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夜天に星は煌めいて・外伝  作者: 榎元亮哉
~三人の少女たち~
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~三人の少女たち~ 二話

「あ」


 学園から最寄りの丸田駅までの短い道のりの最中、良治は普段使っているボールペンのインクが切れていたことを思い出した。

 あのボールペンは近所では学園近くを流れる河川沿いの文房具店でしか取り扱っていない。正直ボールペンなど書ければ特に問題ないのだが、彼にしては珍しく持ち心地や書き心地などが良く一つの種類を愛用していた。

 今ならそんなに時間のロスも少ない。彼はいつもの道を逸れ河川沿いにあるちょっとした土手の上の道に出た。


(……?)


 吹き抜ける初夏の到来を感じさせる風に目を細め、視界に入った河川敷にふと視線を送るとそこには見覚えのある後姿。あの身長と長い黒髪は――


「あれ、良治クン。どうしたの?」

「こんにちは結那さん。それはこっちのセリフですよ。なんでこんなとこに」


 声をかけようとした瞬間、振り向いた結那に挨拶される。格闘技をしているせいか周囲の気配には敏感なようで、良治は少し驚いた。

 そしてここは彼女が通う保坂女子学園の最寄りの駅ではない。一つ隣駅だ。何故わざわざこんな場所に来ていたのか良治には理由が見つからなかった。

 土手の草で滑らないようにゆっくりと結那の所に降りて行く。制服姿の彼女の脇には学校指定の大きめの鞄。まどかも同じものを持っていたので彼もよく知るものだ。


「いやー、いつもはジムに通ってるんだけど、今日はジムの定休日で。月に一回はここで軽いトレーニングしてるの。学校の近くだと先生に見つかるし、ここは意外に人通り少ないから」

「なるほど。まぁ確かにここは人通りは少ないですね」

「そうそう。で、良かったら少し付き合ってよ。ミット持ってもらうだけでいいから」

「まぁ用事もあるので少しだけなら」


 ボールペンを諦めて、買い物に充てる時間を結那に付き合うことにする。ボールペンはとりあえず家にあるものを使って、明日また買いに来ればいい。

 結那は大きな鞄から二つのミットを取り出すとぽいっと良治に投げた。結構な重さと大きさで、こういう物に疎い彼にも本格的な物だと感じ取れた。


「じゃあそれ着けてね。結構痛いみたいだから」

「了解」


 両手に肘辺りまで覆うミットを着け、構える。それを見て結那も薄いグローブを着けた。良治はボクサーのような構えだと感じた。そういえばまどかは彼女のことを空手経験のある総合格闘家だと言っていたはず。これは空手の型ではなく、彼女なりにアレンジを入れての構えだろう。


「ふっ!」


 結那の右手が動き、良治のミットからパシンと軽快な音が鳴る。威力、速度共に申し分ない。


「大丈夫そうね。じゃあっ!」


 今度は左、右とコンビネーション。ステップも使ってリズムを作る。

 結那はミットに向けて正確に打ち込んでくる。良治は威力を受け止めるだけでいいので難しいことはなかった。特に力を使わずとも対応出来るレベルだ。

 彼女の中で基本的なコンビネーションなのだろう、左・右・左・左・右からステップで一歩引き、また同じタイミングで打ち込む。良治がそれを理解し慣れてきたところで、一連の最後の右の後ステップで引いてからの再開のタイミングがいつもと違った。


「?」


 正直彼女が正確に打ち込んできてくれるので、特に神経を使って打ち込みのタイミングや軌道を見ることもしなかった。大きめのミットに視界が遮られていたのもある。

 良治が次の左が来ないのに違和感を覚え、僅かにミットを下げ視界を確保しようとした瞬間、彼は反射的に両手を自身の左側に構えた。


 バシィィィン!!


 一際大きな音が河辺に響き、良治の身体は二mほど勢いに負け動かされた。


「うわぁ、凄いわね」

「……いきなり蹴りを混ぜておいてその言葉が最初に出てくるのはどうかと思うのですけど」

「ああごめんごめん。打ち崩せなさそうだったからつい」

「ついであんなことされても」


 はは、と笑いながら言ってくるが結構冗談にならないレベルの右のハイキック。格闘技やスポーツなど身体を動かすようなことをしてなければ、反応出来ないような速度とキレで、視界を作った瞬間目に入った蹴りのモーションにぞくりと鳥肌がたった程だ。まともに喰らっていたら意識を刈り取られていたかもしれない。


「じゃあ今度は本気でいくわね。良治クンなら大丈夫ってこともわかったし」

「これからが本気、と」


 苦笑いする。さっきまでで充分な鋭さと重さの拳打だった。あれ以上というなら良治はある程度力を使わないと対処出来ないかもしれない。


「……ふぅ」


 結那は自然体で一つ大きく息を吸って吐き出した。身体全体に力を行き渡らせるような、深くゆっくりとしたものだ。それを見た良治は戦慄した。この目の前の同い年の少女に。


「――いくわよ」


 少女の全身に闘気が感じられる。漠然としたものではなく、確かに存在する確かなものとして。それは明らかに『力』だった。


(おいおいまじか)


 思ってもみなかった展開に驚愕するが、それでも今はそんな場合ではない。目の前のことに対応しなくてはならない。出来なければ怪我をすることになる。


「はっ!」


 さっきまでのパシンというような軽い音ではない。ズドンという重い音が良治を襲う。さっきのハイキックのように身体が押し出されることはない。彼は迷うことなく力を使っていた。非常に不本意で情けないことだが、力を使う相手には力を使わなくては対応することは難しいのだ。

 さらに結那の拳打は加速する。さっきのような決まったコンビネーションや場所ではなく、一打一打考えながら場所を微妙に変え打っている。集中しなくては受け止められない。


「――はぁっ!」


 最後にまたも右のハイキック。これまでで一番の衝撃が襲うが、今度はしっかりと両腕のミットで受け止めた。


「二回目はさすがにちゃんと受けられるのね」

「まぁ来ると思ってたし」


 確実に来ると踏んでいたので冷静に受けられた。短い付き合いだが結那の性格はなんとなく掴めてきた気がする。


「さすがね。なにか格闘技とか武術とかしてるでしょ?」

「……いや、そんなことはないよ」

「ウソね。体幹しっかりしてるし、ミット着けての構えも隙のないものだったわ。これでなんの訓練も受けてないって言うのなら、私の今までの修練はなんだったのよってくらい」

「まぁ、なんだ。それは内緒ってことで。時に結那さん、さっきの精神集中とか構え……特に精神面の気構えみたいなものを誰かに教わったことは?」


 本当のことは言えないのでさらっと誤魔化して質問を投げかけて話題を逸らす。彼が困った時によくやる手法だ。


「そうね……特に誰かにコーチしてもらった訳じゃないけど、敢えて言うなら姉さんかしら」

「姉さん?」

「そ、一つ上に姉さんがいるの。趣味で占い師みたいことしてるみたい。それで姉さん曰く魔力っていうものの効率的な集中の仕方っていうのを教えてもらったことがあって、それを精神集中の際に使わせてもらってるの」

「なるほど……」


 結那の拳には『力』が籠められていた。それもしっかりと拳に集中して。ということは、彼女の教わった魔力の効率的な集中というのはそのまま『力』の運用方法なのだろう。つまり結那の姉は少なくとも『力』の扱い方を知っている占い師ということになる。程度のほどはわからないが。


「それがどうかしたの?」

「いや、なんとなく精神集中が様になってて凄いなと思って」


 はぐらかしている最中にも高速で思考を展開していく。

 姉も『力』を扱え、結那のこの様子だともしかしたら血筋の問題なのかもしれない。ただ姉は話を聞く限り術士タイプ、結那は剣士タイプのようだ。

 一握りの武道を学ぶ者やスポーツ選手の中にはある程度の『力』を扱える者もいる。その大部分は術士でなく剣士で、体内での力の扱いを得意とする。目の前の結那もその一人だろう。予想だが、姉は結那の潜在的な力を感じ、扱い方を教えたのかもしれない。


「総合格闘技とかやってるなら取材とかあるんじゃないんですか? 結那さんは綺麗だし女子高生格闘家とかって感じで」

「私そういうメディアに露出するの嫌いなのよね。だから大会とかにも出てないのよ。あとありがとうね」

「なるほど。で、なにがありがとうなんですか」

「綺麗って言ってくれたでしょ。お世辞でも良治クンに言われるのは嬉しいわ」

「……それはどうも。じゃあ俺はそろそろ行きます」

「あ、最後に一つ聞いていい?」

「ん、どうぞ」


 動きかけた足を止め、結那の顔を見る。なんだが嫌な予感がしたがもう手遅れだった。


「まどかとは付き合ってるの?」

「……まぁそんなことだろうと思いましたよ」


 嫌な予感ほどよく当たるものだ。思わず苦笑する。


「で、どうなのよ」

「付き合ってないですよ。よく誤解されますけど。彼女とかいませんよ」

「あらら、そうなんだ。ちょっと疑問だったから聞いてみたんだけど、聞いて良かったわ」

「なんでまた」


 と聞いてからまたも良治はしくじったと後悔した。こういう話は、話せば話すほどろくでもない方向に行くものだ。


「んー、そうね」

「いやいい。話さなくていいです」


 ここで話を切ってさっさと立ち去ろうとする。ここは逃げるのが最善の手と感じた。


「じゃあその話はしないから一つ。名前呼び捨てで呼んでくれない? なんだか他人行儀で嫌なのよ」

「遠慮します。呼び捨てになるとタメ口になっちゃうから」


 良治は『さん』付けの場合と呼び捨ての場合で自分の口調をコントロールしている。つまり呼び捨ての方が素の良治ということだ。呼び捨てになると極端に距離が縮まってしまうのを自覚してるぶん、呼び捨ては出来るだけしないようにしていた。ちなみに二つの間に『愛称呼び』というものも存在する。


「いいのよそれで。私もそっちの方が嬉しいし。で、嫌ならさっきの話の続きしよっか?」


 小悪魔的な上目遣いで訊ねてくる結那。正直凄く可愛いと思う。

 会った回数も話した時間も短いものだが、何故か彼女は好意を抱いている。それは友人としてなのか男性としてなのかはわからないが。

 しかしそれがもし異性としての好意なら、応えるつもりはないのでその言葉を聞きたくはなかった。


「……わかったよ、結那」

「ん、ありがとね良治」

「そっちも呼び捨てになるのか……」


 渋々呼び捨てを選ぶ。というか人間関係がごたごたするのは好きじゃないので選択肢はなかったと言っていい。


「今日は付き合ってくれてありがとうね」

「楽しかったからいいよ。ああ、そうだ」

「ん、なに」

「もしなにか困ったことがあったらまどかにでも相談するといい。勿論お姉さんでも」


 退魔士でないのに『力』を扱うのは危険と隣り合わせだ。結那は心身ともに強いが、それでも心配は心配だった。しかしそれは自分が助けることではないと思ってるのでそこに自分の名前は入らない。


「……ん、わかったわ。ありがとね」

「それじゃ。……あ、最後に俺からも一つ。制服の時はハイキックはしないほうがいいと思う」

「……!? もう!」

「それじゃまた!」


 背後に結那の怒声を聞きながら土手を駆け上がる。

 出来るならこれ以上扱い方を学ばないままでいてくれたらなと思いながら、良治は東京支部へ向かった。


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