第八話:はじめての女子トイレ。
志保のアイデアはこうだった。「それはね、女言葉で考えるのよ。そうすれば、歩ちゃんは乱暴な言葉を使わないようになるわ」
「それは、いいアイデアだわ。歩ちゃん、そうしなさいよ」恭子はいった。
「でも、そんなことできるのかなぁ」
「大丈夫ですわ。歩ちゃんならできますわ」志保はいった。「だって、ほら、歩ちゃんは足を閉じているでしょ」
「だって、クラスの女の子たちは、足を閉じているから。そうしたほうが、女の子らしく見えるかなぁ、と思って……」歩は照れながらいった。
「そうよねぇ。そういった仕種が歩ちゃんを女の子になるのよ」志保はいった。
「でも、油断すると、足を広げてしまうから。女の子になるのは難しい……わ」
「いま、歩ちゃん、女の子みたいにしゃべったわ」恭子はうれしそうにいった。
「その調子よ、歩ちゃん。でも、まだはじまったばかりだからね」
「はい、滝沢さんに山口さん」歩は素直にいった。
二時間目の授業の終わりのチャイムが鳴って、歩はそわそわしだしだした。
「どうしたの、歩ちゃん」
「滝沢さん。あのぅ、トイレに……、いきたいのですけど……」
「ナァンダ、そんなことなの。じゃあ、志保もいっしょにいこう」
「わたし、ちょっといくところがあるので、二人ともゴメンね」志保はあやまった。
「歩ちゃん、わたしといっしょにいこうか」恭子は、歩の手をつないでトイレにいった。
歩たちは、章子にいわれたたとおりに一階の来客用の女子トイレに着いた。このトイレは、学校の生徒は使用を禁じられているが、章子が歩があんなことをした罰のために、学校側に頼みこんで、トイレを使っていいと、学校側から許可がでたのだった。だから、歩はもう来客用のトイレしか使えないのだった。
「歩ちゃん、はやく中に入ろう」恭子はいった。
「……うん」歩は、はじめて女子トイレにはいった。歩は、はじめて女子トイレにはいるので、ムネがドキドキするのを感じた。
歩は、昨日まで男の子だったので、当たり前だが女子トイレにはいったことがない。だが、今日から女の子になったから、女子トイレを使わなければならないのだった。
「さすがに来客用のトイレだけあって、キレイだわ……。これから歩ちゃんは、ここを使うから、うらやましいわぁ」
「でも、女子のトイレなんか一度もつかったことがないから。恭子さん、どうしたらいいか、わたし、わからないわ」
「そんなに気にすることないわ。男の子は立ってするけど、わたしたち女の子は座ってするだけよ。歩ちゃん、はやくしないと、次の授業がはじまっちゃうよ」
恭子にせかされて、歩は女子トイレの中にはいった。歩は便器に座ると、少しずつ女の子になっていくのがわかってきた。
女の子の制服を着て、女の子のような言葉遣い、そして今は、女の子みたいにトイレを座ってするという、今まで考えたことがないことが、歩に起こっているのだった。
「どうだった、歩ちゃん。女の子みたいにするのは、カンタンでしょ」恭子はいった。
「でも、女の子はいつも座ってするなんて、女の子はタイヘンね」
「でも、歩ちゃんは女の子になったばかりだから、そのうち慣れるわ」恭子はいった。
歩と恭子がトイレにいっているころ。志保は、鉄也に呼ばれていた。
「どうしたの柴咲くん。わたしになにかいいたいことがあるの」
「山口、じつは、歩のことなんだけど……」
「桜坂さんがどうかしたのかしら」
「オレが、“ゴメン”と歩にいってくれ」
「わかったわ。それだけ」
「あと、それと……」鉄也は、すこし、照れながらいった。「かわいいよ、と……」
「柴咲くん。今、なんていったの」志保は聞きかえした。「あなた、歩ちゃんをそんなふうに見ていたの」志保は興奮のあまり、おもわず“歩ちゃん”といってしまった。
「いや、その、なんというか……。って、おい山口、歩ちゃんて」鉄也も、おもわず聞きかえした。
「だから……、ほら、そういったほうが、かわいいでしょ……」
志保は、鉄也に言い訳をした。
志保の動揺を見て、鉄也はいった。
「山口も、オレと同じ考えだな」
「柴咲くん、どういうことなの」志保は、鉄也に聞いた。
「山口も、歩のことがかわいいから、桜坂さんといわないで“歩ちゃん”と呼んだのだろう」
「それはそうだけど、じゃあ、柴咲くんは、歩ちゃんのことをどう思うの」
「オレも、歩のことをかわいいと思うよ。でも、それは、年下の弟みたいな感じだったからな」鉄也がいった。
鉄也は一人っ子なので、すこしたよりない歩を見たとき、鉄也は歩のことを弟みたいに感じたのだった。だから鉄也は、歩にあんな事をさせて、心が痛いのであった。
「柴咲くんも反省したことだし、あとで歩ちゃんにいってあげるから」
「たのんだぞ、山口」鉄也はいった。
そして、鉄也は、歩のことを弟ではなく、妹として可愛がるとは、鉄也自身も想像をしなかったのであった……。
二人の関係が、恋愛感情に走ることはありません。兄弟愛みたいな関係だと思ってください。評価/感想をお願いします。