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チェンジング・デイ

 大会開始から三時間も経過すると昼時となってくる。体を動かさなくてもお腹はそれに関係なく空いてくる。ルインに持ってこさせたバスケットの中には四、五人分のパイなどが入っている。誰かと一緒に行動したり大食漢がいた場合を想定した量だが、これを食べきることは無いだろうと現状の状況を思い、一旦釣糸を引き揚げながら横に座るオーリへと視線を向ける。オーリも軽く溜息を吐いているが、同じく釣り糸を引き上げていた。


「そろそろ昼だから一旦引き上げて食べようかと思ってんだけど……爺さん、食いもん持ってるか?」


 オーリの方へと視線を向けつつ言うと、オーリは申し訳なさそうに笑みを零す。


「実は数匹釣れるだろうから、と思って調味料やら道具は用意してきたのですが……」


「あぁ、現地調達の予定だったか。まあ、数人分余分に持ってきているし爺一人食わすぐらいわけないな。このウォリック伯爵様に超感謝して味わうがいい!」


「御恩情ありがとうございます伯爵様」


「はっはっはっは! ……」


 視線をルインへと向けるが、目を閉じてから此方を視界に入れ無いようにしてバスケットの中からパイを取り出し始めている。ここは見事なボケに対するツッコミを期待していたのだが、オーリは素直な性格な事もあって芸やネタに走っても当然のように受け止めてくる。つまり環境的にボケ放置の方向性だ。更にルインがガン無視決めてくる為、ボケへの風当たりの強い空間になっている。持ちネタではあるが他人へと向ける為の態度でもある為、止めに止められないのが辛い所だ。


 ……フーとかメイド長だったらまず間違いなくツッコミを入れてくれるんだけどなぁ。


 やっぱり芸関係を期待するのは厳しい。解っている事なので内心だけで溜息を留め、対外的には何時も通りの姿をしておく。その間にパイを切り分け終えたルインがそれをナプキンでくるみ、此方、そしてオーリへと渡してくる。ついでにクーラーボックスの中からサイダーをまた取り出してもらい、片手でサイダーの蓋を外しながらもう片手でナプキンで掴むパイにかぶりつく。キッチンから持ち出して結構時間が経過しているが、それでも魔法である程度劣化は防げる。口にするミートパイはまだ出来上がってから数分が経過した、それぐらいのクオリティが保たれている。食べ物に対する保存魔法が通じるのが半日程度だと考えるとそろそろ食べ時だったかもしれない。


「しかし」


 視線を湖の方へと向け、そしてそれからバケツの方へと視線を向ける。その中には水が注がれてはいるが、それでっも中に魚が泳いでいるという事は一切なかった。だからリリースしたのか、と問われれば違う。既に三時間ほど釣っているが、まだ一匹も釣れてはいないのだ。それも二人揃って。何時ものペースと比べてみれば釣れてないというレベルではない。軽く撒き餌をしても魚が寄ってこないのだから、運が悪いという範疇を超えている。


「釣れないなぁ」


「釣れませんねぇ。何時もなら何匹か釣れている頃なんですが……運が悪いといいますか、何と言いますか」


「運が悪いって範疇は超えているような気もするけどな」


「……二日前に来たときは普通に釣れていたわよね?」


 ルインの言葉にそうだな、と答えながら首を捻る。二日前に来たときは確かに普通に釣れていた。なので今日になっていきなり釣れないのはどういうことなのだろうか、と。おそらく来ていない昨日の内に何かがあったと考えるのが妥当だと思う。誰かが魚を処分したとか、隠したとか。ただそれだけの労力を入れる様な大会ではないし、そこまでして手に入れる様な賞金の額ではない。なのでそういう工作をされてこうなっている、とは考え辛い。


「まあ、釣れない日もありますよ。そういう釣れない時もまた楽しむのも釣りの醍醐味ですから」


「流石に俺はそこまで悟れないわ。爺さんが言うとなんか含蓄があるっていうか、重みがあるよな」


 その言葉にオーリはパイを食べながら笑いを軽く零す。


「それはもう伯爵様が生まれる前からずっと釣りをやっていますからね。伯爵様が生まれるずっと前に木の棒に糸と針を付けたぼろ竿で初めて、少しずつ今の物を買ったり作ったりしてもう四十年以上は釣りを続けていますからね。流石にこればかりでは負けるつもりはないんですけどねー……」


 だけど魚は釣れない。まあ、そんな日もあると楽観しておく。パイを口へと運び、空腹を満たす。若干味付けが濃く出来ているのは純粋に自分の好みの味付けを反映させているからだが……やはりメイド長のクオリティと比べると少々味の質が落ちているように感じる。今日はメイド長じゃなくて新人の誰かにやらせた、という所だろう。まあ、意図する事は解っているし彼らの成果を無限にする必要はない。誰だってはじめてがあれば成長だってある。ただメイド長のやる事々の質が高すぎるというだけの話だ。将来に期待するという事で一つ。


 貴族になると味の違いとか、美術の品質とか、そういうのにも知識を通しておかなきゃいけないのが辛い所だなぁ。


 演奏に関しては必死に練習したが、美術に関してだったりすれば元々習っていた事もあって結構自信はあったりするが―――それでも貴族生活というものは予想されていた物よりは遥かに大変なものだ。庶民、平民はお金が入ればそれを使っているだけでいい、なんてイメージを貴族に抱いているのが多数かもしれないが、付き合いや話題、出費の事を考えると実際は男爵や領地なしの騎士は下手すれば平民以上に厳しい生活を送ったりもする。


「伯爵様?」


「ん? いや、美味いなぁ、って。ウチ、最近使用人連中全員首にして奴隷買って揃えてきたんだけど、まだまだ未熟な連中でさあ、今回もこれ作ってきたのはたぶんその連中の一人なんだよな。ま、まだ買って一種間程度だからどーも名前と顔がしっくりこなくてなあ」


「まだ一週間目でこの味となると伯爵様の所の使用人の皆様は将来が有望となりますね。それに伯爵様も使用人の名前などを覚えようとしているようで……良い環境で働けられる彼らは幸せでしょうなぁ」


「褒めても何も出さないからな! ルイン、パイを渡せ!」


「……」


 何やら呆れた視線が天使から帰って来るがそのジト目も個人的にはご褒美のジャンルに入るので良しとする。ノーリアクションよりかは遥かに健全であるし、という考えもあるのだが。ともあれ、オーリは二切れ目のパイを受け取ると感謝しながらそれを仕舞う。やはり老人にパイ二切れはキツイよあ、と。自分も一切れ目のパイを食べ、そのまま二切れ目をルインから受け取る。天使はその気になれば一週間飲まず食わずでも平気だそうで、気にしないで済むのは気楽だ。


 パイを口へと運び、大きく噛みつく。食べたいと思えば食べられる、作らせられる地位に今の自分はいるのだ。だから一口で半分ほど食べてしまうような贅沢だって好きなだけ出来る。貴族になって良かった、不便になった生活の中で明らかにそう思うのはそう言うところだ。これからはもう少しだけ大きめに金策を行う事だってできるし、もう少しだけ食べ物や飲み物で贅沢をすることを考えようとしたところで、


 鼻にある臭いがかかる。


「……」


 それに反応する様に動きを止めるよりも早く、ルインが立ち上がる。軽く指を舐めて濡らせば風が吹き、濡れてしまった指に付いた唾が風に揺れ、どっちから風が吹いているのかを知らせてくれる。それを舐めとり、ナプキンで拭いてから立ち上がると、オーリが首をかしげる。


「えーと……どうかされましたか?」


「爺さん、ちょっと臭い。嗅いでみて」


 首をかしげるオーリが臭いを嗅ぐように鼻を動かすと、驚いたような表情をして鼻を押さえようとする。今頃オーリも感じるているのだろう―――異臭を。臭い。これはまた奴隷市場にあったような異臭とはまた違う類の異臭だ。あの時と同様色々と混ざった異臭で、間違いなく不快感を受ける様な臭いだ。それを細かく説明するなら何よりも血と賍物、腐臭と死臭に臭いが似ている。一度でも嗅いだ事があるのであれば忘れようのない臭いだ。その臭いも一秒ごとに強くなってきている。


「この臭いは……」


「なんで魚がいないのかやっと理解できたわ」


 サイダーの瓶の中身を捨て、それを逆さに握った所で風上―――異臭の発生元の方にある草むらが揺れる。次の瞬間には木々の間、そして草むらから影に隠れる姿が飛び出てくる。一直線に飛び出してくるその姿を確認するまでもなく瓶を叩きつけ、瓶を砕きながら飛びかかってきた姿を大地へと叩きつける。大地へと落ちる姿の頭を即座に足で踏みつけるのと同時に、割れて凶器となったサイダーの瓶、その切っ先を倒れる姿の首へと容赦なく突き刺す。


「―――!!」


 大地に倒れる姿が悲鳴をあげようともがく。だがそれすらできない様に強く頭を踏みしめ、そのまま首へとめがけて何度か切っ先を叩きつける。派手に血が舞い、草地を濡らすのを確認し、此処はお気に入りの場所だったのにと口に出さず溜息を吐く。三度も首に凶器を叩き込めば流石に動ける存在はいない。足を退ければピクリとも動かない死体が出来上がっていた。


「塵ね。死ね」


 ルインの声に引かれる様にルインの方向へとルインの周りには血の跡も一切なく、襲撃者の姿が五つほど倒れていた。周りには一切争ったような形跡は存在せず、身体に触れた様な痕跡さえ存在しなかった。勿論ルインの手には武器なんて存在しておらず、おそらく何らかの魔法で命を刈り取ったという事しか理解ができない。その手腕は流石天使としか言えないが、その殺害方法には若干違和感がある。彼女の属性は記憶が、あの商人の発言が正しければ天使らしく相反属性の組み合わせ、風と土の筈だ。だが周りには風で裂いた様な跡が無ければ、大地の抉れているような様子もない。


 しかし今はそれを考慮している場合ではない。彼女の攻撃手段はまた後で考えるとして、襲撃者の死体を確認する。


「―――ゴブリンか」


 緑色で最低限の衣服を身に纏っている子鬼とも呼ばれる魔物、それがゴブリン。体の強度そのものは基本的に人間と変わらない。つまり剣なんかで斬れば普通に死ぬ相手だ。知性も低いため簡単に罠にはめる事が出来るし、魔法に対する耐性も所持していない。だが残虐だ。嬉々として人間を殺し、死体で遊ぶし、子供は生きたまま腸を引きずりだしてむさぼり食らう。四肢があり、生殖行動をとるが、九割方、本能でしか動かない故に原始的に残虐な魔物、それがゴブリンという存在だ。


 駆け出し冒険者が良く相手をする魔物であり、魔物の中でも”間引き”を必要とする面倒な連中だが―――こんな場所で出現する方向は初めてだ。


 瓶を捨て、そしてゴブリンの死体を確かめる。こっちで殺したゴブリンの死体は棍棒しか持っていないが、ルインが殺した個体はロングソードを所持している。死体からロングソードを回収し、軽く振ってから確かめる。おそらくどっかの駆け出し冒険者の死体から取って来たばかりなのだろうか、比較的に新しく感じる。オーリへと視線を向ける。


「爺さん、無事か?」


「え、ええ、返り血一つありませんが……まさかゴブリンが出るなんて……」


「最近ゴブリンでたよー。何て話を聞いたけどこんな所に出るとは聞いてないぞ。別の巣は公爵の軍で潰したって話だし」


 と、なると新たに巣が出来たのか、もしくは”湧いた”のか、あるいは生き残りがいた、という事になる。どちらにしろゴブリンは害虫と同じ扱いだ―――一匹見たら確実に十はいると思った方がいい、そういう存在だ。これは確実に釣り大会なんて言っていられるような状況ではなくなってきた。殺したゴブリンの死体を蹴り、それを草むらの方へ、見えない所に放り込んでおく。


「ゴブリンに対して一言」


「塵」


 畏れる様子は一切ないし、確実に自分よりもこの女は強い。となると心配する必要も何もない。警戒や迎撃の全てはルインに任せるとして、釣竿やバケツは残念ながらここに置いて行くしかない。また後で、安全を確認したら回収すればいいだけの話だ。荷物を気にして死んだら元も子もない。ともあれ、


「じゃあルイン、よろしく」


「……ふぅ。そこの老人、残念だけど釣竿とかは邪魔になるから置いて行って貰うわ。あと殿は私が受け持つから、そこの主と一緒に真直ぐ集合場所に戻って」


「は、はい。その……よろしくお願いします」


「気にするな。ウチのメイド天使がどんだけ凄いのか自慢するいい機会だからな」


「この程度の有象無象で価値を決められたくはないわ」


 意外と魔物に対して思う所があるらしいのか、少しだけルインは高揚し、戦意を滾らせるような姿を見せている。その理由も、ルインの攻撃手段も安全を確保してからではないと考える事は出来ない。


「平和な釣り日和だったはずなんだけどなぁ」


「困った事になりましたねぇ」


 どうやら平和なままで、一日が終わりそうになかった。

 ファンタジーでは基本かませのゴブリン先輩。ここでは結構残虐だったりしますね。

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