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結局私たちが救出されたのは、三日もあとになってからだった。
無闇に出口を捜し歩くのではなく、携帯の電波が入るところを探したのが、功を奏したと言える。
加美西が死に、野間口も同様に彼らに見入られ絶え、泊と桜庭はもはや十分に口を利くことも出来ないくらいに放心し、私だけが唯一言葉を持ち救助隊に顛末を説明することが出来た。疲弊し、虚弱した身体から発せられる私の言葉が、彼らにきちんと伝わったかどうかは定かではない。
「死体探しねえ……」
「幽霊が」
「乗っ取る、かあ」
そういった言葉を、警察からも返された。だが私は恐怖を顕に、訴え続けることを止めなかった。実際に泊や桜庭が撮影した首吊り縄の写真が手伝ってくれたのかどうかはわからないが、その不可解な状況に、樹海の持つ特異性を重ね、渋々、飲み込んでくれたと言うような様子だった。
救出されてから、私は一般社会へ帰属することが難しくなった。八年付き合い、結婚を視野に入れていた恋人とも別れを告げ、ひとり、奔放に日本全国を歩き回った。自分が何者であるのか、それを探す旅である。或いは、誰かに身体を乗っ取られる猶予を与えないよう、確固とした自我を形成するための旅、と言ってもよかった。
悪魔やエイリアンが居るのかどうか、を明言することは出来ない。
ただ、私たちが樹海で経験したような出来事が、昨今、様々な地域で起きているらしい。重量オーバーを向かえ内側から破裂したような遺体が、数々見つかっていると聞く。
私はとある中華料理屋でそのニュースのひとつを眺めながら、サクリと豚カツを噛んだ。
肉の旨味は感じたが、いつだか泊と桜庭の三人で食べた晩餐を超えるものではないと、考えていた。彼らとはあれ以来連絡を取っていないが、どうなったのだろうか。
箸を置き、口を拭う。
生きているものと、死んでいるものの境界とはなんだろうか。
生きているものは、常に何かを消費し続けるのだ。
善も悪もなく、ただ、何かを。生きるためだと、納得し続ける。
パトカーの音がした。
私は静かに店を出る。
深々と、雨が降っていた。
受戒はまだだ。




