人は捕まるらしい。
「……う、冷たい」
目が覚めると石畳がひんやりとしていた微妙に体力が奪われているような感覚がある。体を起こすと今いる場所が鉄格子で封鎖されたまるで牢屋みたいな空間だということが理解できた。
なぜ、牢屋だと判断したかといえばよく時代劇とかで見たような光景だったからだ。
「……僕は捕まっているのか?あ、縄がなくなってる」
「起きたか、少年」
鉄格子の扉の前には露出多めで目のやり場に困る美人系の女性がいた。生憎、何を言っているのか理解できないため雰囲気で感じるしかない。
おそらく気がついたか的なことを言っていると判断して周囲を見回す。
「ここがどこかだが、気になっているみたいだね、少年。ここはうちらのアジトさ、それよりもこれを付けな」
女性が少年に向かって何かを投げる。よく見るとブレスレットのようなものだ。身振りでそれを付けろと言っているように思ったため少年はそれを付けた。
「……どうだい?ちゃんと聞こえているかい?」
「え、言葉が……」
ブレスレットを身に着けた瞬間、女性の言葉が日本語で聞こえるようになった。
「流石は奴隷商人から奪った隷属のブレスレットだね、言葉が分からないんじゃ、どうしようもない」
「え、え?奴隷商人?それに隷属のブレスレット?」
「少年の右手に付けてあるそれのことさ、ちなみに一度付けたら主である者が外さない限り外れないからね。わたしの命令を聞く男って前から欲しかったのよね、だってわたしって女からは好かれるけど、異性にはまったく好かれないからね」
妖艶な笑みで少年を見る。
「だからね、わたしに服従しなさい。ね、いい考えでしょ」
「人を服従って何考えてるんですか!」
「あら?帝国の人間にしては随分、不思議なことを言うのね。帝国は女を蔑んでいるわ。それに近くの村や町から女をさらっていってはおもちゃにしているような人間に言われたくはないわ」
「……帝国?」
「少年は帝国人じゃないっていうの?そういえば、言葉が違っていたわね。でも、少年はこれからわたしの物。無駄な抵抗はしないでもらえると助かるわ。それと少年、名前は?」
僕の主を自称する女性が僕に名前を尋ねた瞬間、記憶から何かが抜け落ちるような感覚があった。
「名前……なまえ?」
「なまえって言うの?珍しいわね、というか変な名前ね?」
「違います!……覚えてません」
「運んでくるとき強引過ぎたかしら?ま、いいわ、名前ならわたしが付けてあげる。うーん何がいいかしら。とりあえず少年でいいか」
「それ名前じゃないです」
「うるさい、わたしの物が勝手に口答えしてるんじゃないっ!
少年は彼女のネーミングセンスのなさに呆れつつ、変な名前を付けられるくらいならこっちから名乗ってやろうとこう口にした。
「僕はナナシです」
「ナナシ?名前がないから?安直ね、でも否定するわ、少年で十分よ」
「でも、仮にもう一人、僕よりも年下の子供がいたらどうします?」
「それも少年よ」
「でも、間違いません?」
「間違わないわ、それにどっちにしろそうなのだから間違ったって判別はあなたにできないわよね」
ま、そうですけど。と口を尖らせながら、つぶやいた。
「で、僕はこれからどうなるんです?」
とりあえず現状を確認するに越したことはないし、というかそれしかできない。僕はヒーローにはなれない。きっと戦場から逃げ遅れた村人Aが僕にはふさわしい。それがきっと分をわきまえろってことだ。
異世界に行って、チートの力を貰って無双するより。向こうの知識で内政チートってやつをやるより。巻き込まれただけなのに強いやつより。赤ん坊から生まれ直して、神童になるより。
僕には無一文で異世界に放り出されて、ヒーローの真似事して盗賊に捕まるくらいがちょうどいい。
人には決められた運命がある。
運命を変えるなんてことは世界を救うことを夢見ているやつがやることで、僕のやることではない。
「少年にはうちら、メロウ盗賊団で仕事をしてもらいたくてね。なんせうちは女しかいない盗賊だからさ。男手ってやつがほしいのさ。反論は受け付けないよ、少年はもうわたしのものだからね」
僕は人から物になったらしい。
「で、最初に何をしろと?」
「その前に少年は何が出来るんだい?特技ってやつさ、何かあるだろ?ひとつくらい」
少年は首を傾げ、考える素振りをする。
「……もしかして何もないのかい?」
「たぶん……」
やれやれといったような表情で少年を見ると、
「牢屋から出て、道なりに真っ直ぐ行けば広場があるから、そこに行きな。今の時間帯だとルナって子がいるからその子に盗賊の何たるかを教わってきな」
拒否権のない少年は牢屋から出るととぼとぼと広場へ向かうことにした。
「……このブレスレット爆発とかしないよな。はぁ……僕は何やってんだ」
「……男の子?」
開けた場所に出ると一人の少女が水浴びをしていた。幸いにも薄い肌着を着ていたおかげで裸体を見るというラッキースケベ的な展開にならなかったことが悔やまれるが。
「君が、ルナでいいのかな?」
「ルナ?……うーん、ルナだよ?」
「なんで、疑問形?ま、いいや。えーと、そういえば名前聞いてなかったな、美人なお姉さんがルナとところで盗賊について教えて貰えって」
「……教える?何を?」
目の前に少年がいるのにも関わらず水浴びをやめることはせず、そのうえ会話にならない。
「だ・か・ら、盗賊について教えてもらえって」
「こらー!!そこの男、小動物ルナちゃんをいじめるんじゃないっ!」
「え……」
会話の全てに疑問形で返答する少女と話しをしていると栗色の短髪少女が勢いよく少年に向かって飛び膝蹴りをしてきた。
少年がひらりと躱すとそのまま地面に追突。
「うぎゃあああああ」
「……あの……大丈夫ですか?」
少年が紳士的に手を差し伸ばすと、
「うわーー犯されるぅ~」
「しねえよ!ったくこっちは親切心で……」
「え、何?下心満載で……やっぱり犯されるぅ~」
「どう聞き間違えたらそうなるんだよ!お前、あれだ。自意識過剰ってやつだ。誰がお前みたいなちっぱいなんか」
ピキリ。
何かにひびが入る音が聞こえた。
「アンタさ、今なんて言った?」
「え、自意識過剰だって」
「違う。そのあと」
そう言われた瞬間、少年は閃くものがあった。
こいつはあれだ、貧乳を気にするタイプだ。そして物凄く面倒なやつだ。
少年は直感で理解した。
「……アンタ、あたしのことちっぱいって言ったよね。言ったよね」
「あの……目が据わってるんですが……とても怖いんですが」
「死ねえええ、女の敵!!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
広場に少年の悲鳴が響き渡るのだった。
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