#07 二次会が終わるのは深夜の二時かい
時速30キロの速さで法定速度50キロの道路を走る自動車の後ろを時速15キロで走っているタクシーの中に僕と田村奈美江ちゃんと昆布さんはいた。
向かっているのは二次会で行くことになった『空っぽオーケストラ店』いわゆるカラオケ店である。
僕は方向音痴で運動音痴で勉強音痴で、もちろん音楽音痴なので歌うのは避けたい。
「久慈さんは今まで見てきた中で一番タイプの顔をしてますよ」
今タクシーの中で田村奈美江ちゃんは僕にこう言ってきたが弁当箱を開けたら[焼きそば/ウインナー/唐揚げ/卵焼き/煮物/鰹節ご飯]という全部茶色いおかずだった時と一緒で嬉しくないわけがない。
「僕も奈美江ちゃんの顔が一番タイプで世界一美しいと思っているよ」
こういうセリフは『案外』という言葉と同じで一回も使ったことがなかったが無理して言った。
田村奈美江ちゃんは案外喜んでいるみたいだった。
言ったあとに運転手を見てみると『馬鹿じゃないの』と口を動かしながら苦笑いしているような後ろ姿にみえた。
「ふたりともお似合いよ」
酢こんぶをしゃぶりながら昆布さんはそう言ってくれた。
昆布さんは苦手な人はいるけど周りを引き立ててくれる酢豚のパイナップルのような存在だ。
あと、すごく大嫌いかすごく大好きかに分かれると思うので『パクチー系女子』と呼んでもいいだろう。
後部座席の真ん中に座っている僕は昆布さんとずっと体が触れているが昆布締めにはならなそうだ。
田村奈美江ちゃんは、まばたきをしている間と運転手にタクシーのスピードアップを要求している時以外僕の横顔を見続けていた。
『アアアアアー』
カラオケ前の発声練習だと思うが苦しんでいるようにも聞こえる大きな声を昆布さんはタクシーの中で出していた。
昆布さんの発声練習にイライラして嫌がらせをするためにやったのか暑くなっただけなのか分からないが運転手は冷房を使って冷却攻撃をしてきた。
発声練習にイライラしているとしたら車内だけではなくて運転手の頭も冷してほしいものだ。
乗っている間タクシーの運転手は僕たちにたくさんシートベルト着用の確認をしてきた。
略称が『たくシー運転手』の『たくさんシートベルト着用の確認をしてくる運転手』が昆布さんの発声練習よりウザかった。
カラオケ店に着いて昆布さんが何回も頭をぶつけながらタクシーを出た後に僕と田村奈美江ちゃんは頭をぶつけずにタクシーを出た。
カラオケ店に入って待っていると昆布さんの膝と肘にプロテクターが装着されていることに気付いた。
歌を歌うのにプロテクターは意味がないのではと思ってしまった。
これをことわざでいうと『冷たい食べ物にフーフー』だ。
部屋に入ってすぐに昆布さんが僕の友達の『丹波りん』ではなくて打楽器の方のタンバリンを田村奈美江ちゃんと僕に無理矢理渡してきた。
僕はタンバリンよりも昆布さんのことを思い切り叩きたいと少しだけ思った。
そして『タンバリン久慈』と『タンバリン田村』の25倍くらい張り切っている『プロテクター昆布』が歌い始めた。
すると田村奈美江ちゃんが、変な言い方だと『ビバンババジ』で普通だと『自慢話』と呼ぶものを歌っている昆布さんに背を向けながら僕にしてきた。
「今まで付き合った人は全員イケメンなんですよ」
「そうなんだね」
田村奈美江ちゃんの自慢話よりヘビメタをしっとりと歌いあげる昆布さんの方が気になった。
自然に手が動いてタンバリンの叩く部分をバリンと突き破りそうなくらい思い切り叩いていた。
ヘビメタは2分くらいの長い間奏になり、その間に昆布さんは塩ラーメンを一気に全部平らげた。
そして田村奈美江ちゃんが『男性と付き合う上で一番大事なのは顔です』と言いたそうな顔をした後こう言った。
「男性と付き合う上で一番大事なのは顔です」
今、告白をして田村奈美江ちゃんと付き合える確率はピッタリ100.01パーセントくらいだと思う。
昆布さんが歌ったヘビメタの点数が99点と画面に出て昆布さんは人目もはばからず大声で喜んでいた。
昆布さんの歌の点数は99点だけど空気を読むことに関しては0点である。
山道で行う自転車などのタイムレースは『ヒルクライム』というが99点という点数を見た時の田村奈美江ちゃんの表情は『引くくらい無』だった。
二人はお揃いのグレイビーボートを持っているくらいの親友らしいが明らかに田村奈美江ちゃんは昆布さんを好きではなさそうだ。
田村奈美江ちゃんはあまり可愛くなくてクセのある昆布さんをダシにしてモテようとしているのではないかと思ってしまった。
今日ずっと見てきたが二人は海洋深層水とエクストラバージンオイルだ。
アクの強い人間『アクニン』の昆布さんと、昆布さんを利用する『悪人』の田村奈美江ちゃんは合うわけがない。
「写真を撮ってもいいですか?」
田村奈美江ちゃんは僕がうまく体を折り曲げれば入れそうな大きいバックからスマホを探しながらそう言ってきた。
「いいよ」
新しく『顔面自信あり男』になった僕には顔面関係のお願いに『NO』と言う理由はないのでOKした。
その時、昆布さんは「カルアミルクとクルミあるか?」という上から読んでも下から読んでも同じになる回文注文をしていた。
田村奈美江ちゃんがゴミ捨て場のゴミを漁るようにスマホを探していたがようやくバックから取り出した。
やっとスマホが見つかったのかと思って見てみるとそれは携帯電話の形をしているクシだった。
紙を溶かす薬品は知らないが髪をとかす悪人は目の前にいる。
踊りながら演歌を激しく歌いあげる昆布さんを横目に髪型を整えた田村奈美江ちゃんはツーショット写真を要求した。
僕と他1名のツーショットを撮っていると踊っていた昆布さんが豪快に前に転んだ。
昆布さんが膝と肘にしていたプロテクターは意味があった。
僕と他0名で撮る写真も頼まれたので精一杯のキメ顔で写った。
キメ顔とは『きめの細かい顔の肌』の略ではなくて『自分がカッコいいと思う顔』のことである。
写真を撮り終えて緑茶のウーロンハイ割りを飲んでいると田村奈美江ちゃんがメニュー表を顔の前に広げて見始めた。
そして田村奈美江ちゃんが僕に何か言ってきたが聞き取りづらかったので顔を近づけるとキスやキッスや口づけや接吻と呼ぶヤツをしてきた。
世間では隠れてキスをするなら『学校のカーテン』か『校庭の隅に植えてある木』と言われているがカラオケ店のメニュー表で完全防備してのキスは聞いたことがない。
今のキスのやり方を有名な偉人の言葉を借りていうと『大胆すぎ』である。
二次会を終ろうとすると「あと一曲歌わせてよ」と昆布さんが粘りだした。
粘りだしたといっても粘着性が出てきたわけではない。
ロシア民謡を昆布さんが淡々と歌って合コンは終了した。
昆布さんの歌っている時のしたり顔が電卓の小さいMのようになかなか消えないでずっと頭の中にあった。