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夜天に星は煌めいて・外伝  作者: 榎元亮哉
~三人の少女たち~
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~三人の少女たち~ 三話

 あくる日の昼休み、彼らは教室で昼食のため集まっていた。

 話題は勿論昨日の出来事に関してだ。


「へぇ、そんなことあったんだ。昨日は早く帰っちゃったから全然知らなかったよ」


 もぐもぐと彩り豊かな小さなお弁当箱を箸でつついているのは今年も同じクラスになり、当然のようにまたもクラス委員長となった水樹真帆。トレードマークのメガネも健在だ。


「良治さん、それでその一年生が誰かわかったんですか?」


 持参した水筒に入れた緑茶を啜りながら聞いてきたのは綾華。

 当然のようにこの場にいるが、ここは三年の教室であって二年の教室では決してない。

 和弥と付き合うようになってから、彼女は手製のお弁当を二人分持ってきていてこの教室で食べることが日課になっていた。


「いえ、和弥の会った女の子については何も。ざっと見て回りましたがそれらしい生徒はいませんでした。もしかしたら今日は休んでるかもしれません。ただ」

「ただ?」


 聞き返したのは和弥。既にお弁当は完食していてデザートの果物に手を伸ばしてた。まだ若干不格好な、うさぎを模したリンゴをしゃくりと半分口に入れる。


「ただ、俺が図書館で会った三咲千香に関しては面白いくらい噂話が聞けたよ。自称・霊感少女、だと。一年の間じゃかなりの有名人みたいだ」


 良治が苦笑しながら答える。

 昨日は結局あの直後支部へ向かったので、情報収集は今朝からしか出来なかった。だが片方はともかく、三咲千香に関して調べられたのは彼の手腕と要領の良さによるものだった。


「あれ、でもその話聞いたのは昨日だろ。もしかしたら昨日の夜にもう図書館に忍び込んでるってことは……」

「うむ、最もな意見だ。だが俺がその可能性を考慮していなかったと思うのか?」

「いや……じゃあどうしたんだ」

「簡単なことだ。昨日の夜、図書館に張ってた。残念ながら来なかったよ」


 澄まして言う。何時に帰ったかは知らないが、支部を出たのは二十二時近かったし朝も遅刻していない。この割と真面目な方のな彼が手を抜くことは思えないので、ほとんど睡眠時間は取れていないだろう。それでも全くそんな素振りを見せないのが実に彼らしい。


「そんなわけで今夜も張ろうと思ってる。まぁ来ないに越したことはないんだけどな」


 苦笑いを浮かべる。確かに怖気づいて来ないほうがこっち的に都合はいい。無用のリスクを回避できるし、何より手間がかからない。


「そうだな」

「まぁそういう興味本位の輩は一度くらい怖い思いをしたほうが後々のためかもしれませんけど。でも実際その生徒が来たら良治さんはどうしてたんです?」

「ああ、それは――」


 言いかけた彼の視線が教室の扉のほうへ動いて、言葉が止まる。

 正確には扉のほうからこっちへ向かってくる友人の姿を認めて、だ。一直線に四人集まった場所に来る。


「よ、食事中悪いな。……バカズヤにお客さんだ」

「ん、俺に?」

「ああ。しかも女の子だ。……なんでおまえばっかり」

「んなこと言われてもな……ちょっと行ってくる」


 細井の呪詛に似た言葉を聞き流して扉へ向かう。逃げたとも言う。

 友人の言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、やはりあの少女。そして次に良治から話を聞いた三咲千香。タイミング的にこの二人以外ないだろう。

 緊張しながら一歩、教室を出る。待っている相手があの少女なら、油断など出来るわけがない。


「すいません」

「え」


 そこに佇んでいたのはあの少女でも、話に聞いていた三咲千香でもなかった。一年ではない。自分と同じ学年を表す色のスカーフ。

 おかっぱの落ち着いた雰囲気の少女に和弥は見覚えがあった。が、何処で見たのかまでは思い出せない。ただもう二年も一緒の学園にいれば同学年の生徒は一度くらい見たことはあるだろう。


「どうも。生徒会長で3-Aの白浜恭子です。……あの、折り入って相談があるのですが」

「相談?」


 見覚えが特にあると思っていたら、それもそのはず生徒会長だった。当然朝礼などで見ているはずだ。そういえば去年も彼女、白浜恭子は生徒会に所属していた。あの生徒会長がいたせいで、他の役員たちの印象が薄くなってしまっていたのは仕方ないことだろう。


「はい。ええと、前会長から渡された『頼りになる人リスト』に、都筑さんたちの名前がありまして」

「そんなリストが存在していたのか……」


 あの会長のやることだ。これくらいしていても全く違和感がない。というか後輩のフォローまで完璧らしい。あれだけちゃらんぽらんでも、やることはやっているようだ。


「それでなんですが。……すいません、こんなこと言っていいのか、まだ私にも理解しかねるんですけど」

「ん、どういうこと?」


 うつむき加減で、言い辛そうにぼそぼそしている。しかし一応覚悟が決まったのか、顔を上げて和弥を真っ直ぐ見据えて口を開いた。


「ええとつまり。幽霊とかオカルト、そういった方面と思われる事件が起こった場合、彼らに相談せよ、とのことなんですが……」

「……なんですと?」


 さらに聞くと、名前が載っているのは和弥、良治、真帆、綾華、慎也の五人で、そのリストの上にさっきの言葉がメモ書きされていたらしい。まるで何かしら起こることを予見でもしていたかのようで気持ち悪い。


「あ、あのかいちょー……」


 頭が痛くなってきて、思わず額を押さえる。

 まさか卒業してまで振り回されるとは思ってもみなかった。あの事件以来おとなしくなったと思っていたが、さすがというか何というか。ここまで来てやっと小久保せりな前生徒会長の偉大さを思い知った。


「ええと。それで、どうでしょうか」

「……ああ、わかった。放課後詳しい話を聞くよ、その五人で」

「え。本当ですか? ああ、ありがとうございます」


 良治や綾華の許可は得ていないが、あの二人がこういった頼みを断るとは考えられない。特に危険な依頼でもなさそうだ。和弥の独断で引き受けてしまったが何も問題ないだろう。

 陰神の事件以来、彼は完全に一皮向けていた。最終決戦の前からその兆候はあったが、羅堂を破って精神的にも成長したようだ。今では支部での話し合いについていけないようなこともなくなり、良治や綾華の思考を吸収しつつある。


「それでは放課後に生徒会室で。よろしくお願いします」


 丁寧にお辞儀をして自分の教室へと戻っていく現生徒会長。その後姿は一仕事終えたように嬉々としていた。人のそういう姿を見ると自分も嬉しくなる。微笑んで彼も教室の中へ踵を返した。










「お忙しい中ありがとうございます。説明しますがよろしいでしょうか」

「ああ」


 あの後全員に話を通して、放課後の生徒会室。何度か来たことがあるためかさほど緊張はしない。だが以前と比べて落ち着いた雰囲気にはなっていた。きっとこれもあの会長がいなくなったからだろう。良くも悪くもあの生徒会長の影響力は大きかったのを再確認する。

 生徒会室にいるのは会長の白浜恭子、そしてあのリストにあった五人。他の生徒会の役員の姿は見えない。おそらく白浜が人払いをしたのだろう。今から話す内容は口外できるものではない。


「それでは。……皆さんは図書館に出るという幽霊の話をご存知ですか?」

「ああ、知ってる」

「話が早いですね。それで、ある一年の女生徒がその話を聞いたらしく『図書館に幽霊がいる、それを証明してみせる』と言い出したそうです。それだけならまだ良いんですが、どうも夜の図書館に忍び込む、なんてことも言っていたらしいんです。それも大勢の生徒の前で」

「なるほど……」


 こそこそとやってくれる分にはばれないようにしてくれれば特に処罰しないで済むが、そんな事を他の生徒の前で公言されてしまうと生徒会としても対処しなければならない。

 しかも今回は口頭で注意しても行動まで制御は出来ないだろう。言われて止めるようならそもそも言い出したりはしない。


「その女生徒は『自称・霊感少女』って娘ですか」

「はい」

「三咲千香か。偶然というか何というか」


 良治が口を挟み、苦笑いする。これからどう対処しようか、と考えていた問題をまさか生徒会からも頼まれるとはさすがに思ってなかった。


「ええと、それで結局どうしたらいいんだ?」

「あ。はい。出来たら図書館に入る前に説得して帰って欲しいんですけど、それが無理なら脅かすなり何なりして追い返したいんです。それも幽霊以外の理由で」


 なるほど。図書館に幽霊が出るなんて噂、立って欲しくないことが一番らしい。でも。


「でも何でだ? たかだか一年の女子が騒いでるだけだろ。幽霊が本当に出た、なんて言っても信憑性に欠けるんじゃ」

「普通の生徒なら。でも三咲さんは中学の頃から霊感があるって有名だったらしいです。なのである程度信じてしまう生徒も出ると思います。既に彼女を中心としたグループも出来ていると聞いてますし」


 彼女が言えば信じてしまう可能性の下地があるということか。そうなると信じて図書館に忍び込む生徒も出てくるだろうし、そんな噂は学園の外にも流れていく。最悪他校の生徒まで肝試しに来る可能性も捨てきれない。


「そういうことか。ならまぁ引き受けるよ。それでいいよなみんな」

「ええ。元より断るつもりもありません」

「ああ。だが」


 快く引き受けた綾華とは対照的に、良治の口調は重い。何か考えるように一瞬躊躇ってまた口を開く。


「これが最初で最後の仕事ですよ。これからはあまり当てにしないように」


 珍しく面倒くさそうにそんなことを言った。

 これにはそこにいる全員が言葉を失う。まさか誰も彼がそんなことを言い出すとは思っていなかった。

 元々頼まれるまでもなくやるはずだったこと。それをまさかあからさまに嫌々やります、みたいな言い方をするとは和弥も予想してなかった。


「え。……あ、はい。すいませんがよろしくお願いします」


 生徒会長はそう言って頭を下げた。が、今の言葉に軽くショックを受けていたのは明白だった。微かに身体が震えているのがわかる。仕事モードの良治に無表情であんなこと言われたら誰だって気圧される。


「さ、行くぞ」


 気まずい雰囲気の中、それを全く意に介さずに皆を促す。真帆が最後まで生徒会長と良治を交互に見ていたが、諦めたように部屋を出る。


「どういうことです」


 生徒会室を出てすぐ、和弥が口を開く前に綾華が尋ねた。それは誰もが疑問に思うところで、今まさに和弥が言おうとした言葉でもある。他の面々の表情を見れば、皆何か言いたげだ。誰も良治の真意を測りかねた。


「まぁ今後のことも考えてです。今回前会長のメモ書きがあったとはいえ、すぐに俺たちのことを頼ってきてしまった。ということは今後同じようなことがあれば間違いなくまた相談に来るでしょう。自分たちの力で出来るか否か考えるより前に。そして、もしかしたらそれを自分の力と勘違いしてしまうかもしれない。今期の生徒会も始まったばかりだし、もうちょっと頑張ってほしいんですよ」

「ああ、なるほど」


 つまり頼り癖をつけて欲しくないためにあんな言い方をしたのか。和弥は心の中で頷く。さすがに彼はそこまで考えられなかった。視野の広さ、先見性に素直に感心してしまう。


「――でももし何か普通の人間の手に余るような、大変なことが起こって助けを求めてきたら手を貸すんですよね?」


 答えがわかっているような様子で綾華が聞く。微笑まで浮かべている。


「ええ、勿論」

「それでこそ柊くんです」


 微笑んで言ったのは真帆だった。表情には信頼がにじみ出ている。

 傍観していた慎也も納得して笑う。これですっきりしたのだろう。

 さっきまでの雰囲気は払拭され、和やかささえ感じられる。


「さて、それじゃあ今夜から張り込むか。それで一つ提案なんだが」

「提案?」

「ああ。来なきゃ来ないでそれに越したことはないが、来た場合のことだ」


 にやりと良治が笑う。これは策を思いついた顔だ。こんな短時間で何を思いついたというのか。気になる。


「驚かせる方向性で行く。だが標的は三咲さんではなく、その後についてくるだろう三人。しかも物理的に」

「物理的って?」

「物音とか白いシーツとか、ありきたりなやつで。三咲さんは『力』を感じられなくて戸惑うだろうし、他の三人は幽霊だと思う。で、その三人が怖くなって逃げれば」

「あ、なるほど。『幽霊がいた』っていうのを証明できる人間がいなくなるってことですか」

「そうだ」


 慎也の言葉に頷く。姉と同じく学年トップクラスの頭脳は伊達じゃないらしい。


「でもその方法で逃げたあと、あれが幽霊だった、なんて言われたらどうするんです?」

「その後に逃げた娘らにだけ種明かしすればいいんだよ。もしそれで三咲さんが幽霊だったって言っても、もう種明かししていれば信用されにくい。彼女の影響力も落ちるだろ。それでもどうにもならなかったらまた策を考えればいい」

「さすがリョージ。抜かりはないな」

「まぁこの程度ならな」


 話が終わって十分と経っていないのにここまで考えているとは。きっと話の最中から色々とシミュレーションしていたのだろう。この閃きと頭の冴えだけは真似できない。


「ということで頼む。いいか?」

「了解。まぁリョージの作戦なら大丈夫だし」

「ですね。それ以外の策も思い浮かびませんし、それで行きましょう」

「はい、先輩のに賛成です」

「それでいいよ。それじゃあ時間と待ち合わせはどうするの?」

「みんなありがとう。それじゃ一応早めに集まっておこうか。二十二時に駅前で」


 全員が頷き、顔を見る。みんな今夜のことが楽しみなようだ。命の危険なんてないし、こっちが仕掛けるというのはあまりない。お化け屋敷の驚かせるほうというのはこんな気持ちなんだろうか。和弥も自然に表情が緩む。


「あ、まどかは誘わなくていいのか?」


 折角の機会だ。出来たら揃っていたほうがいいだろう。そう考えて良治に提案してみる。あれ以来四人揃っての仕事というのはなかった。こういうのは人数が多いほうが楽しいに決まっている。しかし。


「却下」

「即答かよ!」


 あまりの速さに提案した自分が驚く。そういえば前にもこんなことがあった気がする。


「学園祭のときのこと覚えてないのか……?」

「あ」


 妙に今の遣り取りに覚えがあると思ったら、去年の学園祭のときの事件で似たようなことをやった。そして学園祭当日の出来事もついでに思い出した。


「またあの事態を引き起こしたいのか……?」


 ジト目で非難するような視線で問いかけてくる親友。はっきり言ってかなり怖い。


「すまん。忘れてくれ」


 そういうしかない。あの時は生きた心地がしなかった。もうあんな場面に立ち会うのはゴメンだ。

 普段怒ったところを見たことのない二人の氷点下のバトル。誰も好き好んで立ち会いたいとは思わない。出来ればもう二度と遭遇したくはない。

 ということで残念ながらまどかは外れることになった。

 不憫だなぁ、と和弥は一人呟いた。


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