第十一話:昼休みの出来事。
昼休みになって、歩は、恭子と志保といっしょに昼ご飯を食べていた。
「でもおどろいたわー。だって、桜坂さんがあんなに泣くとはおもわなかったから」恭子がいった。
「……だって、あんなに一生懸命走ったのに、簡単に抜かされたから、なんだかくやしくて……」
「泣いている桜坂さんも、かわいいわ」
「そんなこと、ないですよ……」歩は、顔を真っ赤になった。
「でも、桜坂さん、大丈夫なの。だって、体育のときに“オレ”、といったでしょう」志保はいった。
「そうよね。志保のいうように、桜坂さん、また先生に罰をあたえられるんじゃない」
「……どうしよう」歩は恭子のいうように、また罰を受けるのではないかと、急に不安になった。
ちょうどそのころ、彩花は章子に、体育のことを話した。
「……なんだけど、桜坂さんも反省しているし、あまり、しからないでほしいのよ」
「そうなの。でも桜坂さんは、男の子みたいにオレ、といったのでしょ。彩花さんはやさしいのね」
「先輩、そんな……そんなイヤミをいわないでください」
章子と彩花は、先輩と後輩という関係で、本当は彩花のほうが年上だったが、大学の受験に二年も失敗していた。
三年目にして、大学になんとか合格した。そこで大学のサークルに入り、知り合ったのが、彩花より一つ下だが、彩花より先に大学に入り、先輩となった章子と知り合った。章子に、レポートを教えてもらったり、部屋の掃除をしてくれたり、といったことを彩花は世話になっていた。
なので彩花は、自分より年下の章子を尊敬の目で見ていた。だから、自然と章子先輩というようになった。
「私には私の考えがあるから。彩花は心配いらないから」章子は彩花にいった。
「先輩、わかりました。でも、桜坂さんは、いったいなぜあんなことをしたのでしょうね」
「さあ、それは、桜坂さんに聞かなくてはわからないわね」章子も、歩が、なぜあんなことをしたのか、理解できなかった。ひとついえることは、歩のほかにも共犯者がいるのだが、なぜ歩が、共犯者のことををしゃべらないのか、ということであった。
もうすぐ昼休みも終わろうとするころ、歩は、5時間目の音楽の授業のため、恭子と志保といっしょに音楽室にむかった。
音楽室は、校舎の南側の三階にあった。
三階は、歩たち一年生があまり立ち入らないところだった。なぜなら、三階には三年生の教室があるから、一年生は、音楽の授業以外は、三階にはいかないのであった。
「はやくいかないと、授業に遅れるよ」歩は、あわてていった。
「そんなことないわよ。ホント、歩ちゃんは心配性なんだから」恭子はいった。
「音楽の先生は、やさしい先生だから大丈夫よ。歩ちゃん」志保はいった。恭子と志保は、教室のそとだから、桜坂さんとよばなくて歩ちゃんとよんだ。
「ちょっと、まって。靴ひもがほどけたから。先にいってて」歩はいった。
「わかったわ。わたしたちは先にいくね」
ふたりが先にいった。歩は靴ひもをむすんで、音楽室にむかったが、その途中、歩は、三年生のグループのひとりの肩をぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
「オイ、ちょっと待て」
歩は、ぶつかった三年生に呼びとめられた。
「オレの服が汚れたじゃねえか。どうするんだよ」
「ほんとうだ。こりゃ、落ちねぇな」
「ごめんなさい……。急いでいたから……、前を見てなくて……」歩は、三年生のグループにあやまった。三年生のグループは、歩をジロジロ見た。そのグループのひとりが、歩を見た。そして、こういった。「こいつ、オトコじゃねえか」
「アッ、ほんとうだ」
歩は、はやくこの場所から逃げ出したかった。
隙をみて逃げようとした。でも三年生たちは、そうはさせないように、歩の腕をつかんだ。
歩のまわりに、三年生たちが集まりはじめた。
歩は、だんだん怖くなってきた。三年生たちは、歩に近寄ってきて、とうとう歩はかこまれた。
歩は、本当は抵抗をしたかった。でも、章子にあの約束をされたことを思い出したのた。
三年生たちは、抵抗しない歩を、面白半分に小突いたりした。
「先生がきたぞ」
その声が聞こえると、三年生たちは逃げていった。
ひとり残された歩は、ホッとした。
「歩、大丈夫か。ケガをしてないか」
「鉄也……」
「おまえが、三年生たちに囲まれたかこまれていたから、オレがウソをいったんだ」
「そうだったの……。ありがとう……。鉄也がいなければ、わたし……、わたし……」
歩は、鉄也が来て安心したのか、鉄也に抱き着いて泣き出した。よほど怖かったのか、歩はいつまでも泣き続けた。
「もう大丈夫だから。もうあいつらは来ないから。オレが歩を守ってあげるからな」鉄也は、歩の頭をなでながらいった。
「コラー、鉄也。なに歩ちゃんをいじめてるんだ」
あまりにも、歩が音楽室に来るのがおそいので、恭子が来た。
歩が泣いているのを見た恭子は、鉄也が泣かしたのと思った。
「おまえ、なにしてたんだよ」鉄也は、恭子に怒鳴りながらいった。
「まさか、歩ちゃんが三年生たちにいじめらるていたとは思っていなくて」
「そんないいわけは聞きたくない」鉄也にいわれて、恭子は歩にあやまった。
「ごめんね、歩ちゃん。わたしが、いっしょにいたら……。本当にごめんね」
「恭子も反省していることだし、歩、許してあげるよな。だからもう泣くなよ」
鉄也にいわれて、歩は泣きやんだ。でもまだ、歩は恐怖で体が震えていた。歩は無意識のうちに、鉄也の手をにぎっていた。
「恭子。おまえはこのことを、早く先生にいうんだ。オレは、歩といっしょに音楽室へいくから」
「わかった」恭子は職員室へいった。
「やっぱり、鉄也はカッコイイね」音楽室へむかう途中、歩は鉄也にいった。
「だって鉄也は男らしいから。鉄也がわたしのお兄ちゃんだったらいいなあと思っていたんだ……」歩は顔を赤くしながらいった。