表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/18

ビフォア・ザ・デイ

 簡潔的に言えば―――残りの日数は豪遊した。


 美術館を回り、展示されている作品を楽しみ、劇場へと向かい、夜には飲み、食べ、そして遊んだ。実の所それもまた貴族としては重要な事の一つではあるし、何よりもそうやる事で見えて来る事もある。実際、街を良く知っている人物に案内されながらそれを満喫するというのは街を、そして流行を知る為には非常に役立った。貴族の消費する金が経済を回すとは別に、この国の国策は美術や音楽、文化という方面の育成に注力している。故に王都とは国内でいえば文化の最先端としても知られている。


 それを見て回るという事は非常に勉強になる。


 たとえば絵一つをとっても自分の領地と王都では流行が全く違う。ウォリック領で絵画といえばほぼ確実に出てくるのは風景画だろうし、実際前に王都へと遊びに行ったときはそっちがメインだった。逆に人物画とかは昔は流行ったけど今は人気のないモノだったが―――だが王都で開かれている美術展で最新の流行をチェックすれば人物画が増えつつあるのが確認できる。前は存在しなかった人物画のコーナーが設置されているのを見ればよく解る。それにその中にキュービズムが作風の絵画が混じり始めているのは解る。


 こういう流行の最先端を把握し続けるのは他の貴族との付き合いで話題に出したり、誰かを家に招いた時にそれを見せる事で自分のセンスの良さを証明したりと、細かい所でだが非常に役立つ。実際流行に敏いという事はそれだけ情報を耳に入れるのが早い、情報収集においてはある一定の優秀さを示しているということにもなる。


 ―――まあ、己の場合そう言う交渉的意味ではなく、遊び人としての肩書として流行を把握しなくてはいけない、という部分もあるが。


 そういうわけで、ライラが宣言した日にちまでは余裕があった。王都在住の人間が案内ということもあって、王都で過ごす数日は実に遊びがいのある数日だった。フリではなく真面目に、何も考えずに遊ぶのは何年ぶりだっただろうか、そんなくだらない言葉が脳に浮かび上がるぐらいには頭をからっぽにして遊んだ。


 そうして、楽しい時間はあっさりと過ぎて、前日の夜がやって来る。



                 ◆



 通常は夜には”家”へ帰ってしまうライラこの日ばかりはここ数日で馴染になった店に姿を見せている。家の事情には恐ろしすぎて突っ込めないが、此処にいるという事は割と自由なんだろうな、とここ数日のライラの行動を思い返しながら思考する。ここ数日の自分は大分運に恵まれている。スタートダッシュにしてはかなり好調だったと。


 何時も座っている席、向かい側にはライラを、そして横には立ったままここ数日で少し人となりが解ってきたフー、三人で一つのテーブルを囲む。割と慣れてきた光景だが、王都で夜を過ごすのは今日が最後になる。そうなると、この光景をいる事が出来るのも今日が最後だ。少なくとも、これから領地に帰れば今まで無かった人員という資源が手に入る。それは今まで小規模にやって来た事を大規模に動かす事が出来る意味でもある。


 おそらく何かなければ、数年王都へと赴く事もないだろう。これからの数年は領地を整えるための内政にかかりきりになる。故に今夜がこうやって三人で一つのテーブルを囲める最後の日となっている。この数日で来やすい友人程度の関係に成れた相手に対して思う事もあるが、所詮は住む世界が違う。また会えるのは何時になるのだろうか。


「ま、妾はこう見えて割と暇だしな、王都へ来たらまた遊び相手ぐらいにはなろう」


「そう言ってお前割といろんな奴に絡んでない?」


「失礼な、心を観察して人が良いやつかノーと言えないやつにしか妾は絡まないぞ。じゃないと妾の思惑通りに事が運ばないし、何より妾が楽しくないからな」


 この女最悪だった。まあ、それ以上に自分の立場を理解しているから危害が来ないような相手を選んでいる、という面もあるのだろうとは思うが、本人が建前を前面に出しまくっているのでそれを口に出すのも野暮というものだろう。無駄に女のアレコレを突いて失敗するのは良くある男の失敗談である。故にその部分は適当に流し、


「うん? アレ、自分の防犯上の理由ってのは入らないのか」


「ふんっ!」


「いてぇ! 大将何してくれんだよ!」


 容赦なく突いてきたフーの足を全力で踏む。こういうのを恐れを知らない勇者と言うのだろうか。その光景を見てライラが笑い声を零しているのがまだ救いという所だろうか。いや、此方の内心を理解していてこの性悪は笑っているのだと思う。軽く溜息を吐きながら皿の上に乗っているパイの最後の一口で食べ、ナプキンで口周りをふく。満腹になった所でポットの中からお茶をカップの中へと注ぐ。本来ならメイドや執事、使用人の仕事になるのだが、


「……」


「いや、なんだよ大将」


「お前、ウチの領に戻ったら地獄のような特訓が待ってると思うから今のうちに憐れんでるんだよ。ほら、戻ったらたぶん憐れむ事を忘れてその光景に楽しむからさ。だから今のうちに可哀想、可哀想って思ってるんだよ」


「就職先間違えたかなぁ……」


「いや、貴様奴隷だから選択肢はないだろう」


 フーがフランク過ぎて忘れがちだが一応こいつは奴隷だ。奴隷という身分だ。主に逆らう事は絶対にできない、そんな身分の筈だが―――まあ、それを許しているのも後を理解しているから、ということになる。あのメイド長がこんな態度を許し続けるわけがないので、非常に後が楽しみだ。


 ともあれ、


「明日で四日目だな」


「そうだな」


「いやぁ、見事的中したなぁ」


「その事に関しては妾を褒め称えてもいいのだぞ? ―――ほとんど出来レースのようなもんだったが」


 身も蓋もない言い方だが実際そこまで間違ってはないので反論はない。というかツッコミを入れたくない話なのでさっさと話を進めてしまう。


「これで相手は既に損をしている状態だ。最初にそこの虎人をそのまま値切らず落札予想価格で購入したのは”我々は現時点では対等”というある種のサインを見せる為だ。こっちは値引きしない、だから其方もそれ以上値段を上げる様な事をしない、互いにこれが少々特殊な状況であると認識しているからこその認識だな。上も下もないが交渉はない。それを相手は一度蹴ったうえで不利になっている」


「だから買い取ると言っているこっちには大きく逆らう事ができない、って訳か」


「だからと言って大きな顔が出来るわけではないがな。こういうのはあくまでも貴族と商人という関係性を忘れてはならない。我々貴族が連中を追いこむ方法を持っている様に連中もまた報復の手段を持っている事を」


「まあ、商人連中は組合とかが何気にえげつないからなぁ……」


 国内や領内で育てたもので賄うことは十分に出来ているが、それでもやはり商人を敵に回した場合は恐ろしい。流通というのはどの時代であってもライフラインとなっている。これを掌握し、そしてコントロールできている商会を敵に回すのは割と真面目に自殺行為でしかない。だから貴族と商人の間の駆け引きというのは大胆ながら繊細だ。お互い儲け過ぎず、失い過ぎず。互いに互いが厄介な存在であると認識しているからこそお互いにラインを引き、それを超えない様に商売するのだ。


 ともあれ、それももう明日の話だ。黒い笑みを浮かべるライラの姿を見れば既にギリギリの値切りのラインを把握している、という事だろう。何から何までこの王都にいる間にはまかせっきりで少々申し訳ない気持ちは存在している。だからこそこうやって真面目に相手をしているのだが。


 しかし、


「そういやさ、俺……お前が楽器弄れるって事に盛大に驚いたわ」


「あぁ、それに関しては妾も驚きだった」


「俺は一体どんな目で見られてんだよ……」


 スポットライトを当てられたフーは溜息を吐くが、実際こいつにはもっと荒っぽい事に関して期待していたので、見た目以上の教養が存在していた事には驚いた。元々いた場所では本当に未来を期待されていた虎人だったのかもしれない―――それも奴隷となってしまえばまったく関係の無い話となってしまうが。


 まあ、とフーが言いながら得意げな表情で楽器を、リュートを握っている様な恰好を取る。あ、コイツ若干調子に乗っているな、というのは見てわかる。


「まあ、嗜み? というかモテる虎人の最先端? というか、まあ、これぐらいは出来て基本だよな―――」


「まあ、貴族なら大抵誰もが習う事だし別に出来て不思議な技能じゃないよな」


「そうだの」


「ぐぇ」


 ばっさりフーの努力を斬り捨てる。何やら胸を押さえて苦しげにしているがそんなリアクションはスルーし、まだ温かいうちに紅茶を口の中へと運ぶ。本当は夜中に珈琲や紅茶を飲んでしまうと眠れなくなってしまうのだが―――まあ、そこらへんは流石ファンタジー、魔法を使ってしまえば眠る事も狙った時間に起きる事もそう難しくはない。寝る前に眠れなくなることを気にせず好きなものを飲めるのはある種の幸せだ。ふぅ、とその何でもない幸せをかみしめながら紅茶を飲んでいると、ライラが視線を此方へと向けえいるのが見える。なんだよ、とその視線に対して言葉を返す。


「いや、貴様も割と人がいいな、と思ってな。実際妾が貴様の立場だったらまずどっかで逃げるか隠れるか、もしくは報告するかで済ませようかとするからな。だから解っていて近づいて来てもここまで雑な対応されたのは初めてだぞ」


 いや、だって、と言葉を置いてから、


「ライラがおひ―――」


「わあ―――! わあ―――! あああ―――!!」


「……ひ―――」


「わお―――ん! わお―――ん! 妾は村娘―――!」


「……」


「……はぁ……はぁ……で?」


 無言で暫くライラを眺める。解っていても口で言うのはアウトなのか、と認識したところでまた口に出して今の奇声と奇行を眺めるか真剣に悩む。おそらく一国の超重要人物があそこまで焦って奇声をあげる光景なんてそうそう見れたものではない。それどころかまた見る機会があるかどうかすらも怪しい。だとすればここでもう一回芸として天丼に走った方がいいのだろうか。


 そう思ったところで、ライラの足元の影が軽く揺れているので止めようと決心する。


「ライラがあー、うん。アレだってのは物凄く解りやすくて察せる。まあ、最初は怖かったし、何か事情でもあるのか、何て思ったりもしたけど結局は愉快犯だったし。というか暇そうにしているだけだったし。これはもしかして仲良くなるチャンスかなぁ、中央へコネ作れるかなぁ―――と思ったり下心を持ってたりもするけどなんか途中から友達のいないぼっちに見えてきたから下心以上に不憫に見えてきてめんどくさくなってなぁ」


「待て」


「フォークは降ろそう、フォークは」


 無言でフォークを構えるライラに対して、微妙にフーが反応してくれた事は嬉しい。少なくとも主従関係に関してはちゃんと理解しているという事だ。だからまあまあ、と両手でライラを落ち着かせるように動かしてから、頬杖を突く。


「まぁ、だから結局は答えるとなるとめんどくさくなった、というのが答えだ。何て言ったってウォリック一のうつけったぁ俺の事らしいからな。だったら何か始めたとしても途中で投げ出してめんどくさがるのも基本なんじゃないかね」


 横暴にも聞こえたりするが、実際嘘は一切ついていない。諦めたのと同時に気を使うのが面倒になったのは事実だ。数日前まではまだ警戒していたりしたのも事実だが、ここ数日でそれが面倒になり、もはや警戒も遠慮も欠片もしてはいない。だから完全になんでも言える、というわけでもないが。少なくとも友人として接するぐらいには気安く接している。


「だから、まあ、うん。めんどくさくなった」


「なんか最近扱い適当になったなぁ、と思ったらそういう事か……いや、まあ、実際こっちの方が妾にとっては楽だし別に問題はないんだがな。いや、ホント問題はないんだがな。ただ、こう、妾の高貴なオーラというか 高貴な存在感? そういう物は感じぬか? 無意識に溢れ出すこの凄まじいまでの高貴さ……!」


 そのライラの言葉に、フーが失笑を漏らす。


「高貴さとか」


「ふんっ」


 一瞬のうちに飛翔したフォークが次の瞬間にはフーの額―――を守るバンダナに突き刺さる。瞬間移動の如く出現したフォークの存在にフーは一瞬で動きを凍らせ、そして硬直したまま立つ。その光景を満足そうにライラは眺めてから席から降りる。


「ふむ、それでは今宵もこれぐらいにして帰っておくか。最近父上が外出が多いと心配しているのでな、適当に丸め込ますためにも早く帰宅しておいた方がいいだろう」


「お前ん所のパパさん意外とアットホームっぽいのな」


「父とは大体そういうものではないのか? ともあれ……また明朝にな」


 凍りつくフーの姿を放置し、そのまま店の外へと出て行くライラの姿を眺める。フーに対する容赦ない一撃を見ているとやはり王族だなぁ、と思いつつカップの中身を飲み干す。そして横で動きを凍りつかせているフーのバンダナに突き刺さっているフォークを引き抜き、


「生きてる?」


「一回死んだ」


「ならば良し」


 王都最後の夜、紅茶を飲みながらそれにさよならを告げようとしていた。

 予定通りなら既に奴隷市場にツッコンでる筈なのに茶番だけでまた1話が増える謎の現象。いや、まあ、キャラの掘り下げというのは実際大事なのですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ