第30話「開かれた扉と、姉妹の約束」
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No.3『フォートレス』こと、三守琴葉。
彼女の絶対防御を突破する手段は、攻撃ではありませんでした。
玲奈は武器を置き、たった一人で「拒絶の嵐」の中へと歩み出します。
鉛色の空の下、巨大な城塞は沈黙していた。
「……玲奈。策はあるのか?」
九条がアサルトライフルを構え直しながら問う。
「うん」
私は頷き、腰に差していた簡易ホルスター(護身用)を外し、地面に置いた。
「……は?」
シノが目を丸くする。
「ちょっと、何してんの? まさか丸腰で行く気?」
「うん。武器を持ってたら、あの子はもっと扉を閉ざしちゃうから」
私は両手を上げ、敵意がないことを示しながら、結界の前に立った。
「正気!? 殺されるわよ!」
「大丈夫。あの子は攻撃してこない。……ただ、怯えてるだけだから」
私は一歩、踏み出した。
【拒絶の嵐】
私が結界に近づくと、中の琴葉がビクリと震えた。
「……来ないで」
彼女の声が震える。
「来ないで……! 私の聖域を、壊さないで!!」
ゴォォォォォッ!!
琴葉の悲鳴と共に、結界から凄まじい衝撃波が放たれた。
物理的な風圧となって、砂埃を巻き上げる。
「くっ……!」
私は腕で顔を庇いながらも、足を止めなかった。
頬に砂利が当たり、ピリッと痛む。服が風に煽られてバタつく。
それでも、進まなくちゃいけない。
「怖くないよ、琴葉ちゃん。……私は、あなたから何も奪わない」
「嘘よ!」
琴葉が盾を構え、泣き叫ぶ。
「みんなそう言って、私から奪っていく! お母さんも、お医者さんも、みんな嘘つきだ!」
「嘘じゃない!」
私は風に逆らって叫んだ。
「私は奪いに来たんじゃない! ……守りに来たの!」
【0.1%の隙間】
「……守る?」
琴葉の動きが一瞬、止まった。
その瞬間、吹き荒れていた拒絶の風に、わずかな「乱れ」が生じた。
『部長!』
インカムから有馬の切迫した声が響く。
『感情の揺らぎで、防御障壁の再構築に0.01秒のラグが発生しました! ……今です!』
0.01秒。
瞬きよりも速い一瞬。
普通なら通り抜けることなんて不可能な隙間。
でも。
「……見える」
私には見えた。
暴風雨のような拒絶の中で、たった一本だけ、風が止んでいる「黄金のルート」が。
私の身体が勝手に動く。
思考するより速く、本能がその道を駆け抜ける。
(ロケット、お願い!)
金色の光が私を包む。
私は結界の裂け目を、針の穴を通すような精度ですり抜けた。
【母の記憶】
「え……?」
琴葉が目を見開く。
私は彼女の懐に飛び込み――突き飛ばすのではなく、強く抱きしめた。
「……っ!?」
琴葉の細い体が強張る。
私はその背中に腕を回し、優しくさすった。
「……辛かったね。ずっと一人で、頑張ったね」
私の脳裏に、あの日々の記憶がよみがえる。
30歳の世界。
私の腕の中にいた、小さな女の子。ミナ。
『お母さん、あったかい』
そう言って笑ったあの子の体温。柔らかさ。匂い。
(私は、あの子を守れなかった。別れなきゃいけなかった)
だからこそ、痛いほど分かる。
「守りたいのに守れない」苦しみが。
「閉じ込めてでも失いたくない」という恐怖が。
「……私にもね、大切な子がいたの」
私は琴葉の耳元で囁いた。
「守りたくて、必死だった。世界中を敵に回しても、あの子だけは守りたかった」
「……」
琴葉の震えが、少しずつ収まっていく。
「だから分かるよ。……あなたは、強くて優しいお姉ちゃんだよ」
【世界一のお姉ちゃん】
「でもね、琴葉ちゃん」
私は体を離し、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……もう、いいんだよ」
視線を、彼女の背後にある「空っぽの揺りかご」に向ける。
「琴音ちゃんは、もう痛くない。怖くない」
「……あ……」
琴葉の目から、大粒の涙が溢れ出した。
彼女はずっと、認めるのが怖かったのだ。
妹はもういないという事実を。
自分が守っているのは、ただの抜け殻だということを。
「……守れてた? 私……お姉ちゃんになれてた?」
縋るような問いかけ。
私は涙を堪えて、力強く頷いた。
「うん。世界一のお姉ちゃんだったよ」
「……っ」
「琴音ちゃんは、最期まであなたに守られて、きっと幸せだった」
「だから……もう、自分を許してあげて」
私の言葉が、彼女の張り詰めていた糸を切った。
「うぁぁぁぁぁ……っ!!」
琴葉はその場に泣き崩れた。
子供のように泣きじゃくる彼女を、私はもう一度抱きしめた。
その瞬間。
ガガガガガ……!
周囲の巨大な城塞が、そして堅牢な結界が、光の粒子となって崩壊を始めた。
【姉妹の約束】
光の中で、琴葉の体が透け始める。
その顔には、もう悲壮な色はなかった。
憑き物が落ちたような、穏やかな笑顔。
彼女は最後に、私に向かって言った。
『……ありがとう。お姉ちゃん』
その言葉を残し、彼女は揺りかごと共に空へと溶けていった。
後に残されたのは、7つ目のカードキーだけ。
荒野が消え、雲が晴れていく。
広がる青空の下で、私はカードキーを拾い上げた。
「……終わったわね」
シノが近づいてきて、鼻をすすった。
「……あんた、お人好しすぎ」
「えへへ、そうかな」
九条が歩み寄り、私の肩にポンと手を置いた。
「……見事だった。お前にしかできない攻略法だ」
「うん……」
私は空を見上げた。
琴葉ちゃんが、琴音ちゃんと再会できていますように。
「さて」
九条の声色が少し変わった。
彼は自分の胸元――心臓のあたりを、強く握りしめた。
「これで鍵は7つ。……次は、俺の番だ」
その瞳には、今まで見せたことのない種類の覚悟が宿っていた。
No.3『フォートレス』編、完結です。
玲奈の「強運」と「母性」が起こした奇跡。
戦うだけが攻略じゃない、この作品らしい決着になったと思います。
さて、残る鍵はあと1つ(ラスボスを除く)。
その在り処は、九条の中にあります。
次回、物語はついに九条の過去、そして「ナイン」の秘密へと踏み込みます。
「泣いた……」「玲奈ちゃん、お母さんだった」と思っていただけたら、
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