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青みがかった黄色いピンク  作者: 高嶋ともつぐ
第八章 網田優理花
26/110

#26 検索エンジンより頼りにされてない

カット1000円の床屋、いわゆる1000円カットという名の床屋の脅威には何も勝てないと思ったのは、ショッピングモールに開店と同時に入店した時に通勤ラッシュの電車並にモール内の1000円カットに大勢の人が入っていって、僕だけ違う方向に歩いていった時だが、今は網田優理花ちゃんと同じ『ステーキ楽しみ』という方向へ歩いている。


肉がそれなりに好きな僕は長身激ヤセ芸人コンビの二人の真ん中くらいのBMIの時代があったが『ステーキとか脂っこいし胃にガツンとくるし食べたくないな』という時代もあった。


運ばれてきた一生分の僕の憎しみを固めたくらいの大きさのステーキ肉が、パーリーピーポーに一生陥らないような顔をしている網田優理花ちゃんと、昨日レンタルビデオ店で5秒に7回ほどのくしゃみをする紳士に出会ってしまった僕のいるテーブルに置かれた。


「美味しそうですね」


「そうだね。さっそく焼いちゃうよ」


「ハロー、サーチ!『サーロインステーキ 美味しい焼き方』」


焼き方を間違えても肉が良ければそれなりに美味しいが、網田優理花ちゃんの周りにいる全ての人への妬き方を間違えればそれなりにマズイ、というか妬くこと自体マズイ。


紆余曲折を走り抜けるようにして僕たちは、ナンヤカンヤの向こう側へと達し、とにかく普通に焼き始めたが焼肉関係の音と客関係の声以外はほとんど音がしない沈黙の手前側に来てしまった。


昔は沈黙が嫌いだったが、今は沈黙なんて砥石の取り扱い説明書を読んで胸糞が悪くなりながら30分かけて使い方を理解して研いだが絶対使い方が間違っているなと思うくらい研いだ包丁が切れなくて説明書を読んでいた時の倍の胸糞の悪さを感じた時に比べたらどうってことない。


リンスと歯磨き粉はよく濯ぐのがいいのか、あまり濯がないのがいいのか未だに分からないし、沈黙は切り裂いた方がいいのか突き破った方がいいのかも未だに分からない。


「ハロー、サーチ!『沈黙 破り方 初級編』」


沈黙を破ったのは網田優理花ちゃんの『沈黙 破り方 初級編』という沈黙の破り甲斐がある言葉を使った音声検索だった。


「ハロー、サーチ!『最近話題のニュース』」


僕の最近のニュースは、カーステレオでCDを聞く時の音量を4にすると小さいし5にすると大きいので、4.5を作るかボリュームを数値化するという概念を取り払ってほしいという考えを思い付いたことと、網田優理花ちゃんそのものだ。


「ハロー、サーチ!『バカでも分かるニュース解説』」


毎回食事をするときに、特売品、食べたい物、作りたい物、ラッキーフード、賞味期限間近の物、気軽に食べられる物の狭間で、もがいている僕だが、網田優理花ちゃんも今はそんな僕と同じ感覚だろうと思う。


『バカでも分かるニュース解説』という検索は、ニュースを理解して馬鹿を隠したい人がするもので、馬鹿を隠したいなら馬鹿という単語が入ったフレーズを含んだ検索ワードを馬鹿を隠したい相手の前で、しかもハッキリとした声で聞こえるように言ったりしないので馬鹿馬鹿しいほど正真正銘の馬鹿だ。


「これは心の声ですけど、私たぶん嫌われてるっていうか、印象かなり良くないですよね」


「いや、面白くて好きだよ」


「本当ですか?あっトイレに行ってきます」


烏龍茶をイッキ飲みしたあとにプレーンヨーグルトを食べた時のような甘さに満ちた生活を網田優理花ちゃんとすることを夢見ている僕は烏龍茶をイッキ飲みした。


同級生との忘年会で傘持ち係になり、ずっと持っていたら間違えてそのまま家に持ち帰ってしまって特に何にも言われなかったので、そのまま大切に使わせていただいている大活躍中の傘が、お店に入ってすぐのところにある傘立てに差してあるが、無くならないか気になり過ぎて逆に元気。


なかなか網田優理花ちゃんがトイレから帰って来ないが、僕の苦痛はスマホを弄りすぎて右手の親指の付け根に痛みが走るようなもので、網田優理花ちゃんにとってトイレはたぶん準備体操のようなもので世界の隅の街の隅のアパートの隅の部屋の隅の化粧台の前のようなところだろう。


頭には『遅い』『馬鹿』『変』という文字があるが、何気ない美容師の一言が僕のヒゲが濃いことを気づかせ、何気ない一言が人の心を傷つけるので、網田優理花ちゃんの前では絶対に口には出さない。


たぶん網田優理花ちゃんはトイレでも音声検索をしていて『トイレから帰った時の第一声 正解』と検索していそうだが、間違っても『音声検索 TPO』などという検索はしていないと思う。


「御待たせ致しました」


網田優理花ちゃんが帰ってきてそう言ったが『トイレから帰った時の第一声 正解』とトイレで音声検索していてもしていなくても『御待たせ致しました』という言葉が網田優理花ちゃんの口から出てくること自体がおかしいのでビックリしたのだが、それよりも30点の美人から80点の美人になっていたことの方がビックリした。


86.1点満点で30点の美人だった網田優理花ちゃんが、どんな音声検索をすればメイクや髪の毛などほとんどが前と全く違う80.1点満点で80点の美人になることが出来るのだろうか。


僕の切り絵が、まあまあのレベルの木版画として周囲に広まったことがあり、低レベルな僕の切り絵も木版画としてみれば高レベルになるんだなということで複雑な心境だったが、網田優理花ちゃんが超美人になったことは素直に嬉しい。


僕が作ったあの切り絵が木版画なら白黒はっきりしすぎだよなと思ったが、印象を気にし過ぎている網田優理花ちゃんの素顔が美しいか否かについては今のところは白黒はっきりしていない。


「前も充分綺麗だったけど、さらに綺麗になったね」


「ありがとうございます」


美しくなった網田優理花ちゃんを見た時には、夕飯のメインディッシュが新生姜のステーキから牛肉のステーキに変わった場合くらいの嬉しさを感じた。


今の網田優理花ちゃんの印象を一言で表すなら『新生姜、ビフテキに変わった』……じゃなくて『印象が劇的に変わった』である。


網田優理花ちゃんは変身セットを準備してきて僕に合わせて変身したみたいだが、僕もデートに向けて色々と準備してきて『ビフテキにドレッシング』……じゃなくて『自主的にトレーニング』もしたので心配ない。


網田優理花ちゃんが肩こりの人がよくやる仕草をしていて、変身は体力を使うものだということを実感して、網田優理花ちゃんがもうすぐ『肩こり 対処法』という音声検索をするだろうと思った時に、この世界の広い広い空のどこかにいる『ゆりかもめ』がテレパシーで僕に『優理花揉め』と送ってきたが肩は揉まなかった。


「楽しいです」


「ありがとう」


罠と溝と型と壁とトイレにはハマりたくないが、今は僕が網田優理花ちゃんにハマっている以上に網田優理花ちゃんが僕にハマっている。


最近行ったレジ袋を貰わなければ1ポイントが貰えるドラッグストアには商品を袋に詰める用の場所が無くて店員の目の前で店員と一緒にエコバッグに詰めることとなり、かなり異様な光景だったが、僕と網田優理花ちゃんの会話よりも、音声検索と網田優理花ちゃんの会話の方が多い僕たちを周りは異様な光景だと思っているだろう。

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