#04 どうせお金しか望まねーだろう
標高3メートルの山の頂上に登るよりも楓ちゃんが僕を好きになる方が簡単だろうと思っていた。
何故かというと『崩れやすくて三角にしたつもりなのに丸くて塩のつけすぎでしょっぱいおにぎりを握る』という武器が僕の母にあるように僕にはお金と魔法という武器があるのだから。
でも友達がくしゃみで骨折したと電話で言っていたので肋骨だろうと思っていたら誰かの大きいくしゃみに驚いて転んで腕を骨折したのだと分かった時くらい予想外なことがあった。
それは誰かを僕に惚れさせる魔法をおよそだいたい約50回程度くらい試したけど成功しなかったこと。
そして僕の恋愛関係の魔法はほとんど使えないことと僕は変人好きだということに気付いてしまった。
楓ちゃんにとってお金とはOLにとってのカップスープのようなものだと思うので惚れさせる魔法ができなくてもお金で仕留めることが出来るだろう。
キャバクラには数え切れないくらい通ったが、その23回で楓ちゃんと仲良くなったので告白することにした。
恋は太陽系の惑星の数ほどしてきたが告白するのは初めてである。
ちなみに初恋は小学生の頃で相手はサッカーが上手くてカッコいい男の子と仲がよかったドッジボールが上手い女の子だ。
『安定のキャッチ力』『絶妙な避け方』『最高の位置取り』『弾丸のように速い投げ』などに惚れてしまったのだ。
その女の子にボールをぶつけられることにかなりの快感を覚えてわざと当たりにいっていたが変態ではない。
今はお食事処に楓ちゃんと一緒に来ていて食べ物を口に運搬して歯で細かく砕いているところだ。
お食事処にいるが告白前で緊張していてお食事どころではない。
「トイレットに行ってくるね」
そう言って席をたったが緊張していたせいで席からトイレットへの道のりを同じ側の手足を同時に出して歩いていた。
トイレットのドアを引いたり押したりても開かず、一番待ち時間が短いカップ麺の待ち時間と同じくらい経ったところで横にスライドするタイプだと気付いた。
中に入ると僕は緊張をほぐすために手の甲に『入』と33回書いてなめ回した。
そして落ち着くために3秒息を吸って「ブォーッ」と言いながら7秒かけて吐いた。
落ち着いたので席に戻ると楓ちゃんがブランドの財布からお札を出して数えていた。
その和やかな光景を見たら考えてきた長い告白の言葉が緊張と共に消え去っていった。
なので僕はシンプルで簡単な言葉とワードで楓ちゃんに思いを伝えることにした。
「お金で楓ちゃんを守る。付き合ってくれ」
そう言ったがブラジルと中継しているのかと思うくらい返事が遅かった。
「よろしくお願いします。世界一の金持ち社長さん」
返事に時間はかかったが思った通りの展開で嬉しくてテーブルの下で小さくガッツポーズをしようとしてやめたがやめるのをやめて結局した。
僕は初めての彼女が出来てレベルが5上がった。
そして自信が3上がって素早さが2上がり防御力は5上がった。
今は天才な社長だと信じてくれているがいつまで社長ではないこととIC乗車券を自動改札機に入れて詰まらせてしまったことがある馬鹿だということがバレるか分からない。
でも大雨のなか傘もささずに雨が降っていない演技をしながら歩いていたら友達に『お前の上だけ雨が降ってないみたい』と言われたくらい演技力があるのでずっとバレないだろう。
付き合って初めて楓ちゃんとちゃんとしたデートをすることになったが行きたいところは1つか2つか3つか4つか5つくらいあった。
候補はカラオケとカラオケ。そしてカラオケ。あとカラオケだ。
色々考えてもちろんデートで映画館に行くことにした。
紫色だと思って買ったけどよく見たら茶色だったパンツをはいて25人くらいの顔が描かれたTシャツとジャケットを着て僕は楓ちゃんと映画館に来た。
楓ちゃんが見たいと言った『ほら話じゃない、ほらそこに幽霊が』というマンションを舞台にしたホラー映画を見ることになった。
映画が始まり怖い場面で楓ちゃんは『自分の腕のホクロを虫だと勘違いして悲鳴を上げた時』以上に異常な悲鳴を上げていた。
その後、一番怖い場面になって楓ちゃんが思わず隣に座っている僕に抱きついてくれたらいいのにと思った。
最も印象的だったシーンは隣のおばさんのドリンクを楓ちゃんが間違えて飲んでいたシーンだ。
映画は百人占めだったが楓ちゃんは僕が一人占めしたい。
なのでプレゼントをしようと思って現金以外で何が欲しいか聞いたが意外にも意外ではない答えが返ってきた。
「マンション一棟が欲しいです」
予想していた大穴の『欲しいものは干し芋の』ではなくてマンションを舞台にした映画を見た後なので『マンション一棟』という単純な答えだった。
『マンション一棟あげるよ』と言ったら今世紀世界最高爆発的笑顔を見せてくれた。
楓ちゃんは泣き虫の反対で高価なものを与えるとすぐ笑う『笑い虫』なのだ。
ブランド品を定期的に買い与えないと元気がなくなってしまうので様々なプレゼントをした。
その後のデートでは洋服やバッグや靴やアクセサリーなど身に付けるもの全部が僕のプレゼントで『歩く高級ブランド店マネキン』と心の中で呼んでいた。
自動車のハンドルと大金は握っているが楓ちゃんの手は付き合って2ヶ月で一度も握っていない。
初めて会った時に手と手を合わせて以来楓ちゃんの足どころか手にも一切触れていない。
今日は付き合ってからピッタリ61日目でちょうど9回目のデートである。
絶賛手繋ぎキャンペーン中なので今日こそは手を握りたい。
なのにいつもは大丈夫な手汗がテレビで美味しそうな親子丼を紹介しているのを見た時に出たヨダレのように止まらなかった。
父の話によると人間の98パーセントは水だということなので手汗は仕方がないことだ。
手汗featuringハンカチーフのおかげでなんとかドライハンドになったので楓ちゃんの手を握ろうとした。
でもまるで手に止まった蚊をやっつけるみたいに手を思い切り叩かれ悲鳴を上げられた。
「違うんですよ。私は『男性に突然触られると手を叩いて悲鳴を上げて気持ち悪がってしまう病』という奇病にかかっているんです」
よく考えてみるとこれはただの拒否反応である。
ヨーグルトのフタを舐める人間とこのような言い訳をする人間にはなりたくないが好きだから許す。