断章 第8話 出会いの物語・不良強襲編3
「ただいまー。」
カイトは帰って早々、父親の出迎えにあった。そういえば、今日は有給とか言ってたか、とカイトが思い出す。
「おい、カイト。ちょっと話あるんやけど・・・って、浬!?どうしたんや?」
始め怒った様な表情であったカイトの父であるが、カイトが浬を背負って帰ってきた事に気づくと、目を見開いて驚いた。
「ん、んぅ・・・」
大声を出したことで、浬が目覚めた。カイトは彼女をそっと父が腰掛けていたソファへと下し、その目覚めを待つ。
「・・・あれ?お父さん?」
「おお、浬。どないしたんや?」
「あ、あの・・・」
そうして、再び泣き始める浬。それにカイトの父親はアタフタするが、とりあえず、泣き止むまで待って事情を聞いた。その間、カイトはずっと浬の頭を撫でていた。
「・・・なるほどな。そりゃ、大変・・・って、マテや!誘拐!」
全てを聞き終え、カイトの父親は事の深刻さを把握する。
「何とかしなきゃ、って防犯ブザーを鳴らしたら、男の人がこっちを睨んで・・・そのまま一気に・・・」
事のあらましはこうだ。浬が下校中、偶然空也も同じ道を使用して下校をしていた。そこですれ違ったのだが、その時、不良たちが乗るバンが空也へと隣接、空也を拐うべく目出し帽の数人が降り、偶然それを浬が空也の悲鳴を聞く。振り返って空也が誘拐されかかっているのを見て慌てた彼女はなんとかしなければ、と防犯ブザーを鳴らしたのだがそれにヤバイ、と思った不良たちが彼女も拉致、ということであった。
尚、彼らはなるべく人気の無い場所を選んだのだが、気付いていないだけで、実は浬以外にも多くはないがそれなりの人に見られており、この中には浬を知る人も少なからず入っていた為、実はかなり早い段階で警察には連絡が行っていた。御子柴達が脱出する直前であったのは、この為である。御子柴達の予想以上に、警察の行動が早かったのだ。
また、この点は、カイトも誤算であった。まさか、人攫いを行うのに白昼堂々人目も憚らず―彼らとしては憚ったのだろうが―にやると思っていなかったのだ。これでは、自分が公権力から正体を隠した意味が無かった。
「えぇ!?誘拐!?」
そうして、電話に出ていたカイトの母親の声が聞こえる。相手はどうやら警察のようだ。
「ぱぱー!浬ちゃんが・・・って、そういえば帰って来てます!はい、はい・・・」
そうして、浬が帰ってきている事に気づき、警察に事情を説明する。
「で、お前がなんで浬背負って帰ってくんねや?」
「あのね・・・お兄ちゃんが助けてくれたの。怖い人達を、こう、バシッと。」
恐怖から開放された影響か、浬は若干幼児退行して語る。言われた内容を理解したカイトの父は、呆然とカイトの顔を見た。そこには、かなり照れた様子のカイトの顔があった。
「・・・は?」
「あー・・・多分、親父が怒ってたのって、早退、だろ?」
「ああ、そうやけど・・・」
「まあ、偶然拐われた事を知ってな。そっから偶然拐われた場所を知って、なんとか助けてきた、ってわけだ。」
「・・・お前、何危ない事やっとんねん・・・」
カイトの言った事は明らかに、嘘だ。彼はそれがわからぬ程の人物では無かった。しかし、それはそれとして、危険を犯したカイトを、親として叱らぬわけには行かなかった。
「・・・しょうがないだろ。兄貴なんだから。」
「だからってなぁ・・・まあ、ええわ。次はやんなや?」
「まあ、状況次第、ってことで。」
そう言って笑うカイトに、父親は漸く笑みを浮かべる。彼も、父親だ。少し趣が異なるが、恐らく自分も、子供たちに危険が及べば全てを推してでも助けに入るだろうことが容易に想像出来たのだ。
「なんや、お前普通に笑えるやん。最近のあれ似おうてないで。」
「・・・あれ?」
「中二病なんやろうけど、ゴールデンウィーク超えたあたりからなんや落ち着いた性格やっとるやろ?」
「やっとる、って・・・やっとるわけちゃうんやけど・・・」
「ほら、やっぱりやっとるやん。」
父親の笑みを見て、カイトがはっ、と気付いた。苦笑した自分が今、方言を使った事に。カイトは本来、無意識に関西弁と標準語の混じった言い方をする。エネフィアから帰還する前の彼も、とある理由から外ではなるべく関西弁を使わない様に意識しているのだが、家でだけは別だった。
しかし、カイトはエネフィアから帰還して以降、家でも意識して話す事が多くなった為、家でも滅多に使わなくなってしまったのだ。父親は、それを中二病特有のクールな役を演じている、と思ったのである。間違った見方であったが、これは間違っていなかった。
「まあ、飽きたら止めや。」
「・・・ああ、飽きたら、な。」
カイトの父親がイタズラっぽい笑みを浮かべ、カイトもかつてと同じくイタズラっぽい笑みを浮かべ、それでこの話題は終わりとなった。
何事にも例外はある。実はカイトが家以外でも関西弁で話す相手が、中学校に居た。
「という訳や。メンドクサ。」
さすがに昨日の今日だ。カイトは久々にその人物にあったので、珍しく学校でも意識せずに話す事にした。尚、そんな方言満載のカイトに、ティナが目を白黒させていた。彼女も方言のみで話すカイトは、初めて見たのであった。
「そんな事あったんや・・・とりあえず、浬ちゃん無事でよかったやん。で、けーさつはなんて?」
その例外と共に、カイトはお昼休みに教室の片隅でしゃべっていた。二人共校内では有名人で会った上、方言満載な会話とその内容に、周囲の生徒達が興味津々であったが、慣れている二人は気にしない。
「とりあえず、やったのが誰やわからんから、もしかしたら事情を聞くかも程度に思っといてくれ、やって。しかも呼び出しは休日やと。平日にしてくれや。ガッコサボれんのに。」
溜め息混じりに答えたカイトに、その例外は笑って流した。
「そ。まあ、あんたの場合はそれでええんちゃう?ちょっと前みたいにいきなり変な性格やられるより、今の方がマシや。」
「そっちかい。オレが早退したことはどうでもええんか・・・ま、そりゃええわ。で、お前は相変わらずやな。」
「似合うやろ?」
「似合うから、怖いわ。まーた、いらん男引っ掛けんなや?」
「まあ、それは気を付けるわ。私もキスは遠慮したいわ。あ、あんたやったらええで?」
「はいはい。こないだもオレが呼び出されて彼氏役やらされたとこやぞ?」
尚、これはカイトのエネフィア転移前の事であるが、それが消えないぐらいに、この例外の事は忘れ難かった。
「あはは、あんた顔付きは、ええもん・・・って、あれ?」
あえてはっきりと『は』を強調したその例外の人物は、外を見てぎょっとする。すると、そこには何人もの不良達が集まってきていたのだ。
「・・・はぁ。ちょっと行ってくる。」
「あ、ちょっと!何処行くつもり!」
「屋上。どっかの馬鹿が先走りかねん。」
カイトが元通りの口調に戻ったことで、この会話は終わり、という事を示した。
「おい、天音!上ってどうすんだよ!」
「天城だ。誰かが抑えないと、あいつ勝手に出てって大乱闘になる。お前らに抑えられるか?」
カイトは肩を竦めて、溜め息を吐いた。それに、誰もがはっとなる。こういった状況の大半の原因は、ソラだというのが誰でも簡単に想像が出来た。それ故、彼が出て行くと大乱闘になるであろうことも。
「まあ、この状況だ。あいつをこっちに連れて来たら、教師達も来てる頃だろうさ。そうすりゃ、さすがに奴も大人しくなるしかないだろうよ。まあ、十分程で戻ってこなかったら、上に来るように教師達に言ってくれ。」
この状況で、ソラが止まるとは思わない。だから教師達も複数人でソラを取り押さえに来るだろう。それを見越しての行動だった。
「っつ、分かった!お前も上で無茶すんなよ!おい、誰か第一に呼びに行け!俺、第二職員室の体育の先生達呼んでくる!」
「俺が行ってくる!伊達に陸上部入ってねえ!」
カイトを見送って、翔が第一職員室に、カイトを見送った生徒が第二職員室に走っていった。そうして、一気に教室が騒がしくなり始める。カイトはそれを後で聞きつつ、一路屋上へと向かっていった。
「・・・寝ている、と良かったんだが・・・」
「なんだよ。これから寝ようって時に・・・」
幸い、ソラは気付いていなかった。しかし、それもこの次の瞬間まで、だ。
『出てこいや、天城のガキ!』
「あぁ?」
拡声器から響いた、ソラを呼ぶ声。それにソラが気付いた。そうして外を見て、自分が何度か喧嘩を売った面子が何人かいる事に気付く。
「ちっ、めんどくせぇ・・・っしょっと。」
彼は面倒くさい、と言いながら、犬歯を剥いて笑っていた。こうなるだろうな、と予想していたカイトは、溜め息を吐いてソレを制止する。
「ストップだ。」
「あぁ?なんだよ?」
「そう睨むなって。」
そうして、ソラは初めてカイトの笑みを見る。自身と同じ、犬歯を剥いた獰猛な笑みであった。
「・・・お前、そんな顔も出来んだな。」
「ん?まぁな。」
何時も平静としたこの男がこんな顔を浮かべてまで制止するなら、何か自分にも面白い事が起きるかも、とソラは少し彼の話を聞くことにする。
「ほらよ。」
「あ?何だ、これ?」
「中を見てみろ。」
「服と靴・・・それに、お面?」
そうして渡された袋の中は、何処にでも売っている大量生産品の男性用衣服と、パーティ用か何かの鬼のお面、しかも、上からかぶるタイプの物だ。ご丁寧に、サイズがぴったりな大量生産品の靴まで入っていた。カイトも同じ袋を持っており、そちらには同じ服と靴、それに狐のお面が入っていた。お面は2つ共話しやすいように口の部分が空いている。
「・・・何すんだ?」
「いいから着替えろ。」
「は?いらねえよ、こんなの。つーかグズグズしてっと先公来ちまう・・・って、てめぇはソレが狙いか!?」
そそくさと着替え始めたカイトに、ソラが最もな狙いを察する。
「ほう、意外と頭が良いな・・・と、普段なら言いたい所だが、いくら待っても来ないぞ。」
「あんだと!・・・来ない?」
「ほれ。あっちの方に掛り切りに決まってんだろ。」
カイトが着替えながら、顎で外に屯する不良たちの集団を示した。その前には体育教師や運動部系の顧問らガタイの良い教師達が対峙していた。尚、これは一部本当で、一部はカイトの見せている幻術だ。さらに言えば、実は今、屋上は少しだけ、時間がゆっくりになっていた。これらはソラを説得する為の時間稼ぎであった。
「で、この服とお面になんの関係があんだよ。」
「あ?今から潰しに行く奴らに、顔を見られたら面倒だろ?」
何を当たり前な、と言った感じのカイトに、ソラがぎょっと目を見開いた。
「はぁ!?潰しに行くって、お前も!?」
「ああ、何か問題あるか?」
そう、カイトは実は今回の一件、かなり責任を感じていた。元々、カイトの不注意の所為なのだ。それ故、自分の失態は自分で漱ごう、というわけだ。こういった武張った方向になるのは、彼もやはり根本が野戦上がりであるが故か。
「なんでてめぇと組まねえと行けねえんだよ!」
「別に組め、とは言ってない。ただ単に、オレが教室から出るのにお前という口実が必要だっただけだ。どうせお前も出るんだろうから、ならお前も咎が行かないようにしてやるっていう単なる親切心だ。」
「いや、こんなもんでバレないって考えてるって・・・お前、意外と馬鹿だったんだな。」
どう見ても、単なるお面と、普通の衣服だ。ソラがいくら観察しても、それは変わらない。
「その二つはくれてやる。袋の中に今着てる服を入れて、屋上の片隅にでも置いて明日取りに来ればいいだろう。雨が降ったらお慰み、だ。」
「いや、俺着るなんていってねえ。」
「さっさと着ろ。」
既に着替え終わったカイトが屋上から唯一の出入口に立たれ、時間のロスを厭うたソラはしぶしぶ着替えてお面を着ける。
「・・・で、これでどうすんだ?」
「後は外されない様に、適当に暴れろ。まあ、お面はそれなりに工夫してるから、ちょっと掴んだ程度では外れない。」
「はぁ?・・・お、マジだ。どうなってんだ?」
ソラは試しに強めに引っ張ってみたが、ずれることもなく外れそうになかった。
「企業秘密だ。後、潰した後はさっさと校門から逃げるぞ。どうせすぐに警察が来るだろうからな。」
「はっ、優等生様は警察が苦手か。」
「別に?だが、時間を潰さなくて済むなら、そっちに越したことはない。違うか?」
「まあ、そりゃそうだけどよ・・・」
そうして、カイトとソラはお面に大量生産品の服と靴という、殆ど個性が隠れた姿で校舎を降りていく。
その間に、ソラは不思議な事に気付いた。
「・・・なんで先公に会わねえんだ・・・」
この状況ならば、まず一番始めに抑えにかかられるのが自分であると言う自覚はあったらしい。ソラがかなり訝しんでいた。
「・・・さてな。大方各教室の生徒達の不安を抑えるのに精一杯なんだろ。」
ソラより前を行くカイトの顔は見えないし、そもそも仮面で隠れている。しかし、その背中は何かを隠している様子だった。
「さて、ポイント・オブ・ノーリターンだが・・・覚悟は?」
そうして二人は玄関前、靴箱までやって来ていた。そこでカイトがソラに問い掛ける。
「・・・なんだ、そりゃ?」
首をコキコキッ、と鳴らしながら、ソラが意味不明、という顔で問い掛ける。顔はお面で見えていないが、全身から意味不明です、というオーラが漂っていた。
「point of no return・・・帰還不能点の事だ。こっから先、後に戻れませんよ、という意味だ・・・お前、1回でいいから授業出とけ。」
カイトは回していた肩をガックリと落とした。一般常識レベルの英語をきょとん、とした様子で返され、呆れ返っておまけで溜め息を吐いた。
「・・・るせ。」
どうやらカイトの呆れ返った様子に、彼は少し恥ずかしくなったらしい。
「まあ、それは後でいいだろう・・・怪我するなよ。後が面倒だ。」
「そりゃ、お前だ。んじゃ、行こうぜ。」
お互い、準備運動は済ませた。後は、存分に暴れるだけだ。そうして、二人は目の前に屯する数十人の不良たちへと、打って出るのであった。
お読み頂きありがとうございました。




