第5話「0.01%の奇跡と、予期せぬ代償」
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
ついに「豪運」が発動します。
しかし、運だけで勝ち続けられるほど、この世界は甘くありませんでした。
夜の「忘却の都」。
崩れかけた古代遺跡が、青白い月明かりに照らされている。
「……おい、二階堂」
先頭を歩くナイン(九条)が、呆れたように振り返った。
「お前のインベントリ、どうなってるんだ? 重量過多で足音がうるさいぞ」
「え? ちょっと待ってね」
私は空中にウィンドウを展開した。
確かに、カバンの容量を示すバーが真っ赤になっている。
『部長、整理してくださいっていつも言ってるじゃないですか』
有馬の声がインカムから響く。
『見てくださいよ、これ。「スベスベ床ワックス」「激辛スパイス袋」「パーティ用クラッカー」……全部ハズレガチャのゴミじゃないですか』
「うっさいわね! いつか使うかもしれないでしょ!」
「……使うか。そんなもん」
九条が鼻で笑う。
「一流のプレイヤーは、必要な物資だけを厳選するんだ。捨てろ」
「やだ! もったいない! 課金して引いたんだから、1円たりとも無駄にはしないわよ!」
私は頬を膨らませてウィンドウを閉じた。
これが後になって、あんな形で役に立つなんて、この時の私は知る由もなかった。
【0.01%の奇跡】
「……来るぞ。ターゲットだ」
九条の声が低くなる。
遺跡の奥から、白銀の鎧をまとった騎士が現れた。
レアエネミー『近衛騎士』。
今回の目的である鍵アイテム『王家の紋章』を落とす唯一の敵だ。
「下がってろ」
九条が地を蹴る。
銀色の閃光が走ったかと思うと、次の瞬間には騎士の首が飛んでいた。
相変わらず、デタラメな強さだ。
「……ふぅ。で、ここからが地獄だ」
九条が剣を納めながら、重いため息をつく。
「ドロップ率は0.01%。3000回やってゼロだ。今日も出るとは限らな……」
「とぉ!」
私は九条の言葉を遮って、騎士の消滅跡にタッチした。
カァァァッ!!
その瞬間、視界が虹色の光に染まる。
ファンファーレと共に、空中に豪華な宝箱が出現した。
パカッ。
中から現れたのは、黄金に輝く獅子の紋章。
『王家の紋章(SSR)』。
「…………は?」
九条が動きを止めた。
口をぽかんと開け、時が止まったように固まっている。
「ほーらね! 楽勝でしょ?」
私は紋章を指先でくるくると回して見せた。
「3000回? 私にかかれば1回よ、1回!」
「……バグだろ」
九条が震える声で呟く。
「俺の1ヶ月は……俺の睡眠時間は……」
「日頃の行いの差ね! さあ、さっさと行きましょ!」
私は意気揚々と歩き出した。
有馬が呆れたように言う。
『部長、調子に乗らないでくださいよ。運も実力のうちとは言いますけど……』
「大丈夫よ! 私、もしかしてこのゲームの才能あるかも?」
最強の護衛に、最強の運。
この時の私は、完全に舞い上がっていた。
このダンジョンなんて、私のための散歩コースだと勘違いしていたのだ。
【予期せぬ代償】
「お、宝箱発見!」
通路の脇に、装飾された箱が置いてあるのを見つけた。
『部長、待ってください! まだ罠感知を……』
「平気平気! さっきの騎士が落としたボーナスでしょ?」
私は有馬の制止を聞かずに、宝箱に駆け寄った。
九条が鋭く叫ぶ。
「待て二階堂! その箱、形がおかし……ッ!」
私が蓋に手をかけた、その瞬間だった。
プシューッ!!
箱の中から紫色の煙が噴き出し、同時に無数の針が飛び出した。
「え……?」
反応できない。
死ぬ、と思った直後。
ドンッ!!
強い衝撃で体が吹き飛ばされた。
「ぐぅっ……!!」
私の代わりに前に飛び出した九条が、紫の煙と針を全身に浴びていた。
「く、九条!?」
『最悪です! それ、「ミミック・トラップ」です!』
有馬の悲鳴が上がる。
『解析結果……状態異常「猛毒」「麻痺」「スキル封印」! 九条先輩のHP、急速に減ってます!』
九条はその場に膝をつき、激しく咳き込んだ。
「げほっ、がはっ……! 馬鹿、野郎……警戒しろって、言っただろ……」
「ご、ごめんなさい! 今、解毒ポーションを……」
震える手でアイテムを探そうとするが、九条がそれを手で制した。
「無駄だ……体が、動かねぇ……」
麻痺の効果で、指一本動かせないようだ。
さらに悪いことに、トラップの作動音を聞きつけて、頭上からバサバサという羽音が近づいてくる。
『敵襲! ガーゴイルの群れです! 数は3体……いえ、増援が来ます!』
「そん、な……」
石像の怪物が、天井から次々と降りてくる。
鋭い爪、赤い目。
普段なら九条が一瞬で片付ける雑魚敵だ。
でも今の彼は、毒に侵され、剣を握ることすらできない。
【逃げない覚悟】
「……逃げろ、二階堂」
九条が、絞り出すような声で言った。
「俺はいい……お前だけでも、逃げろ……」
「でも……!」
「転移スクロール、持ってるだろ……早くしろ……!」
彼のHPバーは、毒ダメージで見る見る減っていく。
私が逃げれば、彼は確実に死ぬ(デスペナルティを受ける)。
レベルが下がり、また一からやり直しになる。
私のミスのせいで。私の慢心のせいで。
「…………」
逃げたい。
足が震える。
『部長……解析完了しました。麻痺の効果時間は約30秒です』
有馬の声が震えている。
『30秒耐えれば、九条先輩は動けるようになるはず。……でも、何か方法は……くそ、僕はここから何もできない……!』
有馬の悔しそうな声。
ナビゲートはできても、物理的に私を守ることはできない。
『部長、逃げてください! 今の部長じゃ勝てません!』
ガーゴイルの一体が、よだれを垂らして飛びかかってきた。
その鋭い爪が、私の頬を掠める。
「きゃっ……!」
激痛。
頬から熱いものが流れる。
現実と同じ、生々しい痛み。
痛い。怖い。死にたくない。逃げたい。
でも。
「……やだ」
私は震える足で、一歩前に踏み出した。
「……は?」
九条が目を見開く。
私はインベントリを開いた。
中に入っているのは、さっき有馬に「捨てろ」と言われたゴミばかり。
武器なんてない。
あるのは、大量のガラクタだけ。
「ここで逃げたら……私は一生、『ゴミ』のままだわ!」
私は九条を背に庇い、ガーゴイルたちを睨みつけた。
「30秒! 麻痺が解けるまでの30秒、私が時間を稼ぐ!」
「お前、死ぬぞ……!」
「死なない! アタシの運をナメないで!」
私は手に触れた「瓶」を握りしめ、大きく振りかぶった。
運だけの素人が、最強のエースを守るための、無謀な戦いが始まる。
【あとがき】
一瞬の慢心が、最悪の事態を招いてしまいました。
動けない九条。迫るガーゴイル。
武器を持たない玲奈に、勝機はあるのでしょうか?
次回、インベントリの「ゴミ」たちが火を噴きます!
あのワックスが、スパイスが、まさかの大活躍!?
「続きが気になる!」「玲奈がんばれ!」と思っていただけたら、
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