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青みがかった黄色いピンク  作者: 高嶋ともつぐ
第九章 藻野美由
34/110

#34 友達から恋人への移行は巻きで

当時6歳だった僕に好きと言ってきた当時6歳の女の子は僕と一緒に歩いているところを見られたくなかったみたいで知っている人が来ると離れて歩いて他人のふりをしてきたが、藻野美由さんは大女優で有名過ぎるくせに今、密着型で一緒に歩いている。


二人きりで夜の街へ繰り出したのだが、まだ告白をしていなくて付き合うに至っていない男女の同伴をデートと呼んでいいかなんて、ペスカトーレをコングラチュレーション的な言葉として使っていた僕には分からない。


コングラチュレーションの『チュレ』の部分が曖昧で、コングラチュレーションという正しいであろう読みに辿り着くまで相当かかったが、藻野美由さんがずっと行きたかったというお店は駅から歩いて向かって、辿り着くまで相当かかったりせず、すぐ店の前に着いた。


藻野美由さんという国民的人気女優と、ドラマの撮影はしたもののまだ放送されてないので今は国民的不人気俳優の僕が、魑魅魍魎という四字熟語くらい人が密集している場所に二人でいるなんてパニックにならない方がおかしい。


後ろに100人以上の手下を連れ歩くヤクザに見えることも見えないこともないみたいな感じの藻野美由さんには、100人以上の手下に見えることも見えないこともないみたいな感じのファンや、そうでもないけどとりあえずついて行くみたいな一般人がついてきている。


下手な手下より手下らしい手下みたいなファンが今から来店するお店側から見ると下手の方にウジャウジャいるが、今から来店するお店は藻野美由さんが選んだ素晴らしいお店なので下手物料理なんか出さないし、ファンに注意をして、『下手』という言葉の使いすぎにも注意しながら店に入る。


10分に1回トイレに行きたくなることがある僕が授業中に先生に「トイレ行ってきていいですか?」と聞いたときに、先生が「何で授業の前に行かなかったんですか?」と聞くなんて愚問で、藻野美由さんに「何で人気があるんですか?」と聞くのも同じぐらいの愚問だ。


食事するのはもちろん個室で、個室で食事することに固執している訳ではないみたいだが、後日に個室の固執をこじつける記事を書いてくる記者もいるかもしれないので注意した方がいいかもしれない。


「あのね、マッサー?映画の『世界で100番目に君が好き115』のオファーが来たんだけどどうしようかな?」


「やりなよ」


115本という数は落語の寿限無のなかに出てくる名前の平仮名にしたときの文字数には及ばないものの、続き過ぎだろうと思うし、今25歳の藻野美由さんが15歳の時に一作目が撮られたとしても1本1ヶ月ペースで撮らないと間に合わないので寒気がしてきた。


そんな驚異の映画の続編への出演についての相談を「やりなよ」という四文字で片付けてしまった僕には不安しかない。


数え方の単位と計算が苦手な僕には他の不安も溢れていて、映画の数え方の単位が『本』でいいかということと、10年115本出演は1本1ヶ月ペースで合っているのかということだ。


『世界で100番目に君が好きシリーズ』は僕も好きで、藻野美由さんの神がかった芝居『神芝居』がとても凄いなと思っているが、110作目以降があったなんて、心臓のハツをカリカリに焼いた時に出来たパンの耳的なヤツではない方の“初耳”である。


「ここのイタリア料理店人気なんだって。なに頼もうかな」


「ねえ、藻野美由さん?変装してなかったけどしなくていいの?」


筒入りポテトチップスのプラスチックの蓋が今使っているガラスのコップにピッタリなので、コップのホコリ防ぎのために使わせて頂いているが、飲み物にホコリが入ってきてしまうのが嫌なように、ファンがプライベートに入ってきてしまうのは嫌なはずなのに、変装などの筒ポテチの蓋のようなものは一切してないので疑問に思った。


「隠れるの嫌だからしてないけど、マッサーが嫌ならフルフェイスとか馬とか被ろうか?」


「うん、そのままでいいや」


フルフェイスのヘルメットや馬の被り物を被って街中を闊歩している藻野美由さんを想像したが、これらの変装はどうやら変そうだし、フルフェイスと馬を被ってそれぞれ五十歩闊歩したとしても、フルフェイスも馬も五十歩百歩だと思う。


ここはイタリア料理店だが、もしこの店にバジルとトマトとチーズが入ったイタリアン餃子があったとして、それがテーブルに運ばれてきたタイミングで『藻野美由さんが大好きといってきすをした』という文章を本文の文中に入れられたとしたら誰でも『藻野美由さんが大好きと言ってキスをした』だと解釈すると思うが『藻野美由さんが大好きと一滴酢をした』という解釈も有り得るので慎重に恋を進める。


イタリア料理店の卓上に酢らしきものが置いてあるのは見たことがないし、心の中に僕への恋愛感情があるような顔をしている藻野美由さんも見たことがないし、僕の腹時計も鳩胸時計も時間の感覚も早めに進んでいる。


トマトみたいなものをスライスしたものとチーズみたいなものをスライスしたものを交互に挟んでいって液体状のものと葉っぱ状のものをかけた料理が運ばれてきたが、名前は“被ろうぜ”みたいな名前らしい。


諸々の事情があるので藻野美由さんにはマスクくらいはしてほしいがフルフェイスのヘルメットや馬の被り物を“被ろうぜ”とは絶対に言わないし、この料理の本名はたぶんカプレーゼで合っていると思う。


「愛してるよ」


慎重に恋を進める僕に向かって藻野美由さんは突然『愛してるよ』と言ってきたが『愛ちゃん』という役を今ドラマで演じているという意味の『愛してるよ』かもしれないし、ドラマのセリフの練習かもしれないしよく分からないがとりあえず返した。


「僕も愛してるよ」


「じゃあ付き合おうよマッサー」


「うん」


家の広さを友達に聞かれたて普通に答えるのは面白くないと思って「広さは東京ドームで使う野球のボール一億個分くらいかな」と僕の性格では有り得ないことを言ってしまったのは何年か前に見た夢での話だか、憧れの有名人と付き合えることになったのは夢じゃない。


毎日会っていたのに『ゴブサタ』というあだ名だった五分刈りの佐田さんとはご無沙汰だったが先週ようやく再会することが出来て、それを抜きにすると、夢みたいに嬉しかったことは藻野美由さん関連しかない。


突然だけど、ここで僕は藻野美由さんにあるとんでもないことを言おうとしていて、言う前にいつものように俳句風に今の気持ちを表したいと思っているので、ここで一句。


大好きな人と出会えて嬉しいよ


僕が好きな女性ソロシンガーはカラオケ登録曲数が最多みたいで、質問の応答をそのシンガーの曲名だけでしろと言われたら可能としか言いようがないけど、その女性ソロシンガーの曲名で藻野美由さんの魅力を語ってくれと言われても言葉が足りない。


「藻野美由さんと付き合えるなんて、とんでもないことだよ」


「マッサーがそう言ってくれると嬉しいよ」


前に使っていたCDラジカセは、CDを聞いているとたまにラジオの音声に切り替わってしまう壊れかけのラジカセだったが、嬉しすぎて壊れかかっている僕は、お店に入った時の『友達モード』から、週刊誌記者や噂好きギャルなどに追われまくるのに対応するための『有名人の彼氏モード』に切り替えることがどうしても出来なかった。

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