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ヘヴィ・アトモスフィア

「―――お買い上げありがとうございました!」


 魔法を使って服を作るかぁ……王都の方は進んでるなぁ。


 チリンチリン、と服屋の扉を抜けるのと同時に鈴が鳴る。それは入店ではなく退店を伝える為の音だ。店内奥、カウンターの向こう側には頭を下げている店員の姿がある。そちらへと一度も振り替える事無く、そのまま店から出る。懐にしまってある金貨入れの重さが数日前と比べて非常に軽くなったことを考えると少し痛いが、人が増えた分、前よりはお金を稼ぎやすい環境は出来上がりつつある。これを先行投資だと思ってスッパリ諦めるしかない。店から少し前に進み、後ろへと振り返ればフーと、そして二人の新しい奴隷の姿がやって来る。どちらも奴隷市場の時のみすぼらしい恰好をもうしてはいない。


「世の中にゃあミニスカが良いというやつもいるが俺は違うね。信頼と伝統あるロングスカートこそがメイド服の魅力だと思っている。ミニスカなんて言っている連中は所詮パンツが見たいとか言っているサカっている猿だけだ。大人は黙って全体としての美を求めるものだ」


「大将は成人したばかりじゃなかったっけ」


 うるせぇと答えつつ無言で店から出てきた二人を見る。ロングスカートのメイド服に渋々といった様子で身を包むシーリンとルインの姿がある。ちゃんと風呂屋へと叩き込んできたのでどちらも最初の時の様な汚れや臭いはなく、ルインの長すぎた髪は革紐を使って首元で手束ねられている。ぼさぼさだった髪もこうやって軽くだが手入れをすれば輝くものだと再認識し、頷く。出来たらここで少し食べたりして打ち解ける時間が欲しかったが、それは領地の方へと戻ってからも出来る。とりあえず、近くで馬車を待たせている。馬車に乗っている間、二日三日分の食事は向こう側が出してくれる―――少なくともそれだけの金は出している。だからこれで本当に王都での用事、やることは無くなった。


 去る時は去る時で随分と名残惜しく感じるものだ。


「んじゃ、帰るか。引き続き荷物よろしく」


「あいよ」


 特に二人のメイドからの返答は期待するわけでもなく、新しく三人を連れて馬車へと向かう。



                 ◆



 王都リベラからウォリック領までは馬車で急いで二日ほど、少し余裕を入れれば三日で到着できる程度の距離だ。岩塩を売るために王都へまでは街道が続いている為、徒歩で向かう事は出来る様になってはいるが、徒歩の場合は確実に一週間は必要とする。だが逆に言えばその程度の距離だ。ウォリック領はさほど王都から遠くはない。


 故に王都との、王族との関係は親世代の話であればそこまで悪くはなかったと聞いている。国の発展に対して金銭等を持って支えていたらしく、それなりに目をかけて貰っていたらしい。ただ所詮は親世代の話であり、貴族社会というものはかなり厳しい。世話になっていた人間が死んだ、なら子供を大事にするか? 違う、次に使える人間の世話になる。その方が遥かに効率的であり、国の発展を考えるのであればそれが正しい。もちろん、ある形で親が亡くなった事に対する補償はつく。


 たとえば成人するまで家がつぶれない様に後見人がつく、とか。


「―――ま、そんなわけで君達がこれから使えるウォリック伯爵という男は今、物凄いピンチだ。孤立無援とまではいかないが、それでもかなり不利な立場にあるという事を理解しておいてくれ。いきなり現場に到着して叩き込まれるってのは使用人の立場からしたら嫌だろうから予め言っておくからな」


 馬車が僅かに揺れている。流石に金を出して貸し切っているだけあって、中々高性能な馬車に乗れている。普通の馬車であれば酔うぐらいに揺れるものだが、この馬車にはそれがほぼ存在しない。窓の外はまだ明るい世界と、そしてゆっくりと流れる街道の様子を見せている。


 ウォリック領までの道程、それは二日、三日という非常な暇な時間を生み出す。魔導バイクや飛行船を利用すればそれこそ一日で領地へと戻る事が出来るが、どちらもかなり高価な代物だ―――少なくとも今手を出せないようなレベルの。故に馬車で我慢するしかない。この二日は買い物も、修練も、そして政務も行うことができない面倒な時間だ。だったら出来る事を先にやっておくほうが遥かに賢い。


 何より、既に到着しているであろうメイド長が他の奴隷達に労働環境や立場に関して色々説明をしているだろうから。魔法によって馬車内の会話が外へと漏れることは無い。話す内容に関しては気にする必要はない。


「さて、そんなわけで馬鹿にでも解るように説明しようか? 一つ、両親は死んでいて、現在の当主は俺だ。二つ、両親が死んだのは何年も前の話で、それまでは親戚筋のカルニデス公爵が後見人を務めていた。三つ、カルニデス公爵はウォリック伯爵家を武装解除したり人を飛ばす事で力を奪うと、実質的に家を乗っ取って岩塩から得られる利益の多くを自分に流れる様に操作している。四つ、妹が人質として外国に飛ばされているから派手に動けない。以上、簡単にウチに関する簡易的な状況説明だ」


「良く頑張ろうと思えるな、大将」


「実際九割がた詰んでいるからな。ものすごい根気が必要だけど盛り返す方法はないわけでもない。これでババア……メイド長が裏切ってたりしたら確実に死ぬわけだが、あのババアに関してだけはそれはありえないしな。おかげで首の皮一枚で繋がっているわ」


 ともあれ、と軽く言葉を置く。改めて認識する。我が家の終わりっぷりは色々と酷い。これがゲームであれば間違いなくリセットボタンを押して、違う貴族家からのスタートを推奨するぐらいに酷い。だが現実的に考えてそんな事が出来るわけがない。放り込まれてしまった以上、それをやりきる事しかない。それが意地の類であったとしても、僅かにでもモチベーションへと変換できるのであれば全く問題はない、歓迎すべきものだ。


「……敗北を認めないのか」


 声はシーリンのものだった。漸く喋ったな、と思うと同時に鋭い彼女の声に対して小さく、見えない様に笑みを浮かべる。なんだっていい、話し合う事は互いの理解へと繋がる。それは決して悪い事ではないと思う。


「敗北したのは俺の両親であって俺じゃない。俺はまだ負けたと認めていないし、屈服したわけでもない。お前と一緒でな」


 その言葉を二人へと向けると、返ってくるのは睨むような視線だった。シーリンが奴隷となったのは部族間抗争の敗北だったか。ルインの方に関しては憶測を立てる事しかできないが、それでも二人とも何らかの敗北を得たに違いない。そしてその結果としてここにいる。だが決してその敗北を認めていないからこそ、こういう態度が存在するのだろう。


 ……これで俺以外の奴が購入していたら未来は悲惨だったものだろうなぁ。


 こういう女の心を折り、屈服させる事に対して快感を覚える輩はいる、というよりも多い。貴族という人間の多くは少なくとも支配者であり、支配者である事が普通だ。故に自分以下の存在は媚び、諂う存在として認識している。反抗心を折るのは支配階級の人間にとっては普通の事だ。


 ともあれ、


「まあ、君らの職場や環境、処遇に対して気になるだろうから話しておくか。もう既に屋敷の方に到着した奴隷達に関しては説明が終わって練習とかが始まっているだろうし」


 その言葉に反応する様にピクリ、と体を動かすのはシーリンやルインだけではなく、フーの方もだ。あまり此方に対して質問したり追求してこないのはこの男は自分の身分に対して疑問を持たないからだし、此方の人柄をある程度把握しているからだろう。だがそれとは別に、これからどういう扱いをされるかは気になるのだろう。


「基本的にウチで扱う奴隷ってのは住み込みの使用人と同じ扱いだ。寝る場所は与える、三食も出す、そして相場よりも低くなるがちゃんと給金も出る―――まずはこれだ。いいな?」


 フーが驚いたように口笛を吹く。対して前に座る二人のメイドは大きなリアクションを見せない。フーはともかく、シーリンとルインに関してはこうやってこの場にいる事自体が不服である事に違いない。故に奴隷としてはかなり良い方に入る待遇であったとしても彼女達の心を動かしたり得る動機とはならない。


 まあ、ここら辺は予想していた通りのリアクションだよなぁ……。


 故に、露骨に目の前に餌をぶら下げる。


「―――ちなみにウチにはな、自分を買い戻す事に関しては許可を出すぞ?」


 ピクリ、とシーリンの耳が動きを停止させる。


「……それは本当か?」


 予想通り、若干疑いながらだがシーリンが食いついてきた。やはり元の場所に対する執着か何かがあるようだ。この少女のかじ取りを考えるのであれば、そこらへんを突けばいいのかもしれない。ただ問題はルインがそこまで食いついてこない事だが、話はそのまま続ける。


「今ウチでメイド長やってる化け物婆がいるんだが、あの婆さん元は奴隷身分だ。有能な者には相応の立場と給金を、ウチは両親の代からそうやってるんだよ。だから奴隷とか平民とか、身分にかかわらず有能な者であればそれ相応の責任や立場を与えるし、未熟な者に対しては最低でも一人前の技量を与える為に指導だってする。基本的にウチは人材を大事にしてるんだよ」


 悲しい事にその大半が金で寝返る様な連中だったという事だ。昇給や立場をモチベーションにする人間は即金に弱かった。それだけの話だ。今回に関しては裏切る事の出来ない奴隷という身分を用意しているし、親の代と同じ様なミスは犯さない。常識的な事でありながら、割と切実な話だ。ここら辺の対策はメイド長と何度も話し合い、確認した事だ。


「奴隷という身分を抜けば大部分が使用人と同じ様な扱いだって訳だ。ただし付け加えるのであれば使用人という職に付く事に対しては拒否権はない。あと俺に無理やり女を襲うような趣味はないから貞操周りの事は気にするな」


「大将、職場内恋愛は!」


「お前の同族いねーから」


「あぁ。知ってた……」


 横に座るフーに関しては心配する必要はなさそうだと思う。この男に関しては、自分が納得して奴隷になったという事が一番大きい。そして同時に自分の目的が果たされている事もある。故にこの男が求めるのは充実とそして楽しさだ。だからこそ遣り甲斐だけは保証できるこの環境に対してフーは前向きに受け入れる事が出来る。シーリンに関しては何よりも自由が興味ある様に思える。この女の目的は間違いなく自分を買い戻し、自由を得て故郷へと戻る事だ。だからそれを利用して金を前に吊るせば、その為に全力で働くのは見えている。ただこの場合問題なのは全く語らない、内心を見せないルインの存在だ。


 この天使はどうもメイド長の様な、少々一筋縄でいかない感じがする。


 天使はエルフ同様、不老種族だ。見た目ではわからないレベルに歳を取っている可能性がある。


 その場合は完全に自分の手に負える範疇を超えている為、メイド長任せになる。


 まあ、そう言う事を含め、全ては領地の方に戻ってから本番、という所だろう。どちらにしろこの場で出来る事は多くはない。だから手間を省くために疑問に答える程度の親睦しかこの場ではできない。


「他に何か質問はあるか?」


「質問があるわ」


 そう言って視線を向けてくるのはルインだった。彼女から此方へと向けられる初の言葉だけだったに少々驚きはしたが、その程度だった。故にこれは彼女を知る為のチャンスだと思い、その言葉に反応する。


「ん? 質問があるなら遠慮なく構わないぞ」


「……本気?」


 何が、と問い返そうと思い、止める。何がと聞き返す必要もなく彼女が何に対して本気と聞いてくるかは解っている。それに何に対して聞いたとしていたとしても、結局全てに対して自分は本気だ。いや、本気でなければ何も成し遂げる事すらできない。だから答えは決まっている。


「もちろん。だから俺としてはもっと協力的だと将来の設計とかが色々と捗るんだけどね」


「そう」


 ルインはそれっきり興味を失くしたかのように視線を外す。彼女が一番の難敵である事は予め解っていた事だし、現状はこれぐらいだろうか、とあたりを付けておく。がっつきすぎると何事も印象が悪くなる。それにこれから数日狭い空間を一緒に過ごすのだ。不快な空気を生み出したところで得になる事は一つもない。


「ま、質問を思いついたら適当にしてくるといい。基本的に俺は慈愛の心で溢れているから大体の質問に対してなら答えられるからな。とりあえずそれまで俺は本屋で見繕ってきた小説でも読んでるから、思いついたらよろしくな」


 本を取り出し、それを見せつけるが、返ってくる言葉はない。つまり現状質問はない様子だ。なら思いついた時にでも適当に来るだろうと、そう楽観しておく。少なくともこんな所で気を張っていてもしょうがない話だ。質問攻めもそれはそれで疲れる話ではあるし、技能的な話はまた後にすればいい。


 今はそれでいいと軽く息を吐きながら、窓から入り込んでくる陽の光を頼りに本を読み始める。


 おそらくこんな光景があと数日は続くんだろうな、何てことを思いながら。

 未だにメイド長のヒロイン扱いが解せぬ。


 お金を出して、大事に扱えばその恩に報いるのか? と言われたら100%で報いるってわけじゃないのがこの時代な感じで。成り上がり下剋上上等なのでコントロール方法としてはいいかもしれないけど忠誠心が欲しいなら金と地位以外のものを用意しなきゃですなー。

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