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夜天に星は煌めいて・外伝  作者: 榎元亮哉
~符術士の系譜~
2/7

~符術士の系譜~ 二話

 体育祭まであと二週間となったある日、俺は何だかわからない妙な気配に頭を悩ませていた。


「……ん?」


 気づいたのは一人暮らし状態である我が家を出てすぐのことだった。両親は白神会の大きな支部の一つである福島支部まで出向いている。

 何だか気になる匂い。よく嗅いでみると何とも甘ったるい匂いが――本当に微かだが――漂っていた。マンションの他の住人がケーキやら御菓子やら作ったのだろうか。少なくとも心当たりはないけれども。

 少々気にはなったが学校へ遅刻するわけにもいかない。考えてもわかることでもなさそうなのでさっさとその場を去ることにした。

 学校から帰ってきたら、こんな疑問は消えているだろうと思いながら。



 朝のニュースを見ておけばよかった。そう思うほど、其処彼処で噂話がされていた。ある生徒は面白おかしく、ある生徒は神妙な面持ちで、またある生徒は自分の意見を交えつつ。彼らが噂する話、それは全てじものだった。


――曰く、この近辺で住人の昏睡事件が発生している。そしてその原因は全く持って不明――


 うちのクラスでも何人か姿の見えない生徒がいる。穿ちすぎな見方かもしれないが、可能性は否定できない。

 そして、そうした危機を迎えようとしているかもしれないというのに、どこか浮ついた雰囲気が漂っているのが俺には酷く不快だった。

 そして何よりこの昏睡事件の犯人の候補として、怪しい人物が一人いる。

 こっちに越してきてまだ日が浅い。そんな自分が頭に思い浮かべる人物は唯一人しかいない。即ち、瀬戸遥。



「――そっか。うん、ありがとう。それじゃあ」


 体育祭の委員の仕事を口実に四組を訪れたのだが、そこに瀬戸の姿はなかった。何でもここ三日間ずっと休んでいるらしい。理由はクラスメートが聞いている限り風邪による病欠だそうだ。

 どう考えても怪しい。この情報は彼女への疑惑を深めるのに十分なものだ。噂話を信じるなら、最初の被害者が出た時期ともほぼ一致する。

 それにしても本当に彼女の仕業なのだろうか。疑念は尽きないが、彼女自身に聞くわけにもいかないし、それ以前に会うことすら儘ならない。しかしこのまま事件を放っておくことも気が引ける。何故なら、彼女が『退魔士』であることに気がついたとき、自分は関わりを持たないほうを選んだ。もしその選択が今のこの状況、事件を招いたとしたら――

 そう考え出したらもうこの事件を放っておくことなど出来なかった。自分が蒔いた種。もしそれが芽を出してしまったのなら自身で刈り取らねばならない。

 それが例え、彼女と戦うことになろうとも。


 決意を胸に、放課後街を探索することにした。









 街中にあの『甘い匂い』が充満していた。何処に行っても、どの建物に入ってもあの匂いがする。そしてそれはある意味当然のように、街を歩く人々は気づいていないようだった。


「……ってことは、そういうことだよな。完全に」


 これでこれが真っ当な人間の手による事件という線は薄くなったと見るべきだろう。場所によって匂いの濃度の差があるとはいえ、濃い場所では不快に感じる。その場所を重点的に見渡してみたが、誰も不快な感情を出している者はいなかった。子供も、主婦も、サラリーマンも老婆もだ。


「そろそろ引き上げるか……」


 夜は更け、街灯が煌きだしていた。匂いを散らすように吹く風が実に心地良い。

 これ以上この場に留まって、犯人に見つかってしまってはマズい。この後の展開に大きな不利を及ぼす可能性が高い。市内は大体回ったのでもう十分だろう。学校帰りに行動を開始したのでもう二十時近い時間になっていた。これ以後の時間帯は補導されるかもしれない。そんなくだらないことで白神会に迷惑もかけたくないので、さっさと自宅へ帰ることに決め、バス停に向かって歩き出した。


 そのとき俺は全く気づいていなかった。背中に注がれる、その視線を。









「おいおい、これは……」


 見慣れた学校の登校風景。だがそれはあの『甘い匂い』に侵され、いつもの爽やかさなど微塵もなかった。

 思わず立ち止まってしまうほどに、学校は全くの異世界と化してしまっている。濃度が桁違いに濃い。昨日の濃いと感じた場所なんか比べるまでもない。間違いなく、絶対に、犯人はこの中学校の関係者だと確信した。

 通り過ぎていく生徒たちに笑顔はない。誰もが理由のわからない倦怠感に苛まれ、引きずるような足取りで教室に向かっていく。

 込みあがる怒りを、歯を食いしばり、拳を握って堪え、大きな足音をさせて教室へ歩いていった。










 放課後の体育祭委員の会議。そこには驚くべき人間が先にいた。


「……なに?」

「いや……なんでもない」


 気怠そうな雰囲気だが、眼光は鋭く俺を射抜いてくる。隣に座るのが非常におっかない。正直生命の危機を感じるほどだ。多分この場に他の生徒たちがいなかったら隣なんかに座らなかっただろう。少なくとも委員長たちが来て会議が始まるまでは。

 しかしいつまで経っても委員長も副委員長も来ない。他のクラスの委員たちもひそひそと話しをしだしていた。


「……あー、すまん。遅れた。早速だが今日委員長と副委員長は体調不良で休みだ。復帰するまで臨時に顧問の自分、阪井が指示を出すことになった。よろしく頼む。……それにしても」


 登場した教師は阪井というらしい。自分はまだ知らない教師だったので自己紹介してくれたのは非常に助かった。受け持つ授業がなければ知る機会もないのだから。三十くらいで、体育教師らしく上下ともに青を基調にしたジャージ。鍛えられているらしく、中々いい体格をしている。

 その阪井が見回して渋い表情を浮かべていた。言いたいことはわかる。生徒の数が少なすぎるのだ。


「各クラス一人だから……半数近くが欠席か。他の皆も体調管理には気をつけるように。それじゃあ――」


 体育教師らしく健康面のケアを注意し、本題に入っていく。……ちなみにこの間中ずっと隣から殺気が向けられている。ホント、本気で生きている心地がしない。

 これはきっと完全に敵対者として認められたということなのだろう。左側は完全に凍り付いてしまってもはや感覚などないも同然。前回も思ったが、早く終わって欲しい。心からそう思う。


「――とまぁ、やることが増えて大変だろうが頑張って欲しい。先生も負担が減るように色々交渉してくるつもりだ。今日はこれで解散だ。ご苦労さん」


 その言葉と同時にばらばらと室内から出て行く委員たち。生気がないのは、仕事が増えたことが原因ではないのは明白だ。

 自分も帰ろうと立ち上がる。が、そこに予想外の声がかけられた。


「……ねぇ、この後ヒマ? 出来たら準備手伝って欲しいんだけど」

「……え? ……ああ、わかった。手伝おう」


 かけられた声には、明らかに怒気が含まれていた。それは自分に、というより、ここにいない誰かに向けられている気がした。それが素直に手伝おうと思った理由だった。

 この体育祭は自分にとってこの中学で初めての大きなイベント。成功させたいと思う気持ちは強い。


「じゃあ早速当日必要な物のリストアップをしましょう。ある程度出たらある場所と数の確認ね」

「了解。――頑張ろう」

「……そうね」


 彼女は犯人ではないだろう。別に学校の関係者の犯人がいるに違いない。彼女のその瞳は、俺にそう思わせるのに十分だった。












 それ以降の日々はまさに激務と言うに相応しいものだった。

 学校では毎日下校時間ギリギリまで体育祭の準備をし、終わったら市内の警戒。体力なんていくらあっても足りないということを痛いくらい教えられた。まぁ、それは始めて一週間くらいで慣れたのだけど。


 体育祭の最後を飾るクラス対抗リレーを眺めつつ、これまでのことを頭の中で纏める。

 ここ最近、警戒の効果だろうか『甘い匂い』は薄くなっていた。しかし一箇所を除いて、だ。最も濃い場所、それは相変わらず自分の通うこの中学校。不審な人物はまだ目星もついていない。

 瀬戸は違うだろう。あれほど一生懸命に準備をしていたし、この状況に怒りも感じていた。自分と同じようにだ。あの時、そして時折見せていた感情は本物だった。そう確信できるほどに、彼女は激怒していた。

 考えれば当然のことだが、瀬戸は自分よりはるかにこの街、そして学校に愛着を持っているのだろう。長く住んでいればそれは当然のことで、つい最近引っ越してきた自分なんかとは比べるべくもない。意志の強い瞳に怒りの火が灯ったときなど、背筋が凍る思いだ。


「……お」


 リレーもクライマックス。僅差で三クラスが競ってアンカーにバトンを渡すところだった。我らが三年三組は……もっと後ろでビリ争いをしていた。さすがにビリは免れて欲しいと心から思う。

 自分のクラスの結果に興味が薄くなり、トップ集団へと目を移す。するとトップは信じられないことに見知った人物が走っていた。


「……そういえばリレー出るって言ってたっけ」


 自分は今体育祭委員の仕事から外れ、三年三組の待機場所休憩中。だからこそゆっくりじっくり考え事が出来るのだが。

 肩まであるクセッ毛が大きく風に靡く。『力』は使っていない。使えば間違いなく勝てる勝負だが、目立つことを恐れたのか、それともそれではフェアではないと感じたのか。


「後者、だな」


 準備でずっと一緒に行動していたから、わかる。彼女はそういう人間だ。ズルや卑怯なことが嫌いで、自分が正しいと思うことを貫くことが出来る人間。だからこそこの事件が許せない。自分の住む、愛する街が危機に晒されていることが。


「でも、きっと他の街で起きてても……知れば怒るんだろうな」


 運動神経が良く校内で有名な陸上部のキャプテンを振り切り、ゴールテープを一番に切る。大きな歓声が湧き上がり、それに手を振って応える瀬戸。いつの間にか自分も拍手をしていた。


「…………もう」


 聞こえはしないが、口の動きでそう言っているのがわかった。苦笑しているところを見ると、間違いではなさそうだ。

 まぁ、そうだろう。自分のクラスはやっと今ゴールしたところだ。タイミングの早い拍手に、周りのクラスメートたちは訝しげな表情を浮かべていた。


 俺は敢えて、大きく瀬戸に手を振った。


 後は閉会式だけ。ホントここまでちゃんとした体育祭に仕上げたのは彼女の功績だ。委員長と副委員長は三日前くらいからしか参加できなかったし、あの顧問の阪井も体調を崩したらしく一週間近く欠勤していた。実行委員たちはほとんどが体調を崩すか欠席していたので、実際に行動・指揮していたのは瀬戸だった。自分はそれを働きアリのように忠実に従っていただけだ。


 彼女はそれを見て小さく手を振り返した。たぶん自分にしか見えなかっただろう。しかしそれには確かな感謝の念が込められていた。










「……やっと終わったな。お疲れ様」

「こちらこそ、本当に色々手伝ってもらってありがとう。お疲れ様」


 閉会式も無事終わり、既に二人とも片づけ、着替えまで済んで夕陽の差す二階の廊下を歩いていた。この時刻、生徒は勿論教師も含めて人の気配は全くない。まるで世界に二人しかいないような錯覚さえする。

 俺は油断していたのだろう。体育祭を終えた安心感、競技の疲れ。そしてここ最近の過密なスケジュールをこなしていた日々の蓄積。

 それが僅かに気を緩めていた。昏睡事件のことを一瞬のこととはいえ忘れてしまっていた。――この学校に有力な犯人がいる可能性が高いというのに。



「――なっ!?」


 俺は不覚にも声を上げて反応してしまっていた。

 身体とこの学校全体を包む、結界の気配に。

 この身体を包む違和感の正体が結界特有のものだと知っていたのは、以前青森に住んでいたとき、修行時に結界を張る鍛錬をしていたからだった。しかし突然の出来事と、久しく感じることのなかったのとあいまって思わず声を上げてしまった。


「……やっぱり、そういうことなのね」


 隣に立つ瀬戸が苦い顔をして言う。出来れば思い過ごしであって欲しかった、というのがありありと見て取れた。

 瀬戸の言葉は、この結界に気づいたことに対するものだろう。それは即ち『力』を持つ者を証明したことに他ならない。

 これだけ聞いていると、この結界を張ったのは瀬戸のように思えるが、事実は違う。結界が張られた瞬間、彼女もかなりの度合いで驚いていた。ただ自分が先に、大きく驚いてしまったせいで逆に冷静さを先に取り戻しただけだ。

 瀬戸は結界を張っていない。無論言うまでもなく俺でもない。

 ということは今現在校内に犯人がいて、自分たちを殺すつもりなのだろう。人気のない校舎、まさに決着をつけるにはうってつけだ。


 ところでここで一つ問題がある。


「…………」

「…………」


 お互いに今回の昏睡事件の犯人ではないのはわかった。だが同時に『退魔士』であることもお互い知ってしまった。

 以前考えた通り、退魔士は基本的に組織に所属している。俺は『白神会』、本州の中央部を束ねる大きな組織だ。だが瀬戸は……どうなのだろう。もし『霊媒師同盟』の構成員だったとしたら、犯人を倒すよりも先に彼女とやりあうことになることかもしれない。その可能性は低いとは思うが、犯人を倒した後で第二ラウンド、というのは大いにある。

 お互い考えていることは同じなのだろう。夕陽に赤く染まった廊下に沈黙が下りる。学ランの少年とセーラー服の少女。見ようによっては青春の一ページと見えなくもないが、事実はそんな甘酸っぱいものとはかけ離れたものだ。

 頭の中をここ最近、体育祭委員に選抜されてからの三週間が駆け巡る。

 怒りに震える瀬戸、殺気を放つ瀬戸、懸命に準備をする瀬戸、そしてさっきの小さく手を振った瀬戸。


 色んな想いが交差し、俺は一つの決断をした。

 これはもしかしたら組織に背を向けることになるかもしれない。だが、それでもいい。


――俺は、組織の掟よりも友情を選ぶ。




「――俺は」

「――私は」


 同時に口を開く二人。少々驚いたが、これからしゃべることはお互いに理解していたので、あえてその先も同時に口にする。


「――白神会の、退魔士だ……?」

「――白神会に、入ってるの……?」


 二人とも最後が疑問系なのは、相手の言葉を聞いたからだ。


「「……白神会?」」


 揃えて口にした後、不覚にも声を上げて笑ってしまった。


「……は、はははははは、なんだ、白神会だったのか!」

「ふふふ、もう、何も警戒とかしなくてよかったじゃない!」


 瀬戸も俺につられたのか、手を振りながら笑っていた。ホント、なにも考えることなどなかったのか。先ほどまでの緊張感など微塵も残ってない。まぁそれもそうだろう、お互い同じ組織に所属していたのに敵かもしれないと毎日神経をすり減らしていたのだ。笑い話にしかならない。人気のない廊下に笑い声が木霊していた。

 短い期間だが色々考えた上で決断した結果、それは最上のものとなって表れた。


「まったく、この三週間はなんだったんだ」

「ホントそうね。ふふふ、まだ笑いが止まらないわ。……あ、でも何処の支部の所属なの? 私は福島支部なんだけど、この辺にはうちくらいしかないわよ?」

「ああ、まだ正式に入ったわけじゃないんだ。来年の春から入ることになってるから。今は両親が福島支部に行って手続きしてるはずだよ。俺は留守番で待機中」


 首を傾げる瀬戸に簡単な説明をする。ふと思ったのだが、きっと自分だったらこんな大雑把で証拠のない説明では納得しない。


「あ、そうなんだ。じゃあ来年から一緒ね。さっきも言ったけどこの辺、福島支部しかないから」


 なのに、何故あっさり、しかもこんなに嬉しそうに納得してしまうのだろうか。釣られて頬が緩むのがわかる。まぁ、それは仕方のないことなのだろう。だって、本当に凄く喜んでいるのだから。


「そっか、この辺にはそこしかないのか。山一つ越えるけど、いちいち通ってるのか?」


 照れ隠しに疑問を投げかける。

 ここから福島市までは結構な距離がある。通うには中々辛いだろう。


「まさか。山一つっていうか山脈じゃない。定期的に集まるだけでそう頻繁に通ってはいないわ。有事の際に集まる場所って言う意味じゃ、他に会津若松・白河・須賀川にも拠点はあるけどね。事件の起こった地域に合わせて拠点を変えるってやり方ね」


 微笑みながら饒舌に解説してくれる。疑惑は晴れ、新たな仲間を迎えることになった喜びからだろう。聞いてないことまで丁寧に教えてくれる。ありがたいことだ。まだ何もしていないが、自分に対する信頼が見え隠れしている。悪い気はしない。

 だから、一つこっちも教えることにする。彼女はきっと完全に忘れてしまっているようだから。


「――で、悪いんだけどいいかな」

「え、何? わからないことあった?」


 わからないこと、ではなく瀬戸がわかってないことだ。本当に忘れているらしい。軽い頭痛が襲うが、それを何とか退けて言葉を続けた。


「なぁ、学校に結界を張ったヤツを探さなくていいのか?」

「……え? ――ああ!?」


 再度大きな声が、今度はフロア全体に響き渡る。信じがたいことに、本当に、紛れもなく、正真正銘忘れてしまっていたらしい。ここまで天然だとはかなり予想外だ。最初に見かけたときの印象なんて当てにならない。

 まぁ今のボケは張っていた気が切れたせいだろう。いつもいつもこうなのだとしたら、もうこれ以降フォローなど出来ないが。


「はぁ……」

「そ、そんな深いため息吐かなくたっていいでしょ!?」


 恥ずかしさでいっぱいなのか、顔は完全に赤面になっている。


「で、そんな大きな声を出すと、俺らの居場所を教えてやってるもんだということは気づいているか?」

「あ……」

「……はぁ」


 何度ため息を吐いたか、そろそろ数えることが難しくなってきた気がする。これから先さらに何回ため息を吐くことになるかを考えると、軽く頭痛がしてくるのは気のせいではないはずだ。


「じゃ、じゃあ気を取り直して校内の探索をしましょうか」

「……わかった」


 色々とツッコミたいのは山々だが、本人が誤魔化そうとしているのをわざわざ茶化すほど俺は意地が悪くない。それに一刻も早くこの場を移動したほうが良いのは確かだった。

 今俺たち二人がいるのは三階の廊下。三階に三年、四階に二年、五階に一年、二階には職員室と特別教室、一階は保健室や特別教室がある。

 校舎には三つの階段があり、東階段、中央階段、西階段と呼ばれている。現在位置は西階段と中央階段の間の廊下。ちなみに東階段と中央階段の間も同じように教室が立ち並んでいる。


「それじゃあ……まずは中央階段に行きましょう」

「異議なし」


 右手に教室、左手に校庭の見える窓を――

 そこで気がつく。念には念を入れるべきだろう。


「ちょっと」

「ん、何?」


 首を傾げる瀬戸の肩を押さえ、窓の外を気にしながら教室側の壁に寄せる。


「いや、一応な。外からの狙撃の可能性もあるから無闇に窓に近づかないほうがいい」

「あ……なるほど」


 心底感心したように納得する。

 自分自身実戦経験が多いほうではないが、青森にいたときに行った森の中での訓練で、出来るだけ死角を消すこと、そして自分の身体を晒さないことは十分に身についている。今回は余りに不用意に動こうとした瀬戸に危機感を感じて、このような忠告じみたことになってしまった。


「……あんまり実戦とかしたことないのか?」

「ううん、それなりにあると自分では思ってるけど……ただ」

「ただ?」

「今まで経験してきたのは、ほとんど山の中とか草原とかで建物の中で戦うってことはしたことないの……」

「なるほど……」


 自然の中での戦闘、特に草木の生い茂る山中ではある程度周囲の樹木が盾になってくれる。草原では遮るものがほとんどないので、警戒心も自然に高くなる。何処から狙われているかわからないからだ。

 しかし、こういった建物の中では森林や草原とは決定的に違う箇所がある。それは『高さ』だ。森林では枝葉が頭上を守り、草原ではよほど遠距離からではない限り攻撃はない。

 だが建造物の中、街での戦闘はまったく違う。

 外ではどんなに身を隠しても死角は生まれる。建物を背にしたところで、その建物の屋上から垂直に狙われる可能性、すぐ横にある窓から飛び出てくる可能性。それは常に付きまとい、消えることはない。

 そして今現在俺たちが直面している、建物の中での戦闘の注意点。

 それは、下からの攻撃だ。

 窓の外からもそうだが、階段が一番厄介な場所だったりする。覗き込んだ瞬間にバッサリ、という可能性がある。

 あとは、生憎自分は経験したことはないがこの廊下の真下、つまり階下のフロアからの攻撃。床をぶち抜いて攻撃してくるというとんでもないことをするやつもいるらしい。確かにトップクラスの『力』を持っているなら不可能なことではないのだが。


「まぁそれなら仕方ない。いつもより慎重に進むことにしよう」

「うん、わかったわ」


 緊張した面持ちで頷く。これなら大きなミスもしないだろう、きっと。

 俺は学ランのボタンを外しながら、慎重に中央階段を目指して歩き出す。ボタンを外したのは咄嗟の事態に対処するための準備。つまりは臨戦態勢ということだ。

 足音を消し、ゆっくりと進む。まず間違いなくこのフロア、三階には誰もいない。少なくとも一般人は。あれだけ大きな声を聞いたら教室から出てくるだろう。

 可能性としてはこの結界を張った犯人が潜伏していることもあるだろうが、どれだけ気配を探ってもそれらしき気配はない。


「……?」

「あれ?」


 中央階段まであと数歩という場所で、こっこっこっと一定のリズムが階下から聞こえてくる。このリズムと音の軽さから言うと――


「足音……?」

「誰か来るぞ」


 言うと同時に後ろに跳び、間合いを取る。ワンテンポ遅れて瀬戸が同じように後ろへ下がり重心を落として戦闘体制に入った。

 自分も懐に右手を入れ、いつでも取り出せるように中央階段に続く廊下を凝視する。

 音はリズムを崩すことなく近づいてくる。それと同時に二人の緊張も高まってきていた。


 そして。


「……――!」


 何の警戒もないままに、その男は階段から姿を現した――


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