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ウィニング・ゲーム

 まだ朝のリベラは霧に包まれている。フーと、そして自称村娘のライラと共に奴隷市場に入り込む方法は数日前とった手段と一切変わりはない。霧が出ている中で堂々と魔導ステルスを起動させ、そのまま正面から奴隷市場へと到着する。その門は数日前同様、閉まっている。だが今回は前回と違い此方の面が割れている。誰がどんな用事で来ているのかなんてもはや解りきった話だ。ステルスを解除し近づき、見張りは此方の姿を確認するのと同時にあわてた様に敬礼を取る。既に此方が上客である事を相手は把握しており、そして素早く開門へと移る様子を見れば、相手が此方の来訪を心待ちにしていた事も見て取れる。


 それはつまるところ―――此方の勝利を意味していた。



                 ◆



「えぇ、参りました。完膚なきまでに参りました」


 ラウンジの一室、テーブルに全員が集まった所、男の商人の第一声がそれだった。潔く商人は自分の敗北を認めていた。そして実際、損失の方がギリギリ天秤を超えているのだろう、少しだけ疲れた様な様子が商人には見えていた。それと比べると支配人は笑顔で、そして女の商人ジェインの方も笑顔だった。支配人は場所を提供する事でお金を得ているし、ジェインにしたって早い段階で金のかかる奴隷を売る事が出来たのだ。今の所は収支でプラスがついているに違いない。この中で唯一商品を手放さないで、赤字になっているのはこの男の商人だけだ。故に彼には認めるしかない、自分の敗北を。そして今度はここからどれだけ値段を落とさない様に売るかが問題になってくる。


「あの時売っていれば間違いなく損をせずに済みましたね……これに関しては完全に此方のミスでした。情報収集を怠ったツケというやつですかね……」


「ま、その場合は高すぎて手を出す気にはならんかったけどな。これから聞く値段次第では両方とも購入する用意は此方にあるぞ?」


 それを聞いて商人が唇を噛みしめるが、それも一瞬の出来事だ。外面はすぐさま笑顔に戻っている。つまるところ今、此方は購入の意志を見せている。だがその値段があまり変わらないようであれば購入を見送ると、言外にそう言った。故に相手はそこを考慮しつつ値引きする必要がある。それに、此方が所持している武器はそれだけではない。ライラという王城内の出来事を把握している人材がいるのだ、何時使徒が去るのか、それを通したデモ隊の退去日もある程度予想できるのだ。故に此方が相手に対してとっているアドバンテージはでかい。


 ここからやるべき事はどれだけ値下げするのではなく、相手の”譲歩”を引き出せるか、だろう。


 ともあれ、久方ぶりに奴隷市場に戻ってきたフーは改めて奴隷市場の腐った臭いに耐えきれず鼻を押さえながら無力化されているので、こいつは使えないと覚えておきながら、いい笑顔を浮かべているライラを確認し、頷く。


「さて、今度は奴隷を売ってくれるかな」


「解ってて言ってますよね? えぇ、売ります、売りますとも。ここで売りきる事が出来なければ大損になりますからね。本来なら二人合わせて金貨百五十枚……確実に利益が出る算段だったんですけどね……いえ、これはもう嘆いていてもしょうがない話ですからすっぱり忘れましょう。それよりもまずは互いに益ある取引をする為に私は惜しむ事はしません」


 流石商人、中々口が上手い。視線を横へと向ければ、視線を受けてライラが頷く。本来ならこういう交渉事は借りを作るので他人に任せてはいけないのだが―――相手が相手だし、それにそう言う事を気にしなくてもいい相手だ。ライラに一任する様に目配せを送ると、ライラがテーブルに両肘を乗せる様にして、注目を集める。相手もおそらく一番警戒しなくてはならないのが彼女であるという事を理解しているだろう。故に緊張したかのように喉を鳴らす。


 それにライラが反応するかのようにさて、と一旦言葉を置き、自分に注目を集める。


 そして再び、


「さて、楽しい楽しい商談の時間であるな? 良いぞ、妾は対等な話し合いは好きであるぞ……あぁ、そうか、もう対等ではなかったのだな。これは済まない事を言った。だが自分の事を卑下する必要は一切ないのだぞ、何しろ貴様は一切間違った事を言わなかったからだ。状況がどう動く等ちゃんと情報を集めている者にしかわからぬからな。ん? あぁ、そうか。そういえば貴様は情報収集を怠ったのであったな。ならば貴様の怠慢だな。どうでもいい話だな? では商談と行こうか」


 ライラがそう言いきったのを確認し、ドン引きした様子のフーが此方に視線を向けてくる


「おい大将、物凄い刺しに行ったぞ」


 知ってる。商人が顔を青くしながらも笑顔で応対している。ものすごく酷い死体蹴りだった。しかもその内容は一切間違ってないので下手に反論する事はできない。何よりこんな時に奴隷を買いに来てくれる客は現状自分達のみ、ここで自分たちに商品を売る事が出来なければ更なる赤字が待っているのだ。何も言い返す事は出来ないのだ。だからといっても、今のは流石に引くが。


「こ、此方で取り扱っている奴隷は二体、どちらも女の奴隷です。まず片方は北方領土の狼人族ルウガルウの娘ですね。狼人には珍しくヒュムベース、風と虚無の二重属性です。此方はまだ若く、年齢は十五となっています。ある程度の教養もあり、健康的で美しい奴隷ですので購入するだけの価値はあります。使用人にするも、兵にするも、夜伽の為の奴隷にするのも、どの用途にも使用できる自慢の商品です」


 狼人のヒュムベース、つまりは姿形が人間に近いタイプの獣人を意味している。多くの場合でヒュムベースの獣人は尻尾や耳、牙や爪等と、元となる獣の特徴を少量有している獣人の事をさす。逆に獣の様な特徴の濃い、フーの様なタイプの獣人をアニマ型、アニマベースとも言う。寄り獣に近いため、全体的な身体能力に関してはアニマベースの方が優秀なのは周知の事実だ。


「大将、狼人のヒュムベースって言いやあ結構レアな連中だぜ。北方の方で少数の部族としてコミュニティを築いている連中だ」


 南部出身のフーが何故そんな事を知っているかは解らないが、その言葉は正しいらしく、商人が肯定するかのようにえぇ、と頷きながら反応する。


「実はその部族間の抗争がありまして、敗北した方の生き残りが捕虜として捕まえられていまして。それを商品として購入させていただきました。金貨五十枚は普通に出せる金額ではない事は確かですが、それでもそれだけ価値のある商品である事は間違いございません。少なくとも、伯爵家であれば迷う事無く購入できる商品です」


 つまり買ってください、そう必死にセールストークをこの商人は今、やっている。ここら辺で色よい返事を与えてもいいのだが―――ライラの方がめちゃくちゃ機嫌が良さそうに鼻歌を歌いながら話を聞いている。この数日で彼女の性格をある程度把握した己からすれば若干震える様な光景だ。なぜなら、間違いなく、この女は一種のサディストだからだ。一応口を挟んでおくべきかと思うが、そこらへんのラインは間違えないだろうという信頼はある為、黙っておく。


「で、もう片方は?」


「購入の程を―――」


「ん? もちろん商品の内容を全て把握してからが基本であろう? それとも売る気はないとでも? そんな事はあるまいだろう? 此方にも予算と都合というものがあるのだ、ケチケチせずに妾達の前にカードを並べるが良かろうて」


 その言葉に商人は何か答えられるわけもなく、そうですね、と言葉を置いてから話し始める。


「もう片方の商品ですが、これは奴隷というよりはそうですね―――種族的に兵器という言葉に近いです」


 商人のその言葉に笑みを浮かべる。


 ”兵器”として評価できる種族なんて希少だ、故にその存在は非常に限定的できる。まずいちばん有名なのは間違いなく竜人ドラゴニカの存在だろう。彼らは単独、それも若い個体でありながらも一軍に匹敵する力を持っている。魔導への適性が低いという弱点は抱えているが、どの種族をも超越する身体能力、あらゆる武器や魔法を弾く体質、その上に巨大な竜の姿へと変態できる特性を所持する”最強種”の一つだ。


 使徒とすら殴り合えるという時点で最強種の名に相応しい事が解る。


 そしてもう一つは、


天使ヴァルキリーです。年齢の方は定かではありませんが、此方の方もどの用途での使用の出来る高級品となっております。属性に関しても土と風の相反二重属性となっており、高い教養と戦闘力を保有しております。伯爵を名乗るのであれば最低一つは欲しい最強種の一つです。その性能や活躍を考えれば金貨百枚は安いぐらいの値段だと判断できます」


 天使ヴァルキリー。最強種等と呼ばれる種族の中では飛び切り変わり種なのがこの種族。そもそも天使というのは厳密に言えば獣人や純粋人族の様な性行をもったり、母から生まれてくる種族ではない。天使というのはその構成は人とは全く変わらないが、神造生物―――即ち神が己の為に生み出した使徒の様な存在に近い。


 故に火と水、水と土、土と風、風と火という相反する属性を持つ事が許されている。そうやって本来なら持って生まれることは無い属性を持って神に生み出される。神に仕える為に生み出された神造生物、それが天使という種族。老いない、高い知性と戦闘力を持ち、多くの場合で美しく、女しか存在しない。まさに竜人と共に最強種を飾る種族だ。


 だからこそ奴隷としては全く見ないし、アホの様な値段がつく。大体の場合で神殿や高位の貴族家でしか見かけることは無い。逆に言えば高位の貴族家であればいるという事だ。勝負を挑む相手を考えれば確実に一人は何らかの形で所持しているだろうし、此方も戦力を整える上では正直な話最低一人、もしくは二人欲しい所だ。コネが無い故に後の話になるかと思っていたが―――瓢箪から駒、というやつだろうか。


「と、言うわけでして本来なら両方合わせ金貨百五十枚ですが―――」


「ふむ、なるほどな金貨七十五枚という所であろうかなぁ」


「ぶっ」


 思わず商人側が噴き出していた。そして横のフーも同時に同じリアクションを見せていた。お前今まで何の話を聞いていたんだ、というレベルで視線をライラへと送ると、ライラはまあまあ、と手で商人を抑える様な動きを見せる。間違いなくこの女は今、自分が目立っているという自覚を持って、そしてそれを楽しんでいる。


「良いか? ふむふむ、なるほどの。確かにそうであるな。狼人の娘と天使か、なるほどな。確かにどちらも希少であろう。特に後者に関しては奴隷であるならば是非とも手に入れたい者であろうなぁ、何せ戦力にはなるし、所持しているだけで財力や力量を見せつける事が出来る。所持しているだけで意味のある奴隷だ。ふむふむ―――で? 確かに価値がある商品なのだろうが、あえて言わせてもらおう」


 それがどうした、と。


「奴隷の価値が百五十枚分である事は把握している。だがな、此方にとって重要なのは奴隷の価値ではなくどれだけ値下げるするかであろう? ん? 奴隷がいいものなのはわかったから、そちらの誠意ある値段を聞かせてもらおうか」


 冷静になって話を聞けばライラの話にはおかしな点があるだろう。其処を指摘すればあっさりと敗れるかもしれないが、


「き、金貨百二十枚」


「話にならんな。貴様本当に商売する気があるのか? ふむ、じゃあ八十枚まで譲歩してやろう」


「百十一枚……」


「ケチくさいなぁ……あぁ、そうだ。妾はな、封鎖がいつ解除されるのか大方の見当がついているぞ? しかも当てずっぽうのデタラメではなく持っている情報からの判断として―――八十枚」


 商人にはおそらくライラの姿しか見えていない。魔法のせいでそうなっているわけではない。ライラがそういう空気を、雰囲気を作り上げているのだ。わざと相手が委縮する様な、そんな空気を作り出す事で”自分が悪いと”思い込ませているのだ。実際には商人の方はそこまで悪くはないというか、商機を間違えただけで、誰にでもある事だ。もちろん、何度やっても良い事ではないが。ライラは雰囲気でそれを相手が恥ずべき事に感じるようにさせている。そうする事でこの交渉におけるアドバンテージを確保している。


 横から見ている支配人も、ジェインも何が起きているのか理解しているが、彼らには関係のない話だ。口を挟む事は出来ない―――つまり商人を救える者は存在しない。


 仮に誰か、自分以外に頼れる人物がいればまた別の結果になっただろうが、


「きゅ、九十……枚で」


「ふむ、ここらが落としどころか。……喜べ友よ、いい買い物だぞ?」


「おっかねぇ」


 フーとライラの言葉に苦笑し、何時の間にか友と呼べるようになったライラの成果に対して、苦笑するほかなかった。

 これぐらいの戦力だったら伯爵家だったら一人ぐらいいて当然ですよ、という事で。割とインフレ激しい、というわけではなく主人公が無さすぎるという事で。インフレに見えるのは0だった戦力が必要最低ラインを超えようとしているからで。


 でもやっぱりアイツには遠すぎるという事で。


 大体銅貨5枚あれば酒場でいい夕食を食べる事が出来る感じ

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