人は落ちるらしい
かなりゆったりと更新。
【辺境の錬金術師】より文字数多めでお送りします。
人は前を向いて歩け。
誰かがこう言い残したらしい。
けど、考えてみてほしい。人は前を向いて歩くということは足元も含まれているのだろうか。僕の持論から語ろう。
それは角度によって見えるものは違うということだ。前を向いていても気分が落ち込んでいる人間はやや下向きであるが前を向く。気分がいい人間はやや上向きを見て歩く。特に現代の日本人ってやつは嬉しいことがあると上を向いて歩くことが多い。
これはあくまで僕の持論だ。
人によって違うからもしれないし、そうじゃないかもしれない。
何が言いたいのかというと僕は浮かれていてやや上を向いて空が高いなとか空は今日も青いななんて馬鹿なことを考えながら鼻歌交じりにいや声に出していたかもしれないが、というより大声で歌っていたかもしれない。
僕はそれだけ浮かれていたのだ。
なぜに僕がここまで浮かれているかというとそれはあまりにも単純明快。
大好きというわけではないが、それなりにタイプだった女の子もとい幼馴染ってやつに告白され舞い上がっている。
どうだ、諸君。
諸君は男から告白しないなんて情けないとか大好きでもないってとこにいちゃもんつけているだろうが、要は僕は今日から勝ち組だということだ。
人生17年。
これで僕も大人の仲間入りができる。
僕はそんなこともありあの時は舞い上がっていたからだ。
なぜ、過去形なんて疑問が出るころだろう。
そりゃあ、過去の話だからに決まっているじゃないかと言いたいところだが、僕自身正直現実逃避したいところがある。というか現実逃避を現在進行形で行っているといっても過言ではない。
では、現在の僕はいったいどこで何をしているかといえばちょっとした不注意ってやつで足元にあったマンホールか何かに入ってしまったらしい。
数分、いや数十分だろうか随分長いこと落ちている。
落ち続けている。
キロ単位に到達するくらいはとうの昔に過ぎているはず、それに比べると落下速度はそうでもないといえ、最底辺に到達するころには新鮮な肉塊になること間違いなし。
人生17年。
童貞を捨てられず死ぬのはつらい。せめてキスってやつが本当に甘いものなのか確かめるくらいのことはしたかった。
それとベッドの下の秘蔵のコレクションを始末するのを。
くっそ。
こんなことなら先に片づけておくべきだった。PCのハードの破壊も……。
考えれば考えるほど、まだやるべきことは残っている。
浮かれていないで地面に落ちているごみを掃除するくらいの気概でいたなら。地面にあったこんな穴になんて。
───
ぱっぱかぱーん。
人が憂鬱ってやつに飲み込まれているときに随分陽気なやつがいるもんだと、突如襲う浮遊感とともに感じた。
長い穴を落ちていたはずなのに周囲を見渡すと真っ黒いというかシックな空間だ。黒で統一され品を感じる。
この空間には黒以外の色がない割には部屋全体がよく見える。そして音の招待がそこにいた。
「はろはろ、落とし穴ってのは楽しめたかい?君の思考があまりにも面白すぎて久々に腹がちぎれそうになったのはここだけの秘密だぜ☆」
「……」
「ありゃらら?無言かい、無言なのかい?今流行りの黙秘権行使しちゃうよってやつかい?ま、いいさ。よくはないけど。でも無言はよくないね、コミュ障ってやつになるらしい」
目の前にいるのは随分と陽気なゴスロリチックな少女だ。それによく回る舌だと感心しながらとりあえず名前を聞いてみることにした。
「あなたは?」
「開口一番がそれかい?やっぱ、それ聞いちゃう?当然、聞いちゃうよね。なんでも知ってるこのわたし様からしてみればその問も当然知っていたよ。でもでも、わたし様はあえて、あえてだよ。聞いちゃうよ、わたし様の名前を聞いているのかい?それともわたし様って何者って聞いているのかい?」
マシンガントークというものを初めて実感しながらも両方と答える。
「いいね、いいね。両方かい、わたし様はよくばりは好きだよ。なんといってもわたし様が欲張りだからね、性欲が強いって意味じゃないよ。その欲じゃないからね。わたし様はただ欲しがりなのさ。あれいいなとか思うとすぐ手に入れようとするくらい。おっと話が逸れたね。わたし様は自称神様さ、名前はあるんだけど立場的には神だからね。つまらない神さまってやつがわたし様さ」
目の前で神を自ら自称と付けるゴスロリ。立ち振る舞いがいちいち大げさだが、それ自体に意味があるとは思えない。
「意味はないさ、神だからね。神っていうのは意味がないものさ、どこにでもいるしどこにもいない。存在不明確な生き物がわたし様さ」
「でも、なぜ」
「そうだね、当然の疑問だね。とても当たり前でいい質問だ。なぜ。それはいい言葉だ。わたし様の部下はよく使うよ、なぜ、なぜ、ってね。でも君はあれだね、察しが悪い」
「……」
「おやおや、口にしないと分からないタイプかい?だから女の子からモテないんだよ、わたし様も女子だけど告白の言葉ってやつは男子から言ってももらいたいものだね」
いや、僕にはと続けようとするが唇にゴスロリの細い指先を当てられ、言葉を封殺される。
「そうだね、そうだったね。君は告白され、勝ち組ってやつになったんだね。でもさ、こういっちゃあれだけど、死んじゃったら意味ないよね」
「え、死んだ?」
無言でうなずく。
「死んだって?」
「もしかして死を知らない口かい?あれだよ、残基がなくなるとかヒットポイントゼロになるとか生命が終わりを迎えるとか。そういった終わりだよ。人生の最終到達点ってやつ」
「僕は死んだのか?う、うそだろ。確かにマンホールの穴に落ちたけど」
「そうだね、その通り、君はマンホールに落ちたさ。それも盛大にね、あれでリアクションでも取れたらもう満点をあげたいところだけど君ってそんな暇もなくすぽっていったからね。で、落下先で固い地面に叩きつけられ当たり所が悪かったんだろうね、そのまま10カウントでダウンだよ」
頭を抱えて叫びたくなるところを堪え、今の状況を再度確認する。
「冷静さは大切だよ、君」
「どうして死んだはずの僕がここにいる」
「そりゃあ、ここは言わば魂の本質を見る場所だからさ。だから見たろ、走馬燈ってやつ。フラッシュバックってやつさ。死んでから見るってのも可笑しな話なんだけど。そこはあんま気にしないでほしいね。でも君はあれだね、異世界があるなら行きたいって思ってたみたいだね」
「現実逃避です」
「現実逃避上等じゃないか。だからさ、君にわたし様のプレゼントさ」
ゴスロリは小さな胸板から……もとい懐からカードを取り出した。
「失礼なことをいう君には説明するのやめようかな。でも、いじめ過ぎて変な扉開けられても反応に困るからさらっというとそれは異世界への片道切符さ」
僕は知っているこういうやつは基本、魔王とかがいて勇者召喚とかテンプレチックなことをしようとしているところに呼び出される王道だと。
「そんなビジュアルじゃないよ、君」
さらっと傷をつけに来る自称神。
「君ってよくも悪くも普通だよね、面白みに欠けるとというか。でもだからこそ面白い感があるよ、わたし様的には。だからさ、転生とかつまらないこと言わないで、いっちょ行っておいでよ異世界に」
ゴスロリがそう告げるとそれに反応したのか手に持っていたカードが光りだす。
それまで見えていた黒い空間は光がつつみこみ、足元には大きな穴が見えた。
いつも読んでくださってありがとうございます。