第7話「美少女の無駄遣いと、視界のバグ」
お読みいただきありがとうございます。
今回は少し息抜き、現実世界(学校)でのドタバタ回です。
しかし、ゲームの影響は確実に日常を侵食し始めていました。
数日後の、体育の時間。
今日の種目は男女合同のドッジボールだ。
「……はぁ。だっる」
私は体操着の裾をパタパタさせながら、ため息をついた。
この無意味な時間で、どれだけ周回できたことか。
「おい見ろよ、二階堂だ」
「やっぱ黙って立ってれば女神だよなぁ……」
「スタイル良すぎだろ……」
男子たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
悪い気はしないけど、残念ながら今の私の脳内は「今日のログインボーナス」のことで頭がいっぱいだ。
ふと、体育館の隅に目をやる。
そこには、パイプ椅子に座って見学している九条の姿があった。
「貧血気味なので」という理由らしいが、あの顔色の悪さは演技じゃない。
ここ数日、彼は私とパーティを組んでからも、睡眠時間を削って予習復習をしているようだった。
(……無理しすぎなのよ、あいつ)
そんなことを考えていると、クラスの女子が私に耳打ちしてきた。
「ねえ玲奈。あんた最近、九条くんと仲良くない?」
「へっ!?」
「昨日も一緒に帰ってたし、屋上で話してるのも見たよ。……もしかして、付き合ってる?」
「な、ないない! 絶対ない!」
私は全力で首を横に振った。
「あんな無気力男、タイプじゃないわよ! ただの……そう、利害関係!」
「ふーん? 顔、赤いけど?」
「赤くない!」
動揺して大声を出してしまった。
その瞬間。
「二階堂、隙ありッ!」
相手チームの男子(野球部エース)が、ここぞとばかりに豪速球を投げてきた。
「――ッ!?」
速い。
反応できない。
顔面直撃コースだ。
(あ、これ鼻血出るやつだ)
私は反射的に目を瞑ろうとした。
その時だった。
脳内で、カチリと何かが切り替わる音がした。
私の意思とは無関係に、脊髄が勝手に火花を散らす。
瞼の裏にフラッシュバックするのは、あの「深淵の回廊」で見せた、九条の動き。
最小限のステップ。
呼吸を読むリズム。
未来予知に近い、回避の論理。
(――右、30度)
私の体は、思考するよりも速く動いていた。
トン、とつま先で床を蹴り、首を僅かに傾ける。
ビュンッ!!
風切り音と共に、ボールが私の鼻先数センチを通過していった。
私はそのままクルリと一回転し、何事もなかったかのように着地した。
「…………え?」
投げた男子が固まる。
周囲の生徒たちも、目を見開いて絶句している。
「今の動き……何?」
「残像が見えなかったか……?」
シン……と静まり返る体育館。
私は自分の手を見つめた。
今のは何? 私、運動神経なんて良くないはずなのに。
まるで、九条の動きが私の体にインストールされたような……。
「お、おい二階堂! すごいじゃねーか!」
「さすが隠れ運動神経抜群キャラ!」
クラスメイトたちが湧き上がる。
その称賛の声を聞いて、私の悪い癖(調子に乗る)が顔を出した。
「ふっ、ふふん! まあね! 私にかかればこんなもんよ!」
私は髪をかき上げてドヤ顔を決めた。
その時、視界の端にキラリと光るものが映った。
床に落ちている、銀色の円盤。
(500円玉!!)
私の「金欠センサー」が反応した。
「あ、お金!」
私は英雄気取りも忘れて、床のコインに向かってヘッドスライディングした。
だが、それは500円玉ではなかった。
ただの、用具係が落とした古びたメダルだった。
「……あ」
ズサァァァッ!!
勢い余って止まれない。
私の顔面は、そのまま体育館の床と熱烈なキスをした。
「ぶべっ!!」
「……あーあ」
「やっぱり残念だわ、あの子」
「解散、解散」
遠のく意識の中で、呆れた声が聞こえた。
神様。どうせなら、この「ドジ属性」も修正パッチで直してください。
【視界のバグ】
「……たく、何やってんだお前は」
放課後の保健室。
鼻にティッシュを詰めた私を見て、九条が呆れたように言った。
「うるさいわね……500円に見えたのよ」
「で、さっきの動きだ」
九条の声色が、急に真剣なトーンに変わる。
「あの回避。……俺のクセ(パターン)そのものだったぞ。いつ覚えた」
「え?」
私は保冷剤で鼻を冷やしながら首を傾げた。
「覚えてないわよ。なんか、勝手に体が動いたっていうか……」
「勝手に……?」
「うん。ボールが飛んできた瞬間、九条の背中が頭に浮かんで、気づいたら避けてたの」
九条が押し黙る。
その表情は、単なる疑問ではなく、何か薄気味悪いものを感じているようだった。
「……九条? どうしたの?」
「……いや。何でもない」
九条は視線を逸らした。
ちょうどその時、保健委員の女子生徒(佐藤さん)が入ってきた。
「あ、二階堂さん、大丈夫? 先生呼んでこようか?」
「ううん、平気。ありがとう佐藤さん」
私は笑顔で答えた。
でも、九条の様子がおかしい。
彼は佐藤さんの方を凝視し、顔を強張らせていた。
「……おい、九条?」
「…………」
九条には見えていた。
心配そうに私に話しかける佐藤さんの頭上に浮かぶ、青白い半透明の文字が。
『 Lv.1 NPC:保健委員 』
それは、ゲーム内でしか存在しないはずのカーソル表記。
九条は強く目を擦った。
だが、文字は消えない。
それどころか、窓の外を歩く生徒たち、部活動に励む声……そのすべてに、ノイズのようなデータが混ざり始めていた。
(……クソ。進行してやがる)
九条は誰にも悟られないように、拳を強く握りしめた。
現実が、ゲームに侵食されている。
いや、あるいは――最初から区別なんてなかったのかもしれない。
「……行くぞ、二階堂」
「えっ、もう? 私まだ鼻が……」
「今夜だ。神殿の攻略を進める」
九条は逃げるように保健室を出て行った。
その背中が、どこか怯えているように見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
残念美少女のドッジボール回でした。
しかし、その身体能力は明らかに異常です。
そして九条の目に見え始めた「NPCカーソル」。
日常が少しずつ、しかし確実に壊れ始めています。
次回、第8話。
二人は神殿の奥で、見てはいけない「世界のバグ」を目撃します。
そこはファンタジーの世界ではなく、無機質な「実験場」でした。
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