上
今日も雨はやさしく降り続く……
あの日…
最後にお父さんとお母さんの苦痛に歪む顔を見たあの日から、僕は雨と雪以外の天気を見たことは無い。
そう、煙るこの霧雨が太陽の周りに丸く虹を映し出す中で、太陽を見上げる日々。
この美しい日々を手に入れたそんな日の事を話そう。
もちろん、今のこの生活も十全じゃないけど…
でも、僕はこの日々を気に入っているんだ。
あの日は本来、粉雪の多く舞う冬の一日だった。
風の強く吹き続ける雪の一日に、僕はお母さんと一緒に外へと買い物に出たんだ。
街へと続く一本道を、2人で手をつないで歩く。
積もった雪を踏みしめる足取りは軽く、降り積もり始めた雪を蹴散らすようにして楽しく歩いていく2人の後には、少し踏み荒らされたような二組の足跡が家まで続いていた。
「今日は寒いねぇ。町まで行く間に雪で濡れ鼠になっちゃいそう」
「そうだね。お母さん。でも、今日は夕方にはお父さんが帰ってくる日だよ?きっと獲物を一杯持って帰ってくるお父さんに、美味しいご飯を用意してあげたいって言ったのはお母さんじゃない!」
お母さんはにっこりほほ笑むと、僕を抱き上げて立ち止まった。
「そうねぇ。でも、このままだと町へ行って帰ってくる間に風邪をひいてしまうわ。だから、秘密の魔法を使いましょうね」
「秘密の魔法?」
「そうよ。この魔法は、お母さんの家に代々伝わる秘密の魔法なの。だけど、凄く力の強い魔法だから、他の誰かに知られてはダメなのよ?きっと世界が壊れてしまうから…きっと一杯の人が死んでしまうから」
「お母さん…僕怖いよ…」
僕はお母さんにしがみついて、お母さんの口を塞ぐようにして言葉をぶつけた。
「なぁに?大丈夫よ。私たちの家は代々魔力が少ないの。だから、普通の人が使ったら大惨事の秘密の魔法も、ほんの少しの効果が現れるだけなのよ?心配しないで」
「ほんとーっ?」
「ホントホント」
そういったお母さんは、空に向かって手を伸ばし、こう告げた。
「大気に遊びし精霊たちよ。その遊びの時間をほんの少し分けて頂戴。私たちが歩くその先に雪が落ちないように、その息吹で私たちのために雪雲を吹き散らしておくれ」
「何を言っているの?」
僕がそう告げるのとほぼ同時に、僕とお母さんの周りに風が渦巻き始めた。
周りの雪をかき集めるようにして、白い竜巻を作り上げた風は、ごうごうとうなりをあげて、天まで伸びる白い塔になった。
そして、町の方へと走るような速さで移動を始めた白い塔は、分厚く空を包んでいる雪雲に青空の道を作り、地面にはごげちゃ色の土の道を発掘していく。
「ありがとうね。精霊さん。さあ!走るわよ!!」
「すごーい。お母さんの魔法ってすっごいね」
「違うのよ。お母さんの魔法が凄いんじゃなくて、力を貸してくれた精霊さんが凄いのよ」
「ほおー。精霊さん凄いんだね!」
「さぁ、精霊さんの力が雪雲を押しのけてくれている間に、走って町まで行かなくちゃ。すぐに雪雲に刻まれた青空の道が閉じてしまうわ!」
そう言うと、お母さんは僕を下して手を引きながら走り始めた。
僕は、お母さんに手を引かれて懸命に走る。
時折、風で運ばれた粉雪が降りかかっただけで、町までまるで晴れた日に道を走った時の様にすぐにたどり着いた。
「おう、坊主!今日はお母さんと買い出しか?こんな雪の日にご苦労さん。こんな日は日が陰るのも早いから、早いところ買い出しを済ませて、家に帰るんだぞ!」
町を守る門番のお兄ちゃんが、僕に声をかける。
ちらちらとお母さんを見るその目は、恋慕の視線なんだって、前にここを通った時に、一緒に来た従姉のマーヤに教えて貰ったから、僕知ってるんだ。
でも……
恋慕ってなんだろう?
難しくてわからないんだよね。
でも、あのお兄ちゃんがお母さんを見る目は優しい感じだから別に気にしないんだ。
「さぁ、お砂糖とお塩を多めに買って、今日は奮発してスパイスも買い足しちゃいましょうか…」
森で暮らす僕たち親子三人は、お父さんが腕の良い狩人だからお肉には困らない。
お母さんは、僕を産むまではお父さんと一緒に狩りに出ていたけど、僕が生まれてからは、お家の周りで、野菜や果物を育てる事にしたんだって、だから、お家には食べきれないほどのお肉と野菜と果物が一杯倉庫に眠ってる。
狩人にとって必須ともいえる冷凍魔法はお父さんの得意な魔法だ。
一旦、倉庫の中の氷室に冷凍魔法を使えば、その効果が一か月は持続するんだって、普通の人だと3日位だって話だから…
おおよそ10倍位だよね。
今日の夕方には3日ぶりにお父さんが帰ってくる。
いつも一杯の獲物をそりに乗せて、凍らせて持って帰ってくるんだ。
だから、お母さんと僕は森では手に入らない味付けのための調味料を町に買いに来たんだよ。
お母さんが腕によりをかけてお父さんに美味しい料理を作るためにね。
「毎度ありがとう!今日の支払いは熊肉ですか。いつも良いところを譲って貰っていて申し訳ないですね。このハーブはおまけです。旨いんですが、一つだけ注意点があります。魔力が上がるんで奥さんの旦那が魔法を使うときは気を付けて貰ってください。いつもより強くなってしまいますんでねえ」
狩人であるお母さんとお父さんは、狩った獲物を魔物ならば冒険者ギルドに、普通の動物ならば肉屋に卸してお金を稼いでいるんだけど…
いつも取引をしている調味料を扱っている問屋さんや道具を手入れしてくれる鍛冶屋さんには、物々交換をお願いしてるんだって…
その方がお互いに、安く目的のものが手に入るからお得なんだってさ。
「さぁ、良い買い物ができた!今日は雪が降ってるからね!さっさと帰ろう!」
そう言うとお母さんは僕をまた抱き上げて、門番のお兄ちゃんの守る町の出入り口へと駆け出した。
お兄ちゃんにいつもの様に挨拶をして、お母さんに抱えられたまま、お家のある森の入口へと2人で飛び出していったんだ。
楽しんで頂ければ幸いです。