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モーニング・ウォーカー

 早朝のリベラは霧で満ちている。それは単純に魔法やどうとかという所から来るのではなく、地形や季節的部分から来ている。故にこの時期、国内であれば、辺境にでも行かなければ大体の街はこの時間であれば、霧に閉ざされている。それこそ数メートル先を視認するのが難しいぐらいには。だからと言って全く対策がなされているわけではない。濃霧が街を閉ざすのであればそれを掃うための方法は先人が生み出してくれている。故に濃霧を恐れる必要はない。それは相手も、自分も理解している事だ。いや、それ以前に自分が見る景色を把握する。


 真直ぐと道へと向ける視線は朝霧が出ているのにも関わらず真直ぐと、通りの奥までが見える。それは決して普通にあり得る事ではなく、魔法という神秘の技術が効力を発しているからこそ出来ている事だ。魔法という神秘の力は多様性に溢れ、そして日常に無くてはならないものとなっている。


 だからと言ってそれが全能であるわけでもない。


 魔法は万能ではあるが、全能ではない。それが魔法だ。


 幅広く助けてくれるだろう、だが決して全てが出来るわけではない。魔法は確かに便利だが、決して”便利”という範疇を超える事が出来ない様に出来ている。―――それはこの世を創造し、未来を想像した神々が定めた事である、と全ての教義において語られている。宗派や種族を超えて語られる全ての神話において、この点だけは共通している。故に魔法は決して全能ではない。魔法という技能は何よりっも使用者の想像力に、そして”資質”に左右される様に出来ている。資質と想像力が合致する事によりそれぞれにできる魔法の範囲が出来上がる。これは生まれた時から存在する個人の”属性付け”や性格、それぞれの想像力で大きく変動するが―――そうやって魔法は万能から便利というレベルにまで落とされる。


 故に、基本的な魔法を抜けば、上位の魔法は個人によって大きく異なるケースが多い。結局の所、どれだけ荒唐無稽な話になるのかは個人の想像力に任されるのが魔法というシステムだ。詠唱という”想像力の共有化”が存在はすれど、それを超える範囲になると完全に個々の領域となってくる。故に魔法という物に対峙する際は相手の性格を深く把握するのが重要になってくるのだが―――少なくともそれは今関わってくる話ではない。


 難しい事を抜きにして、魔法を使うことに関して重要なのは想像力なのだ。想像できるのか? 夢を? それを現実として編める程に? それが現実にありえる現象である事を? 強く想像すれば想像する程強固に魔法は組み上がるというシステムが世界には当たり前にに受け入れられていた。


 ―――故に魔法を使うのであれば、俺自身がそれに納得する必要がある。


 隠れる必要はない。


 通りの中央を歩く一歩目を踏み出す。


「さて、手並みを拝見させてもらおうか」」


 朝霧が覆う街の中、自分のすぐ横には二つの姿がある。一つは昨夜強引に付いてきた阿呆の姿だ。昨夜と変わらぬ平民の恰好に身を包み、言われた通りの時間に現れ、そして愉快そうな表情を浮かべている。もう一人は変わらず常に横に存在し続けてくれる老婆のメイド長の存在だ。彼女はまるで枯れ木の様に今にでも折れそうなのに、折れる様子を一向に見せないどころか確かな強さをその存在が健在である事を証明している。


 やる事はそう難しくはない。何せ、やる事は決まっているのだ。


 ―――やはり、魔法だ。


 魔力というリソースを消費する。ほぼ全ての生物の中に存在する奇跡を駆動させるための燃料、体内に溜めこんだそれを己の意志で消費しながら頭の中に一つの”創造”を行う。イメージを通して現実に対し創造を行う。そういうプロセスを経て完成させるのは一つの結果で、それを横のメイド長は当たり前の結果として特に感想を漏らすことなく受け入れ、そして少女は生み出される結果に感嘆の声を漏らす。


「ほう」


 少女が漏らしたのは間違いなく感嘆の色だった。それが何故であるか、には興味はない。故に照れたりなどせず、漏らす言葉はもっと別のものだ。


「これ以上喋んじゃないぞ? フリじゃねぇかんな」


「何で、妾の美声を聞きたいのであれば早く言わぬか。一日中耳元で語りかけても良いぞ」


「城門前でいいのならどうぞ」


「妾、黙った」


 それでいい、と答えつつあまり離れすぎない様に、と指示しながら歩き出す。言いながらも横にいる存在が何であるかを思いだし、一瞬だけ肝を冷やす。だが一瞬だけの会話だ。本当に関係がない事は念を押してあるので頭から追い出し、そして堂々と道路の中央を歩く。視線の先には奴隷市場へと続く道を邪魔する様に三人ほど、ローブ姿の信徒がいる。たとえ魔法を使っていなくとも、お互いの姿が見える距離程しか離れてはいない。つまり横を通れば必然的に見つかってしまう密度だ。だが昨夜や一時間ほど前と比べればこれでも人数は半分以下に減っている。


 それもそうだ、宗教に属すという事は生活に一定のリズムを刻む行為でもあるのから。


 たとえば奉納、たとえば儀式、たとえば日課の祈り。そしてこういう活動に出る程熱心な信徒であれば、間違いなく生活のリズムは信仰している宗教がベースとなっている。であればこの時間帯を外す事が出来ないのは自明の理だ。解りきった結果なので特に喜びも驚きもない。


 ただ真直ぐ歩き―――そして接近する。


 もはや魔法による視覚補正のいらない距離にまで接近していた。それを気にせずどんどん前へと向かって歩く。その光景を少女は面白そうに眺め、観察し、そして黙ってついてくる。


 そして、


 見張りの信徒達は気づかない。


 眠そうに、まるで平和な朝であるかのように欠伸を漏らしながら立っている。その手に握られているロッドはただの木でできている。叩かれれば痛いだろうが、そこまで暴力的な意図は見えない。もし、誰かが彼らの横を通って奴隷市場へと行こうとすればこれを使って追い払おうとする、そういう為のロッドなのだろう。だが彼らはそれを使うことも、そもそもすぐ横を通り過ぎる此方の姿に気づく事もなく立っている。ここで役割を果たすべきである武器は沈黙し、そして見張りも眠そうな目をこすりながら侵入者を阻もうと、そのまま立っている。


「……」


 無言でその横を通り抜ける。決して歩みを早める事はない。歩き出した時と終始変わらないペース、変わらない歩幅、そうやってしっかりと見張りを抜け、そして背後へと到達する。背後を抜け、十分距離を取ったのを確認してから歩いている間は常時展開していた魔法を切り、背後を一回だけ振りかえる。そこには相変わらず此方には気づかない見張りの姿がある。だがそれを責める事も出来ないだろう。


 何せ、此方の事を目視する事が出来なかったのだから。


 十分に距離を取った所でようやく息を求める様に口を開く。


「透過の魔法とはまた珍しいものを」


「透過じゃなくて光学ステルスなんだけど―――まあ、口で説明しても難しいからそう思っていればいいよ」


 その物言いに少女が一瞬こっちを睨むが、まあ良いと言葉を吐いてから肩を揺らす。そう、それ自体は実際にどうでもいい話なのだ。それよりも重要なのは見張りを抜けた事であり、そしてその向こう側へと到着した事だ。既に昨夜のうちにリベラの地図は頭の中に叩き込んである。奴隷市場への道は一本道となっており、その入り口に見張りが立っている風になっている。その先は解らないが……おそらく、奥の方に見張りが立つ事はないだろう。


「臭い」


「悪臭、か。まあ、こんなに臭うなら誰だって近づきたくないさ。仕方がないことかもしれないけどさ。まあ、この臭気も一時間もいりゃあ慣れるんだろうけどさ」


 所詮そんなものだ。悪臭というやつはその場にいれば慣れてしまうようなものだ。奴隷市場に付きまとう悪臭は仕方のないものだと思って割り切る事でしか対応できない。まあ、あらかじめ知っていれば準備する事も出来る話でもあるが。


 そう、知ってれば準備ができる。故に懐から小瓶を取り出して、それを指の話で揺らす。それに対して焦女が素早く視線を向けて来る。


「香水か」


「正解。これをちょいと首回りにかけておけば香水の匂いで悪臭を相殺……とは行かなくても大分和らげることができるのさ」


「ほほう」


 香水を開けえ、実演しながらそれを証明する。こういう知識は自分の出はなく、実際には横にいるメイド長のものなのだが。それをまるで自分の知識の様にひけらかすのはじつの所少しだけ気後れする。が、少女もメイド長も何も言ってこないし、別にそのせいでどうにかなる訳でもない。だから香水を使ったら瓶を少女に渡して使わせる。


 悪臭を克服したところで百数メートルの奴隷市場への道を歩く。朝霧に紛れて此方の姿は見えないだろうが、それでも声を大きくすれば静かなだけに十分声は通る。なるべく足音を立てない事を意識しつつ真直ぐ通りを進み……そして数分後には通りの先へと到着する。即ち広場の入り口へと。


 そこは広い空間だ。街中、建物に囲まれる様に出来ているスペース、それなりの広さを誇る広場が奴隷市場の会場となる。そう、広場だ。奴隷市場というのは一人の支配人が存在し、そして奴隷は支配人を通して購入する事が出来る。細かいシステムをあげれば奴隷商の売却やら仲介料等と色々存在するが、ここで重要になってくるのは支配人の存在だけではなく、ここで奴隷を支配人に売ろうとしたりする奴隷商の方にもある。まあ、それ以上は見てからではないと判断がつかないのが現状ではある。


 ともあれ、予想通り奴隷市場の入り口には見張りがいるが―――武装した彼らは入り口の門に寄り掛かるように目を閉じている。こうもなるよな、とその理由を思い当りながら軽くだが苦笑を漏らして光景を見る。


 奴隷とは言わば”財産”である。


 国の法律によって個人の財産は守られている。それを不当な理由で奪う事は出来ない。だからこそ傀儡なんて面倒な手段が発生するのだが―――ともあれ、奴隷とは財産として扱われる。奴隷に対して人権が発生するかどうかは所有者次第となる。故に奴隷商が奴隷を財産として主張する限り、それを奪ったり、勝手に解放する事は出来ない。それは法律によって守られている財産の侵害に他ならないからだ。


 これが利用できる。


 門番を見れば踏み込まれていないのは解るし、同時に暇にしているという事はまだ誰も来ていないということにもなる。それは非常に運の良い事であり、そして利用できること。ここへと至る道が封鎖されている、という部分がポイントになる。上手く行けば狙い以上の成果を得る事が出来るかもしれない。


 そう思ったところで、


 横の少女の視線が自分に向いているのに気づく。その視線に気づいたところで少女はハンチング帽をもう少しだけ深くかぶり、そして口を開く。


「何やら愉快な事を考えているな」


「覗き見は感心しないなぁ」


 その言葉に少女が肩を竦めた。


「妾にとっては呼吸と同じ様なものだ。許せ」


「じゃあ許す」


「許された」


「若もアンタも仲がいいねぇ……」


 意外とネタにリアクションが返ってくるのは気持ちがいいものなのでどうしてもノってしまう。


 ともあれ、時間は有限だ。無駄に立ち話をしている時間が今は惜しい。門に寄り掛かって寝ている門番に視線を送ってから、横のメイド長に視線を送る。長い年月を従者として過ごしたメイド長はそれだけで此方の意図を察してくれる。腕を組めばメイド長が前に進み出て、そして軽く見張りの肩を叩く。浅い眠りだったのか、見張りはそれだけで目をさまし、そして真直ぐ視線をメイド長から少女へ、そして此方へと向ける。瞬間的に誰を相手にしているのかを理解し、背筋をしっかりと伸ばす。


「失礼しました、現在奴隷市場は閉鎖中の筈ですが」


「それは見れば解るよ」


「申し訳ありませんが一旦お引き取りを―――」


 と、そこでメイド長が銀貨を数枚取り出し、それを見張りの兵の手に握らせる。そして再び口を開く。


「いいかい、私らはここにいる若の為に買い物に来たんだよ。解るかい? 客だよ。そして客商売をやるなら時間帯は関係ない。それはよーく解るね? 商人だったら金になる話は見逃さない筈さね。間違いないね?」


「えぇ、おっしゃる通りです。少々お待ちください」


 笑みを浮かべた見張りは即座に門の反対側に立つ同僚へと駆けより、そして起こすと短く話し合ってから中へと向かって走って行く。やはり人間、金が絡むと動きが早くなるのはどの時代、どの世界でも一緒だと再び確認しつつ、此方へと笑みを浮かべてやってくるもう一人の見張りの姿を確認する。


「今同僚が若様の」


「伯爵だ」


「は、伯爵様の為に話を通すので、もう少々お待ちください」


「そうか」


 それっきり黙る。一分や二分で帰って来る事はないだろう。少なくともこの訪問は予想外の出来事になるであろうから、早くても十分十五分は必要とするだろう。それまでの間は退屈だろうが、別段遊ぶために来たのではないのでそれが正しい筈だと判断する。少なくとも余計なストーカーが付いてきてしまっているが、これは完全な予想外だ。


 まあ、口に出さず心の中で愚痴っている辺り我ながら女々しい……。


 そう思うと横の少女が此方に向かって笑みを向けて来る。煽りアピールはいらない、と心の中でつぶやき、そして目を閉じ、腕を組む。


 そうやって待つ事に十分―――見張りは新たな影を連れて戻ってきた。

 ハイファンタジーなのでちゃんと魔法概念はあるよ。趣味ぶっこみまくった設定だけど。基本的に異種族とか世界周りの設定や宗教観とかも趣味でまくりですな。

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