「序文」（悟堂明『魔術教本』より）
魔術は万人のために、真摯に魔術を求める全ての者のために存在している。門は真剣に門扉を叩く全ての者に開かれる。実は無心に手を伸ばす全ての者に掴まれる。
人は本質的には誰もが魔術師である。違いは自覚しているか否かに過ぎず、自覚する権利と資格は誰もが有している。自覚することを望む者の目を覆い、耳を塞ぐことは、誰にも許されない。
本書は己が魔術師であることを自覚せんと志す全ての者への手引きである。
本書の構成について簡単に述べる。本書はこの序文の他、六部構成になっている。
第一部「宇宙の構造」――大宇宙の構造。
第二部「魔術の理論」――魔術の基礎にして奥義。
第三部「魔術の訓練」――魔術師としての訓練法。
第四部「魔術の行使」――基礎的な術式。
第五部「交渉の方法」――交渉の手法。
第六部「魔術師の心得」――全体の総括と魔術師としての心構え。
これらは基礎的かつ本質的な大要のみを示すものであり、事典の如くに魔術の細目や各種の術式を列挙するものではない。このため、内容の簡潔さに、貴殿は疑問を抱くかもしれない。しかし、読み進め、貴殿が魔術の何たるかを理解するに従い、そうした疑問も自然と氷解することであろう。そうであるがゆえに、ここでは単に、魔術は多くの言葉や細々とした作法を求めず、ただ確かな意志と豊かな想像力のみを求める、と述べるに留める。
さて、本書は貴殿を力へと導く教範である。本書の導きに従って心身を磨くことにより、貴殿は、千変万化する星幽光に形作られた大宇宙の全てを捉える霊感と、アレイスター・クロウリーが「成就」と表現し、三摩地総一郎が「意志の勝利」と評した偉大な現象を引き起こす技を得ることができる。
貴殿が魔術への意志を持っているのであれば、この先へと進まねばならぬ。進まぬのであれば本書は無用の長物である。処分せよ。もっとも、そうした堅固な意志を持たぬ輩が本書を手に取ることはない――そうした輩が手に取ることのないよう本書には著者の意志を籠めてある――ため、これは無意味な指示であろうが。
進む決意を固めたならば、その時より貴殿は一人の魔術修行者である。修行を進めていくと、やがて、その前後の世界観が全く断絶した別個のものであるように感じられるほどの変化と衝撃が貴殿を襲うことになろう。旧世界は亡び、新世界が耳をつんざく産声を上げて貴殿の前に姿を現すのである。勇気と深慮を以て立ち向かい、強靭な意志の下に心身を磨き育み、真の意志を成就することを心より願う次第である。
なお、貴殿が導き手を必要とする場合に適当な師がいないようであれば、三摩地総一郎の弟子、魔術結社「光耀流星」の首領、春川秀臣の『現代魔術概論』を参照せよ。「師」こと三摩地総一郎の預言者たる彼の著書は、本来ならば高位の秘儀参入者にのみ開示されるべき奥義を、アレイスター・クロウリーの『魔術――理論と実践』よりも平易に、かつ赤裸々に記した魔術の黙示録である。必ずや貴殿の助けとなってくれる。
最後に警告と助言を貴殿に贈る。
本書はあくまでも貴殿を力へと導くものであって、貴殿に力の用い方を教えるものではない。貴殿は、貴殿が得た力を己自身の意志と責任に基づいて行使せねばならない。
先賢が深淵より授けられた言葉を以て、この簡単な序文の結びとする。
「汝の意志するところを行なえ。これこそ法のすべてとならん」
