約束された未来
第110回フリーワンライ
お題:
一口だけ
本当は知ってた
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
本当は知っていた。上手い話なんて、あるわけないことを……
*
「なあ、一口乗らないか? いい話があるんだ」
十年振りに会った男が、いきなりそう切り出した。
男は大学時代の友人、佐木だ。悪い男ではなかったはずだが、当時はしたたかさというか抜け目なさがあった。今の佐木はすっかり頭部も後退し、表情からは卑屈さが感じられた。
突然佐木に呼び出された加茂は、そうでなくても少し構えていたが、警戒レベルを一つ上げた。下積みを終えてようやく独立したのだ。なるべくなら怪しいことには関わりたくなかった。
「悪いが俺は」
「まあまあまあまあ」
断って席を立とうとする加茂の肩を佐木は押さえた。オープンテラスのテーブルの向かいに座っていた佐木が、そのまま中腰になって隣の席に移動するる。
「話だけ。な? 減るもんじゃなし。頼むよー」
開業準備期間で今は暇と言えば暇だった。哀れを誘う佐木の物言いには、無下に断るのも憚られた。
我が意を得たりと、佐木は使い古した鞄から妙な物を取り出した。木製の細工の真ん中に水晶がはめ込まれている。恐らくは天然ものではなくガラス玉だろうが。
「まず聞いてくれ。こいつは未来が見えるアイテムでな――とある爺さんから買い取ったんだが――おかげですかんぴんだ。着るものまでほとんど売った。まともなのは今着てるこれだけだ」
そう言われると、加茂は急に酸っぱいにおいが鼻先をかすめた気がした。
「俺が事業で成功するのは未来視ではっきり見えたんだ。だがさっきも言ったように、元手がない。そこで資金援助を頼みたい」
そら来た。加茂は今度こそ渋面を作った。何を言うかと思えば、未来が見える? そんな馬鹿な話。
あのしたたかだった佐木がここまで落ちぶれたかと思うと、些か寂しく感じた。
「そんなこと言われてもな」
「信じられないか? そうかもな。お前も使ってみろ。必ず俺の成功した姿が見える。な?」
言いながら佐木はガラクタを加茂に差し出す。佐木のその目は狂的な色を帯びていた。
加茂は――
佐木を突っぱねた。体を乗り出していた佐木が、ガラクタを取り落としかける。彼は慌てて保持しようとするが、かえってそのせいでバランスを崩し、佐木は椅子ごと転倒した。
「いらない。やらない。もう声をかけないでくれ。迷惑だ」
きっぱり告げ、二人分の会計を置いて立ち去った。
悲しくはあるが、正しい判断だ。佐木の様子は普通じゃなかった。十年前の友人は、もういなくなった。そう思うことにした。
(あんな胡散臭い話、誰が乗るものか。やっと独立出来たんだ。俺は地味でも着実に稼ぐんだ)
……正しい判断だ、とその時は思った。
しばらくすると、加茂の事業は軌道に乗る前にあっさり頓挫した。加茂は失敗し、全てを失ってしまった。地位も、家財も、何もかも。
着の身着のままの、その日暮らしに身を落とすことになった。
「おい、ひょっとして加茂じゃないか? 久しぶりだな」
すっかり落ちぶれ、髪は伸び放題、垢だらけで浅黒くなった加茂を見分けたのは、誰あろう喧嘩別れして以来の佐木だった。
そこは奇しくも、あの時に二人で入ったオープンテラス・カフェの前だった。
あの時くたびれたスーツ姿だった佐木は、ピカピカの高級服に身を包んでいた。佐木は一発逆転に成功したのだ。
(未来視は本当だったんだ。それに引き替え、俺は、堅実だと思った道を行って失敗した……)
加茂は全身の力が抜けて、テラスの手すりに崩れ落ちた。
――おい、おい。
「おい、加茂、大丈夫か?」
体を揺すられて、加茂は辺りを見回した。加茂はテラスの椅子に座ったまま、手すりに寄りかかっていた。
我に返って体を改める。彼は吊るしの三つ揃いを来ていた。少なくともボロをまとっているわけではなかった。佐木の姿も高級服ではなく、“あの時”のまま、くたびれたスーツだった。
「い、今のは? 俺はいったい」
「……ははあ。見たんだろ、未来を。どうだった?」
「お前は成功していたよ……」
「そうだろ? でもその様子じゃ、どうやら見たくないものを見たらしいな」
佐木の一言で、落ちぶれた未来の姿がフラッシュバックした。加茂は急いで佐木に向き直る。
「乗るよ、乗る。俺も一口乗る」
「一口? そんなけちくさいこと言うなよ。男だろ。ばーっと賭けろよ。成功は約束されてるんだぜ」
「わかった。まとまった金を用意する。次に会う時でいいか?」
「勿論、待ってるぜ」
佐木はウィンクして加茂を見送った。まったく上手く行った。
先ほどまで大事そうにしていた木細工を、無造作に鞄に放り込んだ。もう用済みだ。未来の見えるアイテムなどと言ったが、嘘っぱちだった。
ただ、まんざら偽物というわけでもなかった。
実は木細工は未来視の出来るアイテムではなく、対象に幻を見せるアイテムだった。暗示をかけ、使用者の思うとおりの幻を見せる代物だ。未来で成功する佐木と、零落する加茂の姿を、意識誘導して体験させたのだ。
幻視アイテムは大枚をはたいて老人から買い上げたが、その甲斐あって大儲けは確実になった。家財も何もかもなくしたが、これから全て買い戻せる。
佐木は漏れそうになる笑いを堪えきれず、「いひひひ」と笑った。ついには大声を出して笑い始め、勢いをつけすぎて椅子ごと倒れてしまった。
佐木倒れた拍子に、は派手に体を打ち付けた。手すりを支えになんとか痛む体で起き上がる。
「おい、ひょっとして佐木じゃないか? 久しぶりだな」
そう声をかけてきたのは、テラスの向こうに座る加茂だった。先ほど会った時とは打って変わって、品のいい高級ブランドで身なりを固めている。
道路側から手すりに身を預ける佐木は、元の姿も想像出来ないほどボロボロの姿だった。何も持っていない。あの木細工も。
幻を見せるアイテムが、幻のように消えていた。
『約束された未来』了
使ってると思ったら使われていた。何を言ってるかわからねーと思うがうんぬん。
……やー、こっち更新するのは随分久しぶりな気がしますね。幻の見えるアイテムを俺も使ったのかも知れない。
いや、すいません。最近ずっと週末は友人と進化するモンスターを追いかけたり、第一次大戦の戦場を駆けたりして、サボってました。
あ、でも、まったく書いてなかったわけではないです。よそで何本か投稿してました。良かったらプラフィールにあるURL先サイトの方もよろしくお願いします。げへげへ。