第九話:はじめての体育の授業。
4時間目の授業は体育の授業だった。歩は、章子に命じられたように、保健室で着替えていた。
保健室には、歩のほかには誰もいなかった。
歩は、男の子にしては線が細いので、女子用の体操着を着ても違和感がほとんどなかった。
「歩ちゃん。準備が出来たかしら」
歩が着替え終わるのを見計らったかのように、恭子と志保が、保健室に入ってきた。
「滝沢さんに山口さん。ちょうど、着替え終わったところです」
「今日の体育は、グランドだから、はやくいこう」恭子がいった。
「わたし、歩ちゃんにちょっと話しがあるから。恭子さんは、先にいっててくださるかしら」志保は恭子にいった。
「どうしたの。まさか、歩ちゃんに、愛の告白とか……」恭子は冗談をいうと、志保は笑いながら「ちがうわよ」といった。
「冗談はさておき、わたしは先にいくから」そういって、恭子は保健室からでていった。志保はドアをあけて、恭子がいないのを確認した。
「どうしたの、山口さん。まさか……」
「恭子の冗談を真に受けてはダメよ。じつはね、柴咲くんが、歩ちゃんに“ゴメン”とわたしに伝えとくようにいっていたから」
「鉄也が、わたしに、そういったの……」
「そうよ歩ちゃん。でも、わたし、柴咲くんがあんなに男らしいとは思わなかったわ」
「そうでしょう。鉄也って男らしくてカッコイイいでしょ」歩は、自分のことのように鉄也の事をいった。
「どうしたの歩ちゃん。柴咲くんのことが好きなの」志保はいったが、歩は否定した。
「ち、ちがうわよ、山口さん。そうじゃなくて、鉄也は、頼りがいがあって、わたしにとって兄のような存在みたいだから……」
「へぇー、そうなんだぁ……」志保は、そういって黙り込んだ。
「どうしたの、山口さん」
「ううん、なんでもないから。とにかく歩ちゃん、恭子さんがグランドでまっているから、はやくいきましょ」そういって、志保は歩の手をつないで保健室を出た。
鉄也は、歩を弟のように思っていた。歩も、鉄也を兄のように慕っていた。
それを聞いた志保は、ある考えを思い付いたのであった……。
歩と志保がグランドにつくと同時に、4時間目の授業がはじまるチャイムがなった。
歩の中学では、体育のときは、二つのクラスがいっしょになって授業を受けるのだが、男子と女子は別々だった。歩のクラスは三組なので、四組のクラスと体育の授業がいっしょだった。
「こっちよ、志保」恭子は志保を呼んだ。「おそかったわね、二人とも。やっぱり、愛の告白とか……」
「恭子さん、ちがうわよ。ちょっと、歩ちゃんに用が……」
「ストップ。志保、歩ちゃんと呼んでいいのは、わたしたち二人だけのときだけだから。みんなの前では桜坂さんと呼びましょ」と恭子が志保に注意した。「それで、本当は、いったいなんだったの」
「それはね……」志保は、恭子の耳元で、歩に聞こえないようにいった。
「……なのよ」志保が恭子になにをいったか、歩にはわからなかった。
志保にそのことを聞いた恭子は、「それだったら……で、……はどうかしら」今度は、恭子が志保の耳元でなにかいった。
歩は、二人になにかいおうとしたが、ちょうど体育の大谷彩花先生がきたので、いいだせなかった。
「授業をはじめる前に、みなさん、とくに四組のクラスに、紹介したい子がいます。えーと、桜坂歩はどこかしら」彩花にいわれた歩は、手をあげた。彩花は、歩を前にくるようにいったので、歩は彩花のところへきた。
「四組の女子は知らないからいうけど、わたしの前にたっている桜坂歩は、男の子です」 彩花はいうと、四組の女子は驚いた声をだして騒ぎだした。
「あの子、男の子なの」
「しんじられな〜い」
「ちょっと静かに。この桜坂歩は、職員室である事をしたので、罰として今日から女の子になりました。四組のあなたたちも、三組に見習って、桜坂歩を女の子のように扱うこと。わかりましたか」四組の女子は返事をした。
「では、桜坂歩くん、女の子だから桜坂歩さんだね。みんなの前でアイサツをしてから、授業をはじめるから、桜坂さん、なにかいいなさい」
「オレ、わたしは、……今日から女の子として授業を受けることになった、桜坂歩です。だからみなさん、わたしのことを女の子として見てください。……よろしくお願いします」
「はい、よく出来ました。と、いいたいところですけど、桜坂さん、“オレ”と男の子みたいにいいましたね。このことは担任の今井先生にいいますので、あなたたちも、今みたいに桜坂さんが男の子のような事をしたら、ちゃんと注意すること。では授業をはじめます」
歩の紹介が終わり、体育の授業がはじまった。
体育の授業は、男子と女子とは、全然ちがっていたので、歩はどうしたらいいかわからなかった。
歩が男の子だったころの体育の授業は、全員がいっしょに準備運動をして、そのあと、グランドを一周してからサッカーやバスケットなどのスポーツをするのだが、女子の体育は、グループごとにわかれて、準備運動をしていた。なので、歩はどのグループにはいっていいのかわからなかった。
「桜坂さん、こっちにおいでよ」歩が呼ばれた声に振り向くと、恭子が手招きをしていた。歩は、恭子たちのグループにはいることにした。
だが歩は、今日の体育の授業がなにをするのか、まったく知らなかった……。