第四話:鏡の中の女の子。
歩のからだは、脱毛テープで真っ赤になっていた。歩の顔は、今にも泣きそうな顔をしていた。
「ちょっとばかし、やり過ぎたかしら」
「そんな事ないですわ恭子さん。歩ちゃんには、これくらいがちょうどいいくらいだわ。じゃあ次は、この下着に着替えてね」
志保は、歩が選んだ袋から下着をだした。
歩は、その中身を見て、ちょっとイヤな顔をした。それは、ピンク色した水玉模様のブラジャーとショーツのセットだった。
「はやく、歩ちゃん、はやく着替えて」
恭子がそれを見て、興奮した声でいった。
「でも、これ、どうやって着るの」
歩は、ブラジャーを手にとって、困惑していた。
恭子と志保は、歩の困った顔を見た。そして、二人は奥のほうに行き、歩に聞こえないように、小声でなにか相談をしていた。歩は、二人がなにをいっているのか聞こえなかっが、二人に、今度はなにをされるのか不安でいっぱいであった。
相談を終わった二人は、歩のところへ近づいた。恭子が、ブラジャーを手に歩のところへ来て歩にいった。
「歩ちゃん、わたしたちの目の前でブラジャーとショーツを付けて」
「イヤがってもダメだからね。だって、歩ちゃんはわたしと恭子さんのいうことは絶対に聞かなくてはいけないのだから」
「そう、わたしたちに逆らうというのは、先生に逆らうということだから。わたしや志保には関係ないけど、歩ちゃんは後でどうなるか、わかっているわね」
「……わかったよ」と歩はいった。
歩は、ブラジャーとショーツをつけるのに悪戦苦闘をした。
その様子を見て、恭子と志保は、はじめてブラジャーとショーツをつけたコトを思い出た。
「歩ちゃん、付け終わったら、そこにある体重計に掛けてある大きな鏡を見てごらん」恭子にいわれて、歩は鏡の前に立った。
鏡の中にいるのは、歩と同じ顔をした女の子が立っていた。
普通だったら、中学生の男の子が、女の子のブラジャーやショーツをつけていたら、それはおかしな恰好だろう。
だが、歩の体つきは、他の男の子みたいな男らしい体をしておらず、ブラジャーとショーツをつけたら、歩は、まるで思春期前の少女のようであった。
「……こ、これが、……わたし、なの……」
歩は、おもわず女言葉でしゃべった。
「どう、歩ちゃん。女の子になった気分は」恭子が鏡をのぞき見た。
「なんか……、すごく変な感じがする……」
「そうよね。だって、こんなに女の子の下着が似合う男の子なんて、そういないわ」
「そんな、滝沢さん……」
「これから、歩ちゃんを、もっともっと女の子にしてあげるから」
「そうよ。だから歩ちゃんに、わたしと恭子さんが女の子の素晴らしさを教えてあげるから」
「……うん」
歩は、おもわず返事をしてしまった。歩は、制服に着替えた。歩が制服に着替えるのを見て、志保は考え込んだ。
「どうしたの」恭子は、考え込む志保を見て、志保にたずねた。「なにか、問題でもあるの」
「恭子さんは、歩ちゃんを見てどう思います」
「わたしの見たかぎり、歩ちゃんは女の子をしてるけど……」
「やはり、恭子さんも、なにかひっかかるのね」
「エッ、志保も、そう思うの」
「ええ。歩ちゃんの制服は女の子の制服を着ているでしょう。それから、ウイッグは女の子の髪にしているわ」
「それに、下着もわたしたちと同じ、ブラジャーとショーツをしているのよ。だけど……」
「それは顔よ」
その声は、保健室のドアが開くと同時に聞こえた。
保健室に入って来たのは、歩や恭子や志保の担任の先生である今井章子だった。
「桜坂くんの顔は、まだ男の子のままだわ」章子はいった。
「そうだわ。歩ちゃんの顔よ」
「二人とも、顔がどうしたの」恭子は聞いた。
「恭子さん。桜坂くんの顔をよーく見て」
章子にいわれて、恭子は歩の顔を見た。でも、恭子にはわからなかった。
「わかんないよ。先生」
「ヒントは、顔のある部分よ」
章子に、ヒントを教えてもらった恭子は、やっと答えがわかった。
「眉よ。歩ちゃんのマユゲがまだ男の子のままだわ」
「そうよ、滝沢さん。桜坂くんの眉は、女の子の眉でないでしょう」そういうと章子は、手に眉ぞり用の剃刀をもって歩に近寄った。
「先生、わたしに、いったいなにをするのですか」歩は、章子がなにをするのかわからなかった。
「桜坂くん。顔を動かしたら、眉がおかしくなるからじっとしているのよ」章子はいった。
歩は、おとなしく章子のいうことを聞いた。章子は歩の眉を整えると、恭子と志保に、こっちに来るようにいった。
「滝沢さんに石川さん。これで桜坂くんの顔は、どう見えるかしら」
恭子と志保は、歩の顔を見た。歩の顔は、より女の子の顔になっていた。
「先生スゴイ。眉をいじっただけで、歩ちゃんの顔がこんなになるなんて」恭子はいった。
「そうでしょ。わたしも、桜坂くんが、こんなにかわいい女の子になるとは思わなかったわ」
「でも先生、歩ちゃんのことを、桜坂くんなんて男の子みたいな呼びかたは、いけないと思うのですけど……」
「たしかに、石川さんのいうとおりね。先生も、桜坂さん、いや、歩ちゃんと呼ぼうかしら。いいわね、歩ちゃん」
歩は、ちいさく、
「……はい」と章子に返事をした。
だが、歩はまだ知らなかった。
歩は章子におもわず、
「はい」と返事をしたために、歩はもう二度と、男の子にもどれなくなるのであった……。