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夜天に星は煌めいて・外伝  作者: 榎元亮哉
~符術士の系譜~
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~符術士の系譜~ 一話

 俺の産まれた家は普通じゃなかった。

 でもそんなことに気づいたのは物心がついて随分経ってからのこと。それまでは自分は「普通」なんだと思っていた――


 名は高坂こうさかはじめ、ぼさっとしたちょっと茶色がかった髪。出身地は青森。だが今現在は福島県東部のある公立中学に通っている。

 理由はいたって簡単。引越しをしたからなのだが、その引越しの理由は一筋縄ではいかない。とても気軽に友人に話せるようなものではなかった。

 実は、うちの家は代々『退魔士』というのをやっている。この現代社会では俄かには信じがたいが、残念ながら事実だ。父親も祖父も先祖も、そして自分もそうなのが証明している。

 そして代々住んでいた青森を総括していたのが『霊媒師同盟』と呼ばれるイタコたちが大きな勢力を持つ組織。

 霊媒師という人種が嫌いだった祖父や父親も含め、代々組織に入らず独立勢力として細々と暮らしていたが、先年祖父が亡くなってから次第に圧力がかかるようになってきた。このままでは取り潰されると判断した父親は、代々守ってきた青森の土地を捨ててこの福島にやってきたのだ。

 もちろん福島にも組織がある。日本の中央部を治める『白神会』だ。

 そして俺は父親ともども白神会の一員になることで福島に住むことを許されたのだ。だが厳密に言うと、まだ自分は組織には入っていない。来年の四月からの予定になっている。それまでは自由の身というわけだ。中学生活最後の一年は慣れない土地でのこととなったが、何のトラブルもなく過ごしたいものだ。


 しかし引っ越しして一ヶ月の五月、いきなりその願いは打ち砕かれる。







 ようやく慣れ始めた住居、地域、学校、教室。

 ホームルームが終わり、生徒たちはそれぞれ放課後を満喫するために教室を出たり、街に繰り出したりする相談をしていた。

 制服である学ランを椅子から外してようやく慣れた手つきで袖を通し、いつものように一人でさっさと帰り支度をする。

 転校して一ヶ月経ったが、友人と言えるような人物はいない。自分から避けてきた結果だ。もちろん話を振られれば答えるし、愛想笑いもする。だが深いところまでは決して踏み込ませない、そんな距離感をどのクラスメートにもとったからだ。

 その結果、知り合い以上友人未満の人々を作ることに成功した。何でそんなことをするかというと、それは自分が『退魔士』であることを隠さなければならないからだ。

 以前住んでいた場所ではそこまで神経質に隠そうとはしていなかったが、白神会の規則により、バレた場合にはそれ相応の処置がなされるのを知らされていた。

 もし知り合いなどにバレて何らかの『処置』をされるようなことになったら本末転倒だ。何故なら自分はこういった人たちを守りたいと思ってこの力を持っているのだから。

 ゴールデン・ウィークが終わったばかりなせいか、そこかしこで連休中に行った場所の話をしているクラスメートたちを尻目に教室を出た。

 彼らの話に興味はないし、わざわざ割り込んでいって『俺はこの連休中ずっと山で滝に打たれていたんだ』なんて言っても場をしらけさせるだけだろう。信じて貰えるとも思っていないが。

 ちなみに滝に打たれるのが趣味なわけではない。いわゆる修行の一環だ。

 まだ組織に入ってはいないのでやらなければならないということはないが、修行・訓練はやっておくにこしたことはない。いつ何が起こるかわからないのが世の中だ。


 階段を下り、一階の廊下を歩く。

 今日の予定は勿論訓練と勉強。

 まぁ勉強といっても学校のではなく、退魔士として生き残るための勉強だ。無事に白神会の領地まで来れたとはいえ、もしかしたら霊媒師同盟の追っ手が放たれている可能性もある。あのときやっておけばよかったなど思いたくない。その時失うのは一つしかない自分の命なのだから。



「――さて、今日も気合入れて生きようか」










 自分にとって学校とは体裁を保つ以外の何物でもない。

 これから進む進路にはそんなもの全くと言っていいほど必要ない。一応義務教育程度の一般教養は身につけたほうがいいと思ったので、中学まではちゃんと通うことにしていた。来年から高校に行くかどうかはまだわからない。白神会の方針次第で最終学歴が中卒になるのも、個人的には別にどうでもいいことだった。

 日々は単調ながらも過ぎていく。その中で自分には何が出来るのだろうか。

 自問自答しながら日々を送る。

 勿論明確な答えは出ないが、今のところ自分の中では折り合いがついている。

 明確な答えなんていうものがあるのなら、これから生きていく先で見つかるだろう。そう思うと今考えることが時間の無駄に思えてしまう。というかそう思ったので、きっとあるだろう未来に丸投げしてある。自分の人生だ、これくらいの融通はきっとつくだろう。


 これまでの一ヶ月、ほぼ毎日通っている教室から昇降口に至る道筋。

 ベージュ一色に染められた壁に囲われた階段を下り、一階の廊下を歩く。所々開けられた窓から爽やかな風が吹いてきていた。放課後になってすぐのせいか、多くの生徒たちとすれ違う。


「――?」


 違和感。いつもの場所に異物が混ざっているかのような、違和感。

 何かがおかしい。眉を顰めるが思い当たることはない。

 ふと、違和感が急に強くなった。そしてまた急激に弱くなり、感じられなくなっていく。まるで――何かが通り過ぎたように。


「……まさか、な」


 それとなく背後を警戒しながら昇降口へと辿り着く。小さなため息を吐き、後ろに振り向いた。しかし怪しそうな人物はいない。どの生徒もようやくもたらされた安息の時間を満喫しようとしている。例えばこっちを凝視しているような生徒は――教師も含めて――いなかった。



 ぞくり。



 空を眺めた瞬間鳥肌が立ち、反射的に振り向いてしまった。

 何か、『力』を持ったモノが近くにいる――


 ――振り向いてから失敗したと痛感した。

 唐突に後ろに振り向いたことで周りの生徒たちから奇妙な目で見られてしまったのだ。そして――

 その視線の中に睨むような、射るような、力強さを持った視線があった。

 視線の主は慌てて逸らそうとするが、もう遅い。

 前を向いて足早に立ち去ることにした。

 こんな大勢のいる前ではなにもできないし、今はこれからの対処を落ち着いて考えなければならない。

 一瞬でも早くこの場所から、あの人物から逃げ出さなければ。

 強烈なプレッシャーを背に受け、俺は学校から逃げ出した。









 駅前まで歩き、近くにあった自販機でお茶を買う。後ろを伺うが、どうやら付いてきてはいないようだ。額と手にかいた汗がじっとりと滲んで気持ち悪い。一息つこうと駅前公園に足を向けた。


 ちょうど良く空いていた手近のベンチに座り、思考する。

 視線の主は女の子。しかも同じ学校の生徒ときたものだ。本気で驚いて思わず凝視してしまったが、それゆえに真実だ。思い出せば、今まで何回か学校で見かけたことがある。


 ――彼女は何者か。


 同じ学校の生徒、クラスは違う。名前は知らない。

 あの視線から推測するに、訓練を受けた退魔士だろう。まったくの素人なら睨んでくることもないだろうし、むしろ仲間を見つけた喜びから好意的に話しかけてくるだろう。特に自分くらいの年齢だと、選ばれたなどと勘違いしたりする傾向が強い。その優越感は他の子を見下すことに繋がり、故に孤立していく。だからこそ自分と同じ『力』を持つものには積極的にアプローチしてくるだろう。決してあんなふうに、いきなり敵意を向けてくることはないはずだ。


 ――退魔士ならば何処の組織に所属しているのか。


 福島は白神会の影響力が強いが、北の境界ということもあって霊媒師同盟の可能性も捨てきれない。それに地元の独立勢力ということもありえる。

 直接聞くのが一番手っ取り早いが、もし霊媒師同盟だったら目も当てられない。これがきっかけで全面戦争になるかもしれないのだ。さすがにそんな度胸はない。それに出来れば人間同士で争いたくはないとも思う。敵は悪霊や魔物だけで十分だ。


「……まったく、なんでこんなことになるのかな……」


 何より平和を求めて異郷の地へ来たというのに、まさかいきなりこんなことに出くわすとは。俺を見守っている神様とやらはかなりの皮肉屋らしい。

 微かに汗ばんだ掌を太陽に翳す。目を閉じ、深呼吸。


 それで今後の方針が決まった。











 ――様子見。











 現在まだ自分は正式に「白神会」に所属しているわけではない。所属しているのは父親であって自分ではない。所属していたなら遭遇した「正体不明の退魔士と思われる人物」の調査をしなければならないだろうが、幸か不幸かまだ組織に入ってはいない状況だ。ならば積極的に動かなくてもお咎めはないだろう。黙っていればバレないだろうし。

 正直騒動は起こしたくない。きっと向こうも同じだろう。いや、そうだと思いたい。誰が好き好んでトラブルを起こしたいか。あの女生徒が周囲を気にする、自制心溢れる人物だと期待したい。


「――じゃあ、高坂。体育祭委員、頼んだぞ」


 そんなことをつらつらと思い耽っていたら突然名前を呼ばれる。

 そして言葉と共に教室を去る担任。安堵感の広がる教室に、自分だけが明らかに場違いだった。


「何が、どうなった……?」

「あー、ホントサンキュな。クラス委員だけで手一杯だったんだ。助かったよ」


 目の前に来て礼を言うのはうちのクラスの委員長。転校してきたときに随分と世話になったことを忘れてはいない。その彼がわざわざ自分の席まで来て御礼を言う。そこまで聞いて遅まきながら理解した。


「……体育祭委員?」

「ああ。うちのクラス人数少なくて。だから学級委員長が兼任してたんだ。いや、ホント助かるよ。本番は学級委員長の仕事も多いし。早速今日の放課後会議があるからよろしく――っと、もう授業か。じゃあ頼んだよ」

「…………」


 どんな展開でこうなったかはわからないが、話を聞かずに考え事をしていた俺が悪いのだろう。話を聞いていても回避できていた可能性は低いとわかってはいるけども。


「……はぁ」


 ガラじゃないっていうのに。

 なんでこう色々と大変なときに面倒事はやってくるのだろうか。窓の外を眺めてため息をついても、答えは見つからなかった。











 自分は今大きな渦の中に巻き込まれているのだろうか。

 流されるままに出席した体育祭委員の定例会議。クラス順に並んだ座席に座ったまま、そんなことを考えていた。

 一通り各クラスの体育祭委員の自己紹介が終わり、委員長と副委員長を上手い具合に回避したのは素晴らしい展開で非の打ち所もない。パーフェクトだ。

 だがしかし、唯一点のみ非常に困惑すべき事態が起こっている。隣の席に座る女生徒がその原因だ。


 瀬戸せとはるか、肩まであるくせっ毛が特徴的な同級生。そして彼女とは、実は初対面ではない。ここまで言えば誰でもわかると思うのだが、あえて言う。彼女こそ昨日俺に貫くような強い視線を送った張本人だ。

 そして彼女からは苛立っているような毛嫌いしているような、厭なオーラが発散されている。勿論俺に向かって。退魔士だからとかそういうのは関係なく感じ取れるレベルで、周囲の引きつった表情を見れば、それが自分だけの杞憂ではないことは明白だ。かくいう自分自身も戦々恐々としている。

 元々こちらには争う意思はない。少なくとも現状では。


 一刻も早く会議が終わって欲しい。その願いがようやく叶えられそうな展開になってきた。委員長が今回決まったことを纏めだしたのはその証拠だろう。


「――それでは本日はこのくらいで。来週の委員会までに大道具の材料集め、各クラスの出場選手決めをお願いします。あと、これから体育祭委員の仕事をするときは隣のクラスの生徒と二人で必ず行動するようにしてください。一組と二組、三組と四組といった感じで。……それではお疲れ様でした」

「……お疲れ様でした」


 本当にお疲れ様でした。特に俺。それにしても、二人一組? 俺は三組、じゃあ四組はというと――思考停止。したいところだが、既に答えは出ている。


「……一応、よろしく」

「……こちらこそ」


 瀬戸は苦虫を噛み潰したような、何とも言えない表情でいうと、そのまま会議室から出て行ってしまった。色々と不満はあるようだが、とりあえずは委員長の指示に従うことにしたらしい。

 感情を抑え学校の行事を優先する。どうやらそこまで周囲が見えていないわけではなさそうで一安心だ。


 それでも。


 この先上手くいくなんて、楽観的なことは考えられないわけで。

 嵐の前の静けさ、波乱の前触れ。

 どうやら俺を監視している神様とやらは、実に波乱万丈がお好きなようだ。


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