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マーチャンダイス

 発言してから数分が経過していた。そこには笑顔の支配人、自分と、そして少女の姿があった。先ほどまで部屋にいた使用人は全員奴隷商達がいるこのサロンの二階、宿泊施設部分へと向かった。もうしばらくすれば使用人達が奴隷商たちを連れて帰ってくる。支配人の言葉が正しければ、今現在ここにいる奴隷商は二人程となる。基本的にオークションで出品するのは一オーナーにつき一品まで、というのが普通らしい。なので今回、目的としている特殊、もしくは最上級奴隷は二人ほどとなるが―――そこらへんの常識や情報に関してはやはりメイド長担当。なので、彼女が持ってきた情報を信用するしかない。本音を言えばメイド長を信じられないのであれば完全に人生が詰んでいるどころの事態ではないので、信用するほかないのだが。


 ……やっぱり人材不足が痛いよなぁ。


 何にしても人材不足という事が出てくる。家を回すにしても、戦力にしてもそうだ。現状あの公爵から借りる形で押し付けられている護衛部隊が代わりに領を守ってたりするのだが―――そういう状況を生み出し許している今のウォリック領にはそれを十全に回せる人材がない。だからこそ付け込まれる。そういう負の連鎖が出来上がっている。多少強引であっても自分の意志で動かせる人材が必要なのだ。それが優秀であればなお良し。本音を言うのであれば即戦力として動かせる戦闘要員が欲しい所だ。現状の伯爵家個人としての戦闘力は傭兵等を雇って戦える男爵家以下という状況になっている。最低でも私兵の様に動かし、戦わせられる人員さえアレばある程度領内での名声を稼ぐことができる。


 それは間違いなく公爵から渡された”護衛”を追い払う一歩になる。


 ……まあ、それもまずは考え過ぎかね。取らぬ狸の皮算用、だったっけ。先に得られたものを見てから先の戦力は組み立てないとなぁ……。


 つまりはメイド長と、そして今から交渉して購入できたかで話は大きく変わってくる。そういう話になってくる。ただ問題として挙げられるのは自分が決して政治屋でも商人ではなく、政治や市商売に関する交渉に関してはここ数年で覚えた付け焼刃である事実だ。本質としてはどちらかというと労働者に一番近い。”体の差異”を治療すると言う事もあって、ひたすら体を動かし鍛錬を重ねてきた年月がある為、そこには拍車がかかっている。だからと言って全くできないというわけでもないが、やはり同じ年代で同じ立場の人間と比べると政治経済に関する機微は圧倒的に不足していると認識している。丸っきり素人、というわけでもないが。ともあれ、交渉に関しては自分一人で頑張るほかはない。


「おい」


 そこで横から脇腹を小突く感触を得る。それに従い視線を動かせば、少女がハンチング帽の下から視線を向けてきている。そして、支配人には届かない様に顔を寄せながら言葉を送ってくる。


「別に頼ってもいいんだぞ。割と暇ではあるし」


「お前は引っ込んでろ」


 えー、等と不満を漏らしてくるが、それをガン無視する。普通なら確実に斬首されるが、今のこの時だけは許される―――後が怖い話ではあるが、それでも関わらせたくはないのが本音だ。男として、誰かに全部任せて後ろでいい気になっているのなんてクソでしかない、という価値観が自分の中に存在しているからだ。だから、誰かに任せる事は出来ない。―――ついでに言葉を増やすのであれば、


 信用は欠片もしていないという事にある。


 だから、


「掻き乱して邪魔しないでくれ」


「辛辣だな、貴様は」


 真っ先に兵士を呼んで引き取ってもらわなかっただけ大分優しくしていると思うが、そこらへんはどうなのだろうか。いや、どうだろうかではない。確実に優しく対応している。並の人間であれば利用するか真っ先に報告するかなので、ここらへんかなり有情な対応をしていると思う。


 そうこうしていると部屋の扉が開く。そちらへと視線を向ける事無く気付く。この部屋に二人の奴隷商が来たのだと。部屋中へと足音を立てながら入ってくる気配を感じつつ、その登場を待つ。


「へぇ、こんな坊ちゃんがお客さんか。意外と根性あるじゃない」


「ここら、お客様に対してそんな事を言っちゃ駄目ですよ」


 声からして片方が女、もう片方が男といったところだろう。数秒後には横から回り込む様に、支配人の横に並ぶように二人の商人がやってきた。やはり男と女、という組み合わせだ。この二人は支配人の様な見栄えの服装を着ているわけでもなく、普通の、一般的な布の服に身を包んでいる。ただ身なりが綺麗な事から一般階級の人間ではないという事は解る。女は遠慮することなく椅子に座り、そして男の方は少し遠慮がちに座る―――なんともまあ対照的なのが揃ったものだと思う。女の方も男の方も顔見知りの様な反応をしている事を記憶しておく……おそらくここを頻繁に、もしくは定期的に利用しているのだろう。


 ともあれ、交渉相手がテーブルに着いた。ならばやる事は一つだけだ。


 足を組み、両手を組み、それを膝の上に乗せて笑顔を二人の商人へと向ける。もう既に支配人に関しては関係のない所に入っている。これからの相手はこの二人であり、


「こんにちわ、そして単刀直入に言う―――昨夜邪魔が入って、オークションで売る事が出来なかった奴隷を俺に売れ」


 そしてその反応は、素早く、


「いいわよ」


「お断りします」


 尚且つ対照的だった。


 分かれた言葉に対して一番最初にリアクションを取ったのは以外にも女商人の方であった。肩にかかる長い茶髪を手で後ろへと退けると、そのまま視線を自分の横にいる男の商人へと向ける。女の視線は若干睨むような視線になっているが、男の方はそれに負ける様な姿勢を見せない。


「……邪魔が入って客が全く来ない所にやってきた客だぞ? 見逃すわけがないだろう。考えてみろ、次にオークションを開催できるのは何時だ。明日か? 明後日か? もしかして来週かも知れないぞ。それまでここで邪魔な連中が消えるのを待つのか?」


「何を言っているんですか。いいですか? そもそもあの封鎖に関してだって長くは続きません。王都の道路は国の所有物です。それを封鎖するという事は国の保有し、そして約束している権利の侵害です。何よりも国に認められている商売を妨害している時点で言い逃れはできません。既に役所へ営業妨害をされているということに関する通達は私と支配人を含めてしました。貴女だってしたはずです。だとすればそう遠くない内にあの連中がどけられるはずです。そうなればちゃんとしたオークションで出品できるようになります」


「阿呆が。その考えが間違えなんだよ。いいか? 私達の商売は生物を扱っているんだよ。石材や家具の様に保管しておいて問題の無い物じゃない。奴隷ってのは生きている。そしてそれを生きている状態で届けなきゃ売れないんだよ。言っておくけどここの環境はどんなに良く解釈しても綺麗って言える状態には程遠いんだよ?」


 その言葉で横で二人の商人の話し合いを聞いていた支配人が小さくひぎぃ、と声を漏らす。やはりここが臭いという認識はあったのだろう。そして言動から察して、奴隷たちを”保管”している場所は表ほど綺麗ではないのだろう。それも仕方がない話だと認識できる。なぜなら奴隷市場はあくまでも市場であって、保管所ではないのだ。ここは奴隷を売る場所であって補完し続ける意図はない―――故に保管所の環境の劣悪さはあまり考えられていないのだろう。


「いいか、良く考えてみろ―――確かにあの馬鹿共をどかしてくれるかもしれない。だがその為に私達は何日宿泊する? あと何日商品をここに預ける? 場所代はタダじゃないぞ? ついでに言えば大量に保管している奴隷達が風邪を引いたりするかもしれない。もしそれが”本命”にでも移ってみろ、出血ってレベルじゃ済まないぞ。私はこれを親切でお前に言ってんだ、少なくとも他人じゃないからな。同じ商売をしている者同士助け合ってきた。だから言ってやる、ここで売っておけ、と」


 とりあえず女の方は此方に対してオークションに出品予定だった奴隷を売るつもりはあるらしい。それは良かった。が、別段説得してくれと頼んだ覚えはないし、自分には興味のない話だ。購入できるのであればする、出来ないのであればしない。その程度の認識だ。第一今回はちょっと運が良かっただけの話だ。だから、


「白熱するのはいいけど元々の予想落札価格は幾らだ」


 それに間髪入れず女が答える。


「金貨四十枚枚。そっちの馬鹿のが金貨五十枚と金貨百枚ね」


「すいません、勝手に人の交渉カードバラすのやめてくれませんか。今の一言でこっちのカードが色々と漏れたと思うんですけど」


「んな小さい事を気にしてるから大きく商売できないんだよお前は」


「貴女が大ざっぱすぎるんですよ……」


 辟易と言葉を吐く男の言葉を無視し、そして軽く金銭の勘定に入る。彼女が此方に対して伝えてきた金額は高級な奴隷と比べても結構高い値段―――特に最後のに関しては凄まじい値段だ。そしてその値段は悔しい事に此方が払うことのできるギリギリのラインを突いている。そして同時に今回奴隷に使える予算をオーバーしている。少なくとも最後の一人に関しては。金額に関しての言動はおそらく、……偽りはない。男とは知り合いの様だが、だからと言って特に組んでいる様な様子ではない。女の言葉通り、やはり忠告しているだけなのかもしれない。


 ともあれ、男の方から購入できないのであればそれで別にいい。


「じゃあ―――」


「―――まあ、待てそこの」


 商談を纏めようとしたところで声が割って入る。その主である横の少女へと視線を向ければ、ハンチング帽を深くかぶったまま、深い笑みを浮かべているのが解る。それは何とも面白そうなおもちゃを見つけた子供の様な笑みだ。いや、実際に彼女にとってはおもちゃを見つけたのと同じような事だろう。


 ……ま、退屈だっただろうしな。


 実際の所ここまでただ一つとして特に面白い事はしていない。客観的に見れば明らかにつまらない、と評価できる光景だっただろう。だからこそ口を挟め、そして干渉できる状況を見つけて喜んでいるのだ。まず間違いなく余計な事をしようとしている。それは理解できる―――だがそれを止める事が出来るのか、と問われれば無理、としか答える事は出来ない。


 いや、だって……お姫様とか止めらんねーよ。


 もう正体に関してはここまで来ればほぼ断定している状態だ。ここまでかなり邪険に扱ってきたが、かなりいい空気を吸っている所で邪魔をする様な事はある意味怖いが、それ以上若干無粋ではないかと感じる。まあ、所詮”今日全部手に入ればラッキー”という程度の認識しかなかったのだ。だからまあ―――基本的に良い空気吸っている人間に関してはノータッチが最良の選択肢だ。大丈夫か、という意味を含めた視線を少女へと向ける。


「ちょっと妾の話を聞け商人その一と二」


「開幕から喧嘩売りに行くスタイルなのか」


 まあまあ、と少女が片手で此方を落ち着けるような動作を見せるが、それ絶対に向ける相手を間違えていると思う。が、少女は自信満々の表情を、笑顔を、そして視線を男の方へと向ける。


「貴様、話しによれば国の方がこの状況の改善を行ってくれると信じているのだな?」


 少女のその質問に対して、商人が少女ではなく、此方に対して視線を向けて来る。それは彼女と自分の関係性を探る様な視線だが、軽いため息とともに頷きを返す。それで軽く察してくれた商人はえぇ、そうですね、と言葉を置きながら頷く。


「この国の王は言い方が悪いかも知れませんが優秀な王です。特に大きな問題も無ければ特に大きな発展もない。限りなく緩やかな発展ですが、それはこの国を安全に管理しているという事です。その手腕からして開拓や拡張に関しては才がなくとも、治めるという事に関しては優秀だと思っています。彼の代では目覚ましい発展はないでしょうが、国家を盤石にできる物だと思っています」


「だから貴様はその気質が市政に現れると? 警備兵が商売の邪魔をする者共をどかすと? なるほど、ある程度の筋は通っているであろう。納得のできる話だ。確かにあの男は―――……国王陛下はそういう所では優秀だろう。だがな、貴様には見えていない事がある。故に断言してやろう。貴様は貴様の愚かさ故に絶対損をする。ここで売れなかった事に対して後悔を絶対にするであろう、と」


 軽く嘲笑する様に笑った少女に対して男の商人は何かを感じたのか、少しだけ目つきを険しくする。


「御忠告ありがとうございます。ですが私は焦る事よりもしっかり構えて商売をするタイプでして―――ですのでまた今度、二日後にはいなくなっている事でしょう。その時にまたオークションは開かれるでしょうから、その時においでください。その時は腕を広げ、客として歓迎いたしましょう」


「あぁ、そうだな」


 少女はそこで縦に軽く頷き、


「―――今度は四日後に会おう」


 その発言に呆ける商人たちへと向けて、まるで既に結果が見えているような風なポーズを持って、自身の勝利を宣言していた。

 誰得交渉()フェイズ。実際は交渉なんてなかった。もっとまともな交渉が執筆したい。というか普通に書いていると交渉シチュなんてほぼないんですよなぁ。一度でいいからゴッツリと濃密な交渉フェイズを書いてみたい気も。


 ところでやっぱりヒロインにはラスボスの風格が必要だと思うんだ。

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