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アフタワード

「それじゃあメイド長、先にみんな連れて戻ってろ。俺がいない間は基本的な事は任せておく。ただ臭いからなるべく早く風呂か水浴びさせて、服を渡してやれ。あと規約は―――まあ、ここら辺は解ってくれているよな。俺よりも数段上手くやってくれるって信じてるよ」


「そこらへんは任せな。政治も経済も教えたのはあたしだからねぇ。ま、精々ちゃんと結果をだしな。努力も結果無しではただの醜い足掻きだよ、そうやって”努力したから私を認めてください”なんて言葉は現実じゃクソの役にも立たないんだ―――」


「―――だから常に結果を出せ、甘えるな、前進し続けろ、だろ。解ってるよ婆さん」


 苦笑しながらメイド長が大型馬車、二台のうちの先頭のに乗るのを確認する。非常に残念な話だが、ライラの話に乗っかった以上、それに最後まで付き合う責任が自分にはある。だが流石に購入したばかりの奴隷二十人と一緒に行動するのは邪魔になるだけだ。故にメイド長を奴隷たちにつけて先に領地へ戻す。その間にメイド長であれば基本的な教育をしておいてくれるだろう―――まあ、本格的に働けるようになるまでにはやはり数ヶ月必要とするだろうから、最初の三か月程度は失敗等を織り込みにしなくてはならないのだろうが。


 ―――まあ、それでも信用できる人材と信用できない人材、この違いは大きいからな。


 隷属の首輪は精神さえも縛る事の出来る凶悪な道具だが、今回に関しては最低限の制限に、追加するのは一つだけである―――即ち裏切りの防止。これ以上は余計であるし、奴隷側からの印象を著しく悪くする。目的があってそれを達成するためであれば、環境はなるべく信頼の置けるものであってほしい、というか悪戯に苛めたりして環境を劣悪にすればするほど敵を増やし、苦労するのはオーナーである俺に他ならない。だとすれば優遇はしなくとも人並みに扱うのが選択肢として正しいはずだ。


 ともあれ、奴隷を全て大通り正門前で馬車に乗せた所で、残るのはメイド長だけだ。


「最後に、自分が誰かを忘れずに行動するんだよ」


「解ってら」


「ならいいのさね。じゃ、戻ったら先に始めとるよ」


 メイド長も優雅に馬車へと乗り込む―――老婆という事実が全てを台無しにしているが。メイド長を乗せた馬車はそのまま、馬に引かれてゆっくりと、ウォリック領へと向かってその歩みを進め始める。その姿を暫く眺めているが、直ぐに視界の外へと消えてしまい、追うことはできなくなる。ともあれ、これで人手は十分に集まった、という事だろう。後ろへ振りかえれば間に距離はあるが、ライラとフーの姿がある。意外とライラが大人しくしてくれている事が驚きだが、さて、と呟く。まずこれからやるべき事は決まっている。


「今の時間雑貨屋開いているか?」


「妾の記憶が正しければもう既にやっているな」


「じゃあそこで石鹸買ったら湯屋だな」


 そうだな、と頷いて同意するライラと此方の事を見て、フーは首を捻る。


「なんだ大将、風呂に入りたいのか? 清潔好きだなぁ」


「お前がすげぇ臭いんだよ―――!」


「というかもう少し妾から離れろ。腐る」


 奴隷市場の悪臭が染みついていたこの虎をまずは湯へと叩き込んで、そして徹底的に臭いを落とすのが何よりも先決だった。



                 ◆



 湯屋というのは中部地域に置いてはそこまで珍しくない文化となっている。そもそも水が豊富で尚且つここら一体では一番文化的であると言われている国だ、芸術等に取り組む事にも力を入れているし、極東ではメジャーとされている湯の文化が輸入される事に不思議はない。ただ毎日使う程ではない。貴族間では割と頻繁に利用されているが庶民では一週間に一度程度、それが湯屋の認識だ。料金はそう高くはない。水も温度も全ては魔法で管理できてしまう為、コストが安く済むのだ。


 そこへと迷う事無く石鹸と新品の服を持たせたフーをぶち込んできた。既に合流場所―――というよりは朝食を取る場所を伝えてある。それは昨晩ライラに強引に連れてこられた店、一時的に部屋を借りている場所だ。一階のレストラン部分は昨夜よりも余裕があるからもっと落ち着いて確認する事が出来る。内装は割と気合が入っていて広く、そして外からの光を取り入れる為か窓が多めに配置してあるような気がしている。今座っている席は比較的奥に存在するが、それでも窓から差し込んでくる光が照らしているので暗く感じる事は一切ない。


 そこで、そう言えば朝霧は完全晴れたな、と窓の外を軽く眺めながら思う。割と時間は経過しているのではないかと。


 ともあれ、そろそろ朝食を取るには十分に良い頃だった。奴隷市場では臭いの事もあって食欲は一切起きなかったが、こうやって朝食の匂い漂う空間にやってくると食欲が刺激され、十分にお腹が空いてくる。シンプルなモーニングセットをオーダーし、それが目の前に紅茶と共に並んだところでようやく一息を突けるようになる。目は十分に冴えているが、それでも改めて飲む紅茶は目が覚めるような感じした。


「ふぅ、ようやっと一息だな」


「中々有意義な時間であったな」


「ま、確かに良い買い物だったことは認めるよ。実際人手も使える人材も必要な所だったし」


「であろう、そうであろう。うむうむ」


 こうやって向かい合って十年来の付き合いの様に話すが、実際の所数時間の付き合いだと思うと軽く頭がおかしくなりそうだ。いや、真に恐ろしいのはこの女の人心掌握術、話術といった”取り入る”事に対して自然に行う事だろう。呼吸するかのように会話の歩幅を合わせて混ざりこんでくる、会話のペースというものをあっさりと合わせてくる。だからこそこうやってスムーズに話せているし、同時に恐ろしくもある。


「辛辣だなぁ、貴様は」


「敵が強大だと愛と勇気と友情と結束だけじゃ勝てないから必死にもなるのさ」


「行き過ぎた愛や勇気も十分力となるがな」


 そう言って上を見上げる。別段そこに誰かがいるわけではないが、感覚的には神々の住まう地を見ている様なポーズだ。実際愛や勇気を司る神だって存在しているし、愛を抱けば抱くほど強くなるとか、そんな風のイカレた能力持ちが上位の信徒には存在する。愛と勇気とは言うが、何気に馬鹿に出来ないものが純ファンタジー世界の恐ろしい所だと改めて思う。


「まあ、一生関わりたくない部類だしそれは忘れておこう。うん。まあ、それよりももっと重要な話をしようか」


 その言葉にほう、とライラが笑みを形作り、


「―――妾を家臣としてスカウトか。なるほどなるほど、確かにこの超美村娘系美少女のライラちゃん様をスカウトしたい気持ちはわかるが」


「寝言は寝て言えよ。スカウトなんてしたらそっちの実家に殺されるのは俺だ」


「ん? 実家? 実家とは一体何の事なのか……うぅむ、実家とは……」


 お前絶対隠す気ないよなぁ、とにこやかに言えば相手もそんな事はないとにこやかに返してくる。そういう態度が駄目なんだよ阿呆と言いたい所だがそれを堪え、脱線しすぎる会話を何とか当初の目的へと戻す。つまりは今朝の内容だ。


「何で四日ってラインなんだ」


「ん? なんだ、知らんのか。とりあえず聞くが貴様はここに来て何日目だ」


「昨夜到着したばかりだよ」


「ふむ、ともなれば知らぬのも道理か。なるほど」


 なんだか一人で納得されているのは若干気に食わないが、今までの会話からしてこいつは一人で納得し、語らないタイプではない事ははっきりしている。おそらく説明の仕方を自分の中で固めているのだろう。故に皿の上のパンに野菜や卵を乗せ、それを二つに折ってサンドイッチにし、それを食べながら目の前の少女が話を組み終わらせるのを待つ。彼女が再び此方へと視線を向けるまではそう時間はかからなかった。


「さて、では簡単な部分から始めるとして―――正罰神の信徒共、やつらが何故斯様な活動を行っているか解るか?」


 それは理解している。


「主神が命の平等をうたっているからだろ? 生命は全て平等であり、上下は存在しないと。故に殺し食らう命に感謝を、そして導くものは命が等価である事を理解せよ、だっけ。そこまで興味ないから教義に関しては曖昧だけど」


「基本的な認識はそれで良い。問題なのはどの宗教でもある穏健派と過激派の派閥問題であり、そして”解釈の拡大”部分にある。実際正罰神の様な大神は中規模神や小神と比べて民衆や信徒と接せるのは僅かで数十年に一度のみ、あとは巫女を通したの不定期の信託のみだ。それ故神の言葉では様々な解釈が取られる―――まあ、どこにでもある問題だの」


 政治も宗教も経済も常に争いが存在すると思うと人類の生み出すシステムというのは何処までも争いが絡んできていて、とことん救いようが無いように思えるから駄目だ。魔法が存在せず科学が発達した文明であっても全く人類は争いを止めていない辺り、人類という種の根幹に対して争いという概念が存在するのかもしれない。


「ともあれ、今日無駄に元気にやっている連中は親過激派と言える連中であろうな。まあ、見ての通りデモ何かをやっておるが―――別段あれが日常なわけではない。あんなことを日常的にやっていればそれこそ生活が苦しくなってくる。アレをやるだけに足る理由が存在するのよな。あぁ、ちなみに今回は特別に気合が入っているのはオークションの一時的閉鎖を考えれば解るはずだ」


 割と日常的なものだと思っていたが、そうでもなかったらしい。サンドイッチをつまみながら思考を働かせる。基本的にやっていない事を何故急になってやりだすか。しかも何時もよりも精力的に。それはつまり信徒に対してモチベーションを刺激するような出来事があったに違いない。だからこそ、精力的にデモに取り組んでいる。……神託かと一瞬思うが、そうではない。神が直接命令したとしたらもっと大物が動く。奴隷市場など一瞬にして炎に染まるというか戦争が始まる。だとしたら別に地位の高い人間が命令したのか? それもまた違う。命令したのであれば直接潰しに来る手合いがいる筈なのだ。だからこれは命令されたのではなく、自発的な行動なのだ。


 ……仕事をしていて、何で急にやる気を出すか、って言われたら。


「ボーナスを貰える時か、上司が見に来る時ぐらいだよな」


「惜しいな―――今、リベラの王城には”使徒”が来ている」


「うわぁ」


「まあ、調べればちゃんと解る事ではあるな、これは。つまり貴様もかの奴隷商も調査不足という事だ。貴様が仕方がないとしてあの男の方は怠慢だな、同情の余地は存在しないも同然だ」


 使徒―――それは司祭や司教、普通の信徒とは一線を超える存在。それは神の代行者とも、神に最も近い存在として言っても過言ではない。なぜなら使徒という存在は全てが不老であり、そして信仰している神自身からその力や権能の一部を授かっている。使徒という存在は神に直接”神格”を与えられた存在だ。


 故に強力な神の使徒であればより強力なのは当たり前の話、大神の使徒ともなれば単身で小規模の国を落とす程度の事はやってのける、それほどまでに凄くもおぞましい生き物だ。


「はっはーん、読めたぞ? つまりは城の方に来ている使徒様の滞在日数を知っているからあんな風に大きく出れたな。リベラに訪れている事自体は知れ渡ってそれが信徒のモチベーションに。そして民衆に対して大きな支持と影響力を持っている教派な上に使徒本人が来ているから城の方はそう易々とデモを解散させる事も出来ないって訳か」


 であるな、と頷きながら言葉をライラは繋げてくる。


「使徒の前で逆鱗に触れる様な事をしたり、面子を潰すような事をすれば報復が怖い。使徒自身が温和な性格をしていてもその信奉者がそうであるとは限らない。もちろん国にはそれに匹敵するだけの戦力があるだろう、だがリスクとリターンを考えれば大人しくしている方が圧倒的に賢い選択だ」


「あー……だから問題児は城の方にいないのか」


「ん? 問題児? 問題児とは何の事か? いやぁ、良く解らないなぁ……。妾は生まれた時から超良い子系だったので」


「自分でそれを言うか」


 これだけのリアクションを取っているという事はもうそれなりに自覚はしているんだろうなぁ、と突く事は止めておく。そもそも死体蹴りはそこまで好きではないし。それに目の前の少女はどうやら純粋な知能であれば此方を凌駕しているような気もする。あえて自分から苦手な事へと泥沼の様にはまりに行くのはあまり賢くはない。それでもライラの根拠が理解できたのはいい話だ。この少女、見た目以上に極悪なのはこの短い付き合いではっきりとわかり始めている事だ。


 そう思ったところで、此方に近づいてくる気配を感じる。


 店の入り口の方へと視線を向ければ、此方に向かって虎人が近づいてくるのが見える。もちろんフーの姿だ。言われた通り風呂に入ってきて、服装を着替えたのだろう。首に付けられている隷属の首輪はそのまま、服装は胸元を開ける様に少し着崩された黒と白の執事服となっている。虎人らしく靴は履いておらず、獣人様に尻尾穴が開いてあるので後ろで尻尾が揺れ動いているのが見える。毛皮とも髪とも見分けのつかない髪型は額にバンダナを撒いて疑似的なオールバックにしてある。風呂に入る前とは違って清潔な雰囲気が出てきている。


「ま、奴隷としちゃあ十分すぎる服装だが、やっぱり連れ回せるやつなら最低限この程度は見栄え良くしないとな」


「別に感謝されても良いのだぞ?」


 お前はどんだけ感謝されたいんだよ、というツッコミを入れておき、そして近づいてきたフーに対して視線を向ける。


「で―――大将、俺の席は?」


「お前、自分が奴隷って認識あんましてないよな」


「扱いが扱いだからなぁ……俺、奴隷として購入されたら全裸にひん剥かれてムチでビシバシ叩かれる日常がやってくると覚悟してたから全裸になっても良い様に筋肉を衰えさせない様に体を鍛えてたしなぁ」


「クーリングオフって通じるかな」


 冗談は置いて、奴隷というよりは使用人の様な扱いなのは信用関係をこれから築く上では重要な扱い方だ。少なくとも反発を生まない様に付き合って行くのは大事だ。


「ま、あと四日近くここの逗留するのだろう? その間は妾もフリーだ、遠慮する事はないガイドを務めて進ぜよう。何、丁度暇な上にイベント待ちだったからな。気にする必要は一切どこにもない」


「そこはとなく必死さが覗えるんだが」


 だが、まあ、実際四日は暇となる。軽く王都の地理を頭に叩き込んだりするのも悪くはないし、新しく入ってきた新人の事に対して理解を深めるのも悪くはない。ともあれ、


 四日後は自分にとっても楽しみになりそうだった。

 お城の中での出来事知ってるとかずるいよね。なんで知ってんだろ(棒)


 ともあれ、割と月や年単位のスケールでこの話は進めて行く予定です。なのでたまーに時間が飛ぶのでご注意的なサムシング。

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