけだ。
「甘いわ!」
「つっ!」
斬り合ったのは一瞬だけだ。そこで生まれた拮抗の一瞬に、ティナは右足を蹴りあげて彼へ向けてミサイル型の魔銃を一発放つ。藤堂家の子孫はそれに一瞬驚きを浮かべるが、それも一瞬だ。彼は海老反りのように仰け反って、ミサイル型の魔弾を躱す。
そして、その隙を埋めるように、更に別の子孫達がティナへと殺到し始める。それに、ティナが獰猛な笑みを浮かべた。
「ふん・・・良いのか? 余に掛り切りで?」
「っつ! しまった!」
殺到し始めた敵だが、その言葉にはっとなる。そう、敵はティナだけでは無いのだ。今まではティナの戦いを観察していただけで動かなかっただけで、敵はまだ居るのだ。
「馬鹿! 目の前の敵から注意を逸らすな!」
「ふん、遅いわ! まずは弓兵どもから片付けさせてもらうとするかのう!」
藤堂家の子孫が注意を促すが、一瞬遅かった。その次の瞬間、ティナのガトリングを含めた総身の武装が火を吹いて、周囲の油断した敵を蹴散らしていくのだった。
「はっ。やっぱ関ヶ原から400年、維新から150年、前の大戦から90年程・・・もう場慣れしてない奴が多いな」
そんな光景を、カイトはため息混じりに見ていた。これは時の流れに逆らえない人の身故の問題だ。歴史には平和と戦争の時代が交互に訪れる。その平和な時代に生まれた彼らには、生死を掛けた戦いの経験はあっても、戦争の経験が無いのだ。
あるのは、お膳立てが為された少数の魔物との戦いや、時折ある他の流派との交流試合だけだ。乱雑であるとしても、時々、それも偶発的に魔物や暴走する異族との遭遇戦だ。こんな無造作で乱雑な戦場を経験したことがあるはずがなかった。
「さて・・・じゃあ、オレ達も行こうぜ」
「ええ・・・久しぶりに、<<金色の魔人>>の名前を名乗るわ・・・」
「我らも、遅れを取るな」
「おう」
「・・・いいねぇ。こうでなきゃ、面白くねぇよな・・・おぉおおおお!」
横で猛り、逸る幹部達の声を聞いて、カイトは10年ぶりの戦場の空気を吸い込んで、一気に突撃する。それは頭首であるにも関わらず、誰よりも速く、誰よりも荒々しい突撃だった。
「はやっ・・・」
当たり前だが、カイトは大戦の最前線を駆け抜けているのだ。エリザ達最悪の時代を逃げ延びた者達よりも、遥かに、戦争に生きている。そんな相手を前にして、確かに武将達ならば、臆することはなかっただろう。だが、残念ながら、彼らはその子孫達だ。あまりの速さと気迫に、瞠目する。
「らぁあああ!」
一瞬で距離を詰めると、カイトは右に持つ身の丈程の大剣を振るう。膨大な魔力を伴った斬撃は、前面に展開していた武将達へと襲いかかる。そのたった一撃。それだけで、連合軍の陣形には大きな穴が生まれる。
「うぉおおおお!」
出来た穴に、カイトが更に突っ込む。斬り合うつもりもなく、かち合うつもりもない。ただ、暴威を振るうだけ。戦争とは、お上品な物では無いのだ。一対一で戦えるなぞ有りはしない。ただただ、暴威を振るい、生き残るだけしかなかった。
「つっ! これは・・・!」
その様子を見て、当主側近が感づいた。相手は場慣れし過ぎている、と。
「どういうことだ・・・? なぜ、この時代にあそこまで場慣れした奴が居る!」
皇家の側近が絶叫に似た声を上げる。この百年。魔術師が前面に出る様な戦争は遂に起きなかった。だが、それなのに。相手は明らかに場馴れしていた。まさか異世界で熾烈な世界大戦を越えた相手が来るとは思っていないが故の疑問だった。
「らぁあああ!」
「つっ! 此方の一番槍は我々本田が貰った!」
「秋人! 我々も本田に続くぞ! 丸目蔵人! 推して参る!」
「立花も続く! 宗茂、<<雷切>>を使え!」
最早指揮なぞ待ってはいられない。それを判断した武将の子孫達は、乱戦覚悟で打って出る。当たり前だが、強撃を何度も食らえる余力は彼らにも無い。ならば、強撃を撃たれぬ様に此方も攻撃を掛けるしか無いのだ。そうして続々と自分に殺到する自分も知る武将の子孫達に、カイトは思わず獰猛な笑みを浮かべる。
「くぅー・・・これ、歴女とか大興奮なんじゃねえ?」
「余裕だな!」
「ははっ! そりゃ、常在戦場なんでね! おっさん、名前は?」
「立花家当主・立花 道山。残念ながら名は告げぬ身だが・・・ここで我々立花が討たせてもらうぞ! 今だ、宗茂! 誾千代! 両側から撃ちこめ!」
無数の太刀を大剣と大太刀で受け止めて偶然目があった道山とカイトだが、その一瞬に、道山が声を掛けて合図をする。十人近くの武将の子孫達で抑えこまれた今なら、カイトはどう足掻いても身動きできないはず。そう読んでの言葉だった。
「甘えんだよ! おぉおおお!」
その次の瞬間、どくん、と空間が脈動したのを、道山だけでなく周囲の面々が幻視する。そして、その脈動の次の瞬間。カイトから、気迫と共に豪風が吹き荒み、彼らの身体は一気に吹き飛ばされた。これは単なる魔力放出である。押さえ込めた、と思った彼らのミスだ。そうして、彼らが吹き飛ばされた先に見えたのは、少年と少女。二人は飛び上がり、カイトに向けて刀を振り下ろそうとしていた。
「父上! つっ、だが、今なら! 宗茂!」
「はい、姉上!」
「「<<雷対閃>>!」」
二人は同時に、雷の斬撃を放つ。それはちょうどカイトでクロスする様な形だ。だが、その雷の斬撃ごと、彼らの刀に真紅の茨が絡みついた。
「四技・花・・・<<緋の茨・双>>」
茨の出処は、カイトの持つ異様な大太刀と大剣からだ。そうしてカイトは目を見開いた子供達に対しても容赦無く、次の行動に移る。彼らごと、その身を回転させたのだ。
「おぉおおりゃあああ!」
「わぁあああ!」
「きゃあああ!」
カイトは二双の太刀と共に回転すると、その勢いが音速を超えた所で二人を捕まえていた緋色の茨を切り離す。それだけで、二人は戦場の外に吹き飛ばされる。
「千代! 宗茂!」
「戦場でまでガキが気になるんなら、連れて来てんじゃねえよ!」
「ぐふっ・・・」
子供達が吹き飛ばされたのを見て思わずそちらに注意を向けた道山に対して、カイトは一瞬で肉薄して、大剣の腹で彼を打ち据える。それで、彼も意識を失う。
「次は・・・誰だ?」
道山を地面に沈ませると、カイトは周囲をにらみ、問いかける。それは抑えきれぬ闘気を抑えている為、静謐さを保った物だった。
戦いの最中なので、闘気が高まり、殺気が高まるのを押さえられなくなる。だが、間違っても全力を出すわけにはいかない。自分が本気になれば、少なくとも10キロ先まで一般市民が昏倒する事になるだろうからだ。
「さあ・・・続けようぜ」
首を鳴らしながら、カイトが告げる。そうして、戦いの第二幕が、幕を上げるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




