第二十六話:君子のいたずら。
恭子の家の前についた歩と志保。志保は歩の耳もとでささやいた。
「恭子さんにいわなければいけないの」
「わかったわね歩ちゃん」
志保は恭子の玄関のベルを鳴らした。しばらくすると玄関のドアがあき、中から恭子がでてきた。
「志保に歩ちゃん、いらっしゃい」
「歩ちゃん。いまいったことを、はやくいうのよ」志保にせかされた歩。
「恭子お姉さん。歩を招待してくれて、ありがとうございます。休みのあいだ、歩は、恭子お姉さんと志保お姉さんの、素直でかわいい妹になりますので、歩を妹らしく躾てください」すこしどもりながら、恭子にアイサツした歩。
「わたしはひとりっ子だから、歩ちゃんみたいな妹ができてうれしいわ。とりあえず、家にあがってちょうだい」歩と志保は家にあがり、恭子に家のなかを案内してもらった。
「ちょっとせまいけど、ガマンしてね」歩と志保をリビングルームに案内した恭子。
リビングルームにはいる歩と志保。なかにはいった歩はおどろきの声をあげた。リビングルームには、最新の薄型テレビやオーディオ機器が置いていた。歩はそれらに興味をもったのだろうか、恭子になにもいわずにさわろうとした。
「コラ。勝手にさわってはダメでしょ。恭子お姉さんにあやまりなさい」
「恭子、そんなに怒らなくてもいいんじゃないの」
「ダメよ。歩ちゃんは、わたしたちに妹になるよう躾てくださいと自分でいったのよ。もう歩ちゃんの躾ははじまっているのよ。歩ちゃん、はやく恭子お姉さんにあやまりなさい」志保は歩にあやまるよういった。
「恭子お姉さん。ごめんなさい」
「いいのよ。わたしは気にしないから。つぎからはちゃんといってくれればいいから。わかったかな歩ちゃん」しゃがんで歩の背の高さにあわせた恭子は、歩の頭をやさしくなでた。
「恭子お姉さん、ありがとうございます」
「恭子お姉さんにゆるしてもらってよかったわね」
「歩ちゃん、ジュースをもってくるからテレビでもみていてね」恭子は志保の肩をたたいた。
志保が振りむくと、恭子はこっちにきてといった。
恭子はなにも話さないままキッチンにつれてきた。
「志保、あれはやりすぎじゃないの」冷蔵庫から、オレンジジュースを出しながら、志保にさっきのことをいう恭子。
「あれって、歩ちゃんにしたこと」
「そうよ。あれじゃ歩ちゃんがかわいそうよ」
「わたしもちょっとやりすぎたかなぁ。でもこの休みが終われば、歩ちゃんは、わたしたちクラスのかわいい妹になるのでしょ」
「そうだったわね。志保ゴメンね。わたしも、歩ちゃんを妹として接するわ」
そのとき、玄関からチャイムが鳴った。
ふたりが玄関にいくと、恭子の母親の君子が両手にいっぱい買い物かごをもっていた。
「どうしたのお母さん。いったいなに買ってきたの」
「ただいま恭子。あら、志保さんもいたのね」
「君子おばさま、おじゃましています」
「ふたりとも、ちょうどいいところにきたわね。これをキッチンまでもっていってくれる」君子は、買い物かごを恭子に渡した。買い物かごは意外と重かった。
「ねえ母さん。なにを買ってきたの」
「それはナイショ。それはそうと、歩ちゃんはきてるの」
「おばさま、歩ちゃんは、リビングでテレビでも見ているのではないのでしょうか」志保はいった。
「その買い物を、キッチンにもっていってね」君子は恭子にそういうと、歩のいるリビングにむかった。
リビングルームにはいった君子は歩を見た。歩はソファーで横になって居眠りしていた。
歩の寝顔を見た君子は、ほんとは女の子じゃないのと思った。それほど、歩の顔は男っぽさが感じられなかった。
君子は、ちょっとしたイタズラを思いついた。
歩はすこしだけ目を閉じたつもりだった。だが時計を見ると、五時になろうとしていた。歩は夕方まで寝ていたことになる。
「歩ちゃん、ゆっくり眠れたかな」 君子は、寝起きの歩にいった。
「おはようございま……でなくて、もう夕方だから……」
「あわてなくていいのよ歩ちゃん。私は恭子の母で君子というの。よろしくね」
「はじめまして。桜坂歩です。いつも恭子お姉さんにお世話になってます」
「うちの恭子をお姉さんだなんて、歩ちゃんは素直な女の子ね。でも……服のしゅみがイマイチね。ちょっとこっちにきて」
君子が歩にくるようにいうと、歩は君子のあとについていった。
君子がつれてきたのは、鏡台が置いてある部屋で、たぶん君子の寝室だろうか。
「ちょっとまってね」君子は、押し入れのなかでなにかをさがしていた。
「あった、あった。こんなところにあったのね」
君子が押し入れからさがしだしてきたのは収納ワゴンだった。
収納ワゴンをあけた君子。ワゴンからでてきたのは恭子が小学生のときに着ていた服だった。
「これなんか、歩ちゃんに似合うんじゃないかなあ」
「勝手に恭子お姉さんの服を着てもいいのですか」
「遠慮しなくてもいいのよ歩ちゃん。恭子には小さすぎるから着れないし、それにね……」さびしそうにいう君子。
「この服、恭子は一度も袖をとおしたこともないの」
「どうしてなの」
「わたしの好みじゃないと恭子がいったの。歩ちゃんはこの服かわいいよね」
「かわいいですね」
「でしょ。だから歩ちゃん着てみて」 君子は歩の服を脱がそうとした。
「ちょっとおばさま、まってください」あわてる歩。
「歩ちゃんは恥ずかしがり屋さんね。おばさんは部屋からでていくから、着替えおわったらよんでね」
部屋からでていく君子だった。