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ナイト・オン

 空は暗く、そして満天の星空が覆っている。目を閉じて耳を澄ませば動物たちの鳴き声が聞こえてくる。目の前で起きている焚火は直ぐそば、クッションを置いてその上に座っている自分や果物を焼いているメイド長の姿を明るく照らしている。背後の馬車の中では一日中馬車を走らせていた御者が仮眠を取っており、静かで寂しい世界がそこにはあった。だがこんな夜も悪くもないと思う。御者はタクシーの様に領地間を移動している者を拾ったからあまり此方に対して感情を向けてこないし、


 この二日間の移動は悪くない時間だった。


 そんな事を思いながら焚火を使って焼かれている果物を見ていると、メイド長が串に刺されているそれを取り、そして確かめてくる。それを数秒間眺めると満足したのか、串に刺さった赤い果物を渡してくる。リンゴに非常に良く似た赤く、そして丸い果物、アプリカその丸焼きにかじりつく。焼いたことによって一気に甘くなった果実はそのまま食べるよりも遥かに美味く、そしてそれ以上の味付けを必要としない。


 まあ、簡単に言えば食後のデザート、という感じのものになる。


「ふぅ、うめぇ。これ食い終って飛ばせば今夜中には王都かね」


 視線を場所の向かう先へと向けても見えるのは闇ばかり。街道は出来上がっていても外灯なんてものは存在しない。故に存在するのは闇だけだ。この中を進んで行くとなるとかなりの勇気を必要とするだろう。


「ま、それだけの金は出しているんだし文句は言われないだろうねぇ。まあ、馬車の堅い椅子は老体にはキツイんだけどねぇ。どこの鬼畜領主だいこんなババアを連れて行こうとしているのは」


「はは、素手でオークをぶち殺すババアが何か言ってるぞ。超笑える。いっそ芸人やってみたらどうなんだよ」


 あはは、と軽く笑いながらメイド長と一瞬だけ睨み合い、そして溜息を吐く。こんな事をしていても不毛なだけだ。いや、実際メイド長の存在には助けられているし、現状完全に信用と信頼を置けるのは彼女だけだ。自分の中で無理難題に付いて行けるのもおそらく彼女だけだ―――今回の王都への訪問はそういう人材を増やす事が目的だ。まあ、


 高望みはいけないよなぁ……。


 小さくそう呟いておく。


「弁えているじゃないか」


 だがどうやらその言葉は聞かれていたようだ。メイド長はニンマリとした笑みを浮かべる。その笑みに嫌気がさしながら解っている、と答え、もう一口熱い果実の味を楽しみ、そして言葉を続ける。


「そもそも奴隷つっても欲しい人材が揃っている訳じゃないし、それに本当に有能や奴ってのは奴隷商の方が見抜いて高値を付けている―――そういう連中はこぞってオークション行きだ。欲しくても手の届かない値段で取引されるんだからどう足掻いても無駄だわな」


 まあ、と一旦言葉を区切ってもう一口だけ食べる。


「―――いいとこ使用人の代わりを見つけるぐらいが御の字か、な? 今食ってるこのアプリカが銅貨三枚、使用人の一ヶ月の給料が銀貨四枚。これと比べて今の労働奴隷の相場が一人金貨二枚だ。銀貨百枚で金貨一枚って考えると短期的には損が大きいけど、少なくとも年単位で使い続けるなら明らかにこっちの方が安上がりだ」


 そう、こっちの方が安く済む―――まあ、ただの労働用の奴隷を購入するわけではないのだが。


「そこから評判操作用に数とか容姿とか技能とか、そこらへんも選ばなきゃいけねぇんだけどな。馬鹿のボンボンらしく美少女メイド十数人バンと購入できればいいんだけどな。あとは異種族連中とか購入できればいいな。まあ、なんとか悪評を領地に影響しない様にキープする方法をだなぁ」


「それは別にかまわないんだけどそうやって少しずつ財布の中身がすり減って行く事は忘れちゃいけないよ」


「解ってるって」


 解っている。奴隷を雇用する金も、移動に使っている場所の費用も、全て岩塩の密売から得た金だ。そしてその金も、決して無限ではない。また別の金を稼ぐ方法が必要となってくる。あまり派手にお金を使用する事は出来ないのだ。


「まあ」


 果実にかぶりつきながら、開いている手を持ち上げる。掌を上にする様にし、軽く集中すれば、掌の上に小さくだが光の塊が生み出される。それを握り潰し、霧散させる。


「一人ぐらい魔法適性の高い子が手に入ればいいんだけどなぁ……あぁ、でもこういうのって期待しすぎると裏切られた時ものすっごい落ち込むんだよなあ。だけどこう、前々から計画していた事を実行するとなると非常に興奮してきてまだ見ぬ美少女俺がお前の姿を永遠に記録に残してやるぞ……!」


「目的が変わってるぞクソガキ」


 完全に欲望が駄々漏れなのは認める。ただ一応健全な男性なのだ。悪評のためとはいえ、”美少女を購入する”という響きに対して思わない事は決してない。いや、それこそ軽い葛藤はあったに違いない。だが奴隷の売買は法的に認められている事だ。


 ……じゃあ仕方がないよね!


 葛藤終了。


 ―――若干ふざけているかもしれないが、真面目に思考するのであればここら辺の葛藤は既に”終了”した所だ。それも割と昔に。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、此処にはここの法という物が存在している。故にそこまで葛藤するものでもない。故に奴隷という手段を元のモラルを抜きにして考えるのであれば非常に有効な手段であるというのが解る。多少の趣味はあるかもしれないが、それでも手段を選べる立場でもない。


「まあ、多少の趣味が混じるぐらいはいいだろ」


「男ってやつはどいつもこいつも馬鹿だねぇ。ロマンだとか適当に理由をつけて好き勝手したがる」


 それに関しては本当に何も言い返せないので黙って串に突き刺さった果物を口の中へと運んで一気に食べる事で答えるとする。かなり甘い事もあって、口の中が一気に砂糖で満たされるような感覚もあるが、それを見計らってメイド長が水筒を渡してくれる。それを受け取るとメイド長が馬車の方へと戻るのが見える―――おそらく御者を起こしに行ったのだろう。さっさと水筒の中身を一気に飲み終わると、先ほどまでアプリカの突き刺さっていた串を焚火の中へと投げ捨てる。焚火の中で燃え滓に変わって行く串を眺めてから、片手を振るう。


 それと同時に発生するのは水の球体だ。


 焚火の上に発生した球体は操作を放棄するのと同時に焚火へと落下し、そして辺りを明るく照らして炎を消し去る。その時に馬車の方向から一気に明かりがやってくる。視線を其方へと向ければ馬車の先頭部分にかけてある二つのランプの中に魔法的光が灯されていた。普通にランプの中に炎を灯すよりは広範囲を明るく照らす魔術によるもの、メイド長がやったのであろう。


「さて、と。ほぼ三日かかったけど……帰りは賑やかになりそうだな。大型の馬車を手配するよりは複数用意した方がいいのかね? ま、そこらへんはメイド長の采配に任せるか」


 帰りの馬車代は来る時よりもかかりそうだなぁと、そんな事を思いつつ立ち上がり馬車へと向かう。


 王都リベラへはもう、そう遠くない。



                 ◆



 ―――大国は大きく分けて二つ存在する。


 ”大陸”の上半分を占領する形で真っ二つに割れているのが二国、フェキル共和国とラグランテ帝国。創作話などでは腐るほど良く聞く共和国と、そして帝国だ。大陸でも屈指の大きさの二国の南に存在しているのがこの二国よりは国土では劣る中規模の国家―――ここ、レシュダットとなる。国土では劣ってはいるが、それでも産業や技術力では決して劣ってはいない、というのが諸国の評価。それも長く続くかどうかわからないのが現状だが、


 ―――リベラは活気に満ちている。


 レシュダット最大の街、王都リベラは巨大な街だ。その周りを城壁で囲まれながらも、城壁を超えてくるように人の営みを示すような煙が、門を抜けて生活の明かりが、そして人の活動をします声が風と共に流れてくる。最大規模の都市ということもあってその発展や経済は他所よりも遥かに潤っており、領地を経営する者としては嫉妬してしまいそうな出来だった。―――比べること自体が間違っているのだろうとは解っているのだが。


 リベラの入り口となる門前で馬車は一度停止すると、数秒後には再び動き出す。カタカタ、と馬が踏んで生み出す音がもっと堅いものになるのを感じる。それは整備された街道の道路がもっと別の材質へと変わった事を告げる。そして同時についに王都に到着したのだ、という事になる。自分の領地から片道約三日。道のりは長いが、その代わりここでしか手に入らないものは多い。


 できる事ならもっと近けりゃあいいんだけどなぁ……。


 地形や領地の場所を変える事など不可能だ。そこらへんは綺麗さっぱり諦めるとする。


 ともあれ、馬車は街中に入ると速度を一気に落とし、ゆっくりとした速度で歩み進める。そのまま馬車を止められる場所まで進めてくれるだろう。そこらへんの手配等もメイド長の仕事だし、彼女が仕事に対して一切の手加減をしないのはこの六年間で嫌という程理解している。故にそれよりもと、懐に手を伸ばし、そこにしまっておいてある物を取り出す。


 懐中時計だ。


 中々高級品になるが、正確に時間を知る事は重要だ。”時合わせ”の魔術がかかっているこの懐中時計は共通した、正確な時間を伝えてくれる。そしてそれは現在の時刻が十時少し前になりそうな事を伝えている。道理で小腹がすいてきたような感覚があると思った。これは奴隷市場へと向かう前に一度宿で何か適当に食べた方がいいかもしれない。


 そう思ったところで懐中時計を仕舞う動きを止める。


「ん? 丁度オークションの時間か」


「そうだねぇ。まあ、購入する余裕なんてありゃあしないけど参加し、見るだけなら無料だからね。そこまで面白いもんじゃないけど見たいなら見に行くってのもアリだねぇ」


 メイド長のその言葉に一瞬どうするか迷う。だが迷うのも一瞬だ。どうせなら色々と見れる方がいいのかもしれない。そうと決まれば早速行動に移すだけだ。メイド長へと頷きを肯定の答えとして返すと、メイド長が御者へと語りかけ、馬車を止める。そしてそのまま、馬車の扉を開ける。


「奴隷市場へは奴隷商じゃなきゃ直接馬車で入れない様になってるんだよ」


「なるほどね」


 おそらく防犯的理由がそこには存在するのだろう。メイド長が開けてくれた扉から素直に馬車から降り、軽く体を伸ばす。数時間窮屈な馬車の中で過ごしていた事もあって、自分の両足で触れる塗装された道の感触は悪くはない。自分の両足で大地に立っているという確かな感覚がそこにはある。


 ……やっぱり歩きが一番だよなぁ。


 そうも言っていられる距離ではないのだが。


 そんなくだらないことを思考していうちに背後で馬車の動き出す気配がする。支払いを終わらせたメイド長が横に並んでくる。道行く人々が一瞬だけ此方に視線を向けるが、それも一瞬だけだ。別段王都程の街となれば貴族を見かけるのは珍しくないだろうし、見ただけで自分がどういう人間かを把握するのも無理だ。故に普段よりも心は軽くなっている。


「メイド長」


「はいはい、もちろん道は知っているさ。というか若は若でいい加減自分でお覚えようとする努力をしないのかねぇ」


「俺の仕事は人材を上手く使う事だからこれで正しいんだよ。つまり俺の仕事はババアをアゴで使う事だ。うわ、何かスゲェ良心が痛む」


「中途半端なクソガキだねぇ……」


「クソガキ言うな。アレだぞ、俺が怒ったらアレなんだぞ、マジでアレすっぞ」


「えぇ? 未だにあたしに勝てないクソガキが何だって?」


「なんでもありません」


 溜息を吐きながら先頭をメイド長に譲り、そしてその斜め横を歩くようにメイド長に付いて行く。横から言葉を発す事もなく歩けば自然と視線は街並みへと向けられる。やはりそれを明るいと自分は思う。


 十時近くともなれば、自分の領地であればほとんど人間が寝ているだろう、此処の様に人が大声で笑いながら街中を歩き、そして酒場からは何時までも人の声が聞こえる。こういう街を作っていきたいものだが、現状は……いや、少なくとも最低であと数年はそんな環境を作れるとは思えない。だからこそ軽く自分の現状に苛立ちと、そして持てるものに対して嫉妬を禁じ得ない。


 まあ、贅沢な話、というやつだとは思う。何せ、自分は確実に恵まれているのだから。そして恵まれているからこそ、欲は尽きないのだ。上へ上へ、と求めてしまう性質が出来上がってしまう。それはどうしようもない事でありながら正しい事……だと少なくとも自分は思っている。


 自分の心は何故こうもめんどくさいのか、そう思ったところでメイド長の歩みが止まった事に気づく。


「ついたのか?」


 視線を先へと向けるが、そこに目的の奴隷市場はあるように見えない。その代わりに前よりも人の姿が増えているような気がする。軽い嫌な予感を感じながらメイド長と短く視線を交わし、そして少しだけ足を速める。


 そうして到着するのは少しだけ開けた空間―――その前を封鎖する様に白いローブや鎧を着た人間が道を塞いでいた。まず間違いなくその向こう側が奴隷市場だ。風に乗ってやってくる異臭が、洗われてない人の臭いが奥から運ばれてくるから直ぐに解る。だが道を封鎖する人間は明らかに奴隷市場の関係者にしては”綺麗過ぎる”のだ。その服装についている紋章を確認するのと同時に言葉を漏らす。


「正罰神の信徒かよ……」


「こりゃあめんどくさいタイミングで来ちゃったもんだね」


 正罰神、文字通り正義と、そして罰を象徴する神だ。その教義は”平等の正義”という一点に集約される。貴族であろうが、平民であろうが、奴隷であろうが、生まれて持っている権利は誰もが一緒である、という考えがこの教義の中には存在している。


 故にこのような形で奴隷ビジネスに対して干渉する時はある。封建制度そのものに対する干渉は教会としての力が足りない為に行われないが、それでも厄介な教会として認識されている。なぜなら民衆という一番”力”を持っている層に対しての影響力があるからだ。


 封鎖されている道路の向こう側を眺めながら軽く頭を掻く。


「おいおい、どうすんだよ」


「どうするも何も、何もできやしないさね。演じている無能らしく怒鳴って突撃してみる? 敵認定されて終わりだよ。予定は狂うだろうけど連中が大人しくなるまでこっちか領地で大人しくしているしかないね。いや、戻っても動かす人材がないんだからそもそも戻れない、か」


 最後の言葉に軽く笑うメイド長の事を一瞬睨み、そして溜息を吐く。タイム・イズ・マネー、とどっかの誰かは言った。こうやって過ごす一分一秒は実に尊い。故に素早く何か有効策を考えようとし―――笑みを浮かべる。


「おや、悪戯小僧の表情を浮かべている様子を見るに、何か思いついたね」


「まあな」


 そうだなあ、と言葉を漏らす。やっぱりこのまま手ぶらで帰る訳にもいかないし、時間をかけているわけにもいかない。そうなると必要なのはリスクとリターンの計算、そして度胸だ。そしてどこまで馬鹿な発想をできるか、というだけだ。


 幸い、馬鹿な発想や展開に関しては”ストック”が十分にある。


「とりあえず宿を取ろう。ぶっちゃけこれと言って特別な事なんじゃないんだがな」


 そう言ってきた道を戻り始める。十数歩進み、離れたところで横についてくるメイド長に向けて口を開く。


「いいか、明日―――早朝に奴隷市場に忍び込もう」


 今の自分、物凄く悪い顔をしているんだろうなぁ、そう思って言葉を横のメイド長へと送ると、


「―――ほう、愉快な事を話しているではないか」


 返答は横からではなく背後からやってきた。軽く焦りつつ振りかえれば、そこにいたのはローブや鎧姿ではなく―――少女の姿だった。おそらく年齢は自分よりも一つか二つ下、平民が良く着用している基本的なロングスカートとブラウス姿で、長い金髪の持ち主だ。ハンチング帽の下から赤い瞳を真直ぐ此方へと向けている。


 一瞬誰だ、と思考を巡らせ、注意深く観察し相手が誰であるのかを理解する。


「これは……」


 ハンチング帽の下から視線を向けて来る彼女は、八重歯を見せる笑みを浮かべながら言葉を吐いてくる。


「―――面白そうだ。話せ。そして混ぜろ」


 今日、この時、この場所へと来た事を人生で何よりも後悔する。


 故に反応は誰よりも早い。


「はて、何の事でしょうかね? とりあえず私達はやる事があるのででは―――」


 そう言って迷う事無く離れようとする。一瞬で関わってはいけない類の人物だと判断したからだ。だがやはり、見てからでは遅い。それでは遅すぎるのだ。相手は既に此方をその視線で捉えているのだ。もう遅いと理解していても、それでも動くしかなかった。


「まあ待て。そう私を邪険にしないで欲しいな」


 まるで蛇の様に横へもぐりこむと、いつの間にか手首を掴まれていた。それを振りほどいて逃げるだけの勇気がこの相手に対しては湧かなかった。


「オススメの店がある―――少々語り合おうではないか、なあ?」

 ようやく超高性能ババァ以外の女が登場。本当は二分割して加筆するか悩んだけど無駄に長くなりそうだったので。

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