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青みがかった黄色いピンク  作者: 高嶋ともつぐ
第九章 藻野美由
38/110

#38 大根役者でも昆布役者でもなく蒟蒻役者

徒歩5分の小学校があるにも関わらず、なぜか徒歩25分の小学校に通っていて、街で似ている人を見つけて話しかけたら人違いみたいなドラマでよくあるシーンをすでにやり尽くしていた子供の頃には今の姿は想像も出来なかった。


ベストダイコンニストという賞のやつで藻野美由さんが貰っていた大根おろし料理専門店『大根役者』の生涯無料券を使って、僕と藻野美由さんで食事をすることになったのだが、大根おろし料理専門店に『大根役者』という名前を付けるというのは、必笑ダジャレ『根ショウガでしょうが!』を根ショウガ料理が出てきたときに使うことくらい安易なことだ。


「マッサーと食事なんて久し振りだね?」


「そうだね」


変装を覚えて、バレることも怪しまれることもない、といった見た目で街を歩いたので、学生時代の部活の試合に持っていったお弁当にカニのフライが入っていたことを部員に見られたときのような『大困惑』も『大混乱』も今は起きなかったが、今、目の前に現れた大根おろし料理専門店は賛否両論あり、巷では『大根の乱』を起こしたと話題になっている。


昔、母からクリスマスプレゼントを貰った時に言われた言葉は『サンタがあんたに』だったが僕が今一番食べたい料理は大根おろし料理ではなく『サーターアンダギー』で、知らないおじさんが今僕に『サンタがあんたに』と言いながら『サーターアンダギー』を手渡ししてきたら受け取ってしまうほどだ。


「マッサー最近すごい人気だね」


「藻野美由さんよりは全然人気ないって」


「今度マッサーと映画で共演したいな」


「そうだね。したいね」


お店に入ってメニューを今にも開こうとしているが、もし斬新な大根おろし料理が売りのこのお店にサーターアンダギーのおろしポン酢がけという料理があったのなら、『えっ?マジで?スゴい?』と褒めてあげるだろうけど、そんなもん味の想像も出来ないし、美味しい予感もしない。


藻野美由さんは何もかも今の僕の理想に合っていて、有名すぎるし、演技上手すぎるし、可愛すぎるし、自由奔放過ぎるし、『銃でポンポン』と僕の心を撃ち抜く魅力に長けていて、藻野美由さんという自分自身に慣れている気がして、前世でも藻野美由さんをしていたんだろうなと思ったし、来世でも藻野美由さんになるんだろうなと思っている。


載っている違和感のある料理に美味感を感じるものはなく、『つぶつぶ感としゃきしゃき感が合わさった一体感に感動する』みたいに崩れ感と手書き感がある文字で書かれた感のある、好感の持てるメニューに決めて注文したが、空腹感を満腹感に変えらる感はあまりない。


僕は藻野美由さんが好きで、藻野美由さんの前で『千年の恋も冷めるナプキンでの口の拭き方』はしていないし、『熱湯入り水風船くらいの威力がある出来立ての小籠包を投げつけたいくらいムカついてきた』と言われたこともないし、いい関係なのだが、恋人関係から夫婦という関係に変えられる感はあまりない。


「今日はマッサーに大事な話があるの」


「何?」


大事な話と言われて思い浮かぶものは色々あるが、藻野美由さん主演映画で使用された『題字の話』ではないことは確かで、『カラオケでドラマの主題歌を歌ったが存在すら知らなかったCメロが流れて全然歌うことが出来なかったので歌詞を知らない2番よりメロディーを知らないCメロの方が怖い』という話や『最近一番恐怖に感じたのはホームセンターの天井で回っているネズミと蜂の巨大なオブジェだ』という話などの怖い系の話は大事か分からないけど少し前にされたし結局何かは分からない。


僕が前に藻野美由さんに話した、「パルミジャーノ・レッジャーノを菜にかけて」みたいな台詞が言いたいという夢や、『イルミネーション』に包まれて抱き合うカップルの横に突っ立っているだけの役をもっと有名になってからやって『いる意味無いでしょう』と思わせるという僕の夢の実現に向けて動いていてくれて、それの報告が大事な話ということもないだろう。


「友達に戻ろう。マッサーとは別れて、一番の友達にしたいの」


「そっか」


「完璧すぎて私にはもったいない。短所で談笑する男女に憧れていて、そういうのが合ってると思うの」


「分かった」


どちらかと言えば藻野美由さんの方が完璧で、さっき僕はサーターアンダギーのおろしポン酢がけがあったとしても味の想像も出来ないし美味しい予感もしないと言ったが、サラダを食べ終わっておろしポン酢が少し残っていた皿の上にサーターアンダギーを置き場がなかったから仕方なく乗せて食べて意外と美味しかったことを思い出して焦っていて、このように僕は忘れっぽいので完璧ではない。


魔法で完璧に近づけようとしたけど、完璧なんて存在しなくて、今は大勢の人に好かれるようになったのに、どこかで魔法で好かれても嬉しくない自分がいて、もう魔法は良いかなと思い始めているのだが、『マサチューセッツ州』を『摩擦熱臭』という言葉に変えて口に出しても『マサチューセッツ州』だと伝わるように、僕の気持ちも何となくで良いので伝わって欲しい。


頼んでいた、大根の千切りと大根スライスの上に大根おろしと醤油をかけた料理はまだ到着してないが、魔法恋愛の限界には到達していて、僕が大根おろし器を使うことと、僕が恋愛を有利に進めるために魔法を使うことと、僕が藻野美由さんの名前を呼ぶことはこの先、一生ないだろう。


カバディで応援しているチームのレイダーがキャントを唱えながらアンティにタッチしにいったが惜しくもキャッチされてしまった時くらい残念なことだが、予感はしていたし仕方がないし、何だか清々しい気分だ。


「マッサーは大親友だからね」


「ありがとう」


「元気出してよマッサー。ずっと大好きだから」


全然走る気はないのに、後ろから吹いてきた風で走らされて筋肉痛になったこととは少し違うと思うが、その強風筋肉痛のように、俳優を目指していたわけではないのに藻野美由さんに導かれて俳優になった僕は、レジ袋を要らないと言ったら3円引いてくれたことくらい今は嬉しく、3円引いてくれたスーパーマーケットくらい藻野美由さんに感謝してる。


「また新しい映画が今週末公開されるからマッサーも見てね」


「どういう映画?」


「靴屋店員の海老島と私演じるアパレル店員の工藤ユリのラブストーリーだよ」


「面白そうだね」


ティッシュの肌触りが一段と良くなる季節となり、魔法を使う前の僕に戻ることが一番幸せなのかもと思うようになり、僕は俳優の山吹風雅をやめて『高校のときにやった歴とした行進の本番で鼻血を出したこと』や『コンビニで370円だったので420円出したら首をかしげられた事件』みたいなことがない在り来たりな人生を歩きたい。


魔法で変えたものは沢山あって、顔をイケメンにして金持ちにして長身にして優しくして天才にして演技をよくして他にも色々魔法でしてきたが「魔法で変えたところを全部箇条書きで書き出しなさいよ、ブァ~カ!」と女性に言われても魔法内容もドM本能も全く出てきやしない。


だから、魔法で全てを元に戻したいと思っている僕は思い出せないから全ては直せないなと思っていて『ボタン式延長コードでスマホを充電するときにボタンをONにしてなかったからこの世の終わりだ』みたいなときの“苦瓜を噛み潰したような顔”が出てしまっていた。


「マッサー大丈夫?大根おろしがけキュウリを食べてるのに、ゴーヤ食べてるときみたいな顔して」


「大丈夫だよ」


僕には1の位が0の時のエコバック2円引きはあまり嬉しくないみたいな時代や、コワモテプライドと泣き顔ネガティブが心で相席していて気まずいみたいな時代や、大縄跳びで戦力外通告になっていた時代もあったが今は前向きになってきた気がする。


テーブルにずらっと並んでいた大根おろし料理が全て無くなってもうすぐお店を出るっていうときに、全ての魔法を一瞬で解くという見習い魔法使いでも、赤ちゃん魔法使いでも、犬魔法使いでも簡単に出来る魔法があることを思いだし、清々しく店を出た。


「マッサーまたね」


「じゃあね」


スマートフォンの画面に全く触れていないのに、勝手に操作されてスマートフォンが勝手に機内モードに設定されてしまうが如く、僕が勝手に藻野美由さんの前や芸能界からいなくなり一般人モードになることをお許しください、藻野美由さん。

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