ここは盗賊ギルドらしい。
絶叫が響き渡ってから数時間。
牢屋であった美人さんが笑いながら少年をつついている。
「起きたかい?少年、いやナナシだったね。クゥフェに胸のこと言っちゃだめじゃない。彼女はとても残念な胸だからね、寄せてあげてもBカップ。かわいそうに」
当の本人を目の前に容赦なく言葉にしていく姿はまさに外道。その証拠に美人さんのとなりでクゥフェと呼ばれていた栗髪少女は……失礼、栗色髪少女は熟したトマトよりも顔面を真っ赤に染め上げぷるぷる震えている。
きっと怒りたいのだろうに。
「メロウ姐さん……喧嘩売ってるんですか?売ってるんですよね、そうですよね」
あーあ、限界なのだろう。たぶん怒ってる。笑いながら怒っている。
「喧嘩は売らないさ、売っても一エムの価値にもならないからね。売らないさ。そんなことより荷台の中身は確認したの?クゥフェ」
「そんなことよりってあたしの胸がそんなことって!!」
「うるさいね、相変わらず。今はどうでもいいんだよ、荷台の中身は確認したのって言ってるんだけど?聞こえたの、聞こえてないの?」
「……くっ。確認しましたよ、いつも通りですよ、帝国の奴ら!」
少年は困惑の表情でその様子を見ていた。
「ああ、少年。分からないって顔をしてるね。ところでルナから盗賊ってやつについて教わったか?」
「いやいや、あれは話が通じないタイプの人間ですよ。無理ですって」
「仕方ないやつだな、少年。よし、わかった。わたしから頼んでやろう」
最初からそうしておけよ。
少年は心の中でそう思った。
水浴びを終わったと思ったが今後は水遊びを始めていたルナのところへ行くとメロウは子供に言い聞かせるような優しい口調で、
「ルナ、この男に盗賊について教えてやれ」
「ん、分かった?」
「ちょ、ちょっとメロウさん?メロウ姐さん?この子分かってないよ」
「何を言ってる、今わかったって言ったろ。そのブレスレットの調子が悪いのか?」
「いや、聞こえてますよ。ちゃんと。ぜったい疑問形でしたよ、顔みてくださいこの子わかってないですって。ほら頭にはてなまーくみたいの出てますよ」
ルナは首をこてん、と傾けメロウを見ている。
「ルナはいつもかわいいな。それに比べて少年、お前は物分かりが悪いな。違うな察し悪い。ルナはちゃんと理解しているぞ、な」
「ん?」
ダメだこれ。
可愛いは正義とはいうが、これは……。可愛さだけで世界は回らないんだよ、僕はこれからどうすれば。
少年の教育係になったルナは天然系少女。こいつは不思議ちゃんに違いない。
少年はそう思うことにした。
「メロウさんは教えてくれないんですか?」
「……」
「あのメロウさん?」
「……」
「メロウ姐さん」
「なんだ?」
この人めんどくせー。
「少年、今失礼なことを思ったな。ルナに全部説明させるのは確かに大変だな、仕方ない。わたしから説明してあげる。実際に見たから分かると思うけど、ここには女しかいない。メロウ盗賊団って言ったら女だけで構成された組織で有名だからね。それにただの盗賊団ってわけじゃない。ここは一応ギルドだから」
「ギルドってあの人からの依頼を受けたりとか昇級試験とかあるっていう」
「何かと勘違いしているのか?ギルドっていうのは職業。何を生業にしてどんな技術を身に着けるかってとこだよ。少年が言っているのは冒険者斡旋所のことだろうね。盗賊って職業の特徴はダンジョン内でトラップを解除したり、討伐なんかでは斥候を担当する職業さ。わたしはそのギルドリーダーってところだ」
「つまり?」
「つまり、少年にはここで盗賊のスキルを身に着けてもらうってことだよ。リーダーのわたしの持ち物がただのお荷物ってことじゃ、示しがつかないからね」
「でもここに連れてこられる前に商人らしき人襲いましたよね?」
メロウは何かを思い出すような素振りをするとぽんと手をたたく。
「あー、あれか。あれはいいんだ、商人には違いないけどあれは奴隷商だから。帝国以外の奴隷商は襲わないさ、正しい商売してるからね。でも帝国の奴隷商はダメだ」
奴隷と聞いてあまりいいイメージを受けてない少年を察したのかメロウは続ける。
「奴隷がかわいそうって思ってるかい?そうだね、確かに奴隷はかわいそうだ。その価値感は大切なものだよ。わたしたちは忘れがちになっているけど、でもね。これだけは勘違いしてはいけない。奴隷は本当に不幸せかい?」
少年は何を言っているのか分からないといったような表情をしながら、メロウの言葉に耳を傾ける。
「答えない……か。少年は優しいかもしれないけど、優しいだけではだめなんだ。少年は随分大切に育てられたんだね、ぬくぬくと。わたしらってどうしようもないからさ、分かるのさ。彼女らの気持ちが」
ちょっとだけ想像してみた自分がもし奴隷になったとしたらどうだろうかと。でも結局いい人生だといえるはずもない。むしろ地獄だろうなという感想が一番に出てくる。現に自分は……あれ。
「そ、普通はさ。大切に扱うんだよ、乱暴に殴ったりはしない。彼女らだって好きで奴隷になったわけじゃない。どうしようもないから奴隷になったのさ。奴隷になれば食べるのには困らないしね」
周りにいる少女たちを見ると、体のどこに刻印のようなものが見て取れた。
「ここにいるほとんどの子は元は奴隷だったのさ。自分で稼いで自分を買い戻した子もいるけど、大半は今も奴隷さ。でも彼女たちは不幸せに見えるかい?」
「……外面的には、とくに。みんな笑ってます」
「外面的には……って。ま、いいさ。本心なんてものは本人じゃないと分からないからね、中には不満を持っている子もいるだろうさ」
昔、読んだ本ではあんまりいい扱いを受けていなかった少年少女たちはそれなりに大切にされていることを知り、向き合わないとわからないこともあると思った。
「あー、湿っぽい話はこれで終わりだ。少年にはこれからルナのもとでしっかりと学んでもらうからな」
「……ちょっと待ってください、それとこれは別では?なんで目をそらすんです?もしかして最初から遊んでました?」
下手な口笛を吹いてごまかそうとするメロウ。
「シリアスな話でちょっと見直してたのに……」
「ま、あれだ。職人は見て盗むものよ」
「まだ、職人になれてないんですが?素人ですが?」
「少年はさ、なんでも言わないとダメな男なのか?なんでも教えたら成長しないよ」
「でも、ルナって。天然ですよね?」
「少年、一つ訂正だよ。ルナは天然生娘だ」
豊満な胸をこれでもかというぐらい張りながら主張する。
「んなことはどうでもいいんだよ!!誰が処女だろうが、非処女だろうが!そんな話をしているんじゃないっ!」
「ちなみに、わたしは処女だよ」
「え、マジで?」
「ああ、大マジさ。なんなら確かめてみるかい?」
「って違うーーーーーッ!!僕が聞きたいのは指導係ほかの人にしてくれないかって話をしているんです!」
一瞬見てみたという欲求に支配されそうになるがぶんぶんと首を振り、邪念を切り捨てる。これはこの女の思うツボだ。
「ナナシ面白いね。とりあえず技術は盗むもんさ、あれはああ見えて腕は確かだからね。きっといい勉強になる」
不安に包まれながらもとりあえずこの人のいうことに従うことにした。というかそれ以外道はないような気がした。
いつも読んでくださってありがとうございます。