ファースト・スレイブ
「いい啖呵だってよ、アレは」
そう言いながら女商人が先導する。場所は変わらず奴隷市場だが、サロンとは別の建物へと向かっている。位置は最初のサロンとそう離れてないが、建物の見栄えの良さは圧倒的にサロンの方が良い。此方は予想が正しければ奴隷の保管所だろう。とはいえ、作りは一般的な宿屋レベルあるように思えるのは、やはり金になる奴隷に対しては”品質”を保持しておきたい、という意図があるからかもしれない。それはともあれ、女商人は建物中に入ると、迷う事無く木製の床をきぃきぃと音を鳴らしながら歩き、二階へと続く階段へと向かう。
「こっちだよ」
先へと進む女の商人の姿を緩やかな足取りで追いながら、横の少女へと視線を向ける。既に此方の事を見ていたのか、少女は何か物干しそうな笑顔を向けていた。まさか、とは思うが、と口に出してから言葉を続ける。
「この謎の少女は褒めてほしいのかな? ん? 俺の気のせいだよな?」
「ん? 何が気のせいだと? 明らかに妾の功績だろ。褒める事を許すぞ」
「だが褒めない」
「ぬぅ」
そこで無意味に話の流れに合わせてしょぼくれた表情をしてくれるから罪悪感が欠片も沸かないし、そして話をしやすい相手だと思う。じつの所若干だが会話に飢えている所はある―――何せ話相手がババアしか存在しないのだ。何を疑うこともなく話せる相手は一人ぐらい欲しい。
―――まあ、別の意味で”頭空っぽ”にして話せる相手だわな、これは。
「妾に対して貴様は辛辣だなぁ」
「そういう接し方を求めているんだろ。リクエストに応えている、ってよりは自然体で接してるだけだからあんまり気にするな。気にしたら逆に恩に着せる」
「おぉ、それは恐ろしいな」
そう言ってちゃかす。実際それ以上話のしようがない。先ほどの交渉―――男の商人へと勢いよくこの少女は啖呵を切った。その理由や根拠に関してはここで切り出す事が出来ない為に後での話になるだから歩きながらする話は別に聞かれても問題の無い、とりとめのない会話だ。たとえば、
「そういやぁお前の事なんて呼べばいいの。少女って呼び方じゃあまりにも味気ないし」
「超王国級美村娘系アイドルライラで十分だぞ」
「お前のそういうネタに走る所嫌いじゃないぜ」
確実に此方に対してあわせてくれているのだろうが、そこらへんは非常に話しやすいので助かっていると言えば助かる。ただここまで付き合っているこの少女ライラ―――おそらく偽名なんだろうが、ここまで来ると若干このままでいいのかどうかと思想い始める。が、まあ、それももう遅い話なのだろう。スパっと諦めきれない所はやはり女々しいと言うべきなのだろうか一瞬悩むが、そうこう考えているうちに足は既に建物の二階へと到着していた。
女商人はポケットから金属の鍵を取り出すと、それを握りながら階段を上がった所を右へと曲り、そして廊下を先導してゆく。そこから歩く距離はそう遠くはない。そもそも建物自体そう大きな建物でもないからだ。十数歩あるけば女商人の足が部屋の一つの前で止まる。そこで彼女は此方へと振り返りつつ、頷く。
「おう、ここがお求めの商品の居場所だよ」
そう言って商人は扉に鍵を差し込み、解除する。扉のノブを握り、此方の代わりに開けてくれる。そのまま部屋に入ることなく横へ一歩退いてくれることから、此方が先に入室するのを待っているのだろう。故に促しに従って前進し……部屋の中に入る。
そこは予想していたよりも清潔な空間だった。
一般的な宿の一室と言っても良いレベルの部屋だった。家具はベッドとテーブル、それにソファが二つしか存在しない。だが窓からは日の光が霧に遮られつつも入り込んできている。おそらく霧が晴れれば陽光がしっかりと差し込んでくるのだろう。普段自分が利用している部屋や、昨夜使った宿の部屋と比べれば明らかに狭いと言えるレベルだが、それでも十分すぎるスペースだ。奴隷とはこんなにも待遇が良かったかどうかを一瞬悩むが、金貨四十枚もするのであればそれは大切にされるだろうと思い至り、ベッドの上に座る姿を見る。
「初めまして―――お前が俺の大将でいいのかね」
そう言い、足を組んで座る人型の姿がベッドの上にはある。明らかに主へと向けて放つような言葉づかいではない。だがその声には相手を罵る様な意図も、憎悪するような意図もないのはその声のトーンから容易に解る事だった。逆に感じるのは達観か諦め、それに似たような感情だ。だが決して絶望はしていない、そういう感じがあった。
だがそれよりも目に入るのはその存在の風貌だ。
まず服装が特徴的になっている。茶色のロングパンツは足首までを完全に覆い隠し、上半身は素肌に茶色のレザーベストという恰好をしている。だがその姿を見ても完全に”素肌”という事は難しい。何故ならそのベストの下の体は毛に覆われているからだ。それも上半身、手や顔を覆い尽くすほどに。黄色い体毛に覆われたその体、きょくぶにはやはり体毛と同じ色の尻尾が存在し、各所に茶色のラインが、虎柄の様に入っている。虎柄の様にと表現するが、琥珀色の目をしているこの男は虎以外のなんでもない。バンダナを持って髪とも毛とも取れぬ髪型をオールバックで固定しつつ、男は―――獣人は此方を見上げていた。
「お前が虎人か」
「なんだ、見るのは初めてか伯爵様」
「まあ、王国内では実際そう多くはない種族であるからの。妾も実際見るのは初めてである」
そう言って女商人とライラと自身を適当に名乗った少女が入ってくる。そう、虎人という種族の彼らは此方で見るのは少々珍しい。何せ基本的に彼らの活動域は王国の最南端に存在する平原と山脈近くに存在するからだ。基本的に獣人とは自然を好み、質素な生活を送る者が多いため、大規模な都市でコミュニティを発展させず、部族レベルでのコミュニティがメインとなっている。作物を育てたり狩猟する事で生活し、生計を立てている、という所までは己の知識に存在する。だがそこまで南部へ行ったことが無ければ行く機会もおそらくは存在しない。興味のある事ではあるが、関係のない事だと思っていた。故に女商人から男の虎人をこの場で売れると発言を貰った時はそれなりの驚きはあった。
……まあ、予想落札価格での購入だから値切りが効かないのが唯一痛かった点だけど。
せっぱつまっている状況でもなければこんな所だろうと、戦果に対して納得しておく。何より虎人といえば非常に優秀な戦士として知っている。即戦力としては申し分ないだろうと思いつつ、とりあえず腕を組み、虎人の前に立つ。
「ま、解っちゃいるけど俺がお前の新しいオーナーだ……とりあえず軽い質問をするけど年齢と名前」
「フー・ジャファンで十八だ」
という事は呼ぶときはフーで十分だな、と決めつつ自分よりも年上である虎人に対して質問を続ける。
「奴隷になったいきさつは?」
「おいおい、そういう事まで聞くのかよ意地悪いな―――村が食うのに困ったからだよ。凶作が続いてメシが満足に食えなくなったんだよ。土地から離れる事もできないし、食う為には金がいる。じゃあ誰か金になるのを売るのがいい。女を売る様な恥知らずは誰にもできないから俺が立候補して来たんだ。……まあ、金に困って身を売る、どこにでもよくある話さ」
故郷の為に、他人の為に。それは間違いなく美談にはいる類だが、どうにもこういう話は本人が救われなかったり、作者からのテコ入れでご都合主義的救いに入るのが嫌いだ。故に大体こういうジャンルの本を読んでいないなぁ、と思考していると、よこから軽い蹴りが入るのを近くする。軽く横へ睨むような視線を送ると、ライラが首を軽くフーの方へと向けていた。あぁ、そう言えば質問中だったと思いだし、
「じゃあ特技と出来ない事、そして信仰対象を」
「狩猟と農業、あと一応広域共通語の読み書きも出来る。金の勘定も複雑じゃなきゃある程度は出来る。ついでに言えば村の若手としちゃあ一番の期待株だったけど……まあ、まだ未熟で変態できないんだけどな。一応自分の立場は理解しているつもりだからアレコレできないって言うつもりはないけど戦士でもない女子供を殺せって命令するなら即自害するな……あと信仰はそちらで言う神じゃなくて精霊の方を信仰している」
信仰というよりは感謝だけどな、という言葉を付け加えてフーからの返答は終わる。なるほど、と大体の人物に対する評価を作る。基本的には善人であり、近しい対象に対して犠牲を強いるなら自己犠牲を選ぶタイプ。勇敢であり勇猛であり、教育もある程度はなされている。接し方さえ間違えなければ変に反逆する事はないタイプだ。
「いい買い物だったな」
「だろ?」
そう言い、女商人は誇らしげな表情だった。ここまで来ればこの女がそこまで裏表のあるタイプではなく、真直ぐな人間であるということが解ってくる―――交渉とかをめんどくさがり、買うか買わないかで迫ってくるタイプだ。性格も悪くはないためやりやすいが、こういうタイプは結構口が軽かったりするのが困る。話のはずみに一言、という失敗をしやすい……というのがメイド長の言葉だったはずだ。割と先達の言葉は馬鹿に出来ないのが悔しい。あまり口走らない様に自分の言動を考えつつ、
「で、割と俺フリーダムに返答しちまったがいいのか?」
「少なくとも今は気にすることないな、フー。基本的に公式の場や他にそういう態度が必要な相手がいない限り―――」
一瞬だけチラリとライラの方を見る。舌をだしてウィンクする彼女の姿に一瞬イラっとしつつも、それの姿を無視してフーへと視線を向き直る。
「―――まあ、そこまで気にする事じゃな。貴族社会の中では上下関係の認識はいざこざ産まない為に必定とされているけどそれも時代の移りと共に段々と古くなってきている。奴隷制度も長い文化だがそれも永遠に続くって訳じゃないし」
何時か封建制度が中央集権制度へと変わる。共和国に関しては既にそれが移行をほぼ完了し、奴隷に関しても違法化が進んでいる。それと比べてこの国は遅れているが、その足跡をたどって行くだろう。そう考えると主と奴隷という身分はじつにくだらない事に思えてくる。確かに示しは必要だろうが、そこまで強くではない。だいたい、
「ま、懐の広いご主人様と覚えておけばいいよ。何よりも仕事のやりがいはどこよりも保障してくれるからそれはそれは素敵な職場さ」
「そうかい、そりゃあまた難儀な所に流れ着いたもんだねぇ」
そうは言うがフーの口元は笑っている。虎人はアニマベース、獣に近い獣人であっても顔の造形は人間に近い。そんな彼が笑みを浮かべれば、見えてくるのは獰猛な狩猟者の牙だ。やはりそういう所はスタンダードなヒューマンとは違うなぁ、と思い、背を向ける。
「来いフー。とりあえずそろそろメイド長が広場の方に選別した奴らを揃えているだろうし、そっちの方に合流する。まぁ、マジでいい商売だったからえーとお前さん名前は―――」
「ジェイン」
「あぁ、うん。なんかいい話があったらウォリック領に来い。とりあえずお前の顔は覚えておく」
「ありがたき幸せ」
そんな事をおどけた風に言うのを見届け、女商人を背後に置いて部屋から退出する。そこにはもちろんフーの姿を加えて。ライラの方は黙ってついてきてくれるので、それをありがたく思いつつも、外へと続く道のりを特に間違える事無く抜け、そして保管所から出る。最初に奴隷市場へとやってきたころと比べて日が出てきたのか、朝霧の量は大分減っている。朝霧が消える頃には再び正罰神の信徒達が戻って来るだろう。その前にさっさとここから離れなくては自分たちまで缶詰な上に高い金を払って宿泊する必要が出てくる。
「っかぁー! あぁ、久しぶりのシャバだ。何週間も馬車の中に押し込まれてから今度は個室の中、いい加減朝日が浴びたかったところだ」
そう言って背後で大きく体を伸ばすフーの気配に軽く苦笑を零すと、霧の中から人影が姿を現す―――メイド長の存在だ。そのまま目の前にやってくると、動きを止める。
「ご注文通り厳選して選んだのを二十人用意したよ。そちらの方はどうやらある程度の成果は得たようだね」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ」
「若いガキが何を言ってんだい―――で、そっちが新入りかい」
メイド長が精査するような視線をフーへと向ける。フーはその視線にたじろぐ事もなく、真直ぐ受け取ってから頭の後ろを掻きながら片手を上げる。
「よう、あんたがメイド長か? 俺は―――」
「ふんっ」
それ以上フーが何かを語る前に、メイド長が一歩でフーの眼前まで踏み込む。一瞬で三メートルほどの距離を詰めた事実に驚きが抜ける前に、メイド長が中指を勢いよくフーの額へと叩きつける。べちーん、と痛々しそうな音が響くのと同時に、フーが後ろ向きに大きく倒れそうなほどに体を揺らしていた。
その光景に自分もライラも反射的に額に手を伸ばしたのは間違ってないと思いたい。
「はぁ……」
露骨にメイド長は溜息を吐いてから、真直ぐ指先を今も悶絶し、額を抑えているフーへと向ける。
「いいかい? そこのバカは気にしないって言うかもしれないけどね、職場における上下関係は絶対なんだよ。少なくともあたしの見える範囲ではそこらへん徹底させて怠けさせることは許さないからね。ほら、解ったなら返事をし!」
「お、おう」
バチーン、と再び広場に音が響く。今度は片手でフーの頭を掴み、倒れない様に支えているメイド長の姿を確認し、
……本当にババアか疑わしいよなぁ、アレ。
若い頃は若い頃には一人で竜人を倒したとか豪語していたし、こういうところを見ていると改めて過去が気になってくるところだ。
「……ふむ」
視線をメイド長が来た方向へと向けると、そこには一箇所に集まる大人数の姿がある。その服装はボロボロで、身体を完全に隠しきれてはいない。女の数が多く、目にいい光景である事は否定できないが、個人的なモラル感に反するのでこれはどうにか早めに服を着せたい所だと思い、ライラへと視線を向ける。
「んじゃ、まずは連れ出すか」
「ん? そうだな、頑張りたまえウォリック伯。妾は応援してる」
「いや、手伝えよ」
「いや、妾村娘系なので魔法とかちょうできなーい」
「……」
その発言にイラっと来るが、そう言えばこの女に別段手伝う理由なんて存在しなかった事を改めて思いだし、短く溜息を吐く。ステルス型の光魔法、”ホワイトアウト”と呼ばれているアレは基本的に個人用の付与魔法なので、多人数を隠すのには適さない。五人が限界な上、そこまで展開すると走る事も出来なくなる。
非常に面倒だが、
「往復するっきゃないかぁ……」
今日は色々と疲れる、と背後に聞こえるメイド長の説教の声を聞き流しながら思う。
基本的に最初に購入する奴隷は美女か美少女でフラグが最初から立っているのがふつうらしいので筋肉質な虎男をだした。やっぱ虎系獣人はかっこいいイメージ。