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レプリカント・ドッペル

作者: リゼ

 

昔々……世界には魔女と呼ばれる人々が居て、彼らは一般の人々から恐れられ、崇められる識者だった。因みに形容詞が『彼女ら』ではなくて『彼ら』なのは、魔女は性別なんて簡単に変える事が出来、男女問わず魔女と呼ばれたからだ。少なくともそう信じられていたらしい。


さて、そんな古来からの連綿と続く特殊な職業に就いていた人々は、中世の時代では『魔女狩り』と呼ばれる大恐慌に見まわれ火炙りにされた。

恐ろしい……なんて恐ろしいんだ。人より少し目立っていた、人より少しお金を持っていた、人より少し綺麗だった……たったそれだけの理由で魔女と言われ、胡散臭い真偽判定に掛けられ火炙り。怖すぎる。


そして人々の心に疑心暗鬼を振り撒き、労働力と国力を減少させた『魔女狩り』から長い長い月日が経った平成の現代に生まれ育った私は、


「おいネコ、次は二階の掃除だ。

今度家具や書籍道具類に傷を付けやがったら、マジで魂抜くぞオラ」


傲岸不遜唯我独尊俺様な魔法使い様の、使い魔をしております……



申し遅れました。

私の名は森崎(もりさき) 悠里(ゆうり)主様と同僚さんからは、ユーリもしくはネコと呼ばれております。

日本生まれの日本育ち、当年とって18歳、大学に入学したばかりの、若々しくも瑞々しい花も恥じらう乙女……だったのですが、昨日より色々イロイロありまして……異世界の魔法使い様の使い魔になりました。


さて、使い魔たる私のあまりの手際の悪さに、全身から不機嫌オーラを発していらっしゃるのが、私の主である魔法使い・カルロス様。

サラッとしたストレートで艶やかな髪が羨ましい、年齢層を問わず女性から絶大な人気を誇っていそうな金髪碧眼の見目麗しい美青年……ケッ、リアルモテ野郎が……おっと失敬。

職業は調香師をしていらっしゃいます。

……ええ、職業が魔法使いじゃないのか? と、私も思わず尋ねてしまいましたとも。


『魔法使い』とは魔術を扱える知的生命体を指し、『魔術師』が魔術を研究して職業にしている人々を指すのだそうです。


日本でいうところのいわゆる、高校生でコンビニバイトをしています、といったニュアンスのイメージでよろしいかと。


そんな主様からさっさと行ってこいと、調香中の作業部屋から追い出され、私は所在なく廊下に佇みました。


……困りました。

下された命令をこなそうにも、こちらの世界のお掃除方法が今一つ分かりません。

掃除機にウェットシートモップ、コロコロに掃除用洗剤、ゴム手袋使用に慣れた私に、こちらでの掃除が可能なのでしょうか?


昨日今日と観察したこちらの世界の文明レベルは、中世ヨーロッパを彷彿とさせる暮らしぶりです。一神教の皆さん何故こちらの世界の魔女も排斥しておいてくれなかった……いやいやいや、何でもありませんよ。


さて。

お掃除方法を探るべく、まずはお掃除用具を探します。

いくらなんでも、箒や塵取り、雑巾にバケツ的な物は異世界でも共通していると信じたいです。

私の知識や記憶をほぼ全てご自分のものにしていらっしゃる我が主が、掃除をお命じになったのです。

私には使用不可能な魔法道具が、こちらの世界での一般的な掃除道具……なんて事はないでしょう、多分。


歩くと小さくギシギシと音がするフローリングな廊下を歩いて、まずは厨房の方に向かいます。

掃除といえば水、水といえば厨房、厨房の勝手口の外には井戸と、我ながら完璧な連想ゲームです。

勝手口から出た裏庭側には物置もありますから、そちらも探ってみれば箒の一つや二つや三つはあるかもしれません。

魔法使いといえば箒で空を飛ぶものです。そういえば主の移動用箒はどこにあるんでしょう。今度お空のドライブをする際は、是非ご一緒させて頂きたいものです。


「おや、ユーリさん」


厨房に足を踏み入れると、魔法使いカルロス様の使い魔・シャルさん……いわゆる私の同僚ですね……彼が調理場で大きな寸胴を火に掛け、中身をお玉でかき混ぜているところでした。

シャルさんは背中にかかるくらいの長さの銀髪を、黒いリボンで肩の辺りで一つに纏めた、背の高いお兄さんです。

服装も大抵がシャツに黒いズボンとベストという、こちらの常識では一目で使用人と判別がつく格好なんだそうです。私の目には、格好良い執事さんに見えなくも無いです。


こちらの世界の料理もよく分からないんですよね、私。

まず各々の材料からして名前がよく分かりません。現物を見れば『○○っぽい』と当てはめる事は出来ますが、食べてみたら全くの別物だったという事例もありますし。


今後、厨房のお仕事に関しては、シャルさんから火の熾し方から学ぶよう、主からは命じられています。

いや、こちらの調理場はガスコンロじゃありませんからね。私の世界の家電については、主も非常に興味深そうにしていらっしゃいました。


「シャルさん、カルロス様から二階のお掃除を命じられたんですが、掃除道具ってどこにあるんでしょう?」

「……そちらの奥の、戸棚を開けてみて貰っても良いですか?」


シャルさんは寸胴の中をかき混ぜつつ、人差し指で奥の物入れを示しました。

私は言われた戸棚を引き開けてみます。

元の世界でも、室内掃きに使っていたのとよく似た箒が立てかけてあるのが、真っ先に目に入りました。


「こちらでの一般的な掃除道具はそれなんですが……使い方は分かりますか?」


シャルさんも使い魔……という事は、私と同じように元々はこことは全く異なる異世界からの召喚者です。


些細な常識や認識の違いに躓いた経験がおありなのか、ちょくちょく私を気遣って下さる、有り難い先輩です。


「はい、大丈夫そうです。

ではこれ、お借りしていきますね」


箒、塵取り、雑巾、バケツ、はたき、そういった物は、やはり異なった世界でも原型は変わらない物なのでしょうか?

勝手口の戸を開けて、私はまずバケツ……というか木製の桶に井戸の水を汲みに行きました。


「あ、ユーリさん。

二階の突き当たりにも掃除道具入れがありますから、箒などを担いで階段を上がる必要はありませんよ」

「はぁ~い」


釣瓶を落として、えっほ、えっほとロープを引き上げる私に、開けっ放しだった勝手口の方から、思い出したようにシャルさんの声が掛かった。

魔法使い調香師カルロス様のご自宅兼職場は、さほど広くは無い二階建ての一軒家だけれど、掃除道具入れが二カ所もあるのか……井戸完備といい、我が主は神経質なのだろうか?


井戸で水汲みというのは、現代のもやしっ子である私には重労働だ。昨日はこの井戸水汲み上げ作業を教わっただけで、手はマメだらけになって全身筋肉痛でダウンしたぐらいですから!

水が入って重たい桶を両手で慎重に運んで、二階へ上がる。

……これで毎日の水汲みは川まで遠征せよとか言われる暮らしだったなら、私は既に屍になっていそうだ。

文明の進歩って素晴らしいな!


二階にある部屋は三部屋。

主の私室と、書斎と、シャルさんの私室。因みに書斎が一番広い。

二階には触れただけで壊れたり爆発するような危険物は無いらしいけれども、うっかりはたきで叩き落とさないよう、慎重に作業を進める。

まずは書斎に入って全体的に棚の上やドアの上や窓枠の上部から埃を落としていき、続いて主の私室に足を踏み入れた。


先ほどの書斎でも、本が床に山積み……なんて光景にはなっていなかったけれど、主様……貴方様は本当に独身男性ですか?

なんですか、この整然と片付いたお部屋は。

もっとこう……床に脱ぎっぱなしの靴下が放置してあるとか、ベッドの上に食べかすが落ちてるとか、机の上には丸めたメモや謎の節足動物のミイラが転がっているとか、カーテンは何年もそのまま洗っていません、みたいな汚部屋はいずこ?


「……いえ森崎悠里、使い魔として、我が主の男性としての性質を疑ってはいけません。

ここはやはり、ベッドの下にはいけないご本が……!」


早速しゃがみ込んで、ベッドの下を覗き込んでみる私。


“アホかお前はーっ!?”


そこへ突如、脳裏に主の怒声が響き渡りました。主と使い魔の間に存在する、電話要らずのコミュニケーション方法、テレパシー会話です。特別なホットラインのようなものなので、使い魔同士の間では直通回線が引かれていません。残念。

あまりの大音声と発せられる怒りの感情に、なんだか頭がグラグラします。


“人の性質を疑う前に、まずは己の性質を疑えアホネコ。

昼間真面目に働かねぇなら、夜の仕事増やす”


申し訳ありませんでした、我が偉大なるマスター・カルロス様。


その場に平伏してゴメンナサイと謝罪の念を送ると、ぷっつりとテレパシーが切れました。

……向こうは主なので、使い魔である我々の思考回路は簡単に筒抜けなのです。

それでいて、私には主の思考はさっぱりと読む事が出来ません。


この辺不公平感たっぷりですが、他人の思考を延々覗いていたら精神に異常をきたすそうなので、実際には精神的圧力をかけて優位性を主張出来る程度でさほど意味は無いそうです。

主の職業がスパイとかで、私にどこぞに潜り込めとか命令が下ったりしない限り、円滑コミュニケーションツールとしてしか使用方法がなさそうですね。


しかしこうして単調な作業に没頭しておりますと、思考は関係の無い方向へと向かいます。

真面目に掃除に移りつつ、私はつらつらと数日前の出来事の回想に耽り始めました……



そもそも、地球の日本生まれ日本育ちである私が、何故異世界の魔法使いと使い魔契約をしているかと申しますと、こちらの世界の魔術に界を跨いだ契約術というものが存在するからです。

しかしこちらでの一般的な使い魔とは、地球での使い魔のイメージとは少しばかり違いがあります。


平行宇宙に散らばった、自らと同一の魂から分離したそれを持つ生物を契約によって縛り、その魂を吸収してより強力な魂の力を得る。

それが使い魔契約だそうです。

同一の魂が分離って、魂はアメーバみたいに増えるんですかとか、魂の吸収ってソレまんま共食いじゃないですかとか、ツッコミどころ満載です。


魂は幾つかに分かたれて別々の人生を生き、死してまた一つに戻り、再び分かたれて……その繰り返しで輝きを増し、より高次の存在に昇華する、というのがこの世界の通説なんだそうです。

多くの魔法使いは、使い魔契約を結んだら使い魔をさっさと殺……ぐすっ……魂を抜いて、自らのパワーアップを図るのが当然のこの世界。

使用人としてまんま主従関係を築いている我が主は、かなりの変わり種なのでしょう。


つまり私と主とシャルさんは、平行世界に生きる同じ魂を持つ存在というやつです。えー、分かりやすく言うと魂の一卵双生児……あ、3人だから少なくとも三つ子でした。

この世界に生まれて、私が男だったら、あんな俺様的な性格に育つだなんてびっくりです。今までの人生で一番の仰天かもしれません。


しかしなんですか、この世界はいわゆる『自分とそっくりな存在を見つけたら殺しちゃうよ』と言わんばかりのドッペルゲンガー症候群的な、マッド魔法使いが多いんでしょうか……実に恐ろしいところです。


さて、適合する魂を持つ私を主が初めて発見したのは、私が五歳ぐらいの頃だったそうです。

別世界の時間の流れ方の違いや、人種の違いによる外見年齢の認識の食い違いはありそうですが、少なくとも私が全く記憶に残っていないぐらい幼い頃に、主の召喚術に引っ掛かって喚ばれたようです。


なにしろ自我も形成されていないような、子供の頃の話ですからね……

主の甘言にあっさり言い包まれて、ほいほいと使い魔契約を結んだのでしょう。

ただ、その時、契約と呼ばれるぐらいですからして、私が差し出す魂と服従だけではなく、当然私の方にも主から何らかの権利を受け取る約束が結ばれたようです。とはいえ子供の頃の事なので内容は分からないのですが、あの主が一時的に引き下がるほどの『何か』を要求したようです。

いったい何をねだったんだ、恐るべし我が幼少期。


そんな契約の事なんてすっかり忘れて順調に成長した私は、大学に入り、おもちゃ屋さんでアルバイトを始めました。

そしてしばらく勤めて仕事にも慣れてきたある日の倉庫整理の途中、原因不明の火事で逃げ遅れてぶっ倒れていた私は、主に再び召喚されました。


主の許可なく勝手に死ぬのは、契約不履行に該当するんだそうです。当然ですね、せっかく見つけた魂がまた行方不明になっちゃうんですから。

本来なら、私の要求を主が叶える目処が立ってから改めて使い魔として召喚される筈だったのですが、私が先に契約違反を犯したので、堂々と使い魔としてこき使えるんだそうです……

服従か死かの選択を突き付けられた私は、悩んだ末に膝を折って頭を垂れる道を選びました。


何かやりたい事があった訳でも、人生の目標があった訳でもない。

流されるように生きてきた人生でしたが、けれど、私が死ぬ事で、殆どよく知らない目の前の坊ちゃんが棚ぼた的な得をするだなんて腹が立つ……! そんな反感を抱いたからこそ、私は服従の道を歩む事にしたのです。


こうして今、改めて回想をしてみると、どうも主は私の負けん気を引き出したかったんじゃないでしょうか。そんな気がします。

だって、もし本当に自分の事だけを考えているような方なら、私を召喚してすぐ、問答無用でサクッと魂引っこ抜いてしまえば良かったんですから。

フフフフ……なんと可愛いのでしょう、我が主は。


“夜仕事追加! 確定!”


不意にそんな叫びが脳裏に叩き付けられるように木霊し、不意打ちに私がクラッと体勢を崩している間に、テレパシーはまた一方的にふっつりと途切れました。

……照れ隠しにしても、やってる事は可愛いだけなのではと、進言するべきなのでしょうか?


ニマニマしながら主のお部屋の掃除を終え、続いて私はシャルさんの私室のドアを開けて……パチクリと瞬きをしました。

主の私室には殺風景ながら家具も普通に存在しましたが、このお部屋にはお洋服が閉まってあるらしきタンス以外、なんの家具もありません。


……いえ、なんというか……部屋の中心部には、草? 牧草? 飼い葉? の、ような物がでーんと大量に敷かれてはいるのですが……中世風の家屋では湿気防止などの諸々の対策に、このような草を敷くのが一般的なのかもしれません。

机や本棚はおろか寝台すら見当たりませんが、我々使い魔は底辺の使用人として床で雑魚寝が当たり前なんでしょうか。


この世界の習慣はまだまだ分からない事が多いなあ、と首を傾げつつ、この大量に敷かれている草は天日干しにすべきか否か、私はシャルさんに質問しに行ったのです。


因みに、念の為に聞いてみたところによると、この草がシャルさんのベッドなのだそうで……あ、あるじーっ!?



なんとか掃除を終えた私の次のお仕事は、お風呂の準備です。

お家の裏庭、プール状に掘られて石を組んで整えてある湯船を磨き上げて綺麗にし、井戸水をざばざばと汲み入れて溜め、水に浸けると高熱を発する石(……生石灰と似たような原理?)を幾つか投げ入れれば終了。


この水を汲んで運んで溜める、という作業が、何度も念を押すようですが重労働なんです。水道管水道橋、バンザイ。

使ったお風呂のお湯を排水する方は、栓を引っこ抜いて流すだけなので逆に楽なんですけどねー。


お風呂に入る順番は決まっているようで、実はかなりファジーです。

主が一番風呂、というのが通常だと思われるのですが、お仕事に夢中になって後回しにされてしまう事が多い為、そんな時は我々が先に入っても良いそうで。


主ー、マスター、カルロス様~っ、お風呂湧きましたよ~?


むむむむむ、と私が頑張って『届けー、届けー』と念を込めてみると、


“今忙しい。先入ってろ”


はぁ~い。


どうやらただ今、主は繊細さが要求される作業に没頭されていらっしゃるご様子。

かなり投げやりなお返事が届いて、テレパシーは切れた。


先に使って頂いたシャルさんと交代でお風呂に入り、私は新しいお洋服に袖を通してふぁ……と欠伸を漏らした。

因みに私が身に着けているお洋服は全て、主の子供の頃の服だ。

主曰わく、『お前が着れる服が既にあるのに、新しく誂えるなんて無駄な事はゴメンだな』だそうで。

お洋服を新しく何着も作るのは、きっととてもお金がかかるんですね。こちらの世界の被服事情は、私の世界よりも厳しいもののようだ。


明日はシャルさんからお洗濯を習わないと……私もどんどんスローライフ生活に馴染んでいくなぁ。

なんて考えながら、シャルさんが昼間からコトコト煮込んでいたスープを始めとするお夕飯をよそうのを手伝い、3人で一緒にご飯を食べた。


「そうそう、シャル、あれを」

「はい、マスター」


スープ美味しいなー、でもパンはちょっと固いんだよな。お米恋しい。なんて贅沢な悩みを抱きながらお夕食を終えた私の前で、マスターがおもむろに指をパチンと鳴らして合図した。それに即座に応じるシャルさん。

……シャルさんはすぐ目の前に居るのに、何故わざわざ指を鳴らす必要があるんでしょうか、主?


素朴な疑問を抱く私をヨソに、シャルさんは調理場からカップを三つ運んできた。

何だろう。食後のお茶かな? と思いながら覗き込むと、嗅ぎ慣れた甘い香りが漂う……黒茶色の液体。


「主……これ……」

「チョコレートだ。お前の好物だろう、ユーリ?」


呆然として主を見つめると、彼はニヤリと笑みを浮かべてみせる。

そうだ、チョコレートはずっとずっと昔から、私にとっての幸せの象徴で、大好物で。

こちらに来たからには、もう二度と食べられない事も覚悟していたのに。

異世界の食べ物なんて、探すの大変だっただろうに。

私の記憶を読んだから? それとも主も食べてみたかったから?


「さあ、冷めないうちに飲め」


笑顔の主に促されて、私はホットチョコレート状の液体を、そっと啜った。

甘い甘い、カカオの独特の香りとコク、幸せのチョコレート。


「美味いか?」

「はい、とても美味しいです。

有り難うございます、主」


ふわりと優しく微笑んでくれる、主とシャルさんに、私は満面の笑みでお礼を……


「はーははははっ!

飲んだ、飲んだなこのアホネコめがっ。長年苦しめられてきたが、これで契約は完了だ!」


……ハイ?


「良かったですねえ、マスター。

いやはや、まさか異世界の食べ物を要求されるだなんて、難易度の高い契約でしたが」


……へ?


椅子から立ち上がり高笑いする主と、彼を拍手して称えるシャルさん。

そしてそんな2人を、口をポカーンと開いて交互に見やる私。

そして主は私を見下ろして……ニヤリと、やけに背筋に悪寒が走る笑みを浮かべた。


「ユーリ・モリサキ。

契約により、汝が魂、忠義、命、全ての権利を我が貰い受ける。

……もう逃げられねぇぞ、俺のネコ」


……はい~っ!?




結論から言おう。

私は主に騙されていた。

契約不履行云々は間違ってはいないが、いわゆる『大袈裟な言い分』というやつで……

ホットチョコレートを飲む前の私は、いつでも使い魔契約を破棄出来る『仮契約』状態だったらしい。


望めば元の世界に、それも火事現場から簡単に脱出出来るような安全な位置に戻して頂ける状態だったなんて……


サ ギ だ !?


「ん~、ほれほれ、どうした、もっと鳴いたらどうだ?

うりうり」


あっ、ちょっ、主、そこはダメーっ!?


「さあて、聞こえねえなあ。

ネコはネコらしく、可愛くにゃんにゃん言わねえとな?」


主の手が私のお尻の辺りに延ばされて……敏感な尻尾をゆるゆると撫で、背中側の付け根の辺りをしつこくくすぐる。

ネコはそこが弱いだなんて、初めて知りましたーっ!?


……私は今、主の私室で寛いでいる彼の膝の上に乗せられ、ひたすら撫で回されていた。

なんて言うと変態的だが、私は今、黒い毛並みの子ネコの姿に変化している。

そしてひたすら、主から愛でられ愛でられ愛でられ……


要するに、主は動物が好きなのだ。

しかし、本人が動物好きでも、動物達からも懐かれるかというと、それは話が別な訳で……

私をネコと呼ぶのも、主的には人間を使い魔にしているのではなく、ネコの方が飼いたいから。

因みにシャルさんの方はイヌらしい。まだどんな姿なのか私は見た事が無いが、彼曰わく、動物の姿と人間の姿では、主の態度が著しく違うらしい。

……確かに全然違うよね。


私の夜の仕事とは、こうしてネコの姿に変化させられ、主に撫で回される事。

追加とか増やすというのは、時間延長とかそのまま主に添い寝とか、そんな『それどんな羞恥プレイ!?』といった命令を指す。


主、お忘れかもしれませんが、私は一応、嫁入り前の婦女子です。


しかし、私如きでもアニマルテラピーのような効果でもあるのか、嬉しそうに抱き上げて頬擦りしてくる主を見ていると、抵抗し続けるのはなかなかに難しい。


……つーか、こんな風に構い過ぎるほどに構い倒していたら、そりゃあ本物のネコからは嫌われて当然かもなー、なんて、力加減を忘れているらしく、体が潰されそうに苦しい息の下、遠ざかる朦朧とした思考の端にそんな感想を浮かべて……

私の意識はブラックアウトした。




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