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夜天に星は煌めいて・外伝  作者: 榎元亮哉
~三人の少女たち~
7/7

~三人の少女たち~ 四話

 その日の深夜、和弥たちは図書館近くの木立の中潜んでいた。

 和弥、良治、綾華、真帆、慎也……そして生徒会長の白浜恭子。何故恭子がいるのかというと、彼らが学園についてしばらくして彼女が図書館の前に現れたのだ。三咲たちに見つかってしまうと色々問題なので、大急ぎで確保して事情を聞いてみたところ。


「やっぱり問題を丸投げしてそのままというのは生徒会長として無責任だと思いまして。この時間にこの場所に来れば絶対に接触してくると思ってました」


 作戦は知らなくても、決行場所とおおよその時間はわかっていれば何とかなりますよ。と付け加える。

 さすがはせりなが決めた後任、頭の回転は速い。


「まぁこれで説得はしやすくなったけどな。でも突然来るのは勘弁してください」

「すみません。でもこれしか思いつかなくて」


 良治が苦笑混じりに言う。それを笑顔で返す恭子。生徒会室での一件は引きずってないようだ。あまり気にしない性格なのか、それとも良治の目的に気づいたのか。彼女の頭の回転からすると後者の可能性が高そうだった。


「じゃあ交替で見張り番していきましょう。二人ずつ三十分ごとで」

「了解」


 良治の提案に皆頷く。誰も不満などあろうはずもない。

 結局最初に和弥と綾華、その次に真帆と慎也、そして三番目に良治と恭子という組み合わせと順番になった。順当な組み合わせと言っていいだろう。

 今夜は月が明るく、木立の中からとはいえ人影を見落とすことはない。そんな余裕からか、見張りの二人を除いた四人は小声で談笑していた。


「せりな先輩、卒業してから連絡とかあるんですか?」

「いえ。全然ないですよ。ただ、まぁ大学は敷地内ですから時々見かけはしますけど」


 恭子が苦笑する。そう、彼女の言ったとおりせりなの進学先は付属の大学だった。さすがは生徒会長といったところで、去年の早い時期にはもう推薦で決まっていたらしい。


「何だか……またせりな先輩絡みで騒動がありそうだと思うのは僕だけでしょうか」

「言うな、慎也。言うと本当に起こりそうで怖い」

「ふふ、そうですね」

「もう起こって欲しくないですよね……」


 笑う恭子とため息混じりにこぼす真帆。同学年ということもあってか、もうすっかり打ち解けていた。共通の知り合いがいたことも良いほうに作用したようだ。最も、共通の知り合いがあの元会長というのもなんだが。


「――おい。来たぞ。四人だ」


 和弥の真剣な声が飛ぶ。その一言で恭子を除く五人の表情が一変した。退魔士としてのもう一つの顔。ただ一人取り残された彼女は皆の変わりように心底驚いた。


(なんて人たちなんだろう)


 さっきまで談笑していた雰囲気は緊迫したものに取って代わっている。誰もが鋭い目つきで図書館の扉を凝視していた。

 頼りになると同時に恐ろしい。彼女は今初めて彼らが違う世界の人間だということを感じた。何というか、覚悟が違う。切り替えが恐ろしく速い。それは、きっと以前、そういう局面に遭遇したことがある人間にしかできない類のものだ。


「先頭にいるのは三咲さんだな。……じゃあすいませんが白浜さんはここで待っててください。先に三咲さん以外の人たちが出てきたら、驚かせたのは俺たちで、幽霊なんかじゃないってことを教えてください。出来ればお説教もお願いします」

「わかりました。よろしくお願いしますね」

「よし、行くか」

「了解っ」


 和弥が返答して、彼らは図書館へと向かって行った。走っているのだが、足音はほとんど聞こえない。

 一人残された恭子は夜空を仰いで思う。

 もしかしたらとんでもない人たちと関わってしまったのではないかと。








「ひっ……きゃあぁぁぁっ!」

「今、何か白い影が……!」

「ねぇ、何この足音みたいなの……」

「ちょっと! あれは幽霊なんかじゃ――」

「ごめん、もう無理!」

「わ、私も! ちょっと置いていかないでよ!」

「もうダメッ!」

「ちょっと! 待ってってば!」


 三咲の静止の言葉を聞かず、恐怖に駆られ走って逃げ出すクラスメートたち。彼女たちはあくまで『見る』だけということでついてきたのだ。こんなポルターガイストじみた怪奇現象に巻き込まれるとは考えていなかった。誰か一人が逃げ出そうとすれば、それは即座に周囲に広がり伝染する。瓦解するのは当然の出来事だった。


「ど、どうしよう……」


 三咲の感知能力には霊的な感じはしない。しかし一人ぼっちという心細さは否めない。急に恐怖が湧き出てきた。


 そもそも今回の一件は自分の存在を学園に知らしめることが目的だった。高等部からの中途編入の三咲は、出身中学では非常に有名な生徒だったが、弦岡学園での知名度は低かった。更に中等部からのエスカレーター組の中には彼女よりも名の知られた生徒も多く、彼女にはそれが不満だった。

 そこで一躍『三咲千香』の名前を広めようと今回の行動に出たのだ。

 彼女には本当に『力』がある。そのことに本人が気づいたのは小学生のとき。それから彼女の人生は変わった。

 引っ込み思案だった性格は消え、いつしかクラスの、学校の中心人物となっていった。

 周囲から何の関心も惹かなかった彼女が、羨望や憧れの的になったのだ。周囲の突然の変わりように彼女は最初は戸惑いはしたが、徐々に慣れ、次第に中心に立つ優越感に支配されていった。

 だからこそ弦岡学園に入って話題の中心でなくなったことに関して我慢できなかった。今までの反動もあり、力ずくでももう一度中心に立ちたかったのだ。


 暗闇の図書館。手元に懐中電灯はあるがその光は頼りない。

 逃げた三人が言っていたものや音は勿論三咲にも聞こえてはいたが、その正体は幽霊などではない。きっと誰かが人為的にやっているのだろうと推測していた。

 だがそれでは幽霊がいたことにはならないし、これから先に進んでもし発見しても証明してくれる人はもういない。

 もうこれ以上進む意味はない。


「……っ!」


 不意に足音が聞こえた。さっきまでの音とは違う。聞こえてくる方向に振り向いて様子を伺う。足音は止まらない。


「……こんばんは。残ったのは三咲さんだけだね」


 闇から浮かび上がるように並んで現れたのは二人。和弥と良治だ。


「こん、ばんは。何でこんな場所に?」


 気丈にも言葉を紡ぐ。それを見て和弥は感心していた。普通なら完全に雰囲気に呑まれて口を開くことさえ難しいのに、冷静に問いかけてくるとは思ってなかった。


「それはこっちの台詞セリフだよ。まぁ三咲さんたちが来るから俺たちも来ないといけなくなったってこと」

「え……」

「幽霊を見つける、なんてこと言ってたからだよ」

「な、なんで! そんなことあなたたちには関係ないでしょっ!」


 妨害しに来たということを認識した三咲が激昂する。だんっ、と大きくカーペットの床を蹴る。怒り心頭で良治を睨み付ける。


「関係なくないから俺たちが今ここにいるんだけどね。これは最初にして最終勧告だ。……興味本位で霊に近づくのは止めたほうがいい」


 目がすっと細まり良治の表情が真剣になる。

 彼の言葉は本物だ。この警告を無視すれば次は力ずくだろう。彼女が本気でそう思うほど力が込められていた。


「……な、なんでよ」

「それは――」

「言わなきゃわからないのか」


 口を挟んだのは和弥。その口調には明らかに怒気が含まれていた。

 事実、彼は怒っていた。自分の軽率な行動によってどうなるかを知らないことに。


「もしここにいるのが悪霊で、そいつを発見してしまったら? どうなるかわかるよな。お前も、ついてきたクラスメートも全員死ぬんだぞ。ちょっとした興味、見るだけなんてこと悪霊は考慮しちゃくれねぇんだよ。そういう場所に立ち入るってことは言葉通り命懸けだ。お前はそれを十分に理解したうえで今、この場所に立っていると言えるのか?」

「……そ、そんなつもりじゃ……」

「そんなつもりじゃなくても、危険がある場所に自分から踏み込むってことはそういうことなんだよ」

「…………」


 俯き、黙る。

 彼女は完全に和弥の言葉に打ちのめされていた。言われて初めて今までの行動がどれだけ危険なことだったのかを思い知る。

 こういった、霊がいるだろう場所を訪れるのは初めてではなく、今まで四回ほどあった。そのうちの一回は彼女の予想を超え、みんなで逃げ出したが、思えばあれでもまだ『本当の危険』に比べればまだマシなほうだったのだろう。


「……まぁ、わかってくれればそれでいいよ」


 言いたいことを言い終わった和弥に代わってゆったりとした声で言う。彼から見ても反省しているように見えたからだ。


「そんじゃあこれで。もう危険なことなんてするなよ。……と、一応渡しておくか」


 そう言って取り出したのは何の変哲もない一枚の名刺。そこには東京支部の住所と電話番号、そして和弥の名前が記されていた。


「これは……?」

「もし何かあったら連絡してくれ。出来れば手遅れになる前のほうがいいな」


 笑いながら渡す。それはつい最近葵の提案によって作られた名刺。現在東京支部のメンバーは一人を除いて全員持っている。


「あ、あの貴方たちは……?」


 その問いに彼は誇らしげに答えた。


「――『退魔士』だ」












「これで一件落着だな」


 和弥がそう言ったのは、三咲千香と白浜恭子を学園の外まで送ってからのことだった。ちなみに三人のクラスメートは先に恭子が校門まで送っていた。

 今残っているのはいつものメンバーで、図書館の後片付けが終わってこれから校門まで行こうかというところだ。


「良かったですね。これで三咲さんも反省したでしょうし、危険なことに首を突っ込むこともしないでしょう」

「ああ。まぁわかってくれたみたいで良かったよ」

「明日も学校だから早く寝たいですね」

「もう、慎也。最近全然勉強してないでしょ。成績下がってるの知ってるんだから」

「な、なんで姉さんが!?」

「勉強といえば。和弥、実力テストの結果は――」

「ナンノコトダカ」


 遠い目をして誤魔化す。はっきり言ってもうどうしようもなくらいに悪かった。良治や真帆のような優等生と比べられたくない。比べるとしたら同じ成績くらいの細井とだ。


「まったく、またそんなこと言って――」


 ため息とともに綾華が口を開いた瞬間、周囲の空気がざわめいた。


「……甘いですね。ああいった手合いは記憶の消去か、もしくは処理が妥当だと思いますが。その甘さはいつか自分自身の身の破滅を呼びますよ」


 ゆらり、と暗闇から染み出すように姿を現したのは。


「あ、あの時の」

「お久しぶりです。どうやらあの霊の居場所は奪われないで済んだようですね」


 どうやらあの時の答えは知恵のほうだったようだ。軽く微笑んで和弥のほうへ視線を向ける。


「お前は、何者だ」


 一歩前に出て問いかける良治。眼光は鋭く、既に臨戦態勢。手には転魔石が握られており、いつでも愛刀『村雨』をぶ準備は出来ている。

 そんなことを意に介さず、無表情に少女は質問に答えた。


「その問いには答えられません。この先の貴方たちの行動如何によっては敵にも味方にもなる可能性がある、とだけ言っておきましょう」

「……つまり、まだ敵じゃないってことでいいのか?」


 首を傾げる和弥の言葉にくすりと少女が笑う。緊迫した雰囲気の中、二人だけが浮いている。そのことがおかしかったのだろう。


「ええ、その認識で結構です」

「なるほど」


 敵ではないとわかればとりあえずはいい。つまり今この場では戦闘にならないということだ。それだけで幾分場の雰囲気が和らぐ。良治も構えを解いていた。


「一つだけ忠告です。……貴方たちは近々また大きな戦乱に巻き込まれるでしょう。それに積極的に介入するしないは貴方たち次第です。――悔いのないように」

「お、おい、どういうことだよ。大きな戦乱って」

「すいませんがお答えできません。それでは、またいつか」


 立ち去ろうとする後姿を誰も引き止められない。少女の言葉にみな動揺し、色々な推測、想像が頭を駆け巡っていた。


「……一つだけ忘れていました」

「なんだ」

「1-C、潮見しおみ天音あまねと申します。それでは御機嫌よう、《黒衣の騎士》、《暴炎ぼうえんの軍神》、《清流せいりゅうの巫女》の方々」


 そう言って、今度こそ少女――潮見天音――は足音一つさせずに消えていった。残ったのは夜風と静寂のみ。


「……潮見天音、か。かなりの実力者だな」


 良治がごくりと生唾を飲む。考え込むような、それでいて悔しいような表情。しかも真っ青だ。


「俺にはよくわかんなかったんだが……」

「おそらく術士でしょうが……少なくても私よりは実力は上でしょうね。あまり認めたくはないですが」

「いや、たぶん俺よりも上ですよ。正直、勝てる気がしない」

「おいおい」


 二人が戦う前から弱気な発言をする。

 和弥としては戦う前から負けそうというのは好きではないが、良治と綾華という東京支部のブレインが言う以上冷静な見解なのだろう。


「それにしても《暴炎の軍神》と《清流の巫女》って……」


 やっと呑まれた雰囲気から戻ってきたらしい慎也が口を開く。

 さっき天音が言った単語が気になるらしい。


「ああ、それは和弥と綾華さんのことだ。陰神との一件以降呼ばれるようになったから、つい最近のことなんだが。よくそんな通り名なんて知ってたな」


 誰が言い出したかわからないが、つい一月前くらいからそんな通り名が浸透しだしていた。ある意味これも一人前の退魔士として認められた証と言えるだろう。トップクラスの退魔士にはなにかしら通り名や二つ名がついている。二人とも最初は少しばかり恥ずかしかったがもう慣れていた。


「にしても、あいつ……一筋縄じゃいきそうにないな」

「同感だ」










「へー、そんなことがあったんだ。それにしても何者なんだろうね、そのコ」


 二日後、東京の道場に集まったところで事の顛末を報告していた。というか聞くのはあのときいなかったまどかだけだが。


「正直全く見当がつかない。敵にも味方にも、って言ってたから白神会の所属じゃないと思うんだけどな」


 うーん、と唸る良治。彼なりにあれから考えたり情報を集めてみたのだが、結局徒労に終わっていた。一応彼女の言っていた通り1-Cには在籍しており、普通に授業も受けているようだった。しかしそれ以外のことは不明。外部受験組なのだが、出身中学は出鱈目のようだ。


「でもあの人、ただ者じゃないです」

「それは間違いないな」


 結局のところ、これから気をつけるという結論で話し合いは終了。暗に様子見ということだ。しかし余計なことをして敵に回したくない。ある意味仕方ないとも言える。


 こん、こん。


「?」


 道場の扉が叩かれる音。支部の結界が反応していないということは、来客には敵意がないという証拠。

 四人の視線の中、扉が開かれ、そこには――


「あっ!」

「三咲さん!?」


 和弥が思わず立ち上がって声を上げる。

 そこには一昨日図書館で別れた三咲千香の姿があった。


「えへへ、あの名刺の住所見て来ちゃいました」

「和弥の名刺か」

「へぇ、名刺なんて渡してんですね……」


 良治と綾華の視線が突き刺さる。悪いことはしていないのに、何だか物凄く居心地が悪いのは何故だろう。


「私、決めたんです」

「何を?」

「もう興味本位じゃないです。見せびらかすためでもない。先輩たちに会って、ようやく自分の持っている『力』の使い道を見つけられた気がするんです。――私も誰かの力になりたいです」


 意志の在る瞳。穢れなき純粋な想い。飽くなき向上心。そして何かを変えられる『力』。

 三咲は何かを吹っ切ったように、小さく笑った。


「……君の決意は伝わった。これからもよろしく頼むよ」

「ありがとうございます都筑先輩! 大好きですっ!」

「お、おい! 抱きつくなって!?」

「――なるほど。真剣に話をしていたのはこういう方向に持っていきたかったから、ですか」

「え、いやちょっと待て!? ――ぎゃあああっ!」


 綾華が和弥の足を思いっきり踏みつけて――新たに仲間が一人、加わった。















 そして、京都本部にある重大な知らせが届くのはこれより三日後のことだった。











退魔伝奇外伝「三人の少女たち」完


これにて夜天外伝は終了になります。

何人もの新たな人物が登場しましたが、これからどんな話を紡ぐのか。

この話の先はまだ先になりますが、いつか書きたいと思います。


そしてしばらく書き溜めましたら、新たな話を連載して行こうと思っていますのでその時はまた宜しくお願い致します。

それではまた!

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