#52 ずっとそばにいてください幸せ様
ラッキーエイトの6が全く入っていない日付の今、『むかし僕が料理を作って母に何度も食べさせていたら毎回『美味しい』ではなく『大丈夫』と答えられていたこと』を思い出して少し変な気分に陥ったりしたけれど、なんか宇野真帆さんといればラッキーみたいな感じになっている。
宇野真帆さんと頻繁に逢うようになって、ラーメンを頻繁に食べるようになって、ある魔法小説のタイトルを『情熱の青い雪』に改名した方がいいのではないかみたいに思うようになって僕の人生は変わり、実は魔法なしでフリーターを脱却していたのだ。
宇野真帆さんには感謝しているが、もちろん宇野真帆さんには不満もあって、水中を航行することのできる艦艇でミサイルなどを装備して攻撃にあたるための乗り物的なものといえば『潜水艦』だが、宇野真帆さんは僕が一生自分では買わないような配色の置物を僕にくれたりしていて『センスいかん』と思っている。
『キャビンアテンダント』だったら福引きで「キャビア当てるんだ」と張り切っていても、『キャビンアテンダントがキャビア当てるんだと張り切っている』というダジャレ案件として処理出来て、キャビアのペンダントをしているキャビンアテンダントも同じような感じに処理出来るが、キャビンアテンダントではない宇野真帆さんが福引きで『キャビア当てるんだ』と張り切っていたら僕はたぶん引くだろうと思うし、たぶん福引きで宇野真帆さんはそういうことを言う性格だ。
0泊30日とかいう、とんでもなく寝ないスケジュールパンパンの北海道旅行ではなく、今は1泊以上する北海道旅行をしていて暖かいバスの車内にいるところだが、寒い北海道で『ほっかほっかの移動』は助かるし、毎回スケジュールのことを『シュケジュール』と言ってしまう僕に指摘してくれる宇野真帆さんも助かっている。
1泊目の夜か、2泊目の夜か、1泊目の丑三つ時か、2泊目の真っ昼間かはご想像にお任せするが、僕は北海道で1泊目の夜の昨日、急に結婚したくてたまらないなと思ってきてしまって、北海道の貴金属店で高くない指輪を購入してしまった。
小学生の時に同じクラスの不思議ちゃんが僕に『久慈くんは絶対にゲップしない!』と言ってきたり、僕をアイドル的存在として崇めてきたりしていたのを思い出したが、昨日鬼気迫る表情で僕にいろいろ聞き、危機迫る状況に追いやった貴金属店店員は不思議ちゃん並に僕を崇めてきていた。
プロポーズの計画はもう完璧に仕上がっていて、どれくらい完璧かというと、クイズ番組で『今、何問目?』『あと何問ある?』『今、何問目?』『今、何問目って何回言った?』『今、何問正解してる?』という誰でも間違えてしまうような問題構成くらいの完璧さである。
あとは完璧なタイミングでプロポーズをするだけなのだが、聞いていた曲の『ぐうの音も出ない』という歌詞の『ぐう』の部分と自分のお腹の音の『ぐう』がハモったときのような完璧なタイミングでのプロポーズが出来ればいいなと思っている。
これから行くプロポーズ予定地のオシャレなラーメンバーで、ラーメンどんぶりの底に指輪を隠してプロポーズすることも考えたが、ラーメンを食べているときの宇野真帆さんは、ラーメン以外眼中にないといった感じなので違う方法にした。
テレビ番組で『昆布ではなく鰹節ではダメですか?』と聞かれた料理人が「カツオとワカメはケンカします」と言ったとしてもその真意を確かめたいとは思わないが、あるアニメのことをずっと考えてしまうと思うし、なんやかんやでそのアニメのような家庭を宇野真帆さんと築けたらいいなと僕は思っている。
「行きたいラーメン屋ってどういう場所なんですか?」
「内緒だよ」
「ラーメンは久慈さんと一緒に食べれば全て美味しくなりますから、別にどこでもいいですけど」
宇野真帆さんの愛の名言がこの場に登場し、今幸せな未来へ飛び立とうとしている僕に緊張という名の緊張が搭乗しているが、『先々場所が休場、先場所が九勝』と相撲の実況の人がテレビで言っていても、どっちが『休場』で、どっちが『九勝』なのかごっちゃになってしまうように、プロポーズの緊張のドキドキと宇野真帆さんが好きすぎるドキドキがごっちゃになっている気がする。
今はバスから降りて、『北海道』という漢字を北海道だと見立てたときに、ちょうど『道』の部首のシンニョウの上にある点くらいの場所にいて、分かりやすくいうと『北海道の北の方』にいて、隠れた場所にある隠れ家ラーメンバー探しに勤しんでいるところだ。
隠れた場所にある隠れ家ラーメンバーに向かって今は歩いていて、突飛した建物などは何にもないような長閑な風景が広がっていて、『こんな場所に本当にあるのかよ?』みたいに思ったり、『この広い北海道であっても隠れられる場所なんて一つもないようなものだからな、こんな世の中じゃ』みたいに思って隠れ家という呼び方を全否定してみたくなったりした。
ポイズンの意味を情熱や魂だと思ってた僕は情熱とはかけ離れた外観のオシャレなラーメンバーに着いて、同姓同名の誕生日一日違いの人が頑張っていたり活躍していたら応援せざるを得ないよなぁと嘆きながら店の中へ入っていった。
「お洒落すぎませんか?雑種の野良犬が急に高級マンションの最上階で飼われるみたいな感じですよ」
「大丈夫だから」
「緊張しますね」
オシャレ過ぎて落ち着かない宇野真帆さんは延々と続き、席へ移動するときに足がカクカクしていたり、勢いよく席に座り過ぎたり、たった6文字の濁音も半濁音もないラーメンの名前を注文の時に噛んでしまったり、雰囲気に呑まれて頼んだラーメンも三杯半しか喉を通らなかったりした。
「とにかくあなたの全てが好きなんだ」
「私も久慈さんが好きです。えっ、久慈さん泣いているんですか?」
思い出話や宇野真帆さんに対する想いを全て吐き出して、『いくら僕の額から冬でも大量のキレイな汗が流れるとしてもスーパーマーケットで袋を開くときの手濡らし要員にはされたくない』みたいな他愛もないことを考えていたら涙が溢れてしまった。
子供の頃一生分の涙を流したのでもうアクビと玉ねぎ以外で泣くことはないと思っていたのに、涙製造工場の工場長が原料の幸せを涙に変えて送り出していて、ネギタン塩のネギはぽろぽろと落ちるが僕の目から溢れた涙もぽろぽろという感じで落ちていた。
選挙カーから流れてくる候補の名前が途中から、その候補と同じ名字の有名俳優の名前に変わってしまっていてビックリしたことがあったが、僕が一番変わってビックリしたのは宇野真帆さんと一緒にいるときの自分自身だ。
魔法が使えるようになって変わってしまった僕を普通に受け入れてくれたり、僕をなんやかんやでかなり変えてくれたりした宇野真帆さんを好きな気持ちは一生変わらない。
今は5:9で笑顔の方が多い僕だけど『5:9』という字を見ると号泣に思えてしまうし、今はどう思われてもいいと思っているので『僕は今ラーメンバーで相当の号泣をしている』と想像してもらっても構わない。
僕は愛を吐き出し終わると、ラーメンどんぶりで置き場のないテーブルにスペースを作り、『スーパーマーケットで買おうか迷って見つめていたら念力で下に落としたみたいに落下した袋に入ったカット野菜』のように急に、指輪が入っている四角い小さな黒い箱を宇野真帆さんの目の前に置いた。
宇野真帆さんがこの世のものとは思えない言動で喜びを表し、僕がプロポーズの言葉を十二指腸の手前まで押し上げていたとき、僕の前にスーツを着た二人の男がやって来て話しかけられた。
ラーメンバーにいる人みんなが聞き耳を立てていて、みんな耳の向きが揃っているという感じで、ちなみに耳を揃えるというのは『まとまった金額を不足なく用意する』という意味だが、聴取という熟語も両方の漢字に耳という文字が入っているという点では、ある意味、耳を揃えていると言ってもいいのかもしれない。
隣の席の女の子の『悪魔の囁き』と、昼休みの空いた時間にミステリアスなクラスメートが校舎裏の笹の葉をむしりとってする『空く間の笹焼き』ではどっちが恐ろしいのかなんて分からないが、男たちに無理矢理連れていかれている今が僕にとっては一番怖い。




