第十六話:小学生になった歩ちゃん。
歩は恥ずかしかった。
歩の着ている服の姿は、小さな女の子そのものだったからである。本当は中学生の歩だったが、知らない人が歩を見れば小学生に見えるだろう。
歩があまりにもおそく歩くので、いらいらした唯が歩の手をとって歩きだした。
「もう歩ちゃんたら、いったいどうしたの……」
「だって唯お姉ちゃん、この服……」歩ははずかしそうにいった。
「歩ちゃんは不満なの。でもこの服は、歩ちゃんが選んだのでしょ」
「そうだけど……。でも、この服を着てたら、小さい子に見られちゃうよ……」
「だったら、小さい子のように振る舞ったらいいじゃない。そのほうがかわいらしいわよ。さあ歩ちゃん、早くいかないとバスに乗り遅れるわよ」唯はいった。
バス停に着くまで、もし、女の子の服を着た歩をクラスのだれかに見られたらどうしようと歩はドキドキした。歩のおどおどした態度に、唯は歩の頭をやさしくなではじめた。
「落ち着いたかな、歩ちゃん。お姉ちゃんといっしょだから、大丈夫よね」唯はやさしい声でいった。
「ありがとう、唯お姉ちゃん。歩はもう大丈夫だから……だから……」
「だから、どうしたの」
「もうすこしだけ、歩の頭をなでて……」歩は、唯にあまえるようにいった。
「歩ちゃんは、いつからこんな甘えん坊さんになったかしら。バスが来るまでだからね」唯がそういうと、歩はうれしそうに、ウンとうなずいた。
頭をなでられた歩のうっとりとした顔に、唯は歩がこんなに変わるとは信じられなかった。
「バスが来たから、これで終わりね」唯が歩の頭をなでるのをやめると、歩は残念そうな顔をした。
「家に帰ったら、いっぱいかわいがってあげるから。わかった、歩ちゃん」
「ホント、唯お姉ちゃん」歩の顔は明るくなった。
バスがバス停に着くと、唯が先にバスに乗ると、バスの運転手にこういった。
「小学生は、小人料金でいいのですか」
「はい、いいですよ。かわいらしい妹さんですね」
「運転手さん。ありがとうございます。ほら、歩ちゃんも、ありがとうは」
「運転手さん……。ありがとう……ございます」歩ははずかしそうにいった。
日曜日なのに、バスは混んでいたが、ちょうどひとりが座れるスペースが空いていた。
歩は、座席に座ろうとしたが、前におばあさんがいたので歩はおばあさんに席をゆずった。
「ありがとう。お嬢ちゃんはやさしいね。いいお嫁さんになるよ」
「歩ちゃん。ほめられてよかったわね」
「うん……」
「もう、歩ちゃんたらそんな返事をして。おばあさんすいませんね。妹は人見知りが激しくて……」
「あら、私はおしゃべりな女の子は好きじゃないわ。妹さんみたいな、おとなしい女の子が好きよ」
「そうですか。よかったわねぇ、歩ちゃん」
「うん……」おばあさんにほめられた歩は思った。歩のことを、本当は男の子だと知ったら、おばあさんはどう思うだろ……。
「妹さんは、小学何年生なの」おばあさんは、歩のことを小学生だと思い唯に聞いた。
「妹は……、小学六年生です」唯はウソをいった。
「あらそうなの。てっきり小学四年生だと。でも六年生にしては、かわいらしい服を着てるわね」
「そうなんですよ。妹は、六年生にもなるのにこういったかわいらしい服が大好きなんです。ねっ、そうでしょ」
「歩は、かわいい服が……好きなの……」歩ははずかしそうに、小さな声でいった。
中学生の歩だが、おばあさんに小学生とまちがえられて、しかも唯が歩のことを小学六年生とおばあさんにウソをついた。
服も、唯と母親の瞳にかわいらしい服を着せられていたから、歩は小さい女の子のように振る舞わざるえなかった。
「あなたたちは、どこまでいくの。私は終点の駅までだけど……」おばあさんはいった。
「わたしたちも終点です。駅前のデパートで妹の服を買いにいくのです」
「そうなの。妹さんといっしょに買い物なんて、仲がよろしいのね」
「最近なんですけど、妹が女の子らしくなってきたのです」唯はおばあさんにいった。
「じつは妹、男の子みたいな服ばかり着ていて、性格も男の子みたいでしたの。でもわたしと母が、いやがる妹に、女の子らしい服を着せたの。そしたら、女の子の服を気にいってしまいましたの。それに、服が女の子になったから性格も女の子らしくなっていったのです」
「妹さんが、男の子みたいだなんて、信じられないわねぇ」おばあさんは歩を見ていった。
「唯お姉ちゃん……。そんなこといっちゃイヤ……、歩はずかしい……」
「妹さんは、小学六年生なのに自分のことを名前でいうなんて、でもそのほうがお似合いだわ。歩ちゃん、かわいいわねぇ」おばあさんは、歩の頭をなではじめた。
「よかったわねぇ、歩ちゃん。おばあさんに頭をなでてもらって」
「うん……」
おばあさんに頭をなでられた歩を見た他のバスの乗客は、歩のことを、小学生の女の子だと見ていた。