第3話「錆びた剣と、届かないメッセージ」
【前書き】
お読みいただきありがとうございます。
いよいよゲーム内での再会です。
彼は一体、どんな戦い方をするのでしょうか。
夜、23時。
私は自室のベッドの上で、再び『ニューロ・パッチ』をこめかみに貼り付けた。
「聞こえる? 有馬」
『感度良好です。……でも部長、本当にそこに行くんですか?』
ボイスチャット越しの有馬の声は、呆れを通り越して心配そうだ。
「当たり前よ。あの『ナイン』の目撃情報があったエリアなんでしょ?」
『そうですけど……エリア「深淵の回廊」の推奨レベルは50以上。部長のレベルは?』
「……レベル12」
『推奨50のエリアに12で行くんですか。死にに行くんですね、わかります』
「失礼ね! 戦闘はしないわよ。隠密ポーションを使って、こっそり探すだけ!」
私はログインの光に包まれた。
目的は一つ。
九条蓮のアバターを見つけ出し、このロケットを叩きつけること。
そして、「お爺さんの心配を無駄にするな」と説教してやることだ。
【絶望の回廊】
転送された先は、青白い燐光が漂う地下回廊だった。
第1話の遺跡とはまた違う、ひんやりとした死の気配。
私は虎の子のアイテム『隠密ポーション(効果時間5分)』を使用し、半透明になった体で慎重に進んでいた。
『……部長、前方反応あり。マップの赤い点は……大型です』
有馬の警告と同時だった。
「――ッ!?」
ポーションの効果時間が、切れた。
タイミングが悪すぎる。
私の姿が実体化した瞬間、回廊の奥にあった巨大な「鎧の塊」が、ギギギ……と音を立てて振り返った。
首のない騎士。
エリアボス、デュラハン・ロード。
『うわあああ! ほら言ったじゃないですか! 逃げてください!』
「わ、わかってるわよ!」
私は踵を返そうとした。
だが、退路が赤い結界で塞がれる。
『エリア封鎖……! 強制戦闘モードです!』
「嘘でしょ……!? まだ心の準備が!」
デュラハンが巨大な剣を振り上げる。
その威圧感だけで、足がすくんで動けない。
「くっ……やるしかないの!?」
私は震える手で、初期デッキの中から攻撃カードを実体化させた。
『ファイア・ボール(小)』!
ボッ、と灯った小さな火の玉が、デュラハンの鎧に当たる。
――ダメージ、0。
「……はい?」
傷一つついていない。むしろ、私を「敵」として認識させてしまっただけだった。
デュラハンが踏み込む。
轟音と共に、丸太のような剣が振り下ろされる。
『部長――!!』
終わった。
私は反射的に目を閉じた。
また、死ぬ。
今度は転移スクロールなんて持ってない。
全ロスして、ロケットも消えて――。
【錆びた剣の舞】
ガギィィィン!!
耳をつんざくような金属音が響いた。
「……え?」
いつまで経っても、衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、私の目の前に「背中」があった。
ボロボロの灰色のマント。
手には、赤錆の浮いた粗末な鉄の剣。
そんな「ゴミ装備」のような剣が、あの巨大なデュラハンの大剣を、軌道を逸らす(パリィ)だけで受け流していたのだ。
「……チッ。余計な敵を引っかけやがって」
男は低く舌打ちをした。
その声には、教室での気だるさは微塵もない。
あるのは、氷のような冷徹さと、研ぎ澄まされた殺気だけ。
「あ、あんた……」
『部長! その人のHPバーを見てください!』
有馬の声が裏返る。
男の頭上に浮かぶHPバーは、真っ赤に点滅していた。残り数ミリ。一撃でも掠れば即死の状態だ。
『なんて無謀な……! あれはHPが10%以下の時だけ攻撃力が倍増する「背水」スキルの構成です。あの初期装備でエリアボスに挑むなんて、普通なら自殺行為ですよ』
「……下がってろ」
男は私を見向きもせず、静かに言った。
デュラハンが咆哮を上げ、怒涛の連続攻撃を繰り出す。
縦斬り、横薙ぎ、突き。
触れるだけで即死の暴力を前に、男は――「歩いて」いた。
最小限のステップ。
首を数センチ傾け、半歩下がり、剣の腹で受け流す。
まるで、未来が見えているかのような動き。
『……違います。あれは予測です』
有馬が息を呑む。
『敵の攻撃パターン、予備動作、クールタイム……すべてを完全に暗記して、安全地帯に先回りしているんです。これだけの動き、どれだけの時間を費やせば……』
男が、懐から数枚のカードを取り出した。
『攻撃力強化』。
なんの変哲もない、店売りの安いカード。
だが、男はそれを十枚同時に展開し、剣に重ねた。
「……終わりだ」
使い込まれた鉄の剣が、赤熱化する。
デュラハンの大振りの隙を縫って、男の姿がかき消えた。
一閃。
たった一撃。
デュラハンの巨体が硬直し――次の瞬間、無数のポリゴンとなって爆散した。
【拒絶】
静寂が戻った回廊で、男は剣をくるりと回し、背中の鞘に納めた。
その、独特な手首のスナップ。
「……あっ」
私の脳裏に、記憶がフラッシュバックする。
あの時出会った、瀕死の老戦士。
彼が最期に見せた構えと、まったく同じ所作だった。
間違いようがない。
彼は、あの人の技術を受け継いでいる。
男はドロップアイテムを拾いもせず、無言で立ち去ろうとした。
「待って! ナイン……いえ、九条!」
私は思わず叫んでいた。
男の足が止まる。
ゆっくりと振り返った彼の瞳は、教室で見せる虚ろなものではなく、鋭い刃のような光を宿していた。
「……リアル割れ(身バレ)か。面倒な」
「やっぱり、九条なのね」
私はインベントリを開き、あの「金のロケット」を取り出した。
「これを届けに来たの。あなたの、お爺さんから」
「……!」
九条の表情が、初めて揺らいだ。
目を見開き、私が差し出したロケットを凝視する。
だが、それは一瞬のことだった。
すぐに彼の瞳から感情が消え、冷たい拒絶の色が戻る。
「……いらない」
「は? 何言って……これ、遺言かもしれないのよ!?」
「あの人が諦めても、俺は諦めない」
九条は吐き捨てるように言った。
その言葉は、私に向けたものではなく、自分自身を鼓舞する呪文のように聞こえた。
「俺が必要なのは、過去の思い出じゃない」
彼は懐から、ボロボロになったクエストメモを取り出し、強く握りしめた。
「『薬』だ。あの人を救えるなら、俺は命だって削る」
「九条……」
「二度と俺に関わるな」
九条の姿が、転移エフェクトの光に包まれる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
私の手は空を切った。
光の粒子と共に、彼は闇の中へと消えてしまった。
「……あの、わからず屋!」
私は誰もいない回廊で、ロケットを握りしめたまま立ち尽くすしかなかった。
ただ、わかってしまった。
彼がなぜ、あんなにも冷たく、そして強かったのかを。
彼はまだ、たった一人で戦い続けているのだ。
【あとがき】
圧倒的な強さを見せたナイン(九条)。
しかし彼は、祖父からのメッセージを受け取ることを拒絶しました。
「薬」への執念。それが彼を動かす唯一の原動力のようです。
次回、現実世界で再び彼に挑みます。
「わからず屋」を振り向かせるには、どうすればいいのか?
玲奈の次なる作戦とは?
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