第9話「高熱のベッドと、場違いな聖騎士(パラディン)」
お読みいただきありがとうございます。
今回から新章突入です。
舞台はRPGから、VR格闘ゲームへと移ります。
しかし、そこにも「アーカーシャ」の影は伸びていました。
ピー、ピー、ピー……。
規則的な電子音が、静まり返った廊下に響いている。
「……こちら、救急隊です。搬送先、確保できました」
「はい。かかりつけのカルテがある『総合病院』へ向かいます」
私は、ストレッチャーに乗せられていく九条の蒼白な顔を見下ろしながら、呆然と立ち尽くしていた。
数十分前。
ゲーム内で「白い病室」を見た直後、九条は現実世界で高熱を出して倒れた。
有馬の迅速な通報で救急車が来たのだが……。
「……また、ここなの?」
搬送された先の病院を見上げ、私は背筋が凍る思いがした。
そこは、九条が毎日通っていた場所。
そして、あのゲームの中で見た「実験場」のモデルになったと思われる場所。
(上の階には、植物状態のお爺ちゃん。下の階には、意識不明の九条……)
まるで、九条家の人間を飲み込む巨大な棺桶みたいだ。
『……部長。今日は帰ってください』
スマホから、有馬の沈痛な声が聞こえる。
『九条先輩のバイタルは安定しましたが、意識が戻りません。脳への負荷が限界を超えています。……今は、休ませてあげましょう』
「……うん」
私はガラス越しに、集中治療室の九条を一目だけ見て、病院を後にした。
その横顔は、ゲーム内で見た「ナイン」の強さはどこにもなく、ただの傷ついた少年のものだった。
【珍獣へのオファー】
それから、3日が過ぎた。
九条はまだ学校を休んでいる。
私は一人で昼食のパンをかじりながら、憂鬱な気分で窓の外を眺めていた。
「もぉー、マツ君ったらー。くっつきすぎだってばぁ♡」
「いーじゃん、エリ」
教室の一角から、甘ったるい声が聞こえてくる。
クラスでも目立つ「清楚系ギャル」の高木絵里と、彼氏の松田だ。
見た目は黒髪ロングで優等生っぽいのに、中身はゴリゴリのギャルで、彼氏の前では猫なで声。
正直、今の私には一番キツイ空間だ。
「あ、そーだ。ちょっと待っててマツ君♡」
高木が彼氏から離れ、私の席に近づいてきた。
「ね、二階堂ー」
私に向ける声は、さっきまでの甘さは消え、完全に「女友達(というか格下)」へのトーンだ。
「あんさー、今週末暇でしょ? 『バレット・アーツ』の大会、出てくんない?」
「はぁ? なんで私?」
『バレット・アーツ』。
今、流行りの3on3形式のVR格闘ゲームだ。
でも、私はRPG勢(というよりガチャ勢)だし、アクションなんて無理だ。
「マツ君と出るんだけどさー、あと一人足りないのよ」
高木が私の机に手をつき、ヒソヒソと言う。
「男子入れるとマツ君がヤキモチ焼くし、可愛い子入れると私が気遣うじゃん? 空気悪くなるのヤダしー」
「……で?」
「その点、二階堂なら安心っていうか……ほら、『無害』だし!」
高木は悪気ゼロの笑顔で言い放った。
「……つまり、私は恋愛対象外のサンドバッグってこと?」
「あはは! まーまー! 参加賞で『限定スイーツチケット』あげるからさ!」
「……スイーツ?」
私の金欠センサーと甘味センサーが同時に反応した。
それに、ちょうど昨日、有馬から言われていたのだ。
『部長。その大会に出場するプレイヤーの中に、被験体の生き残り「No.4」がいる可能性があります。接触してデータを取ってください』
サンドバッグついでにスパイ活動。
報酬はスイーツ。
「……仕方ないなぁ。いいわよ、出てあげる!」
「っしゃ! さっすが二階堂! 話早くて助かるー! マツ君、OKだってー♡」
高木は私の肩をバンバン叩いて、すぐに彼氏の元へ戻っていった。
……覚えてなさいよ、このリア充め。
【場違いな聖騎士】
そして、大会当日。
VRスタジアムの控え室。
「おーい二階堂、遅いよー。早く着替えて……えっ?」
ログインした私を見た瞬間、高木と松田の動きが止まった。
二人は近未来的なサイバースーツ(お揃いのカップルコーデ)で決めている。
対して、光の中から現れた私は――。
純白のフリルがついたドレスアーマー。
背中には優雅になびくマント。
腰には(中身はないけど)剣帯。
完全に、ファンタジーRPGの「聖騎士」スタイルだった。
「……何その格好。空気読めなすぎじゃない? ウケるんだけど」
高木がドン引きしながら笑っている。
「コ、コスプレ大会だっけ……?」
松田も苦笑いだ。
「ち、違うの! 勝手にこのデータになっちゃって……!」
私は慌ててメニューを開くが、「装備変更」のボタンがグレーアウトして押せない。
『……部長、聞こえますか』
有馬の冷静な声が脳内に響く。
『データ解析しました。そのアバター、RPGのデータを無理やり引っ張ってきてます。システム的にあり得ないバグですが……好都合です』
「どこがよ! めちゃくちゃ浮いてるじゃない!」
周囲のプレイヤーからも「うわ、痛いのがいる」「魔法でも撃つ気か?」とクスクス笑われている。
『その姿なら、RPGでのステータス補正が働くかもしれません。……行きますよ、第1試合始まります』
【覚醒の先鋒戦】
「先鋒、二階堂! とりあえず10秒稼いで死んでこい!」
高木に背中を叩かれ、私はリングの中央に転送された。
対戦相手は、全身を機械化したようなゴリゴリの巨漢。
「へっ、なんだそのヒラヒラした服は。ナメてんのか嬢ちゃん」
相手が巨大な金属の拳をパチン、と鳴らす。
「ひっ……!」
私は反射的に腰に手を伸ばした。
「け、剣! ナインの剣は!?」
スカッ。
虚空を掴む。何も出ない。
『ダメです。武器データだけはシステムに弾かれてます。素手で戦うしかありません』
「嘘でしょ……私、素手で喧嘩なんてしたことないのに!」
「オラァッ! 消えな!!」
相手が踏み込む。
丸太のような右ストレートが、私の顔面めがけて放たれた。
速い。
当たれば即死(K.O.)だ。
「あーあ、二階堂死んだわ」
ベンチの高木が呟くのが聞こえた。
私もそう思った。
ギュッ、と目を瞑りかけた、その時。
ザザッ……。
視界にノイズが走り、世界の色が灰色に変わった。
迫り来る巨大な拳が、泥の中を進むように遅く見える。
(……遅い)
私の思考ではない。
私の脳に焼き付いた、あの「最強のプレイヤー」の感覚が、勝手に起動する。
剣はない。
なら、どうする?
(――この手が、剣だ)
私の体は、思考するよりも速く動いていた。
フワリ。
ドレスの裾を優雅に翻し、最小限のステップで拳を回避する。
「は……?」
相手の拳が空を切る。
私はその懐に、滑るように入り込んでいた。
右手を刀のように真っ直ぐ伸ばし、構える。
「……ナインなら、こう動く」
私は、見えない剣を振り下ろす軌道で、相手の顎に鋭い掌底を叩き込んだ。
新章スタートです!
清楚系ギャル高木さんの「無害」認定、なかなかグサッときますね。
なぜかRPGの衣装のまま、格闘ゲームに参加することになった玲奈ですが……?
次回、覚醒した玲奈の「50人抜き」が始まります。
ナインの動きをインストールした彼女は、もう「無害」ではありません。
「続きが楽しみ!」「高木ざまぁ展開期待!」と思っていただけたら、
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